Episode Memory:31 記憶と忘却

「今までも、あたしがシーちゃんの力を使えるように見せてくれてたんです」

「……そうか」


 だから、ただシルフを見ていることしかできなかった。

 精霊王は怒ることなく、静かにつぶやいた。

 なにかしらの罰を受けると思っていたのに。罪悪感にさいなまれた幸奈は、唇を噛んでうつむく。


「……ごめんなさい」

「シルフが決めたことなら、私はそれ以上言及しない」


 精霊王は幸奈とリヒトを一瞥いちべつする。


「今から仮契約として、私の力の一部を貸し与えよう。だが、多少なりともお前に負担はかかる。それだけは了承しろ」

「……はい」


 精霊王が手をかざすと、幸奈の右手の甲に剣と盾を組み合わせたような紋章が浮かぶ。

 それと同時に、心臓をきゅっと掴まれたような感覚に襲われた。


「精霊王、あなたのデータも私にくれないでしょうか」


 リヒトは笑う。

 すると手の甲の紋章が光り、幸奈が手をかざすと手元に光輝く剣が現れた。

 まるでRPGに出てくる勇者の剣のようで、幸奈はそれをしっかりと握る。


「おそれるな。私の力があれば造作ぞうさもない」


 幸奈を守っていた光の壁がなくなり、精霊もどきが幸奈に襲いかかる。

 精霊もどきが起こした風を、光の壁を具現化させて盾のようにして防ぐ。スライディングで下をくぐり抜け、リヒトの後ろにある機械へ向かう。


「させませんよ!」


 幸奈を止めようと手を伸ばすリヒト。

 だが、幸奈は剣を床に突き立て、それを軸にして宙を舞う。


「なっ……!」


 ひらりと身をかわし、手をかざして別の剣を具現化させる。


「リヒトさんの思うようにはさせない!」


 自分勝手な理由で、精霊界の一部の記憶を消したこと。精霊のデータを悪用したこと。研究のためにみのりと颯太を利用したこと。ラインを悲しませたこと。親友を傷つけたこと。


「あたしが全部止めてやる!」


 剣を振り上げ、機械を真上から深々と突き刺した。

 突き刺した先から亀裂が広がり、火花が散る。画面が暗くなり、横にあったゲートも次第にもやとなって消え去った。


「そんな、まさか……」


 手を伸ばしたまま、リヒトはひざをつく。

 幸奈は暗くなった画面を見つめる。精霊王が言っていた通り、あまりにもあっけなく終わった。

 振り返ると、精霊王の目の前に光る球体があった。その中にいたのは、シルフの姿をした精霊もどきが、二人。


「逃げていたもう一人も私が捕まえておいた。感謝することだな」


 その瞬間光が強くなり、光がなくなったときには誰もなくなっていた。


「男。貴様に問う」


 リヒトは絶望に染まった目で精霊王を見上げる。

 そのとき、リヒトの中に抱いたのは、死。

 この精霊の前では、自分はちっぽけで無力でなにもできない存在なのだと思い知った。


「契約している精霊の名を言ってみろ」


 だが、その王からの質問は、リヒトの想像とはあまりにもかけ離れていて。

 リヒトは鼻で笑う。


「それはもちろん――」


 その次の言葉は、リヒトの口からは出てこなかった。


「別の質問だ。貴様の家族の名を全員言ってみろ」


 リヒトから答えが来る前に、精霊王は別の質問を投げかける。その質問にもリヒトは答えなかった。否、答えられなかった。

 一体なにが起こっているのか。幸奈は動揺した表情でリヒトと精霊王を交互に見つめる。


「……やはりそうか」


 精霊王がつぶやく間にも、リヒトは答えようと口をはくはくと動かす。だが、名前が出てこない。

 そういえば、彼らはどこに行ってしまったんだろう。


「精霊王……リヒトさんになにがあったんですか?」

「この男は契約した精霊の力を最大限に活かしたのだろう。それは我々精霊が願ったことであり、賞賛にあたいする。現に、私をあざむくほど強力だ。……そしてその強力な力は、自分自身にも影響した」


 目を見開く幸奈。


「この男は無意識下で精霊の力を使い続けている。記憶は消え続け、いつしか自分が何者かさえ思い出せなくなるだろう」


 リヒトはその場に力なく座り込み、顔は焦燥しきっていた。


「……リヒトさん」


 リヒトの前に歩み寄り、幸奈は膝をつく。


「大丈夫です。リヒトさんがリヒトさんのことを忘れても、あたしは忘れません」


 忘れない。忘れられない。忘れたくない。


「あたしが覚えていれば、忘れたことにはなりません」


 幸奈のまっすぐな瞳がリヒトを射抜く。


「だから、これから――」


 言葉の先が途切れる。

 幸奈の手は、リヒトの首を掴んでいた。

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