Episode Memory:06 迷いと探索
ゲートを越えた幸奈たちは森の中に到着した。
空は晴れていて、まぶしい光が木々の隙間から
「着いたー! ここが精霊界だね!」
一面の緑を眺めながら、幸奈は両手を広げて大きく息を吸い込む。
しかし、なにかに気がつき、息を吐き出す前にあたりを見渡す幸奈。
「研究チームの人たち、いないね」
幸奈の一言で、洸矢たちも気がついたように周囲を見渡した。
「先にどっか行ったとか?」
「そんなはずないわ。私たちを置いて動き始めるなんて」
不思議そうにつぶやく日向に向けて冷静に返す瑞穂。
洸矢たちは近くの木々や草木の奥をかき分けて探し始め、幸奈は研究チームと連絡を取ろうと渡された端末を取り出した。
「……電源、入らないや」
端末をどれだけ操作しても画面は暗いままで、幸奈は首を傾げる。
「壊れた?」
「そんな簡単に壊れるわけないじゃない」
シルフも端末を操作するが、幸奈のときと同様に画面は真っ黒なままだった。
引き続き端末と格闘する二人の後ろから、
「洸矢兄。端末壊れたみたい」
「壊れた? そんなわけあるかよ」
端末を借りて操作する洸矢。しかし、幸奈たちと同様反応はない。
「僕と洸矢が探した範囲では、誰も見つかりませんでした」
「うーん、どうしたものか……」
プレアの言葉に、幸奈は腕を組んで考える。
一刻も早く合流するのは何より大事だが、探すためにこの場から動くのも得策ではない。
「幸奈。ひとつ思いついたんだけど、」
うんうんと
「ここがどこか分かれば、シルフたちを頼りに研究チームの人と合流できるんじゃないかな?」
凜の提案に、幸奈の表情がパァッと明るくなる。
「それだー!」
周囲を探索していた日向たちを呼び戻し、幸奈は凜の提案を全員に伝えた。
「ということで、ここがどこか教えてくださーい!」
幸奈たちの期待の込もった視線がシルフたちに向く。
その視線に耐えきれなくなったシルフたちは顔を見合わせ、そのまま気まずい静寂が流れる。
「……誰も知らねぇの?」
「こんな森は見たことがない。少なくとも俺が暮らしていた場所ではないな」
フレイムに続いて、シルフたちも同様にうなずく。
まさか誰もこの場所を知らないとは。予想外の返答に、その場に少しずつ重い空気が漂い始めた。
「じゃあ、歩いてみよう!」
その重い空気を消し飛ばしたのは幸奈の声だった。
周囲に響き渡る声量に、全員の肩がびくりと跳ねる。
「じっとしてるより、歩いてたら研究チームの人たちも気づいてくれるかもしれないよ!」
「幸奈。こういうときに
シルフのどこか不安げな表情に、幸奈はふふんと鼻を鳴らす。
「そしたら、目印にこれ置いてくのはどう?」
幸奈はリュックからかわいらしい飴玉を取り出し、それを地面に優しく転がした。
「これなら戻ってきても分かるよね!」
「幸奈のおやつがこんなところで活躍するなんて……」
飴玉をまじまじと眺めるシルフ。準備をする際、幸奈の説得に折れた過去の自分にシルフは感謝した。
「目印を置いたところで、探しに行こー!」
先陣を切る幸奈の後ろを、洸矢たちはほっとしたような顔でついていった。
そして数分後、幸奈の置いた飴玉は何者かによって持ち去られた。
* * *
「……やっぱり、私がかけてる眼鏡もダメね。ずっと電波が繋がらないわ」
「俺のスマホも使えねぇな。動画見ようと思ってたのに」
森の奥を歩き続ける幸奈たち。到着した場所から景色は変わらず、草木が青々と茂っていた。
後方を歩いていた日向に、瑞穂のじとりとした視線が向く。
「違うって、これは……写真を撮ろうとしたんだよ! 瑞穂と!」
日向が急いでスマホをしまうと、瑞穂は小さく息を吐いた。
「それは帰ってからでお願いね」
「…………帰ってからなら、いいのか?」
「ここには課外活動で来ているんだから。遊ぶのはそのあとよ」
「帰ったら、遊んでいいのか……?」
「もちろんよ」
周りの様子を観察していたために、後ろを歩く挙動不審な日向のことは見向きもしていなかった。
「……フ、フレイム様」
二人に気づかれないよう、セレンは小さくつぶやく。
その顔は
「今の瑞穂様の言葉は、で、デートのお誘い、でしょうか……!?」
「単に遊ぶなと注意したんだろう。ただ、あいつは明らかに勘違いをしているな」
一人で盛り上がっている日向を
「精霊にも全然会わないね……」
一方で、幸奈はキョロキョロと見渡しながら先頭を歩き続けていた。
