Episode Memory:10 感謝と秘密
「セレン、眠くない?」
その日の夜。
暗闇が周囲を包み込み、瑞穂とセレンの二人は、目の前で燃える火だけが頼りだった。
「は、はい! 昨日は瑞穂様にお任せしてしまったので、今日は
小さくガッツポーズをするセレンに瑞穂は微笑む。
「ちゃんとお礼をできていなかったけど、お昼に私たちを精霊もどきから守ってくれてありがとう」
「お礼なんてなさらないでください! 精霊が契約している方を守るのは当然です!」
「いいえ。人間と精霊は対等な存在よ」
優しく
「……私は今日ようやく、瑞穂様のお力になれたのではと思っています」
「そんなことないわよ。いつも私の横で見守っていてくれるじゃない」
「そうです。私は見守っているだけなのです」
セレンはうつむいたまま続ける。
「瑞穂様は持ちうる知識を生かし、何事もご自分の力で乗り越えていきます。今日も私の力を最大限に発揮していました。……契約している私など必要ないのではと感じてしまうくらいに」
深刻そうな表情を浮かべるセレンに、瑞穂はなにも言葉をかけられなかった。
「私は、シルフ様のように長く契約しているわけでもなく、プレア様のように癒しの力があるわけでもなく、フレイム様のように冷静でしっかりしているわけでもない……水を生み出すことしかできない私に、一体なにができるのでしょうか」
自分自身へ問いかけるように、セレンは悲痛な表情を瑞穂に向ける。セレンの瞳が燃え盛る火に反射して揺らめく。
セレンの言葉を静かに受け止めた瑞穂は、まっすぐセレンを見つめる。
「なにもしなくていいわ」
セレンは固まった。
言葉を失い、動揺を隠しきれない瞳が揺れ動く。見開いた目はどこか
「あなたになにかしてもらおうなんて、私は少しも思っていないわ」
「ですが、それならば、瑞穂様が私と契約した意味なんてないじゃないですか……!」
「本当にそう思うの?」
感情が
しかし、瑞穂の鋭い瞳に我に返って口をつぐむ。
「あなたはその力を生かしてくれる人を探して人間界に来たんでしょう?」
「は、はい……」
「だから、私と契約したことに意味がないなんて言わないで」
契約相手に、言ってはいけないことを言ってしまった。
ごめんなさい、とセレンは
「……私は、あなたと契約できて本当に嬉しかったわ。だって、ずっと契約してくれる精霊を待っていたんだもの」
セレンが顔を上げると、瑞穂の表情は柔らかく、優しいものだった。
「周りの子はどんどん精霊と契約して、私はなぜ精霊と契約できないのかって悩んでいたわ」
瑞穂の頭によぎるのは、精霊と楽しそうに話すクラスメイトたちの姿。そしてそれを遠くから見つめている幼い自分。
声をかけるでもなく、静かにノートに視線を落としてその日の復習を進めた。
「あなたと出会ったことで、私はようやく一人前になれた気がしたわ。あなたの存在が、私というパズルの最後のピースを埋めてくれたの」
震えるセレンの手を取り、両手で包み込む瑞穂。
「あなたがそばにいてくれるだけでいいの。あなたがいてくれたから、私は私でいられるの」
「瑞穂様……」
「契約してくれて、ありがとう」
せき止めるものを失ったセレンの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
どれだけ
「まだ一年くらいしか経っていないけれど、これからもよろしくね」
涙があふれる中、セレンは大きくうなずいた。
「そういえば、契約したときもこんな感じだったわね」
すんすんと鼻を鳴らすセレンに、瑞穂は苦笑する。
「家族の旅行で海に行ったとき、泣いているあなたを見つけたのよね」
「あ、あのときは、その……!」
「契約してくれるはずの人が見つからないって、私の目の前で泣いていて――」
「恥ずかしいので忘れてください!」
瑞穂の言葉をさえぎるセレン。
涙を流しながらわたわたとあわて始めるセレンは、どう見ても感情がごちゃ混ぜになっていて。そんなセレンの様子を見て瑞穂はくすりと笑う。
二人の間を包んでいた空気は、いつの間にか穏やかなものに変わっていた。
「せっかくだから、今日はいつもしない話でもしようかしら」
「どんなお話ですか?」
「私の好きな人の話」
ささやくような瑞穂の声。
セレンは目尻に残っていた涙を拭い、好奇心に満ちた目をぐいっと近づける。
「瑞穂様の好きな方といえば――」
「まぁ聞いてちょうだい」
食い気味なセレンの言葉を軽くかわして、瑞穂はふわりと微笑む。
「彼とは偶然出会ったの。今思えば、そのときから気になっていたのかもしれないわ」
「それは、一目惚れというものですね!」
うなずく瑞穂に、セレンの顔がぱぁっと明るくなっていく。
「瑞穂様は、そ、その方のどのようなところがお好きなのですか……!」
「そうね……無茶ばかりして危なっかしくて、思うままに突っ走るところかしら」
「……瑞穂様はそれがお好きなのですか?」
好きなところと言えば、優しいとか頼りになるとか、もう少し前向きな言葉を選ぶはず。
だが、瑞穂の口から出てきたのは、それとは真逆な言葉。
心配そうに尋ねるセレンに、瑞穂は深くうなずく。
「どれも私にはないものだから、それが魅力に感じるんだと思うわ。私は考えてからじゃないと動けないし、行動力があるのって素敵じゃない?」
「たしかに……そう言われると、自分を信じて行動できるのは素晴らしいですね!」
セレンの声が
「それと、彼とは違うクラスだけど、見かけたら自然と目で追っちゃうのよね」
「そうなんですね! ほ、他にお好きなところはありますか……!」
「他には……とにかく放っておけないのよね。不思議と助けたくなるの」
「母性本能をくすぐるということでしょうか?」
そうかもしれないわね、と瑞穂は口元に手を当てて笑う。
その表情は気恥ずかしいと言いたげなもので、セレンもだんだんと顔が赤くなっていく。
「それに、誰よりも勇気があるの」
瞳が輝き、慈愛に満ちた顔で見つめるセレン。
「その、瑞穂様がお好きな方はやはり――」
「瑞穂―。セレンー」
その声の主は、大きく伸びをしながら歩いてくる日向だった。
思わぬ人物の登場に、セレンがどきりと跳ねる。
「まだ交代には早いわよ」
「瑞穂が心配で早く起きた!」
瑞穂の前にしゃがみ、ニコニコと笑顔を向ける日向。
セレンの心配をよそに、瑞穂はいつもと変わらぬ表情で日向を迎える。
「せっかくセレンと秘密の話をしていたのに」
「秘密の話? 俺にも教えて!」
「秘密って言ってるじゃない」
盛り上がる二人からそっと離れ、それを見守りながらセレンはつぶやく。
「瑞穂様とは別のクラス……無茶をしてしまうけど、誰よりも勇気のある方……」
先ほど話していた瑞穂の言葉を
「セレン、日向が起きていてくれるみたい。私たちは寝ましょうか」
「は、はい!」
その夜、セレンの興奮はおさまらず、眠りにつくまで少し時間がかかった。
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