Episode Memory:20 影と再会

「――でね、その日はみのりにフラペチーノ奢って解散になったの」


 むくれた顔でオレンジジュースを飲む幸奈。その向かいでは、洸矢がハンバーガーを片手に苦々しく笑っていた。

 バーガーショップのテーブル席で、幸奈と洸矢、シルフとプレアは休日ののんびりとした時間を過ごしていた。もっとも、幸奈にとってはその限りではなかったが。

 ボリュームたっぷりのアボカドチーズバーガーを頬張り、セットのオニオンリングを口に放り込む。幸奈のやけ食いに近い光景に、洸矢は乾いた笑いをこぼすことしかできなかった。


「そんなことしないで、あとで本人から聞けばよかっただろ」

「だって気になったんだもん! シーちゃんもみのりもついてきてくれたし!」

「心配でついてきたの間違いだろ」


 幸奈の横でうなずくシルフ。


「で、二人は結局どうなったんだ?」


 洸矢の問いにさらに頬を膨らませる幸奈。その表情からいい結果ではなかったのだろうと洸矢は察する。


「日向、告白しなかったんだって」

「……なにかあったのか?」


 予想と異なる言葉に洸矢とプレアは目を丸くする。


「今度自分で計画して、そこで告白するんだって。だから今回はやめとくって言われた!」


 告白をしなかった理由が悪い方向ではなかったことに安堵あんどし、洸矢はハンバーガーを食べる手を再開させた。


「せっかく計画したのにー!」


 残りのジュースを勢いよくすすり、ぱくぱくとオニオンリングを食べ進める幸奈。

 洸矢の横に座っているプレアが眉を下げて笑う。


「幸奈さんの計画が後押しになったのですから、十分いい結果だと思いますよ」

「そうだけどさぁ……」


 幸奈の不機嫌さは、ゆっくりと咀嚼そしゃくするという行為で分かりやすく表れていた。

 ごくんと飲み込み、「決めた!」と力強く叫ぶ。


「今日は遊び尽くす!」

「なんでそうなったんだよ」

「気持ちを切り替えるの! 洸矢兄たちも付き合って!」


 返事を待つ前に、三分の一ほど残っていたアボカドチーズバーガーを一瞬のうちに食べ切る幸奈。オニオンリングも全て胃の中に収まり、セットメニューを無事完食した。


「よし、行こう!」


 胃が満たされたからか、立ち上がった幸奈の声色はすでに明るかった。機嫌がよくなったのは誰の目から見ても明らかだった。

 幸奈に続くように洸矢もバーガーを完食し、バーガーショップを後にした。

 それからは通り過ぎる店すべてに足を運び、幸奈が満足するまで店内を隅々と回った。アパレルショップや雑貨店やゲームセンター、小腹が空いたら近くの飲食店に立ち寄り、また別の店へ。

