15.三つの試練

 五人の候補者から〝依代〟を選ぶために、三つの試練が用意される。


 不正や対策をされないよう、試練の内容は百年ごとに違う。だが、概ね「勇気と知恵を試す」ものであるとか。

 神々が協力して試練を三つ考え、それを光の女神が候補者たちに知らせる。

 その様子を、各国の王族――またはそれに準ずる最高権力者は、特別に見ることを許されている。


 今回の「夜会」は、、そのような名目であるらしい。


「おおっ! 見違えたではないか、テオドア! ――ずいぶんと疲れているようだが、なにかあったのか?」

「ああ……うん……いろいろとね……」


 夜会は、候補者たちがいる山のふもとに作られた、きらびやかな城で行われる。

 その会場近くの控え室。怒涛の一週間を経たテオドアは、――見た目だけは、どこに出しても恥ずかしくない貴族の子息となっていた。


 候補者に相応しく、きらきらしい盛装を着込み、宝石でできた装身具をつけ、きちんと髪を整えている。僕には使えないのになあ、と思いながら受け取った、金の拵えの立派な剣も腰にある。

 もちろん、これらは全て、女神とその使用人たちの成果である。


 テオドアはだらりと壁にもたれかかったまま、やってきた二人を見た。

 ルチアノとネイだ。彼らもまた、それぞれ華美になりすぎない程度に着飾っている。以前、顔合わせのときに着ていた服とは、また別のものだった。


「……そういう服とかって、ここに来るときに全部持ってきているの?」

「いや。これは実家からの品だな。候補者との実質的なやり取りは禁止だが、あちらが物品を送りつけてくることはできるぞ。献上品という扱いなのだろうな」


 つまり、実家が太ければ太いほど、装備が多く楽になるということか。


「もちろん、これは実家だけではないぞ。候補者は国の代表にも等しい。この夜会で王家と渡りをつけられれば、試練の最中に武器も防具もない、という事態は避けられる!」


 まあ私はもとから王族なのだがな、はっはっは!

