8.魔力が「無かった」理由

 長い廊下を通って連れてこられた場所は、客間であろう部屋だった。

 とりあえず指示された通りに座って、女性神官たちの様子を窺う。

 彼女たちは、顔は見えないものの、明らかに困惑していた。


「候補者さま。ひとつ、ご質問をよろしいですか」


 一人が進み出て、丁寧に問い掛けてくる。テオドアは頷いた。


「公爵家のご子息がおっしゃっていたことは、本当なのでしょうか。その……魔力が無い、と」


 魔力が無い、という部分を、なんとも言い出しにくそうに言う。この人はさほど悪い人では無いのだろう、と判断できる。

 隠し立てても仕方がない。テオドアは、素直に肯定した。


「はい。僕には魔力がありません。生まれたときも洗礼のときも、測定器に反応はなかったはずです」


 貴族に子どもが生まれたとき、まず重要なのは魔力の有無だ。

 だから、生まれてすぐ、魔力があるかどうかだけを簡易的に判断する検査がある。そうして、六歳になったころ、『洗礼』という儀を経て精密に検査され、魔力の量がどのくらいかが分かる。

 その結果をもとに、貴族の子息は進退を決めるというわけだ。


 テオドアは、そのどちらの検査のときも、魔力は計測されなかった。

 その頃から、第一夫人陣営の当たりが強くなった、と記憶している。


 テオドアがきっぱりと言い切ると、神官たちは顔を――布越しだが――見合わせ、ひそひそと相談を始めた。

 漏れ聞こえる話をまとめるに、「魔力の無い〝依代〟候補など前代未聞だ」と。このアルカノスティアだけではない。五ヶ国をすべてひっくるめた歴史上、前例がないらしい。


 まあ、それはそうだろう。


 そうでなければ、王族や貴族たちが、より魔力の多い子どもを切望する理由がない。魔力無しの扱いも、もう少しマシになっていただろうに。

 

 そう思いながらぼんやりと成り行きを見守っていた。

 やる気がないのではない。自分でも、この短時間で起こったことに、頭がついていっていないのだ。さまざまなことがあり過ぎて、何が何だか分からない。

 テオドアだって、まさか魔力無しの自分が女神に見出されるなんて、思ってもみなかったのだ。


 やがて、話がまとまったのだろう。先ほどの女性神官が、「もう一度、魔力の測定をいたしましょう」と言った。


 他の神官が別室に行き、戻ってくる。

 両手に抱えられていたのは、大きな魔石の結晶。透明だが、丁寧に加工された表面に光が反射するたび、ちらちらと色味が変わっている。


 これこそが、魔力測定器。特定の地域でしか産出しない貴重な魔石を、神殿専用の職人が何年もかけて加工して、やっとできあがるという、たいへん貴重なものだ。


 大急ぎで場が整えられ、テオドアの目の前には、大きな金色の台に乗った魔石が、記憶の通りに鎮座していた。

 これにはあまり良い思い出がない。魔力が無いのが確定したときの、周囲の人々の落胆した様子――それを再び体験することになるかと思うと、憂鬱にならずにはいられなかった。