 疲れを知らない幸奈に、洸矢たちは振り回されながらもついていった。


 途中、ケーキ屋に立ち止まっているときに、シルフがプレアを呼び止めた。


「前にプレアが言っていたこと、ようやく納得したわ」


 視線の先には、デコレーションケーキに目を輝かせている幸奈と、それはやめとけと言いたげに首を振る洸矢。昔からの幼馴染だが、はたから見れば違う関係にも見えて。

 プレアは洸矢に母親のような視線を注ぎ、シルフに向き直る。


「僕たちは空気を読んで離れた方がいいでしょうか」

「いいアイデアね。見失わない程度に離れましょ」


 そしてケーキを買う買わないの押し問答を終えた幸奈と洸矢は、次の目的地に向かうための信号待ちをしていた。


「あのケーキ、美味しそうだったのになぁ」

「幸奈一人じゃ食べきれないだろ」

「じゃあ、みんなで食べよ!」


 そんな会話をするうちに、信号が青に変わる。

 横断歩道へ一歩踏み出したところで、幸奈はなにかに気がついた。

 一瞬視界に入っただけ。しかし、その一瞬で確信を得た。


「幸奈!?」


 洸矢が名前を呼んだときには、幸奈は雑踏の中に消えていた。


「あの!」


 横断歩道を行き交う人々の間を縫って、幸奈は必死に呼び止める。

 ようやく追いついたのは、ビルの間の抜け道のようなところ。


「あの!」


 日の当たらないその場所で、幸奈はその人物の背に向けて声を届けた。

 声をかけられた人物――四葉学園高校の正門前で出会った少年は、ゆっくりと振り返る。

 幸奈に少年の鋭い瞳が向く。


「この前、四葉学園高校の前にいましたよね」


 少年は眉をひそめる。


「誰だ?」

「四葉学園高校一年、春風幸奈です」

「……なんの用だ」

「あなたと一緒にいた精霊について、教えて欲しいことがあります」


 幸奈の問いに、少年はさらに眉を寄せる。

 あのとき少年の横にいた狼の姿をした精霊は、今この場にはいなかった。


「あの精霊……いえ、あの精霊もどきは――」

影井かげい?」


 幸奈と重なった声の主は、幸奈の後ろにいた洸矢だった。

 影井と呼ばれた彼――影井かげい颯太そうたの瞳が洸矢を捉え、微かに見開く。


「祈本……」

「よかった。休んだ日から連絡取れなくなって、ずっと心配してたんだぞ」


 胸をなで下ろして、颯太に向かって歩みを進める洸矢。


「来るな」


 だが、颯太から返ってきたのは洸矢を拒絶する言葉。

 え、と洸矢の足が止まる。


「お前と話すことなんてなにもない」

「なんでだよ。なんでそんなこと……」

「今さら慰めの言葉をかけるのか?」


 颯太の目は冷え切っていた。

 しかし、突き刺さる視線に引くことなく、洸矢は目を細める。


「……それこそ、久しぶりに会った親友にかける言葉じゃないだろ」

「そうだな。それは謝る」


 淡々と謝罪する颯太。

 その場にいる誰もが、空気が重くなるのを感じた。


「悪いが、俺は人を探してる。……それじゃあ、またいつか」


 きびすを返し、立ち去ろうとする颯太。

 影井、と洸矢は颯太を追いかけようと駆け出す。


「影井さん!」


 だが、洸矢よりも早く颯太を引き留めたのは、幸奈の通る声だった。

 幸奈は拳を握りしめ、悲痛が混ざった声で叫ぶ。


「なんでこの前、精霊もどきと一緒にいたんですか!?」


 颯太の眉がぴくりと動く。

 洸矢とプレアは、幸奈の言葉が信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。


「精霊もどき、か……」


 しばしの沈黙が流れたあと、颯太はつぶやいた。


「あいつは精霊だ」


 そのとき、幸奈たちと颯太の間になにかが勢いよく降ってきた。

 降ってきたそれは颯太を守るように、幸奈たちの前に立ちはだかる。そして獲物を見定める獰猛どうもうな目つき。


「俺と新しく契約した精霊だ」


 それは、以前幸奈とシルフが正門前で出会った――狼の姿をした精霊もどきだった。

 食らいつかんばかりの視線に、幸奈たちは石のように固まる。下手なことをすれば、間違いなくこちらに飛びかかってくる。

 幸奈たちが動揺している間に、颯太は雑踏に消えていく。その間、狼の姿をした精霊は、追いかける隙など与えないと幸奈たちを牽制けんせいしていた。

 そして、狼の姿をした精霊も立ち去り、張り詰めた空気はなくなった。


「……幸奈」


 静かな洸矢の声に、幸奈は振り返る。


「幸奈の知ってること、全部教えてほしい」


 洸矢の初めて見るかもしれない悲痛な面持ちに、幸奈は黙ってうなずいた。

 それから、幸奈は颯太と初めて会ったときのことを伝えた。洸矢はそれを静かに聞いていて、話が終わると近くの壁にもたれかかった。


「……影井の精霊は、半年前にいなくなった」


 ぽつりとつぶやく洸矢。


「影井は……そいつが死んだって言ってた」

「死んだ?」


 洸矢の言葉に、シルフは眉をひそめる。


「死を司る精霊はいても、精霊自体が死ぬことはないわよ」

「そうなの?」


 首を傾げる幸奈の声は、いつもよりどこか落ち着いていた。

 その問いに、シルフは真剣な顔でうなずく。


「精霊には、生命核っていう人間で言う心臓みたいなものがあるの。もし仮に生命核が破壊されても、時間が経てば修復されるわ」


 納得する幸奈と、目を伏せるシルフ。


「……彼はなんで、契約した精霊が死んだなんて言ったのかしら」

「繋がりが切れた。彼はそう言っていました」


 プレアが重々しく口を開く。まるで、その言葉を口にしたくないかのように。

 困惑した様子でプレアを見やるシルフ。動揺して言葉を返せない幸奈とシルフに、プレアはうつむいて続ける。


「契約を結ぶと、お互いが繋がっているのはシルフさんたちも分かりますよね。物理的にではなく、本能で認知しているあの感覚です」


 しかし、とプレアの表情が曇る。


「それを感じず、しかもその精霊がどこにもいないそうです」

「……だから、死んだって言ってるのね」


 繋がりが切れたら互いの存在を認知できない。しかも、その姿もどこにもない。つまりそれは、存在そのものがなくなったと同義。

 プレアは泣きそうな表情でうなずいた。


「でも、契約は切れていないんでしょ?」

「そこまでは聞いていなくて……。颯太さんは学校に来なくなって、洸矢がどれだけ連絡しても返事がなかったんです」


 洸矢に寄り添うプレア。プレアの羽根も感情に合わせてしおらしくなっていた。そしてそれを慰めるように、洸矢はプレアの頭を優しくなでる。

 自分の半身である存在がいなくなったら、同じ状況になってもおかしくない。


「探してる人って、その精霊のことなのかな……」


 あ、と幸奈がなにかに気がつく。


「洸矢兄、前に会いたい精霊がいるって言ってたよね。あれって、その精霊のこと?」


 洸矢はうなずく。


「こっちにいないなら、もしかしたら精霊界にいると思ってさ」


 幸奈たちが話す横で、シルフは一人考え込んでいた。


「そもそも、精霊もどきと契約なんてできるのかしら……」


 いつになく真剣な表情のシルフ。それに気がついた幸奈はにこりと微笑む。


「そしたら、詳しい人に聞いてみようよ」

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