Episode Memory:21 研究と協力

「こんにちは。先日ぶりですね」


 研究所の入り口で、リヒトは落ち着いた様子で幸奈たちと対面する。

 精霊のことならリヒトに、という幸奈の提案により、ダメ元で研究所へ向かった。

 すると、幸奈たちの予想に反して、リヒトは幸奈たちと会うことをあっさりと承諾した。


「突然来てごめんなさい」

「お気になさらず。ちょうど仕事が落ち着いたところでしたから」


 幸奈たちは近くにある休憩スペースに案内される。

 開けた空間にはカフェにあるような、ゆったりとしたソファが並んでいた。幸奈たち以外に誰もいないせいか、本来の空間よりどこか広く感じられた。


「それで、今日はどうしましたか?」


 奥の一角に腰かけ、リヒトは優しい笑みを浮かべる。


「いくつか聞きたいことがあるんです」

「私の分かる範囲でよければ、なんでも聞いてください」


 リヒトの口調は悩み相談を聞くような気軽さで、幸奈は思わず口を開いていた。


「精霊との契約って、切れることはありますか?」

「ありませんよ。一度契約を結べば、その関係は永久に続きます」

「なにがあっても切れませんか?」


 念を押す幸奈に、「もちろんです」とリヒトはうなずく。


「ただ、契約した人間が亡くなった場合は例外です。そのときは契約が切れ、精霊は精霊界へ戻ります」


 そう言って、リヒトはシルフたちへ同意を求めるような視線を向ける。

 うなずくシルフとプレア。


「あとは……契約した人を置いて、精霊がどこかに行くことはありますか?」

「よほどのことがない限り、契約した人間と離れることはないでしょうね。喧嘩をしたなど、個人的な事情があれば別ですが」

「精霊が精霊界に戻るとかもありますか?」

「精霊界から人間界へは一方通行なので、それはないでしょう。……しかし、四大精霊のように上位の精霊であれば、話は別です」


 シルフに微笑みかけるリヒト。だが、シルフは微笑みを返さず、逃げるように視線をそらした。

 申し訳なさそうに眉を下げ、幸奈に視線を戻す。


「他に聞きたいことはありますか?」

「……人が、複数の精霊と契約することはできますか」


 その問いは、幸奈の横にいた洸矢からだった。いつもより低く、強張こわばった洸矢の声が休憩スペースに響く。

 不安を抱えた視線が向き、リヒトは静かに首を振る。


「そもそも、人間が精霊と契約すること自体が負担になっています」


 リヒトは続ける。


「表面には表れてないですが、体にはストレスがかかっています。ですから、二人以上の精霊となると、負荷どころか日常生活を送るのも困難になるでしょう」


 優しく、しかしはっきりと答えるリヒト。納得したのか、洸矢もそれ以上は追求せずに食い下がった。

 一瞬の沈黙が広がる。

 すると、真剣なまなざしのシルフがリヒトの前に降り立つ。


「最後に教えてちょうだい。あなたは精霊ではない生き物と、契約を結べると思う?」

「……精霊ではない存在なら、それは不可能でしょう」


 ただ、とリヒトは付け加えるようにつぶやく。


手懐てなずけて飼い慣らすという手段なら、その生き物と関わることは可能かもしれません」


 静かに引き下がるシルフに、含みのある笑みを浮かべるリヒト。


「それではひとつ、私からもいいでしょうか」


 明らかに空気が変わったのを感じ、シルフは眉をひそめる。


「なに? 幸奈とのプライベートなら内緒よ」

「いえ、四大精霊という存在に初めてお会いしたので、改めて一研究者として感動しているのです」

「そう、ありがとう」

「精霊研究をしている身としては、あなたがどのような力を持っているのかをぜひ調べたく――」

「悪いけど、そういうのはやってないわ」


 リヒトの言葉をさえぎり、シルフは冷たく言い放つ。


「風を司る精霊ならもう調べてるはずでしょ。私は彼らと同じよ」

