Episode Memory:22 祭りと事件①
「待ちに待った精霊祭だー!」
幸奈の人混みでも通る朗らかな声に、通り過ぎる人々が何事かと振り返る。
「幸奈、声が大きい」
はしゃぐ幸奈と、幸奈の真似をしているラインを
しかし、周囲のスピーカーから流れる音楽やきらびやかな電飾、そして立ち並ぶ屋台に幸奈とラインの興奮は簡単にはおさまらなかった。
「ラインちゃん、今日のチーム活動は精霊祭を楽しむことだよ!」
幸奈の言葉に、キラキラと目を輝かせるライン。
だが、一転して寂しそうな表情に変わる。
「……でも、日向たちがいないよ?」
不安そうなラインに、幸奈はふふん、と鼻を鳴らして笑う。
「日向たちは、あたしたちとは別に楽しんでるの! だから、あとで楽しかったことをたくさん共有しよ!」
納得したらしく、ラインは大きくうなずいた。
先日、幸奈は日向から、瑞穂と精霊祭に行きたいと連絡をもらっていた。幸奈は本音を言えばチーム全員で精霊祭を楽しみたかった。だが、二人で出かける理由がデートなら止めるわけにはいかないと、日向の頼みを
「まずは腹ごしらえをしよう!」
出店されている屋台をスマホでチェックしていく幸奈。
「あなたは毎年楽しんでるんだから。今日はラインを優先しなさい」
「分かってるよぉ」
シルフの指摘に幸奈は唇を尖らせる。
二人の見慣れたやり取りを、凜は微笑ましく見守っていた。
「混み始める時間だし、先に食べてからゆっくり見て回ろうか」
精霊祭自体は朝から始まっているが、最後に打ち上げられる花火を目的にする人が多く、それに合わせて午後から人の波が動き始める。幸奈たちも例に漏れず、日が傾き始めた時間に待ち合わせていた。
「ライン、甘いものが食べたい!」
「甘いものね! それじゃあ、あたしが好きな屋台に行こーう!」
幸奈はラインの手を引いて歩き出す。
そして人混みを避けながら、幸奈は立ち並ぶ屋台をラインに説明していく。
花を司る精霊がいる花屋、氷を司る精霊が作ったかき氷、芸術を司る精霊が描いた絵画や、星を司る精霊が作った光るアクセサリー。
精霊の力を活かしている屋台が多く、ラインは見るもの全てに目を奪われていた。
「あった!」
幸奈が指したのはフルーツ飴の屋台。りんごやいちご、パイナップルやぶどうなど、いくつものフルーツが鮮やかに連なっていた。
ラインが見とれている横で、幸奈は元気よく手を挙げる。
「りんご飴ひとつください!」
「えっと、えっと……ラインはいちごがいい!」
幸奈の勢いにつられるように、急いで注文をするライン。
微笑ましい二人の光景を見守っていた洸矢は、隣の屋台に目がいく。
「ここ、プレアが好きなドーナツの店だよな?」
洸矢に言われ、屋台を覗き込んだプレアの目が輝く。
「そ、そうです……まさか出店しているなんて……!」
「ひとつ買おうか?」
「いいんですか!? それじゃあ――」
と言いかけたところで、プレアは口をつぐむ。
「……いえ、やめておきます」
目をそらし、うつむくプレア。
「どうした?」
「僕だけが楽しむのはよくないと思って……。それに……」
プレアは自分にいらだちと悲しみを覚えていた。
もしかしたら颯太と再会できるかもしれない。前に自分がそう言ったのに、目の前の好物に目を奪われて発言した責任を放置しようとしている。
きっとプレアはそんなことを考えているのだろうと、洸矢はプレアの表情から
うつむいたままのプレアの頭をくしゃりとなでる洸矢。
「お祭りは楽しんだもの勝ちだぞ」
洸矢の手の温かさと安心感に、プレアはおずおずと顔を上げる。
「それじゃあ……メープルドーナツをお願いします」
洸矢は微笑み、店員に視線を移す。
「メープルドーナツ二つと、あとレモネードも一つください」
いつの間にこんなに大きく、頼もしくなったんだろう。出会った頃より背も伸びて、体も心もどんどん成長している。
店員と談笑しながら会計を進める洸矢を、プレアは静かに見上げていた。
そして近くにベンチを見つけ、幸奈たちは
「次はどこ行こっか!」
りんご飴を片手に、スマホでマップを確認する幸奈。
近くにあるミニステージでは、音楽を司る精霊とアーティストのライブで盛り上がっていた。人も増え、精霊祭は幸奈たちが来たときよりにぎわいが増していた。
「ラインちゃん、行ってみたいところある?」
楽しそうにしている周囲の人々を眺め、ラインは思い出したように声を上げる。
「さっき通ったお花屋さん、行ってみたい!」
それからラインの要望により、幸奈たちは花屋に向かった。
