Episode Memory:23 祭りと事件②

 それから、凜とラインは二人で屋台を回っていた。


「幸奈と洸矢、友達に会えたかな?」


 ラインはうきうきとした表情で言う。

 一方で、凜は幸奈たちを心配していた。洸矢も幸奈も、あれほど葛藤かっとうしている表情を初めて見た。特に、幸奈はその場でつく嘘が得意ではない。だから、自分の知らないところでなにかが起きているのだと凜は察した。


「……会えてるといいね」


 ラインを不安にさせまいと、凜は笑顔で応えた。

 そして幸奈と別れてから十五分ほど経ったが、二人から連絡はなかった。


「あ、いたいた」


 凜とラインが近くのベンチに座って休憩していると、二人の目の前で少女が立ち止まった。


「こんばんは」

「えっと……運上さん、だっけ?」

「はい。この前ぶりですね」


 少女――みのりはニコリと笑う。

 挨拶もほどほどに、みのりは凜からラインに視線を移す。


「あなた、ラインちゃんで合ってる?」

「うん。ラインはラインだよ」


 みのりの問いに、ラインはきょとんとした顔でみのりを見上げる。

 凜は申し訳なさそうに眉を下げる。


「幸奈は今友達に会いに行ってて……連絡取った方がいいかな?」

「いえ、大丈夫です。あたしはラインちゃんに用事があるので」

「ラインに?」


 みのりはうなずく。


「ラインちゃんの家族が、ラインちゃんを探してるんです」

「……え?」


 信じられないと、目を見開く凜。


「その、ラインはずっと一人って言っているんだけど……」

「そんなわけないじゃないですか。じゃないと、あたし家族の人に頼まれてないですし」

「というのも、ラインは記憶がなくて……」

「記憶がない?」


 眉を寄せるみのり。

 みのりの言葉に凜は混乱していた。ラインは一人と言っていた。以前家族について尋ねたとき、ラインはいないと答えていた。それなのに、みのりはラインに家族がいると言っている。

 凜がラインに視線を移すと、ラインも訳が分からないと言った様子だった。

 言葉を返せない凜とラインを一瞥いちべつして、みのりはため息をつく。


「……とにかく、ラインちゃんに家族がいるのは間違いないです。あたしは連れてきてって頼まれてるので」

「それじゃあ、ラインの家族に挨拶したいから、僕も行ってもいいかな?」

「大丈夫です。あたし一人で戻れますから」

「そういうわけにもいかないよ。一応ラインを預かっていたし、連絡しなかったことも謝らなきゃいけない」

「いや、いいですって」


 不安そうに答える凜と、気だるげに返すみのり。

 そんなみのりに、凜は違和感を覚えていた。ここで自分を突っぱねる理由が分からない。家族を預かっていた人間から聞きたいことだって山ほどあるはず。それなのに、みのりは一人でラインを連れて行こうとしている。


「そういうのは、あとからいくらでも聞けますし」


 行こっか、とみのりはラインの手を取る。

 だが、ラインは勢いよくみのりの手を振り払った。


「……やだ」


 じとりとみのりを見上げる。


「凜も一緒じゃないとやだ」


 ラインを静かに見つめたあと、大きなため息をつくみのり。


「…………無理やりでもいいって言ってたし、仕方ないか」


 みのりはスマホを取り出して操作する。

 その瞬間、みのりの横に猫の姿をした精霊が降り立った。精霊の視線を二人は覚えていた。あの世界で出会った精霊もどきと同じだと。

 みのりにラインを引き渡してはいけない。凜は直感でそれを感じ取った。


「ライン、行くよ……!」


 ラインの手を引いて走り出す凜。ラインも異様な空気感を感じ取っていたのか、逆らわず凜についていった。

 あっという間に人混みに紛れた二人を、みのりは無表情で見送っていた。

 凜たちが腰かけていたベンチに座り、誰かに電話をかけ始めるみのり。


「あー、先輩? ラインちゃんを見つけました」

『そうか。それじゃあ、そのまま運上に任せてもいいか?』


 電話口の相手は冷静に応える。


「別の人とどっか行っちゃったんで、先輩も探してくれると助かります」

『分かった。どこに行ったか分かるか?』

「メインステージとは反対方向ですね。あたしの位置情報も送りますねー」


 通話を終え、みのりは座ったままスマホを操作する。


「この精霊に追い込んでもらえばいっか」


 足元で大人しくしている精霊もどきを見下ろす。

 そしてスマホを操作しながら立ち上がり、みのりは二人が去った方へ歩き出した。

 

   * * *

 

「シーちゃん、いた?」

「……見失ったわ」


 幸奈とシルフは人の波から外れて立ち止まる。


「あの精霊もどき、なんで襲って来なかったのかな」

「彼……影井颯太が連れてた精霊もどきもそうね。人間界にいる精霊もどきは全員そうなのかしら」


 シルフはごった返す人々を見てため息をつく。


「人も多くなっているし、これ以上探すのは難しそうね」

「……そうだね。凜くんたちのところに戻ろっか」


 長い時間二人きりにさせてしまっていると、申し訳ない気持ちでスマホを取り出す幸奈。


「幸奈?」


 ちょうどメッセージを送ろうとしたとき、幸奈に声がかかる。

 顔を上げると、そこには瑞穂とセレンがいた。


「瑞穂ちゃん、セレン……」

「ぐ、偶然ですね! こんな大勢の中でお会いできるなんて思っていませんでした……!」


 瑞穂の横で興奮気味のセレンと、不思議そうに首を傾げる瑞穂。


「先輩たちはどうしたの? ラインちゃんを連れてチーム活動をするって言っていたじゃない」

「えっと、これはその……」


 幸奈はたじたじになる。チーム活動を抜け出して精霊もどきを探していたなんて言えない。


「あれ、幸奈とシルフじゃん」


 聞き慣れた声に、幸奈たちは振り返る。

 そこには、片手にポテトスナック、もう片手にはコーラを持った日向。そして、日向の頭の上にはフレイムが乗っていた。


「フレイム様、素敵な場所にいらっしゃいますね!」

「人が増えたからな。危ないから日向がここにいろと言ってきた」


 セレンに言われ、日向の頭をぽふぽふと叩くフレイム。

 日向の両手にある物を見て、ひらめいたように幸奈は声を上げる。


「屋台……そう! 気になる屋台があったから買いに来たの!」

「……幸奈。なにがあったの?」

「え?」


 瑞穂の心配そうな表情が幸奈に向く。


「幸奈がとっさの嘘が苦手なのは、よく知ってるわ」

「う、嘘じゃないよ! ほら、今年はいつもより屋台多いから、いろいろあるなーって思って!」


 あはは、と乾いた笑いをこぼす幸奈。

 なんとかごまかそうとしたかったが、瑞穂の表情は変わらなかった。


「んだよ幸奈。迷子か?」

「それはさっきまでのお前だ」


 ニヤリと笑う日向に、フレイムがあきれたようにつぶやく。

 幸奈がシルフに視線を移すと、シルフは覚悟を決めた表情でうなずいた。

 瑞穂たちに視線を戻し、幸奈は「あのさ……」と言いにくそうに話を切り出す。


「みんなは……人間界に精霊もどきがいるって言ったら、信じてくれる?」

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