でいly l1普

13月58日、今日は玉ねぎ星が接近する日である。昨日はトマト星だったか。

星々はとても美しく、また、星にしては理論が破綻していると言っていいほどその形には特徴があった。どのようにその星が成り立っているかどうかはわからないが、そんなことを知っているわけでもないし、知りたいわけでもない。


数分ぐらい経った後、ゆっくりと上体を起こし、私は足元にある少し湿った雲を踏みつけながら虹色のサンダルをはく。するとそのサンダルはオパールのように輝きながら、溶け、私の足を辿るように登ってきた。それはうっとりする程綺麗であり、それこそ宝石を液状にしたようだった。思わず触れたくなるが、生憎、私の両腕は洗面所にあるため残念ながら触れることはできない。

 かといって、その美しい姿のサンダルが太腿まで上がり、ただの真っ白なブーツになるまでの時間は長いものではない。気がつけばその宝石の液体は、プラスチック製だろうか、ただの硬めの真っ白な数センチほどのヒール付きのブーツとなっていた。

軽快に足を動かし、羽毛、それはもう美しく、汚れのない、少しばかり成長した初々しい白鳥のような床を通り、私は洗面台に向かう。


ガラスで作られたそれは、夕日を浴びて綺麗に反射している。顔を洗うにはあまりにも眩しいが、洗う場所は他にないので仕方がない。壁に立てかけてある腕をとって平坦な自分の肩に近づけ、また反対側もそうする。磁石によって引き寄せられた腕は、高い金属音を鳴らして自分の肩につく。至って簡単な操作だな、と思う。腕から性能に異常がないことを説明する機械の声が鳴る。これでやっと顔を洗うことができるのだ。蛇口を上に引っ張り、緑の水を掬う。どういう物質かは忘れたがそれを含むこの水は健康にいいらしい。十分に洗った後、洗面所に糸で固定されている雲を取り、顔を拭く。そう言えば、この雲も随分と汚れたように思う。そろそろ替え時かなと思いながらその雲をとってベランダへと向かう。そして私はその雲を空中に投げた。固定されていない雲は瞬く間に空へと舞い上がっていく。それを見届ける暇もないので、私はすぐさま、代わりの雲を買うために、手のひらを広げる。そして、そこから出てきたスクリーンを触って今治雲のホームページを開き、ちょうどよさそうな雲を探す。


いつになるだろうか。


どちらにせよ、最近は注文客が増えたので、届くのは予定より遅くなるだろう。


そろそろ食事の時間か、私はベランダから立ち去り、透明な机の上に座り、白い、バルチック建築を思い出すような椅子の模様に足を滑り込ませながら、今日のメニューを思案する。いちご味のコーヒーは飲めたものではなかったし、卵で作った生臭いステーキは吐き気を催すような素晴らしい味だった。あの料理本は私が作るにはまだ早すぎる料理しか乗っていなかったようだ。余程考えて作られたアングルでとったであろう豆乳チャーハンの納豆和えが美味しそうに表紙に載っている料理本を見て、私はその味を想像しながら、私はきっと一生その味を食べることは私一人では不可能であることを悟り、ため息を吐いた。しばらく美味しそうな料理を見ていると何か苛立ちを感じ、私は発狂しながら料理本を破り裂く。そしてわたしはその散り散りになったチャーハンを見てそれが一層美味しそうに感じた。

 そうだ、これを料理しよう。確かこの料理本、森林伐採の影響で近年多用されているライスペーパーで作られていたはずだ。食べられなくはない。確かこの前、友人が泊まりに来た際に購入した綿飴を作る機器があったはずだ。レトロな感じを想像させられる、何ら特別感のない綿菓子器を引っ張り出す。破られた料理本であった米をさらに細かくし、中央の穴に入れる。砂糖を入れればもっと美味しくなるだろう。