花屋に着くと、色とりどりの花々が売られていて、甘い香りが漂っていた。
店の前には花の姿をしたかわいらしい精霊や、女性の姿をした精霊など、何人もの花を司る精霊が並んでいた。
花束やブローチなどのアクセサリーをその場で作っていき、ディスプレイに並べていく光景は、通り過ぎる人々を魅了していた。
「いらっしゃい」
一人の精霊がラインの元に来る。その美しさにどきりとして、ラインは思わず凜の後ろに隠れる。
「ライン、どれが欲しい?」
凜に問われ、ラインは後ろに隠れたまま花屋をぐるりと見回す。
すると、ラインの横にいた少女が、精霊から花冠を受け取っているのが目に入った。
「……あの、お花の冠ください!」
「冠ね。ちなみに、あなたは何色が好き?」
「色……白色!」
少し恥ずかしそうにしているラインに、精霊は優しく微笑む。
精霊は並んでいた花から白色をメインに選び、ラインの目の前で器用に編んでいく。
繊細で軽やかな手つきは一種のパフォーマンスと言ってもいいほどで、ラインだけでなく幸奈たちも花冠が出来上がっていく様子に釘づけになっていた。
「どうぞ」
完成した花冠をラインにふわりと被せる。
様々な花が組み合わせてできた花冠は華やかで、ラインは近くに置いていた鏡で自分の姿を確認していた。
「似合ってるよ、ラインちゃん!」
幸奈に言われ、ラインはにこりと微笑んだ。
そして花屋を後にして、幸奈たちはぶらぶらと屋台を見て回ることにした。
「ここ、前に動画で紹介してたとこだ!」
幸奈が指したのは、『あなたの望む夢、見せます』と書かれた看板が置いてある屋台。
ライトで照らされたそこは他の屋台より列が長く、それだけで人気の店だと誰もが一目で理解できた。
「夢を司る精霊がいる屋台でね、いろんな夢を見せてくれるんだよ!」
看板の下に掲示されているのは、見られる夢のジャンルと料金表。
「一番人気はアドベンチャー系なんだね」
「クラスメイトから聞いた話だと、思った以上にリアルらしいですよ。ホラーは怖すぎてギブアップしたって言ってました」
看板を見て感心している凜と、その横で笑う洸矢。
「でも、あたしたちは精霊の力を借りなくても非日常を体験したもん!」
誇らしげに胸を張る幸奈。
幸奈は精霊界に似た世界でのことを言っているのだと、洸矢たちにはすぐ伝わった。
「このあとはどうしよっか! ステージを見に行ってもいいし、花火をいいところで見れるように準備する?」
「……幸奈、悪い。俺ちょっと抜ける」
場にそぐわない静かな言葉は洸矢からだった。
「また連絡する」
洸矢は幸奈たちの返事を待つ前に走り出し、人ごみの中へ消えていった。プレアも急いで洸矢を追いかけた。
「洸矢、どうしたのかな?」
洸矢たちが去った方を見て、首を傾げる凜とライン。
だが、幸奈とシルフは洸矢がいなくなった理由をなんとなく理解した。おそらく颯太を見つけて、追いかけたのだと。
「えっと……洸矢兄は友達を探してたんだって! たぶん、その人を見つけたんじゃないかな!」
たどたどしく言う幸奈に、凜とラインは納得したようにうなずいた。
歩き出そうとした瞬間、幸奈は背中に突き刺すような視線を感じた。振り返ると、遠くに猫の姿をした精霊がいた。
「……え?」
すると、猫の姿をした精霊の後ろから、狼の姿をした精霊が現れた。それは、以前颯太と一緒にいた精霊もどき。
二匹の精霊はキョロキョロと辺りを見回し、そのままどこかへ去っていく。
そのとき、幸奈は考えた。あの精霊もどきを追いかけたら、颯太に会えるかもしれない。そして颯太に会えたなら、精霊もどきが人間界にいる理由を聞けるかもしれない。
「幸奈ー?」
凜とラインの声に、踏み出そうとした幸奈は足を止める。心配そうにしているラインを見て幸奈は我に返った。
精霊祭でチーム活動をしようと言ったのは自分なのに。日向と瑞穂、洸矢、そして自分もいなくなっては、もはやチーム活動ではない。
「……ごめん。あたしも、友達見つけちゃった」
「そうなんだ。せっかくだから、声かけてくる? 僕とラインはこの近くを見て回ってるよ」
凜の穏やかな笑みに幸奈の胸がチリ、と痛む。
幸奈は凜からラインに視線を移す。
「……ラインちゃん。来年は、チームみんなで精霊祭に来ようね」
「うん! 来年も再来年も、ずっと先もみんなで来たい!」
満面の笑みを浮かべるライン。
「……また連絡するね」
幸奈は走り出し、精霊もどきたちを追いかけた。
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