「どうぞ、お手をかざしてください。そのまま、こう唱えてください」


 ――神の思し召す通りに、我、自ら真の姿を問わん。


 その通りに復唱する。

 しばらく待っても、やはり、結晶に変化はなかった。魔力が少しでもあれば、聖なる水で清められた結晶が、魔力に応じた光量を自ら放つらしいのだが。

 六歳のときと同じように、落胆が、周囲の神官たちに広がっていくのを感じた。

 ――そのときだった。


「っ!?」


 派手な音を立てて、結晶に亀裂が走った。

 とっさに飛び退くと、破裂した結晶のかけらが、テオドアがいたあたりに飛び散った。

 神官たちにも少なからぬ破片が飛んでいたようで、悲鳴が上がる。幸いにして、怪我はなさそうだった。


「結晶が破裂……?」


 神官の一人が呆然と呟く中、客間に入ってくる人物がいた。

 豊かにあごひげを蓄えたご老人。誰あろう、神官長である。


「なんの騒ぎかな?」

「し、神官長さま!」


 実は、と神官に一部始終を説明されてから、神官長はテオドアに向き直った。

 結晶を壊した分、弁償しなくてはならないだろうか。密かに緊張するテオドアに、神官長は言った。


「身の回りで、今のように物が壊れたことはあるかね?」

「……あります。僕が魔道具に触ると、必ず壊れたり、使い物にならなくなります」


 さすがに、測定器を壊した記憶はないが。

 魔道具屋がクビになったのも、商品を意図せず壊してしまったからだ。

 そういえば、母は生活のため、時おり魔道具修理の依頼を受けていたが、テオドアには幼いころから絶対に触らせようとしなかった。

 もしかすると、物心つく以前に、魔道具を派手に壊したことがあるのかもしれない。


 テオドアの話を、神官長は興味深そうに聞いていた。

 それから、納得した様子で、二、三度頷くと、人差し指を立てて言った。


「ではひとつ、試してみよう」

「試す……?」

「そうとも。誰か、図書室から――本を一冊持ってきてはくれまいか」


 彼は、書物の名前らしき単語を諳んじた。聞いただけでは、なにを指す言葉なのかは分からない。もしかすると、神殿で使われるという、特別な言葉なのかもしれない。

 神官の一人が客間から飛び出し、しばらくして、今度は書物を片手に戻ってきた。

 それを受け取って、神官長はぺらぺらとページをめくった。ずいぶんと古びた本だな、とテオドアは思った。


「おお、あった。これだ――少しの間、目を閉じていてくれるかな」

「なにを……?」

「ちょっとした実験だ。成功しても失敗しても、君に害はまったくない。保証しよう」


 あくまで穏やかに言われ、テオドアは少しだけためらったあと、黙って目を閉じた。

 額の辺りに、気配を感じる。手をかざされたのだ、と、理解した。

 閉じた視界の外側で、神官長が重々しく唱えた。


 ――嬰児えいじよ。目を開くときが来た。かの脅威は既に去れり。あらゆる道は晴れ、そなたの道行きを力強く照らすだろう。

 ――直視せよ。恐れるな。今こそ、真の姿を顕わすとき。


 ばちん、と、頭のどこかで何かが弾けた。


 無意識に止めていた息を少しだけ吐き出すと、急に、ものすごい暴風に見舞われる。


 驚いて目を開く。

 この一瞬で、周囲は様変わりしていた。


 椅子や机はなぎ倒され、あらゆる物が地面に落ちている。神官たちは乱れた面布や髪を直し、ひっくり返った仲間を助け起こしていた。

 いったい、なにが起こったというのか。


 テオドアは、答えを求めて神官長を見た。

 彼は満足そうに笑っていた。


「君はどうやら、自ら魔力を封じていたようだ」

「魔力を……自分で? どういうことですか?」

「稀に、王族や貴族には、そういう子どもが生まれるらしい。婚姻によって魔力を高めようとした弊害だろう。あまりに多すぎる魔力は、赤ん坊には毒になりかねない」


 つまり、こういうことらしい。

 魔力は多く持てば持つほど良い。高貴な人々は、そのように考え、魔力量が多い者同士の婚姻を推奨してきた。


 もちろん、両親の魔力量がそっくり受け継がれ、魔力の多い子どもが生まれるとは限らない。

 しかし、その逆で、両親を超えた魔力の量と貯蔵量を兼ね備えた赤ん坊が、生まれることもある。


 多くは生まれたときから神童と讃えられるに至る。

 だが、さらにその中でも、飛び抜けた者は――赤ん坊の身に余る魔力を本能で危険と判断し、生まれた瞬間から、自ら封じてしまうことがあるという。


 神官長も、いにしえの文献をあさっていたときに見つけた程度で、実際にはそんな事例を見たことも聞いたこともなかったそうだが。

 魔道具がすべて壊れる、と聞いたときに、まさかと思ったらしい。


「封印して、本人も周囲も気付いていなかったとしても、魔力は存在していた。君が出力できなかっただけで。だから、君の有り余る魔力に反応して、耐えきれずに、魔道具が壊れていたんだろう」

「……前に測ったとき、測定器は壊れませんでした」

「そこらの魔道具と、測定器では、一度に耐えられる魔力の量が違う。時を経て、封印も少しずつ緩んでいたんだろうな。成長して、尋常じゃない魔力を扱うだけの体力を得た、と本能が判断したのかもしれない」


 ――我々は、よほど大がかりな魔法を使わない限り、他人の魔力量を正確に計ることはできない。

 測定器も、自らの魔力を自覚している者しか、判断することができない。

 だが、女神はそれを、一度で見抜いてしまった。我々人間が、先入観に踊らされている内に、逸材を見つけ出してしまわれた。


 そう言って、神官長は優しく微笑み、たっぷりとした袖口から、透明な結晶を取り出した。

 ずいぶんと小ぶりで、手のひらに収まるほどの大きさだが、魔力測定器であることは一目で分かった。


「持ってみなさい」


 言われた通りに受け取ると、先ほどまであれほど無反応だった結晶は、まばゆいまでの光を放った。

 そうして、間髪入れずに砕け散る。破片は、テオドアの足下に散らばった。


 ……もう、なにがなんだか、分からない。


 明かりを美しく反射する破片を、テオドアは黙って見下ろした。

 いくら眺めても、答えは見つからなかった。

 

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