 ちょうど頃合いだろうか、私は一本の棒を手に取り、先ほど入れた円の周りを棒で周回する。絡め取られていく綿菓子は料理本の着色料によってカラフルである。用意してあったエナジードリンクをパステルカラーの淡いピンクのボールに入れる。毒々しいその青色はどこかブルーハワイを思い出させる。綿菓子をエナジードリンクに漬けると、もちろん、その綿菓子は青色に染まっていく。それは空色というよりはは、コバルトブルーである。私は滴るエナジードリンクを掬いながら急いで机に座り、綿菓子に齧り付く。途端に私はため息を吐いた。これは出来すぎている。やはり料理本特有の繊維は食感に弾力を与え、それに加えたコバルトブルーのエナジードリンクはどこかグミのようなものを彷彿とさせる。それも最近あるような様々な装飾のついた、鬱陶しいグミとは違う。何か懐かしさを感じさせる、シンプルで、しかしそれだけで完成されたような素朴な味は私を唸らせるには十分だった。

 ドアの鐘の音で私は現実に戻された。そういえば今日は友人と一緒に立ち上げたプロジェクトの会議があるんだ。その友人の出生こそは知らないものの、それ以上のつながりが確かにある。玄関とは反対側にある木のドアを開くと、そこにあるのは、どこぞの塩湖を思い出すような地面と空の境界が曖昧な広大な地。踏み出すのも最初は躊躇っていたそこも、今は唯の約束への道のりの一つにすぎない。この広大な地にランダムに生成されるバグを利用した不安定な空間に友人はいる。そのバグを探すにはひたすら歩き、一種の揺らぎを感じた場所を掘れば辿り着く。歩く時間はそれこそランダムで、初めの一歩がバグであったこともあるし、3時間かけてやっと辿り着いた、なんてこともある。ヘッドフォンを装着し、私は歩き出す。退屈な時間を何もなしに過ごし、歩き続けるなんて通常の人間ができることではない。音楽をかけなければ狂ってしまうだろう。私は最近よく聴いている、サングラスというアーティストの楽曲である「SNOW DAYS」という曲を再生する。今日はどれぐらいかかるだろうか。

 今日は極めて平均的な時間であったようだ。揺らぎを見つけて私は少し安堵する。つけていたヘッドフォンを外し、私はその揺らぎを掘り始めた。次第に地面がは剥がれていき、白い空間が出てくる。しばらく掘っていると、突然風が地上から穴に向かって吹き、私は自然と穴へと落とされる。いや、もちろんそんな短時間で掘れるはずがない。ただしばらく掘っていくと、風が吹いており、穴に近づいた瞬間、白い空間に放り出されるのだ。理論は知らない。

「遅かったね。」

立ち上がると、彼女が私を呆れたように見ていた。長い髪の毛に病的に白い肌、青色がかかったような瞳は夜空が街の光に照らされているような色によく似ている。

「ごめんよ。」

現在時刻は集合時刻の1時間後。彼女が怒るのも無理はない。いや、でも今はそんなものよりも伝えたいことがある。

「それより聞いてよ。今日のご飯のこと。」

彼女がうんざりしていることなんて、百も承知だ。しかし、それでも今日の朝食の素晴らしさは伝えたかった。

 しばらく話していると、と行っても極めて一方通行であったように感じるが、彼女は急に口を開いた。

「で、プロジェクトに関する資料はまとめてくれたの。」

「あ。」

完全に忘れていた。彼女は何かを察したようにため息を盛大に吐き出して、私を引っ叩き、叫ぶ。

「私の時間を返してよ!この大馬鹿者!」

彼女は私の顔を見ずにズンズンと白い空間を進み続け、そのまま腰を下ろしてしまった。慌てて彼女に近づき引き止めようとするが、瞬く間に彼女は細々とした粒になり、やがて消えてしまった。

 兎に角、プロジェクトに関する資料をまとめなければいけないのは変わらない。私はこの空間から離脱しようと白い壁を爪で引き裂き、そこから出てきた真っ暗な空間をそのまま進んでいった。歩いているうちにきっといつものドアが出てくるだろう。


