Episode Memory:14 覚悟と目標

 翌日。

 幸奈とシルフがゲートを見つけた場所へと向かった。

 しかしそこにゲートはなく、緑豊かな森が広がっているだけだった。


「ここでゲートを見つけたんだよな?」


 洸矢の問いにうなずく幸奈。

 大きく伸びをしながら、日向は近くの木にもたれかかる。


「そしたら、ゲートが現れるまでここで待ってればいいんだよな」

「ただ、いつ現れるのかは不明だがな」


 足元でそう返すフレイムに、気が抜けた日向はズルズルとその場にしゃがみ込む。


「ここで待ってたらまた見つかるかもしれないよ!」


 幸奈と日向のやり取りを横目に、洸矢は腕を組んでつぶやく。


「ゲートが現れたとして、逆にこっちに来た精霊もどきをどうするかだな」

「精霊もどきなら、私一人で追い払えるわよ」


 全員の視線がシルフに向く。そこには自信満々といった顔のシルフ。


「私を舐めないでちょうだい」


 シルフはかわいらしい姿をした妖精。だが、その中身は四大精霊の一人。

 今の幸奈たちにとって、その姿は誰よりもたくましく見えた。


 そして、そのときは間もなくして訪れた。


 幸奈たちから十メートル先の空間がゆがみ始め、次第に空間そのものがねじ曲がっていく。

 幸奈とシルフが言った通りの光景に、目を丸くする洸矢たち。

 ゆがんだ空間が形を変えながら広がっていく様子を、静かに見守っていた。


「本当にゲートと同じなのね……」


 目の前の光景が信じられずに呆然ぼうぜんとする瑞穂。

 ゆがみはじわじわと円形になり、その中心は宇宙空間をそのまま映し出した色になった。

 半信半疑だった洸矢たちは、目の前に現れたそれがゲートだと確信した。

 あとは、そこから現れる精霊もどきをシルフが追い払い、消える前にゲートを通るだけ。

 全員が身構えると、ゲートの向こうから精霊もどきがゆっくりと姿を現した。


「……え?」


 そこから現れた精霊もどきは、目の前に立ち尽くす幸奈たちをとらえた。

 幸奈たちは怖気おぞけつ。


「どういうこと……?」


 目の前には、十を超える精霊もどきの姿。

 あのときは一体しか現れなかったはずが、なぜこんな大量に現れたのか。

 幸奈とシルフが考える間にもゲートを超え、じりじりと距離を詰める精霊もどきたち。

 すると、シルフが幸奈たちの前に飛び出した。

 暴風を起こして精霊もどきたちをなぎ払い、幸奈たちに向けて叫ぶ。


「全員、急いでゲートを通って!」


 周囲の草木が風に乗って舞い、風が吹き荒れる中で聞こえたシルフの叫びは、恐怖にのまれていた幸奈たちを引き戻した。

 おびえた瞳は覚悟に変わり、幸奈たちはゲートに向かって駆け出した。


「ライン、行こう!」


 横にいたラインを抱きかかえた凜は、ゲートまでの道を走り出す。

 すぐたどり着く場所にあるはずなのに、なぜかゲートが何十メートルも先にあるように感じられた。

 ラインはなにも言わなかったが、服を掴む強さが彼女の不安を物語っていた。ラインを強く抱きしめ、凜は走る速度を速める。

 ゲートまであと一歩というところで、一体の精霊もどきが凜たちを狙うように襲いかかった。

 守るすべがない凜は、ラインをかばうように背を向ける。


「凜先輩、ラインちゃん!」


 その声に合わせ、水流が精霊もどきを森の奥に押し飛ばした。

 駆け寄る瑞穂に安堵あんどする凜とライン。


「二人とも、ケガはありませんか?」

「大丈夫。ありがとう」


 瑞穂は後ろにいたセレンに視線を向ける。


「セレン、行くわよ」


 水のベールを作り出していたセレンはうなずく。

 セレンが手を動かすと水のベールは精霊もどきを包み込み、その隙に瑞穂たちを追いかけた。

 一方、日向とフレイムは精霊もどきと対峙たいじしていた。

 周囲の精霊もどきたちを日向は火球で、フレイムは炎をまとった尻尾で追い払っていく。


「っしゃオラァ!」


 日向の手のひらから放たれた火球は精霊もどきの一体に当たり、近くの木に叩きつけられた。


「お前はいつも通りだな」

「この世界の最後の思い出作りってことで」


 生き生きとした笑顔を浮かべる日向。そのまま二人もゲートに向かっていく。

 それに続いて、ゲートの前に来た幸奈と洸矢とプレア。


「シーちゃん、これでみんな――」


 振り返ると、そこには精霊もどきに囲まれているシルフ。

 幸奈は目を見開くが、すぐに決意を固めたように唇を噛む。


「洸矢兄、プレアと先に行って!」


 ゲートに向けて、幸奈は横にいた洸矢とプレアの背中を強く押す。


「幸奈――」


 その先の言葉を伝える前に、洸矢はなかば無理やりゲートに押しやられた。

 そしてシルフを助けようと踏み込んだ瞬間、


「……え、」


 後ろにあったゲートが、ゆっくりとゆがみ始めた。

 円形を保てずに揺れ動く様子は、ゲートが閉じ始めた合図で。

 踏み出した一歩はズザ、という音とともに止まり、土を蹴った砂ぼこりが舞う。


 そのとき、幸奈の頭の中にいくつもの考えが駆け巡った。

 目の前には親友の姿と、背後には閉じ始めたゲート。

 しかし、ここでシルフの元に行けば、戻る間に確実にゲートは閉まってしまう。

 だが、一人だけゲートに飛び込むわけにもいかない。それなら、なにがベストなのか。


「……っ、シーちゃん!」


 全力で親友の名を叫び、まっすぐ手を伸ばした。



「シーちゃん!」


 シルフが振り返ると、そこには自分に向けて手を伸ばしている親友の姿。

 なぜまだゲートを通っていないのか。そう叫びたかったが、その疑問はすぐにき消えた。

 どうせ、一緒に行こうと思って待っているのだろう。

 いつも学校に向かうときや学校から帰るとき、準備が終わるのを待っている自分と同じように。

 そんな日常とは全くかけ離れているのに、なぜかそれと同じように見えてしまった。

 帰らなきゃ。くだらないことでバカみたいに笑っているあの日常に。


「少し待ってなさい!」


 その声は、どこか嬉しそうだった。

 つむじ風を起こし、草木とともに精霊もどきたちを巻き込む。

 シルフによって操られた風は、精霊もどきたちを瞬く間に吹き飛ばした。

 そして幸奈に向かってまっすぐできた道を、全速力で飛んで手を伸ばす。


「幸奈!」


 二人は手を握り、そのままゲートになだれ込む。


 幸奈たちがゲートを越えた瞬間、ゲートはその場から消えてなくなった。


   * * *


 幸奈たちがゲートを越えると、そこは先ほどいた場所と全く異なっていた。

 地面は灰色に固められたコンクリート。周囲は立ち並ぶ建築物の壁面へきめん

 影に覆われたせまい通路に立つ幸奈たちに、時折薄い光がし込んでいた。

 見上げると、見覚えのある青い空。遠くからは街頭広告の音声と喧騒けんそうが耳に届く。

 それらの光景に、幸奈たちは見覚えがあった。


「ここって……」

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