「もしかして、人を見るのが初めてだから、みんな緊張して隠れてるとか!?」
「精霊を野生動物みたいに言わないでちょうだい」
シルフの冷静なツッコミに、二人の後ろを歩いていたプレアは苦笑する。
「住んでいる精霊が少ない土地もありますから。ここもそういう場所なのかもしれないですね」
プレアの解説に感心する幸奈。
幸奈は歩く速度を落とし、プレアの横に並ぶ。
「プレアはどんなところに住んでたの?」
「僕は大きな泉のそばに住んでいました。とても静かで穏やかな場所で、その泉で精霊たちを癒していました」
プレアの言葉が紡がれていくにつれて、幸奈もキラキラと目を輝かせていた。
「すごい、温泉みたい!」
「そう言われると温泉みたいですね。着いたときは幸奈さんを一番に案内しますよ」
子供のようにはしゃぐ幸奈と、優しい笑みで話を続けるプレア。
二人の前を飛んでいたシルフは、もどかしい顔をしてその会話を聞いていた。
「この、じれったい感情はどうしたらいいかしら……!」
「まぁまぁ。今日はプレアが幸奈の面倒を見るからさ」
洸矢がシルフの横に並び、静かに震えるシルフを落ち着かせる。
「シルフがあのゆるふわ空間にツッコみたい気持ちは、俺もよく分かる」
悟ったようにうなずく洸矢に、シルフは乾いた笑いを返した。
やれやれと
「二人とも、今日は精霊界の自然でリフレッシュできるいい機会かもしれないね」
「あー……そういうことにしておきます」
それぞれの会話で盛り上がる幸奈たちは、さらに森の奥へと進んでいった。
* * *
「それじゃあ、あたしとシーちゃんが登ってくるね!」
しばらく歩いても、研究チームが見つかる気配は一向になかった。
そこで幸奈の新たな提案により、幸奈とシルフが木の上から様子を見ることにした。
「俺も見てくる!」
うずうずうと見守っていた日向は我慢の限界を超えたのか、幸奈たちを追いかけて木を登り始める。
木の枝をつたってスルスルと登っていく日向を、洸矢たちは見上げながら感心していた。
「日向、運動神経だけはいいのよね」
「……猿だな」
瑞穂の横でぼそりとつぶやく洸矢。
それは日向の耳に届いていたらしく、「聞こえてんぞ洸矢ぁ!」と木の上から日向の
「幸奈、シルフ。誰か見つけたか?」
幸奈とシルフに追いついた日向は、周囲を見回している幸奈に尋ねる。
日向の問いに対して首を振る幸奈。
「あとね、シーちゃんが教えてくれたんだけど……」
幸奈はシルフに控えめな視線を向ける。
シルフの初めて見る真剣な表情につられて、思わず日向の表情が
「ここ、精霊界じゃないわ」
日向の思考が停止する。
シルフの言葉が理解できず、
「精霊界じゃないって、どういうことだよ」
「言葉通りの意味よ。ここは精霊界に似た別の世界」
視線を迷わせていた日向は、空を見上げて考え込む。
「……ここが精霊界じゃないって、シルフはなんで分かったんだ?」
「それも含めて下で説明するわ。いったん降りましょう」
「精霊界は大きな大陸って言えばいいのかしら。そこに森林や山脈、
シルフを中心にして話を聞く幸奈たち。
今いる場所が精霊界でないという事実は洸矢たちだけでなく、精霊であるプレアたちも衝撃を受けていた。
「大陸から少し離れたところには、いくつか島もあるわ。でも大陸から
「つまり、ここがその孤立した島だから、シーちゃんは精霊界じゃないって気づいたの?」
「そういうこと」
幸奈の問いにうなずくシルフ。
話を黙っていた凜が「それなら」と口を開く。
「ここが精霊界じゃないと分かったなら、これからは人間界に戻る方法を探さなきゃいけない。ただ、無闇に動いても進展は見込めないから、各自やることを決めよう」
それから凜を中心にして拠点と食料の確保、周囲の環境の調査といった役割を決め、幸奈たちは動き始める。
「じゃあ、シーちゃんとご飯探してくるね!」
元気よく立ち上がった幸奈は「サバイバルだー!」と叫びながら、森の中へと走っていった。
それを苦笑しながら洸矢は見送る。
「幸奈の辞書に危機感って文字はないんだろうな」
「ですが、幸奈さんのように前向きな方がいい方向に進んでいきそうですね」
プレアの言葉に同意しながら立ち上がる洸矢。
そして洸矢とプレアも、幸奈たちとは別の方向へと歩き始めた。
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