Episode Memory:13 ゲートと議論

 それから丸一日が経過したが、幸奈たちが人間界に戻る手がかりは見つからなかった。

 しかし精霊もどきはそれなりの数がいること、幸奈たちに対して本能的に襲いかかること、精霊のようになにかしらの力を司ることは判明した。

 幸奈とシルフはのんびりと拠点の近くを歩いていた。


「ここで一生過ごすのはやだなぁ」

「私も嫌よ」

「そろそろベッドで寝たいなぁ」

「たしかに、ベッドが恋しいわね」


 そんな会話をしながら歩いていると、突如幸奈たちの目の前の空間が不自然にゆがんだ。

 ねじ曲がったと表現するのが正しいそれを見て、幸奈たちはピタリと足を止める。

 ゆがみは次第に広がり、円形に形を変えていく。その円形が広がると、宇宙空間をそのまま映し出したような色が浮かび上がった。


「あれって……」


 目の前の光景を、信じられない顔で見つめる幸奈たち。

 すると、円形の空間から蝶々のような生き物が姿を現した。

 シルフと同じくらいの大きさをしたその生き物は、幸奈たちには気がつかず、鮮やかな羽根を羽ばたかせて幸奈たちとは別の方向へ飛んでいく。

 その生き物が飛んで行ったあと、空間は再びゆがみ始め、徐々にその姿は消えていった。


「……シーちゃん。今の見た?」

「ばっちり見たわ」


 空間があった場所を見つめたまま、呆然ぼうぜんと立ち尽くす幸奈とシルフ。

 木々がざわめき、幸奈たちの髪を揺らす。


「さっきのってゲート、だよね?」

「私にもそう見えたわ」


 問いかけるが、幸奈は心の中で確信していた。目の前に現れたのは間違いなくゲートだと。


「精霊もどきって、ゲートを通ってここに来てるの?」


 つぶやく幸奈。

 いくつもの疑問が頭の中を支配するが、それを振り払うように決意を固めた表情へと変わる。


「みんなに伝えなきゃ」


 その呼びかけに、シルフももちろんと言った風にうなずいた。

 二人は踵を返し、急いで拠点へと戻った。


   * * *


「精霊もどきがゲートから現れた?」


 洸矢の疑問に、幸奈は大きくうなずく。

 にわかに信じがたい話だったが、幸奈がそんな嘘をつくわけはないと洸矢たちも理解していた。

 しかし、自分の目で見ていない以上、それがゲートだという確信は得られなかった。


「それ、本当にゲートだったのか?」

「研究所で通ったのと同じだった!」


 力強い答えに、日向から思わず「はぁ」と気の抜けた声が漏れる。


「ということは、精霊もどきは人間界から来ているのでしょうか……?」

「そうとは限らないわ。人間界とは別の世界から来ている可能性も十分ありえるわ」


 不安そうなセレンの横で、瑞穂が冷静に答える。だが、瑞穂もどこか不安な表情をのぞかせていた。

 どうするべきかと悩んでいる洸矢たちに向けて、「それでね」と幸奈は話を切り出す。


「思いついたんだけど、そのゲートに飛び込んでみるのはどう?」


 幸奈の提案に、全員の思考が停止した。


「……悪い幸奈。もう一回言ってくれ」

「ゲートに飛び込むの!」


 かろうじて洸矢から発せられた言葉に、幸奈は溌剌はつらつに答えた。


「あたしたちはゲートを通ってここに来たんだから、逆にゲートに飛び込めば人間界に戻れるかもしれないよ」


 幸奈の表情は明るいが、言葉は真剣そのもので。

 黙考もっこうしていた凜は、いつになく落ち着いた様子で幸奈を見つめる。


「……幸奈は、本気で言っているんだよね」


 笑顔でうなずく幸奈。


「少しでも可能性があるなら、あたしはやってみたい」


 その笑顔につられて、凜は納得したようにうなずいた。


「私はあまり賛成できないわ」


 しかし、穏やかな空気を裂いたのは瑞穂の声だった。

 幸奈が視線をやると、瑞穂の表情は硬かった。


「そもそも、それがゲートという確証がないじゃない」

「瑞穂ちゃんもそれを見たら、ゲートだって思うはずだよ!」


 瑞穂の厳しい目つきが幸奈に向けられる。


「見るのはいいけど、それは今どこにあるの? 幸奈の話なら消えてなくなったんでしょ?」

「たぶんだけど、またどこかで見つかると思う!」

「どこで見つかるの? 偶然見つけたものがまた見つかるとは限らないわ」


