Episode Memory:33 非日常と幼馴染

 幸奈たちが事件を解決してから二週間が経った。


「瑞穂ちゃん、みのり! おはよー!」

「おはよう、幸奈」

「おはー」


 幸奈が四葉学園高校の正門を抜けて校舎に向かう途中、同じように校舎へ向かっている瑞穂とみのりに会った。


「セレンとフォーチュンもおはよう!」

「お、おはようございます……!」

「おはよう、幸奈さん」


 瑞穂とみのり、それぞれの横にいたセレンとフォーチュンが優しく微笑む。


「今日の授業やだなー。本当に全部小テストやるの?」

「その様子だと、復習していないの?」

「ばっちりやってるよ! 今回も全部いい点取るもん!」


 むくれる幸奈。

 あ、と思い出したようにみのりへ視線を移す。


「今日の放課後なんだけど、別の予定入っちゃった! また誘って!」

「おっけー。また予定立てよ」


 それじゃああたし日直だから、と幸奈は走り去る。

 幸奈の背中が遠くなったところで、みのりは欠伸あくびをこぼす。


「幸奈、本当嘘つくの下手だよなぁ」

「……運上さん。幸奈からはなにも聞いていないのよね?」

「うん。幸奈から言ってくれるだろうし、あたしは待ってるつもり」


 すると、二人のやり取りを後ろから見守っていたフォーチュンが振り返る。

 そこには日向とフレイムがいた。


「あ。結城」

「んだよ、その雑な反応」


 日向は眉をひそめてフォーチュンに視線を移す。


「フォーチュン。運上の態度、そろそろどうにかしろよ」

「みのりは昔から素直になれないんだ。君もそれは知っているんじゃないか?」


 申し訳なさそうに微笑むフォーチュン。だが、言葉にはどこかいたずら心が混じっていて、理解した日向はニヤリと笑う。

 みのりは二人をじとりとにらむ。


「フレイム。結城が調子に乗らないように見張っててよね」

「もちろんだ」

「……それと結城。今日の予定断られたから」


 日向へ視線を移し、みのりは気だるそうに続ける。


「これで五回目。幸奈にそもそも予定がないのは、全員とっくに気がついてるっての」

「……まぁ、幸奈も言ってくれるだろうし。それまで待ってればいいだろ」


 大きく伸びをする日向を見つめる瑞穂とみのり。

 二人の視線に気がついた日向はたじろぐ。


「な、なんだよ二人して……」

「……あんたと同じ思考回路なのが、なんか気に食わない」


 んだと、とみのりにガンを飛ばす。

 二人のいつもの言い合いを見守りながら、瑞穂は思案していた。やはり、全員考えることは同じなのだと。

 今は待つのが正解かもしれない。誰もが、幸奈なら包み隠さず教えてくれるだろうと信じていた。



「颯太先輩! おはようございます!」


 職員室から出てきた颯太に向けて、幸奈の廊下に響き渡る声が届く。


「春風か。おはよう」

「もしかして、颯太先輩も日直ですか?」

「あぁ。その様子だと、春風もか?」


 そうなんです、と元気よく返す幸奈。

 その流れで職員室に入ろうとした幸奈を、颯太は呼び止める。


「その……俺でよければ相談乗るからな」


 ためらいがちな颯太に、幸奈はにこりと笑う。


「ありがとうございます! でも、あたし一人で頑張れますから!」


 職員室に入っていく幸奈。颯太はそれ以上幸奈を引き止められなかった。


   * * *


『――だから、来週あたりに幸奈たちも一緒にどうかなって』


 画面の向こうで凜は微笑む。

 その日の夜、幸奈は凜とラインとビデオ通話をしていた。幸奈の画面の向こうでは、凜にラインがぴったりとくっついていた。


『その遊園地ね、観覧車がとっても大きいの! きっとみんなで行ったら絶対楽しいよ!』

「あそこ、いろんなアトラクションあるもんね! もうすぐ中間テストもあるし、みんなで予定合わせよっか!」


 画面の向こうで、楽しそうにアトラクションを説明していくライン。

 幸奈はベッドの上でクッションを抱えながら、ラインを微笑ましそうに見つめていた。


『ライン。もうすぐお風呂が沸くから準備しようか』

『やだ! もう少し幸奈と話す!』

