Episode Memory:27 犯人と真実

『――ということだから、私たちはフォーチュンと一緒に運上さんを探しに行くわ』

『分かった。俺もこのまま影井を探す。なにかあったらまた連絡する』


 幸奈たちはグループ通話で連絡を取り合っていた。

 情報を共有し、通話を終えようとしたところで洸矢がシルフを呼ぶ。


『シルフ、さっきは一人でなにしてたんだ?』

「なにって……さっき話した通り、今日はずっと幸奈たちと一緒に動いてたわよ」


 なぜ突然そんな質問をしたのか。シルフは不思議そうに答えた。


『いや、駅に行く途中で俺と会っただろ』

「だから、私は幸奈たちと一緒にいたわよ。誰かと間違えてない?」

『シルフを間違えるはずないって』


 二人のどこか噛み合わない会話に、日向が「えぇ、」と小さくつぶやく。


『ドッペルゲンガーってやつ? やめろよ、俺ホラー苦手なんだから』

「精霊のドッペルゲンガーなんているはずないわ。そんな奴がいたら間違いなく私の偽物――」


 そこでシルフの言葉が止まる。

 電波が届かなくなったのかと、洸矢たちの声が幸奈たちの元に聞こえてくる。


「……シーちゃん?」

「…………ほんっと最低」


 心配になって幸奈が覗き込んだシルフの表情は、今まで見たことないほど激昂していた。

 その場にいた幸奈と凜の体に緊張が走る。


「リヒト・グレイア。あの男が精霊もどきを作り出したのよ」


 静かで低い声に、目を見開く幸奈たち。

 シルフの言葉は全員に聞こえていたが、誰からも明確な言葉は返ってこなかった。

 シルフは独り言のように続ける。


「精霊王が精霊研究をしている人間に聞けと言ったのも、精霊もどきが人間界にいる理由も、さっき洸矢が私を見たというのも。あの男が犯人だとしたら、全てが繋がるわ」


 シルフの言うことは、幸奈たちは腑に落ちた。

 通話は繋がったまま、幸奈たちの間に静寂が訪れる。少しの静寂ののち、『それなら、』と日向の声が届く。


『なおさら運上と影井先輩に話を聞く必要がありそうだな』


 幸奈が口を開く。


「……日向たちはみのり、洸矢兄たちは颯太先輩。リヒトさんのことは、あたしたちに任せて」


 その言葉を最後に通話は終わり、画面が暗くなる。

 暗くなったままのスマホを無言で見下ろす幸奈。


「……シーちゃん、ごめんなさい」


 シルフを見る幸奈の表情は、悲痛に満ちていた。


「あのとき、シーちゃんのデータを渡したからだよね。あたしは、シーちゃんが他の子たちと同じだって、リヒトさんに分かって欲しかっただけなのに……!」

「もちろん分かってるわよ」


 幸奈はぎゅっと拳を握りしめる。

 そもそも、シルフはシルフでしかないのに、なぜ他の精霊と比べようと思ったのだろうか。

 自分の浅はかな行動が利用され、最悪の方向に向かうなんて。


「……私は、あの男が幸奈の気持ちを踏みにじったことがなによりも許せないわ」


 幸奈が顔を上げると、決意を固めた表情のシルフ。そこに悲しみの感情は一切なかった。


「いい大人がなにやってんのって言ってやりましょ」

「シーちゃん……」

「あなたの取り柄は、破天荒さで周りも台風みたいに全部巻き込んでいくことなんだから。落ち込んでる暇なんてないわ」


 ふふんと笑うシルフに、幸奈はつられて小さく笑う。


「それ、褒めてる?」

「最上級の褒め言葉よ」


 凜は二人のやり取りがいつもの光景に戻っていることに安堵あんどした。


「リヒトさんのところに向かおう」


 そして幸奈とシルフ、凜はリヒトの個人の研究所に向かった。移動されていない限り、シルフのデータも研究所内にある。

 幸奈たちが研究所の入り口に到着すると、入り口にはセキュリティがかかっていた。


「……強行突破も、今日なら許されるわよね」


 悪戯っぽく笑うシルフ。

 シルフを中心にして風が巻き起こり、勢いを増したそのとき、


「……え、」


 ドアが開いた。

 こじ開けたわけでもなく、シルフの風がぶつかったわけでもなく、幸奈たちを迎え入れるように、静かにドアが左右に開いた。

 行き場をなくした風はゆるやかに止んでいき、シルフは呆然ぼうぜんとドアの先を見つめる。


「……全部見られているね」


 凜はドアの入り口近くを見上げていた。

 そこにあった監視カメラは、幸奈たちの姿をしっかりと捉えていた。


「歓迎してくれているなら、遠慮なく入りましょ」


 幸奈たちは中に入ると、照明は幸奈たちの居場所に合わせて自動で点灯した。

 研究所内は怖いほど静かで、幸奈たち以外には誰もいないようだった。


「僕は下の階に行くよ」

「うん。気をつけてね」


 幸奈とシルフは近くにあった階段を昇り、凜は逆に階段を降りていった。


 