 静かに白熱していく二人のやり取りを、洸矢たちはなんとも言えない表情で見守っていた。

 幸奈からの返答が来る前に、瑞穂は唇を噛み締める。


「仮にそのゲートを通ったとして、また別の世界に飛んだらどうするの?」


 それは、誰もが抱えていた疑問だった。

 幸奈のいうゲートに飛び込んだせいで、人間界に戻れないかもしれない。その選択が最悪の未来を迎えてしまうかもしれない。

 幸奈もその考えは頭にあったらしく、一瞬言葉を詰まらせる。


「瑞穂ちゃん、そのときは――」

「ラインは、」


 幸奈と重なるようにラインが口を開いた。全員の視線がラインに向く。

 ラインの体が少し強張こわばるが、小さな拳をぎゅっと握りしめる。


「ラインは、みんなと一緒にいたい」


 強い決意を持った、まっすぐな瞳が幸奈たちに向いた。


「ラインたち、チームだもん。幸奈たちがいれば、ラインは怖くないよ」


 笑いながらもかすかに震えているラインの声に、沈黙が一層深くなる。

 すると、日向が大きな笑い声を上げた。

 沈黙を破った笑い声に、幸奈たちは唖然あぜんとする。「悪い悪い」とニヤけながら謝罪の言葉を口にする日向。


「ぶっちゃけ俺も反対だったんだけどさ。ラインに言われたら、そんなんどうでもよくなったわ」


 ぽかんとしているラインを見てくつくつと笑う。


「こんなとこに何日もいるんだし、今さらどうとでもなるだろ」


 同意を求めるように、ひざの上にいたフレイムを楽しそうに見下ろす。

 あっけにとられていたフレイムだが、その笑顔に小さくため息をつく。


「お前はどこに行ってもその調子だろうな」


 日向は満面の笑みを浮かべてフレイムをなでる。まんざらでもない表情で、フレイムは静かになでられていた。

 そんな二人を見て、セレンはためらいがちに瑞穂へ視線を送る。


「み、瑞穂様……私は瑞穂様や皆様となら、どこまでも一緒に行けます……!」


 おずおずとしたセレンを見て微笑むプレア。その視線はそのまま洸矢に向く。


「洸矢。僕もセレンさんと同じことを思っていますよ」


 セレンの緊張した表情がほぐれ、安堵あんどの息が漏れる。

 そして、プレアは静かに見守っていたシルフを見やる。


「シルフさんはどう思っていますか?」

「私は最初から幸奈に賛成よ。私がいなきゃ幸奈はすぐ暴走するんだから」


 自信に満ちた表情で幸奈の横に降り立つシルフ。

 洸矢は幸奈たちを一瞥いちべつして、くすりと笑う。


「瑞穂。俺たち考えすぎてたみたいだぞ」

「……そうみたいですね」


 降参したように微笑む瑞穂に、セレンは優しく抱きついた。


「チームに入るときも幸奈を信じたんですから。今回も幸奈を信じてみようと思います」


 セレンを優しく抱きとめる瑞穂。その安心感からか、セレンはさらに瑞穂を力強く抱きしめた。

 全員をぐるりと見回して、幸奈は勢いよく立ち上がる。


「ここまで来れば一蓮托生! ということで、明日からは頑張ってゲートを探そう!」


 満面の笑みとともに夜空に拳を突き上げる幸奈を、洸矢たちは苦笑しながら見守った。

 また、ラインも幸奈の真似をして楽しそうに拳を突き上げていた。

 ゲートを通るなら、全員で行動する必要がある。それを決めた幸奈たちは、明日に向けての準備を始めた。


「凜」


 目をこすりながら凜を呼ぶライン。

 凜が横に座ると安心したのか、ラインはうとうとと船をぎ始めた。


「ラインと約束して」

「どんな約束?」

「ラインと、ずっと一緒にいて」

「……もちろんだよ」


 記憶をなくして知らない世界に一人で迷い込んだラインに、計り知れない不安があったことは間違いない。

 だが、今は一人ではない。自分や幸奈たちがいる。

 それに、自分とラインは契約している。精霊の契約とは異なるが、それは自分とラインを繋ぎとめるひとつの約束になっている。


「おやすみ、ライン」


 ほとんど寝ているに近いラインを、凜は優しく頭をなでる。

 その温かさに包まれて安心したラインは、嬉しそうに夢の中へと旅立った。

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