 冗談なのか笑いどころなのか、よく分からない笑い声を聞きながら、テオドアはげんなりとした気分になった。


 ルチアノが暑苦しいから、ではない。

 王家と渡りをつける、という部分に引っ掛かってしまったのだ。


 ここには、候補者の三人だけしかいない。

 だからこそ、テオドアは声を潜め、二人に尋ねた。


「あの、……死ななかった元候補者が、王族に取り込まれる可能性があるって聞いたんだけど……」

「おお、よくあるらしいな。確か、何代か前の国王が、王女を元候補者に娶らせたと聞いたことがある」

「ぼ、ぼくも、ずっと前の元候補者が、たくさんお嫁さんを迎えたって、話……知ってる」

「やっぱりそうなんだ……」


 あれは女神のお戯れだった、という可能性に縋ったが、本当に本当だったとは。

 ……自分に、王族に取り込まれるほどの才があるとは、とても思えない。がっかりされるくらいなら、期待されたくない。

 肩を落としたテオドアを哀れに思ったか。ルチアノは「大丈夫だ」と強く拳を握って言った。


「君は良き夫になれるだろう! 自信を持ってくれ!」

「し、シルヴェローナ……たぶん、そこを気にしてるんじゃないと思うよ……」

「む、そうなのか?」

「そうだよ、ぼ、ぼくだって、王家と婚姻がどうこうって……言われても、ちょっと気遅れしちゃうし……」


 ルチアノを軽く宥め、ネイはこちらに向き直った。


「でも、一週間で……そこまで変わるとは思わなかった。すごく特訓したんだね……」

「ああ、ええと、僕の屋敷にいる精霊がね。さすがに候補者にふさわしい格好をしてほしいって、いろいろやってくれたんだ」


 嘘である。

 もちろん、ロムナ含む、テオドアの屋敷付き精霊たちは、生活の面でとてもよくやってくれた。

 けれど、この一週間の大半は、光の女神の居城に軟禁され、行儀作法や生活態度などの詰め込み教育を受けていた。


 今まで温かいお湯ではなく、川の水でお風呂を済ませていたと知ったときの、女神付き精霊たちの怖い顔と言ったら。思い返すだけで恐ろしい。

 実家がボロ小屋なので……とは、口が裂けても言い訳できなかった。


 女神からは、「くれぐれも、特訓に私が関わったとは言わないように」と、釘を刺されている。

 ロムナとも口裏を合わせ、テオドアの改造計画は、彼女が主導して行ったことになっていた。


「ぼくも、その……いちばん良く仕立ててあるのを、今日のために取っておいたんだ」


 と、ネイがわずかに胸を張る。


「だ、だってこのあと、夜会でしょ? ぼく……」

「なんと。もしや――ネイ、君には好いた人がいるんだなっ? 今日こちらにいらっしゃるのか?」

「う、うん……その」


 ルチアノが興味津々で食いつくのに、ネイは照れくさそうに頭を掻いた。


「女神さま――」

「ほう」

「光の女神さまに、良く思われたくて。あっ……も、もちろん、取り入りたいとか試練を有利に進めたいとか、そういうわけじゃなくて」


 と、慌てて否定しているのが、なんとも少年らしく微笑ましい。

 ルチアノは、まるで弟の初恋話を聞いているかのような眼差しで、うんうんと頷いた。

 テオドアも、肉体年齢はネイとあまり変わらないが、精神は立派な大人である。真剣に聞いてあげようと、居住まいを正して耳を傾けた。


 しかし――


「で、でもね。光の女神さまってそういう、邪気のある人間にはお寄りにならないんだ。崇高で、気高くて、なんでもわかっていらっしゃる。ぼく、この前の〝依代〟候補を選ぶ儀式のときに初めて御姿を見てなんて素敵なお方なんだろうって思ったんだ。あのときのことをなんて言い表していいか分からないよあの微笑みあのお声あの仕草すべてが整っていて完璧だったんだぼくの理想だよ女神さまだからってわけじゃないほかの女神さまを見てもきっとあんなふうには思」

「うん……うん、そうか……」

「わないしそういうことを考えるのもおこがましいと思うんだもちろん他の神々を貶めてるわけじゃなくてこれはぼくの中での事実なんだよつまり女神さまの光り輝く魅」


「……ううん……止まらなくなってしまったな。どうするテオドア」

「しばらく止まりそうもないね……」

「……気が済むまでそっとしておこう」

「うん……」


 最早、ネイの目に、テオドアもルチアノも映ってはいないだろう。

 頬を染め、うっとりと虚空を見上げ、いかに『光の女神』が美しかったか、完璧で麗しく地上の者とは比べ物にならないか、息つく暇もなく喋り続ける。

 二人はそっとネイから離れ、近くのソファに座ったが、それにも気が付いていない様子である。


 結局、彼の語りは、精霊が「準備が整いましたので、ご入場のお支度を」と知らせに来るまで続いた。




-------




「最高神の器たり得る、五人の子らに祝福を与えよう」


 そう前置いて、女神の宣告が始まった。


 夜会の会場は、その広さに反して、細かな装飾にまで行き届いた配慮がなされている。その分、豪華な照明や意匠を凝らした調度品が、より際立っていた。

 さらに、この会場を華やかに彩るのは、相応しく装った賓客だった。

 彼らは誰もが、地界の国を治め、あらゆる権力を手にしている者、あるいはその親族である。


 テオドアたちは、彼らが待つ会場に、後から入っていった。

 地界での身分がなんであろうと、ここでは候補者たちのほうが身分が高い。最高神の器たり得る者は、一時的に、神と同等の存在だと見做されるからだ。

 そうして、会場の奥に設けられた、床より数段高い壇上にて、一列に並んで跪く。背後は見えないが、気配から、賓客たちも頭を下げた気配がした。

 

 そこへ、光の女神が現れる。


 彼女は候補者たちの前に立ち止まり、「立ちなさい」と手短に告げた。

 そこで立ち上がるのは候補者だけだ。客たちはまだ、頭を下げていなければならない。


 前置きを経て、女神は「三つの試練」について語る。


「いと尊き最高神の名の下において、告げる。

 

