Episode Memory:11 チームと力

 翌日。一行いっこうは、幸奈たちが見つけたという湖に移動した。

 湖の周囲にはこけむした巨大な岩が点在し、生い茂る木々に囲まれていた。

 一見すると秘密基地のようなそこは、木の間から差し込む光と周囲の緑が湖面こめんに反射し、神秘的な雰囲気をかもし出していた。

 周囲に広がる穏やかな静けさも合わさり、幸奈たちの新たな拠点として十分すぎる環境だった。


「精霊もどきはいなさそうだし、こっちならまた別の手がかりも見つかりそうだな」


 それから、日向と瑞穂、フレイムとセレンが近くを探索することになり、幸奈たちは湖のほとりで休憩していた。

 湖のふちに座り、足を伸ばしてぱしゃぱしゃと水を蹴る幸奈。その隣で、ラインも幸奈の真似をして小さな水しぶきを上げていた。


「幸奈。みんなはどうやって友達になったの?」


 ラインが見上げると、幸奈は嬉しそうに笑う。


「洸矢兄は幼馴染だから小さい頃から仲がいいけど、日向たちはあたしが作ったチームに入って友達になったんだよ」

「チーム?」


 小首を傾げるライン。


「あたしたちの通ってる学校は、チームを作っていろんなことができるの。それで、あたしたちは精霊界に行くことにしたんだ!」


 張り切って答える幸奈だが、一転して「着いたのは精霊界じゃなかったけどね」と苦々しく笑う。

 ラインはゆっくりと水を蹴りながら、幸奈の話を聞いていた。

 話を聞き終えて、湖面こめんを見つめてなにかを考え始めるライン。

 あ、と思いついたような声とともに、大きな瞳を幸奈に向ける。


「ラインも、幸奈たちのチームに入りたい」


 思いがけない提案に、幸奈の反応が少し遅れた。

 驚いた顔の幸奈は、ラインの静かな期待に応えるように、腕を組んで考え込む。


「ラインちゃんにも入って欲しいけど、ラインちゃんは高校生じゃないし……」


 しばらくうなっていたが、幸奈は突然「そうだ!」と叫んで水面を強く蹴る。

 その勢いで顔に水しぶきが飛んだが、濡れたことなど気にせず、ラインに満面の笑みを向けた。


「あたしたちの学校の外で、ラインちゃんも入ったチームを作るの! そしたらラインちゃんも一緒だよ!」


 水しぶきが反射しているからか、幸奈の満面の笑みはひときわ輝いて見えた。

 立ち上がり、空に向けて拳を突き出す幸奈。


「よーし! 新しいチーム結成!」


 ラインも幸奈に続いて立ち上がり、幸奈と同じように空に向けて小さな拳を突き上げた。


「それじゃあラインちゃん。これからみんなを下の名前で呼んでね!」

「下の名前?」

「みんながもっと仲良くなれるようにって、チームで決めたルールだよ!」


 チーム、という言葉に感動し、ラインは元気よくうなずいた。


「幸奈。そのままにしていると風邪引くよ」


 すると、いつの間にか現れていた凜が幸奈にタオルを手渡す。


「ありがとう、凜くん!」


 幸奈はタオルに勢いよく顔をうずめる。

 気持ちよさそうにしている幸奈の様子を、ラインはうらやましそうに見上げていた。


「凜、幸奈のお兄ちゃんみたい」

「そうだね。僕にとって幸奈は妹みたいな存在だよ」

「ラインも、凜の妹がいい!」

「それじゃあ、今日からラインも僕の妹だね」


 嬉しそうに凜に飛びつくラインと、それを優しく受け止める凜。 


「凜先輩」


 そこに、一連の光景を見守っていた洸矢が幸奈たちの後ろから声をかけた。


「幸奈を甘やかすのもほどほどにしてください。あとラインのこともです」

「洸矢は本当に過保護だね」


 凜はほくそ笑む。

 意味ありげな笑顔に、洸矢は言いたいことを察して苦い顔をする。


「……一応確認するんですけど」

「ん?」