なぜ、出てこないんだ。


あぁ、確かに行きと同様、ドアにたどりつく時間は完全にランダムなものである。いやしかし、ここまで長かったことなんてないだろう。もう自分のお気に入りであった曲もここまでくると鬱陶しいとさえ思う。これでは戻ることができない。


強制的に帰るか。


私はもう一度爪で空間を引き裂く。

そこにあったのは紛れもないジャングルであった。さまざまな植物が地面を覆っている。ただ流石にここを進む気力もない。もう一度爪で空間を引き裂く。

それは何かの部屋であった。木で作られた机らしきものの上には黒い板が立っており、黒いボタンが大量に並んだ板が置いてある。なぜか懐かしささえ感じるその風景がどこか居心地よくて、私はもう少しそこを進んで見ようとする。もう一部屋にあったのは蛇口がついていてる白い桶のようなものがある。これは回して使うのだろうか。試しに回してみればそこからは透明な液体が出てきた。壁には黄色の布が掛けてある。触り心地は少しゴワゴワとしているが、これは何に使うんだろうか。最後の一部屋は少し広く、大きな窓もあるような部屋だった。先ほどジャングルで見たような植物が茶色の入れ物に土の上に刺さっている。窓の反対側にはカウンターのようなものがあり、そこに入ると黒い板の上に円状の針金のようなものがのってる台があった。引き出しをみればそこには見慣れたなべもあったが、色はどれも地味なものである。ここはどうやら料理をする場所らしい。近くにあった白くて大きい箱の扉を開いてみれば冷気が私の肌を撫でる。

そこにあったのは、食材だった。まさに、食材だった。私は後退りをし、そのまま座り込んでしまう。不意に吐き気がするが、もう消化してしまった狂った食べ物はもう胃から出てくることはない。口を濯ぎたくなって慌てて洗面台に駆け込む。そこにあったコップを無造作にとり、そのまま口を濯ぐ。そして顔を洗おうと、蛇口を捻り水を掬う。そして顔を洗い、掛けてあったタオルを取ってそのまま顔を拭く。不意に違和感を感じる。そうだ、この両手は作り物であった。私は発狂する。

なぜこっちが現実なんだ。

そう、自室にあった机も、その上にあるモニターもキーボードも、全て私のものなのだ。いや、いつまでそうだったのだろう。いつから私はあの場所にいるのだろう。なぜいるのだろうか。もはや私にはわからなかった。なぜサンダルが液体になるのか、なぜ床に毛が生えているのか、なぜ腕がないのか、なぜ洗面台がガラスなのか、なぜ緑色の水が健康にいいのか、なぜ料理本を食べたのか。しかしそれは今までは紛れもない日常であったはず。耐えきれなくなってそのまま震えてそのまま目を閉じた。


何分経っただろう。私は辺りを見渡す。そこにあったのは牢獄のような場所だった。冷たい鉄格子とコンクリートの床に私はもう驚く気力もなかった。一見普通の牢獄だが、ただその殺風景な場所にただ一つ、鮮やかなものがあった。


あぁ、ドアだ。


鉄格子の中と外をつなぐ、普通なら鉄の扉である。しかし、それは私が探し求めていたドアそのものであったのだ。戻りたいかといえばそうではなかった。もうあんな狂った食べ物は食べたくないし、腕の行方を知りたい。普通の暮らしがしたい。でもそれ以上行く場所もない、唯一外に出られる方法である扉さえも、あの場所に繋がっている。もうどうしようも無く、諦めてその扉を開く。


ただいま。


そこにあるのは毛のはえた床と透明な建造物。自分はあのよくわからない空間から逃げ出せたことに安堵する。


早く、プロジェクトに関する資料を作らなきゃ。


私はいつも通り、手のひらを開き、出てきたモニターを操作しながら自室に戻る。後で彼女に謝っておこう。そう思いながら私は食べかけのエナジードリンク漬けの綿飴をひと齧りした。


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