Episode Memory:28 約束と思い出

「こんなところに運上がいるのか?」

「あぁ。可能性は十分にある」


 日向たちが着いたのはとある霊園。

 ただ墓石が並んでいるのではなく、花と緑に溢れた庭園のような場所だった。平日の夕方という時間もあるせいか、日向たち以外に誰も人はいなかった。


「なんでここに運上さんがいると思ったの?」

「つい先日、みのりの兄の命日だったからな」


 噴水がある広場のような場所に出ると、噴水の横にあるベンチにみのりが座っていた。

 そして、みのりの足元には猫の姿をした精霊もどき。


「フォーチュン……?」


 みのりは目を見開き、思わず立ち上がる。


「なんで、ここにいるの」

「みのりに会いに来た」

「……あんた、一生部屋から出ないでって言ったでしょ。なんであたしの言うこと聞かないわけ?」


 冷え切った目でフォーチュンを睨むみのり。


「運上、なんでお前精霊と契約してないって嘘ついてたんだよ」

「そりゃそうでしょ。そんな奴と契約してるなんて絶対言いたくないし」

「っ、ふざけんな――」


 踏み出そうとした日向を瑞穂が制止した。

 みのりの足元にいた精霊もどきが威嚇いかく体勢に入っていて、日向は歩みを止める。


「運上さん。ラインちゃんは今どこにいるの?」

「教えるわけないでしょ。誰にも言うなって言われてるし」

「リヒト・グレイアさんのところ?」


 みのりの表情が一瞬揺れ動いたのを、瑞穂は見逃さなかった。


「運上さんがリヒト・グレイアさんと繋がっているのは知っているわ」

「……それで、秋月さんたちはどうしたいの?」

「ラインちゃんの居場所を聞いて助けに行くこと。フォーチュンを運上さんに会わせること。そして、あなたがフォーチュンへ謝ってもらうことよ」


 瑞穂は冷静に告げる。


「二人の過去にあったことは、私からはなにも言えない。でも、自分と契約している精霊を認めないことだけは絶対に許さないわ」


 表情が鋭くなる瑞穂と、「はぁ」とあきれた表情のみのり。


「運命を変えられないのに、運命を司るとかふざけてるでしょ」

「ふざけてんのは運上の方だろ!」


 掴みかかりそうな雰囲気の日向。

 そのとき、みのりの横から精霊もどきが飛び出した。精霊もどきはフォーチュンへと向かっていた。


「フォーチュン!」

「フォーチュン様!」


 フレイムとセレンがフォーチュンを守るように立ちはだかる。

 水のベールに包まれ、フレイムが炎をまとった尻尾で精霊もどきを牽制けんせいした。

 精霊もどきは飛び退き、日向たちから距離を取る。


「ちょっと、いきなりなにしてんの……」


 みのりは訳が分からないと言ったような表情で精霊もどきを見る。

 すると、精霊もどきの視線はフォーチュンからみのりへ移る。野生のような獰猛どうもうな目つきに、思わずみのりの体が固まる。


「みのり!」


 精霊もどきが飛びかかろうとしたその瞬間、フォーチュンがみのりを突き飛ばす。それは、あのときと同じような状況で。

 そして、フレイムとセレンが再びフォーチュンを守ろうと前に出る。だが、二人と対峙していた精霊もどきは、体がボロボロと崩れていった。


「……え?」


 灰が崩れていくように消えていき、最終的に精霊もどきの姿は跡形あとかたもなくなった。

 一体なにが起こっているのか。精霊もどきが消えた場所を、日向たちは呆然ぼうぜんと眺めていた。


「……研究、全然できてないじゃん」

「研究?」

「リヒトさんに頼まれてた、離れていても精霊と意思疎通ができるようにするための研究」


 みのりはスマホの画面を日向たちに見せる。

 画面にはアプリケーションが開かれていて、みのりが過去に指示したであろうメッセージが残っていた。


「精霊もどきを操作してたってことか? あんなんと意思疎通なんて無理だろ」

「え、あいつそんな名前なの?」


 画面を見ながら顔をしかめる日向。

 画面と精霊もどきを交互に見つめ、みのりは小さく息を吐く。


「ラインちゃんはリヒトさんの個人の研究所に連れてった。あたしもリヒトさんに話が聞きたいから案内する。結城たちは先に駅行ってて。……あんたは残って」


 みのりはフォーチュンを見つめる。

 不安そうな日向たちに向けて、フォーチュンは大丈夫だと言った風にうなずく。

 日向たちは立ち去り、噴水の水流の音だけが響いていた。


「……あのさ、」

「どうした?」

「…………今までごめん」


 うつむくみのりに、フォーチュンは微笑んだ。


「そうだな。みのりは私という立派な精霊と契約しているのに」

「……ごめんって」

「変な研究に加担して、あんな精霊のような生き物と仲良くしていたなんて」

「だからごめんって」


 やれやれと振る舞うフォーチュンと、気まずそうに視線をそらすみのり。


「今度墓参りに一緒に来て欲しい。それで今までのことはなかったことにしよう」

「……それだけでいいの?」


 ぽかんとするみのりに、フォーチュンはうなずく。

 ひどい扱いをしていたのに、たったそれだけのことでいいのかと。


「みのりがそばにいてくれるなら、私はそれで十分だ」

「……そんな恥ずかしいセリフ、よく言えるね」

「そうだ。あとは、みのりが通っている高校にも行ってみたいな」

「はいはい。しばらくなんでも言うこと聞きますよ」