「凜先輩は、その、なんとも思ってないんですよね……?」

「なにを?」


 珍しく言葉を詰まらせる洸矢。

 そんな洸矢をからかうように、凜はわざとらしく明るく返す。


「あー……それはですね……」


 洸矢の視線は、ラインと再び遊び始めた幸奈に向く。

 それを見逃さなかった凜は、洸矢に近づいて微笑んだ。


「僕は変わらず幸奈と仲良くするだけだよ」


 その言葉はどちらを意味するのか。

 曖昧あいまいな言葉に洸矢は頭を抱える。思った通りの反応で、満足げに笑う凜。


「心配しなくても大丈夫だよ」

「俺が心配するんですよ……」


 顔を上げた洸矢は、湖の先の森になにかがいるのを見つけた。

 そこには、人魂ひとだまのような生き物がふわふわと浮いていた。

 その生き物は青く燃える炎のような姿をしていて、体から生える腕も青く燃え盛っていた。

 真昼にも関わらず周囲を明るく照らすその存在は、静かな森の中でひときわ目立っていた。

 精霊もどきを見たことがない洸矢でも、あれが精霊もどきなのだと瞬時に理解した。


「せっかく移動したのに、ここにもいるのかよ」


 けわしい表情でつぶやく洸矢。

 すると、洸矢の横を幸奈が勢いよく駆け抜けた。


「あたしとシーちゃんに任せて!」


 前回のリベンジを果たそうと、幸奈は嬉々ききとして声を上げる。

 その際、幸奈とともに飛び出したシルフは、背後にいる洸矢たちを一瞥いちべつする。


「……幸奈、洸矢たちから離れるわよ」

「おっけい!」


 近くの大きな岩に登り、軽い足取りで精霊もどきの目の前に立つ幸奈。

 幸奈に気がついた精霊もどきは身体から炎を放ち、幸奈に向かって襲いかかった。

 しかし、幸奈は岩の上でくるりと回って炎を避ける。

 そして心配そうに見上げる洸矢たちに向けて、幸奈はにこりと微笑む。


「洸矢兄たちはそこにいてね!」


 岩を飛び越えて森の奥に走っていく幸奈。

 幸奈に向けて炎を飛ばす精霊もどきの背後から、シルフが湖面の水を巻き込んで突風を巻き起こした。

 風は周囲の木々をなぎ倒し、精霊もどきはその風に振り回されながらも執拗しつように幸奈を追いかけた。それをさらに追うシルフ。

 シルフがいなくなっても、しばらくの間湖面は揺れ続けた。

 小さな体から放たれたとは思えない力に圧倒され、洸矢たちは幸奈たちを呆然ぼうぜんと見送ることしかできなかった。


「ただいまー!」


 それから五分と経たないうちに、幸奈とシルフは洸矢たちの元に戻ってきた。

 つい先ほどまで精霊もどきと対峙していたとは思えないほど元気な幸奈に、ラインが目を輝かせながら駆け寄る。


「幸奈とシルフ、すごいね!」

「もっちろん! あたしとシーちゃんにかかれば楽勝だよ!」


 腰に手を当て、えっへんと胸を張る幸奈。

 盛り上がる二人の後ろから、洸矢がぽん、と幸奈の頭に手を優しく置く。


「元気なのはいいけど、無理すんなよ」

「大丈夫! シーちゃんといれば無敵だもん!」


 いつもと変わらないまぶしい笑顔に、洸矢は「そっか」と安堵あんどする。

 そんな洸矢がひそかに癒しの力を使っていたのは、近くにいたプレアだけが気がついていた。

 その光景を遠巻きに見守るシルフ。


「シルフの力は強力なはずなのに、幸奈はよく使えてるね」


 凜が声をかけると、シルフは眉を下げて笑う。


「そう思ってくれているならなによりだわ」

「よく考えたら、幸奈は学校でもシルフの力でいつも遊んでいたね」

「そうね。私はあの子についていくのも一苦労よ」


 やれやれと肩をすくめるシルフに、凜は学校でのことを思い出して小さく笑っていた。

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