「同じなわけがありません。あの四大精霊なのですから」


 当然だと答える風のリヒト。

 シルフの機嫌が目に見えて悪くなっているのは、その場にいる全員が分かっていた。

 だが、リヒトは一歩も引かず、落ち着き払った表情でシルフに視線を向けていた。


「シーちゃんが他の子と同じだって、リヒトさんはどうしたら納得してくれますか?」


 二人の間に割って入ってきたのは、幸奈だった。

 にらみつけているというほどではないが、いつもより鋭い瞳がリヒトに向く。


「そうですね……やはり彼女がどのような力を持っているか調べ、すでに研究した精霊たちと比較すれば、でしょうか」


 リヒトの顔つきは、完全に研究者のそれになっていた。

 幸奈は鋭い瞳のまま、シルフの名を呼ぶ。


「調べてもらって、シーちゃんがみんなと同じだって証明しようよ」


 それが冗談で言っているのではないと、シルフにはすぐに伝わった。

 幸奈とリヒトを一瞥いちべつして、シルフはため息をつく。


「……幸奈に感謝することね」

「ありがとうございます」


 それから、今いる場所とは別の――リヒト個人の研究所に向かい、シルフは文字通り隅々まで調べられた。

 個人の研究所に向かったのも、「個人的な研究ですし、周りにバレたら怒られるので」というなんとも簡単な理由だった。


   * * *


「シーちゃん、ありがと!」


 外の空気を吸い、大きく伸びをする幸奈とシルフ。

 空は夕暮れに混ざって星が瞬いていて、少し遠くはすでに夜を伝える暗色あんしょくが広がっていた。


「あの程度で彼が納得してくれるならいいけど」

「きっと大丈夫だよ! ということで、今日はシーちゃんの好きな唐揚げにしよう!」

「それは幸奈が好きなものでしょ」


 苦笑する幸奈。

 振り返ると、洸矢とプレアがいつものように微笑ましく見守っていた。

 夕暮れのせいなのか、洸矢の表情は陰っているように見えた。


「……洸矢兄。先輩のこと、あんまり聞けなくてごめんね」

「俺が聞くべきだったから気にすんな。聞きに行こうって考えてくれただけで十分だよ」


 うん、と眉を下げて笑う幸奈。

 余計な気を使わせてしまったと洸矢の心がチリ、と痛む。


「洸矢」


 駅へ向かう途中、歩みを止めないままプレアが洸矢を見上げる。


「もしかしたら、精霊祭で会えるかもしれませんよ」

「……そうだな」


 精霊祭は屋台やブースが多く、毎年来場者数は数万人を軽く超える。そこでなら、颯太と会える可能性だってある。


「洸矢兄!」


 少し先を歩く幸奈が洸矢に笑いかける。


「精霊祭、一緒に行こ!」


 幸奈の提案に驚き、洸矢の足が止まる。


「……あ、あぁ」


 戸惑いながらも、その提案にうなずく洸矢。

 そういえば、二人で精霊祭に行ったことはなかった。洸矢は昔を思い返し、期待に胸を膨らませる。


「せっかくだし、チーム活動もしよ! ラインちゃんと凜くんも誘って……日向と瑞穂ちゃんは二人で行くかな?」


 だが、幸奈の提案は洸矢の思惑おもわくとは違うもので。

 しかし、すでに幸奈は屋台やパフォーマンスのことで一人盛り上がっていて、洸矢にそれを止める術はなかった。

 もしかしたら、と密かに抱いた希望ははかなく散り、その場に立ち尽くす洸矢。


「……洸矢、私は応援してるわよ」

「僕も応援しています」


 見事なすれ違いを起こしている二人に、苦笑するシルフとプレア。

 温かい応援に内心感謝しつつ、意気地いくじのない自分に洸矢はあきれ果てた。


「精霊祭、楽しみだね!」


 だが、目の前の純粋な笑顔を見てしまうと、訂正しようという気にもならず。

 気持ちを伝えるのは、まだもう少し先になるだろう。

 洸矢はなにも言わず、笑顔でうなずき返した。

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