 一つ、『怪鳥ネフェクシオスの卵を持ち帰る』

 二つ、『地下大迷宮に〝本当の〟夜空を作る』

 三つ、『悪竜に悩む東方の小国を建て直す』

 

これらすべてを潜り抜け、真に勇気と知恵を認められたものこそ、最高神の器に相応しい」


 そして、試練の場に不正は一切なく、『真実の神』がすべてを記録していると請け負って、話は締めくくられた。


 最後に女神は、並んだ候補者全員と、順繰りに目を合わせながら通り過ぎ、控え室へと下がっていった。

 ……若干一名、感激して顔を真っ赤にしているのがちらっと見えたが、何事もなく無事に、女神の宣告は終わった。


 短い「本題」が終わり、ここからは「社交」の場へと移る。


 候補者たちも壇上から降りた。

 ここまでは、女神に教わった通りに振る舞えば良かった。きちんとできているかは不安だが、少なくとも何も知らずに狼狽えることはなかった。

 他のみんなも、当たり前のように振る舞っていたので、事前に誰かから教えられていたのだろう。


 もし女神にお目を掛けていただけていなかったら、と、想像するだけでぞっとする。


「ただいまより、候補者さまとのご交流が許されます。みなさま、どうぞお気兼ねなくお楽しみください」


 給仕服に身を包んだ精霊が、そう宣言するや否や。

 賓客は待ってましたとばかり顔を上げ、それぞれの国の候補者に挨拶をしようと歩み寄ってきた。


 もちろん、テオドアのもとへも。


「お初にお目にかかります。今、お声をかけてもよろしいですかな?」

「……はい」


 公爵子息とはいえ、相手は王族だ。本来ならば、あちらが鷹揚に会話を許すほうなのだが。

 にこにこと朗らかにへりくだられて、少しだけ反応が遅れた。

 危ない。社交場でしくじったとなったら、あの女神付き精霊たちから、どんなに怒られるか分からない。


 恰幅が良く、人も良さそうな老年の男性は、「おお!」と嬉しそうに声を上げた。


「ありがとうございます。いやはや、わたしの代で〝依代〟候補者さまとお会いできるとは、光栄なものです。それに、なんと言っても貴方さまは――」


 長い話が始まりそうだったところを、男性の背後にいた少女が、ぐいっと腕を引っ張って阻止する。

 歳のころは、十歳くらいだろうか。


「お父さま!」

「お、おお、すまん。……申し訳ございません、気を抜くと長話をしてしまう癖がありまして。娘にいつも止められておるのですよ」

「は、はあ……そうですか」


 少女に睨まれながら、男性はうやうやしく礼をとる。

 

「申し遅れました。わたしはアルカノスティア国王の座を頂いています、ゾランデ・アルカノ・エレウヴェルクです」

「ヴィンテリオ公爵家が三男、テオドア・ヴィンテリオです」

「やはり! 事前には聞いておりましたが、ヴィンテリオの――」

「お父さま」


 国王は決まり悪そうに咳払いをして、身体を横にずらした。

 彼に隠れていて見えなかったが、もう一人、テオドアより少し年上だろう少女が立っていた。


「こちらもご紹介します。私の娘の、ウルリーケとアンゲリカです」

「ウルリーケ・アルカノ・エレウヴェルクと申します。お会いできて嬉しいですわ、テオドアさま」


 青のドレスを美しく捌き、完璧な礼をする姉とは対照的に。


「……アンゲリカ・アルカノ・エレウヴェルク」


 不機嫌そうに唇を曲げた妹が、おざなりに礼をする。


「アンゲリカ! ――失礼をお許しください。あとできつく叱っておきます」

「いえ……」

「わたしの娘の中でも、この子たちは候補者さまと年が近いのです。どうか、仲良くしてやってください」


(これ……は、どっちだ……? どっちの対応を期待されているんだろう……?)


 まさか、彼女たちを自分の「花嫁候補」として引き合わせたわけ、ではない、はず。

 単に、友だちとして仲良くしてやってくれと、そういう意味だと思う。

 ……そうだよね?


 不安な気持ちを抱えつつ、テオドアは少女たちに微笑みを返した。

 

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