『……あと少しだけだよ。それじゃあ幸奈、また明日ね』


 にこやかに手を振って、凜は画面から外れた。

 凜を見送ったラインは幸奈に視線を戻す。


『ねぇねぇ、幸奈』

「どうしたの?」

『シルフとは、まだ会えてない?』


 眉を下げて問いかけるライン。


「……たぶん、もう少しで会えると思う!」


 幸奈の答えに、ラインは笑顔を取り戻す。


『あのね、シルフとまた会ったら、話したいこといっぱいあるの!』


 無邪気な笑顔のラインに向けて、幸奈は「あたしも!」と元気よく返した。

 そしてビデオ通話を終え、画面は暗くなる。

 クッションを抱えたままベッドに寝転ぶ幸奈。


 あの事件のあと、リヒトは逮捕された。

 みのりと颯太は計画の全容を知らなかった――というより、リヒトにだまされて協力していたため、罪には問われなかった。また、精霊研究を行う者の今後の信用に関わるため、一連の事件はニュースに載ることはなかった。

 そして二週間経っても、幸奈とシルフは再会できていなかった。

 精霊王が言っていた、生命核の回復がどのくらいかかるのか。幸奈にそれを知る手段はなかった。


 幸奈はカーテンの隙間から見える、星が瞬く夜空を見上げる。


「……甘いもの、買いに行こうかな」


 投げ捨てるように置いていたスマホを手に取って、幸奈は一人外に出た。


   * * *


 それからコンビニでチョコレートやグミなど、目につくお菓子をとにかく買い、幸奈は帰路に着く。

 途中、ブランコとすべり台とベンチしかない公園を通り過ぎる。そこは精霊界に向かう前、シルフと洸矢と話した場所。

 幸奈はふらりと公園に入り、ブランコに腰かける。しかしがずに地面に足をつけたまま、ゆらゆらと揺れるだけだった。


「幸奈?」

「洸矢兄と、プレア?」


 公園の外にはカジュアルな服装をした洸矢と、その横にプレアがいた。


「幸奈さん、こんな遅くにどうしたんですか?」

「甘いもの食べたくなって買いに来たの!」

「そうだったんですね。暗いですし、一緒に帰りませんか?」


 送りますよ、と微笑むプレア。


「ううん、もう少しだけ遊ぼうと思う!」

「一人じゃ危ないだろ」


 洸矢は幸奈の隣のブランコに腰かける。


「幸奈。今日の小テストどうだった?」

「今までで一番よかったよ! 日向もみのりも驚いてた!」


 幸奈はにんまりと笑う。


「そういえば、最近は教えてって言う回数も減ったよな」

「みんなに頼ってばっかりだったから、一人で頑張ろうと思って!」

「周りは幸奈に甘えて欲しいって思ってるけどな」


 そんなことないよ、と幸奈はチョコレートを一粒口に入れる。


「……だって、みんなに甘えすぎてるよ」


 視線が下に落ちていく幸奈。


「幸奈だからいいんだよ」


 うつむく幸奈に向けて、洸矢は優しい笑みを浮かべる。


「周りが幸奈を甘やかすのは、幸奈を支えた結果だよ。危なかっしいけど、幸奈が進む方向には間違いなく面白いことがある。だから、それが気になって幸奈についていって、ついていった全員で幸奈を支えてる」


 目を伏せたままの幸奈に、洸矢は続ける。


「一人で頑張るのもいいけど、幸奈は周りに甘えていい。それも含めて幸奈のいいところだよ」


 うつむいていたままの幸奈は、パッと顔を上げた。

 いつもの笑顔が浮かんでいて、幸奈はブランコから立ち上がって大きく伸びをする。


「ありがとう、洸矢兄! それじゃあ明日から――」

「幸奈さん」


 幸奈の目の前にプレアが立ち、幸奈に微笑みかける。


「今は僕たちしかいません。……ですから、今ここで起きたことは僕たちだけの秘密になります」


 ここにいるのは、幼い頃から互いを知っている三人。今さら気を張って過ごす関係ではない。つまり、心から安心できる存在であること。

 そのとき、涙が幸奈の頬を伝った。


「…………ごめん。ちょっとだけ、泣かせて」


 その場にうずくまる幸奈を、洸矢とプレアは優しく慰めた。

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