 あの日から会話をすることはほとんどなかったのに、いつの間にか二人のやりとりは昔のように戻っていた。

 そしてみのりとフォーチュンが駅へと向かうまで、会話は一度も途切れなかった。


   * * *


「……あった」


 洸矢とプレアは寂れた廃ビルを見上げていた。

 誰も近寄らないそこは夕方の薄暗い雰囲気も合わさって、幽霊がいてもおかしくないような雰囲気だった。

 過去に颯太がここで精霊と出会い、契約したと教えてくれた。


「入るか」


 ひざくらいまで伸びた草をかき分け、ビルの中へ入る。中はところどころコンクリートが崩れ、鉄骨が剥き出しになっていた。

 階段を昇りながら颯太がいないかを隅々まで確認する。


「洸矢」


 プレアが小声で洸矢を呼び止める。


「どうした?」

「……います。颯太さんはこの上に」


 洸矢の表情がけわしくなる。

 プレアが感じ取ったのは、おそらく精霊もどきの気配。


「気をつけるぞ」

「はい」


 音を立てないよう、二人は静かに階段を昇っていく。


「誰だ」


 だが、部屋から聞こえた声に足を止める。その声は颯太だった。

 二人は顔を見合わせて息を呑む。気がついていないフリをしてもいいが、向こうには精霊もどきがいる。

 覚悟を決めた二人はうなずき、部屋の中に入った。

 そこでは、狼の姿をした精霊もどきが洸矢たちを威嚇いかくしていた。


「祈本と、プレア……?」


 予想していなかった人物に颯太の表情が動く。


「影井を探しに来た」

「俺を?」

「ラインのことと、そこにいる精霊もどきのことも聞きに来た」


 落ち着き払った表情の颯太は、横にいた精霊もどきに視線を移す。

 精霊もどきは洸矢たちを威嚇し続けていて、洸矢とプレアはいつ向かってきてもいいように身構えていた。


「ラインは今どこだ?」

「……あの子のことは誰にも言わないようにお願いされてる」

「リヒトさんが連れ戻したのは知ってる」

「分かってるなら、わざわざ俺を探す必要はないだろ」

「違う。俺はお前を探しに来た」


 颯太の眉がぴくりと動く。


「影井はそいつと契約なんかしてないだろ」

「……だったらどうした」

「お前には契約してる精霊がいるのに、なんで新しく契約したとか言ったんだよ」

「あいつは死んだ。だから新しい精霊と契約しただけだ」

「精霊は死なない。なにがあっても契約は切れないってリヒトさんも言ってた」

「じゃあ、あいつとの繋がりが消えた理由はなんだ。それが契約が切れた証拠だろ」


 鋭い瞳の颯太に洸矢はひるまなかった。


「……その理由は俺には分からない。でも俺は、別の誰かと契約しようとは思わない」


 洸矢は眉を寄せる。


「契約したときの話とか、いろんな思い出を影井から聞いてる。俺もプレアも、あいつとの思い出がある。それを精霊もどきなんかで上書きできないだろ」

「……俺なりに前を向こうとした結果だ」

「その方向が間違ってるんだよ」


 その場に沈黙が訪れる。

 颯太が目を伏せた瞬間、精霊もどきが洸矢に飛びかかった。


「洸矢!」

「祈本!」


 誰もがスローモーションのように、全てが遅く感じられた。

 颯太が洸矢の名前を叫んだ瞬間、颯太の影が伸びて精霊もどきを絡め取った。


「……え?」


 影は颯太の姿ではなく、ぐにゃりと形を曲げて精霊もどきに覆い被さっていた。

 精霊もどきは逃れようと抵抗するが、水中に沈むように、そのまま影の中へ消えていった。

 そして影はすぅ、と短くなり、颯太の背丈の長さに戻る。


「影井、今のは……」


 洸矢とプレアは呆然と颯太を見つめる。

 颯太も今の出来事が理解できなかったらしく、自分の影に視線を落としていた。


「……あのときと同じ」


 颯太は思い出したように顔を上げる。


「あいつも……今の祈本みたいに精霊に襲われた」

「え……?」


 立ち尽くす颯太。

 頭の中では、そのときの出来事がフラッシュバックしていた。


「俺をかばって……あいつと一緒に、襲ってきた精霊もいなくなった……」


 自分を守って、どこかへいなくなった。一人になったその瞬間、体にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われた。

 でもそのとき、ただ姿を消しただけなら。契約は切れていないのでは。存在も繋がりも消えたから、死んだと思い込んでいただけなのでは。

 颯太は立ち尽くしたまま、中指にはめていた指輪を見る。


「……リヒトさんが、あの精霊との契約方法だって言って渡してきた」

「…………手懐てなずけて、飼い慣らす」


 ぽつりとつぶやく洸矢。

 以前リヒトと会ったときに言っていた言葉。精霊以外と契約はできないが、手懐けて飼い慣らすことなら可能だと。


「……影井。俺は今からリヒトさんのところに行く。影井もついてきて欲しい」


 洸矢の真剣な表情に、颯太は小さくうなずく。

 そして階段を降りていく途中、颯太は考えていた。あのときと全く同じ状況。もし、それが偶然ではないとしたら。


(考えたくはないが、まさか……)


 頭の中に浮かんだ最悪の考えを振り払う。

 会って確かめればいい。もしかしたら、再会できるかもしれない。

 颯太は階段を降りる速度を早めた。

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