「ここ、かな」


 階段を昇った一番奥の部屋の前に、幸奈とシルフはいた。

 他の部屋は鍵がかかっていて入ることができず、自然と奥に進んでいく形になっていた。

 幸奈たちが立った場所はセンサーに反応したらしく、ドアが自動で開く。


「こんにちは、春風さん。今日はどうしました?」


 リヒトは、以前幸奈たちが訪れたときと同じような微笑みを浮かべていた。

 壁面に並ぶモニターの前にある、ゆったりとして椅子で悠然と腰かけているリヒト。

 そこに訪れた幸奈とシルフは、まるでリヒトの仕事場に来客として訪れているような雰囲気だった。

 そしてリヒトがいる横の壁には、網のように張り巡らされた装置――ゲートに似たなにかがあった。

 幸奈はその場から動かず、リヒトをまっすぐ見据える。


「リヒトさんに聞きたいことがあって来ました」

「僕に分かる範囲であれば、なんでもお答えしますよ」

「……精霊もどきを作ったのはリヒトさんですか」

「はい。そうですよ」


 あっさりと告げられた事実に、幸奈とシルフは目を見開く。


「なんで精霊もどきを作ったんですか?」

「自分の手で新しい精霊を生み出したいと思ったからです」


 リヒトは続ける。


「元の精霊をベースにしたので、形を作ることは容易でした。しかし、彼らに知性を持たせることは未だにできていません。ですから、本能のままに生きている現状は制御という形で留めています」

「それをみのりと颯太先輩にやらせてるんですね」

「二人には大変助かっています。ラインも連れ戻してきてくれましたから」


 平然と答えるリヒト。

 ラインの名前が出てきて、拳を握りしめる幸奈。


「……ラインちゃんを誘拐したのもリヒトさんなんですね」

「誘拐なんて失礼な。彼女は家族の元に戻って来ただけですよ」

「ラインちゃんは家族はいないって言ってました」

「それも運上さんから聞いていますよ。記憶喪失になっているみたいですね。僕のことを覚えていないのは悲しいですが、だんだん思い出してもらえれば問題ありません」


 シルフは眉をひそめる。


「仮にラインがあなたの家族だとして、どうしてあの子は精霊界に似た世界に一人でいたのかしら?」

「その話に移りましょうか。……逆にお聞きしますが、なぜそこが精霊界ではないと思ったのですか?」

「孤立している島は存在しないんだから。精霊界じゃないのは当たり前でしょ」


 リヒトはくすりと笑う。

 シルフの眉がさらに寄り、リヒトは「失敬」と返す。


「その言い方、あの世界のことも知ってるのね?」

「はい。あそこは皆さんよくご存知の精霊界ですよ」

「……え?」


 幸奈とシルフは言葉を失う。

 そんなはずはない。精霊界にそんな場所は存在しないのだから。


「嘘よ……私が知らないなんてありえないわ……」

「あの島が存在するという記憶が消えていたとしたら?」


 呆然ぼうぜんとするシルフに、リヒトは微笑む。


「私は記憶を司る精霊と契約しているんです。私個人の研究場所として利用するため、あの島に関する記憶を全て消しました」


 シルフは愕然がくぜんとする。

 研究場所として利用したことに怒りを抱くが、あの島に関することを全て忘れている自分が信じられなかった。


「ただの人間と精霊にできることじゃない……精霊王の記憶からも消えるなんて、あまりにも都合がよすぎるわ……」

「そうだったんですね。それなら、精霊の力を最大限活かしたということにしておきましょう」


 あくまで会話という形で事実を述べていくリヒトからは、明確な悪意を微塵みじんも感じられなかった。

 リヒトは壁面に精霊界の地図を投影する。北の果てにぽつりと点があり、それがその島なのだと幸奈たちはすぐに理解した。


「先ほどの話に繋がりますが、精霊ではない生き物を作り出しても、狭い研究所にいるだけではかわいそうですよね。そんなとき、あの島の存在を思い立ったのです。島の存在がなくなっているなら、いくら送り込んでも見つかることはありません」


 人間界にいたら間違いなく混乱を招きますからね、と付け加える。


「そしてある日、いつものようにゲートを通して送り込んでいる途中、ラインがそのゲートを通ってしまいました。記憶をなくしたのはおそらくその衝撃でしょう」


 リヒトは地図の横にあるゲートらしきものに視線を移す。

 幸奈たちが通ったゲートと同じように、円形であやしい色をしていた。


「調べたところ、春風さんたちのゲートと私のゲートが同時刻に開いていることが判明しました。おそらく空間にズレが生じて、春風さんたちもあの島に飛ばされてしまったんでしょうね」

「……今までのことは全部、リヒトさんのせいなんですね」

「私は私の研究のために行っているだけですよ。そこに偶然あなたたちが入ってきてしまっただけです」


 思い出したように続けるリヒト。


「せっかくですから、お二人にも見てもらいましょうか」


 別室につながるドアが開く。

 そこにいたのはシルフ。蝶々のような羽根を持ち、童話に出てくるような妖精の姿。

 紛れもなく、シルフそのものだった。


「あなたのデータを参考に作ってみました」


 シルフは幸奈を守るように、幸奈の前に立つ。


「幸奈。下がってて」

「シーちゃん……?」

「あんな奴のデータ、私がすぐに壊してやるわ」


 シルフは精霊もどきを強く睨みつけた。

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