Episode Memory:04 四つ葉と友人

「いつもより世界が輝いて見える……!」

「そろそろ余韻よいんから抜け出してくれないかしら」


 翌日。

 教室の机でひじをつく幸奈の顔は幸せに満ちあふれていて、その笑顔は教室中に広がっていた。

 朝から予報通りの快晴で、それと比例するように幸奈の調子も朝から最高潮だった。

 そして校舎に飾られている四つ葉の校章も太陽の光に反射して、キラキラと輝いていた。

 

 私立四葉よつば学園高校。

 一般的な私立高校だが、精霊を連れての登校も可能で、精霊たちが快適に過ごすための設備も整っている。

 四葉学園高校を代表するものとして、チーム制度という独自の教育プログラムが存在する。

 学年は問わず、最大五人まで自由にメンバーを集め、自由に課外活動を行うことができる。部活動の延長で集まったり、将来の方向性が合う者同士が集まったりと、活動内容は生徒たちに一任されている。

 課外活動を行うチームは月に一度活動報告を行い、活動実績がそのまま自身の成績に加点される。

 そのため、チームを組むこと自体は自由だが、ほとんどの生徒がチーム制度を利用している。

 

 教室内の生徒や精霊たちを、慈愛に満ちた目で見つめる幸奈。


「もう少ししたら、ここにいるよりたくさんの精霊たちに会えるんだね……!」

「おはー」


 後ろから声がかかり、うっとりとしていた幸奈は不意に現実に引き戻される。

 しかし、幸奈の元気はおとろえないまま元気よく振り返った。


「みのり! おはよー!」


 とびきりの笑顔を向けられた少女――運上うんじょうみのりは、その勢いに圧倒されながら幸奈の後ろの席につく。


「朝から元気だね……元気すぎるけど。なんかあった?」


 その疑問に、ふっふっふっ、と企んだような笑みを浮かべる幸奈。


「聞いて驚け。あたしたちのチームは、念願の精霊界に行けることになったのだ!」

「へー。おめでとー」


 幸奈の教室に響き渡る声に反して、平坦な祝いの言葉をかけるみのり。

 タブレットに表示されている時間割を見ながら授業の準備を進めていて、幸奈の方はちらりとも見なかった。


「もっと喜んでよー!」

「はいはい。あたしの分も幸奈が喜んでよ」


 手足をばたつかせる幸奈を、みのりは適当に受け流す。

 みのりは長い髪をツインテールに結んでいるかわいらしい容姿をした少女だが、中身は誰よりも現実的でサバサバとしていた。

 準備を進めるみのりの元にシルフが飛んできて、そっと耳打ちする。


「みのり、あの子は昨日からずっとこんな調子なの。許してちょうだい」

「なるほどね。シルフも祈本先輩も、幸奈の子守りは大変だねぇ」


 むくれている幸奈を見て、みのりはフッと笑う。


「ま、幸奈はずっと精霊界行きたいって言ってたからね。せっかくの機会だし、楽しんできなよ」

「うん! いろんな精霊と仲良くしてくるね!」

「それはいいけど、チームの活動ならレポートとか出すんじゃないの? 大丈夫?」

「みんなに言われるけど大丈夫だもん!」


 あたしはちゃんと考えてるのに、とほおを膨らませる幸奈を、みのりは「ごめんごめん」となだめる。


「……そう考えると、課外活動で精霊界に行くのって幸奈たちが初めてかも?」

「そうなの? 他にもいると思うけど」

「あたしの知ってる限りではってこと。てか、今回もそうだけど、幸奈はいろいろ伝説を残しすぎなんだよ」

「伝説?」


 きょとんとしている幸奈に、そうだよ、とおかしそうに笑う。


「入学式のときの自己紹介なんて、あたし一生忘れないよ」

 

――春風幸奈です! こっちは親友のシーちゃんです! シーちゃんは四大精霊だけど、気軽に話しかけてください!

 

「四大精霊と気軽に話せなんて、あたしたち人間ならまだしも、精霊たちがドン引きしてたじゃん」


 始業時間が近づき、にぎやかになり始めた教室を一瞥いちべつするみのり。

 みのりの言っていることが納得できなかったのか、幸奈は不思議そうに首を傾げる。


「日向とみのりはあたしとシーちゃんとすぐ仲良くなったし、クラスのみんなとも普通に話してるよ?」

「そりゃ今はね。最初はいろんな人から『どうしたら春風さんとシルフさんと仲良くなれますか!?』って相談されたんだから」


 みのりが「ねー」と近くにいたクラスメイト数人に問いかけると、全員が笑いながら同意した。


「幸奈は知らなかったと思うけど、幸奈がチーム作るってなったときも話題になってたんだよ」


 みのりはほくそ笑む。

 入学前からチームを作ると決めていた幸奈は、入学してすぐにメンバーを集めてチームを結成した。

 幼馴染の洸矢から始まり、同じクラスで意気投合した日向、日向の希望で隣のクラスの瑞穂、そして偶然出会った凜を引き入れ、数週間も経たずにチームを作り上げた。


「……あたし、話題になりすぎじゃない?」

「だから伝説残しすぎだって言ってんの」


 みのりはあきれた様子で椅子にもたれかかる。


「でも、幸奈の行動力は尊敬するし、そのおかげで精霊界も行けるようになったんだろうね」


 幸奈に優しい微笑みを向けたみのりは、一転してわざとらしく声を上げる。


「まぁ、精霊界は誰かさん以外の成績のおかげで行けるようなもんだからねー!」

「おい、聞こえてんぞ」


 声の主である日向はみのりの横に立ち、みのりをじろりと見下ろす。

 鋭い眼差しにもみのりは一切ひるまず、鼻で笑いながら日向を迎えた。


「おはようございまーす。全教科赤点ギリギリの結城日向くーん」

「んだよ、赤点じゃなかったんだからいいだろ!」


 みのりの横の席にどかっと座る日向。


「そもそも、さっきのは結城のことなんて誰も言ってないけどねー?」

「……お前、ほんといい性格してるよな」

めてくれてありがとーう!」


 ニヤニヤと笑うみのりに顔をしかめる日向。

 そのやり取りを呆れ顔で見ていたフレイムは、なんとも言えない表情で見守っているシルフに気がつく。


「シルフ、どうした?」

「日向の影に隠れてるけど、幸奈もところどころ怪しかったのよね」

「あいつがひどかったせいで、幸奈は問題ないように見えたんだろう」

「……やっぱり、お互い大変ね」

「そうだな」


 二人の会話は机の下で行われたおかげで、本人たちには聞かれずに済んだ。


「お前の成績を全教科超えたときは、『今までからかってすみませんでした結城様』って言わせてやるからな! ついでに学食をおごってもらう!」

「今超えてるのって体育だけじゃなかった? 卒業までに達成できそうー?」


 会話はヒートアップしていくが、みのりが優勢なことには変わらなかった。

 みのりの挑発的な視線に、日向はわなわなと拳を握りしめる。

 その光景を幸奈は見慣れているからか、止めることなくにこやかに見守っていた。


「で、話を戻すけど。精霊界はいつ行くの?」

「今月末の土曜日!」

「結構すぐなんだ。準備できてるの?」

「近くなったらやる!」

「幸奈のことだから、前日に慌てて準備するのが見えてるなー」


 みのりの言うことは図星らしく、ぐぬぬと言い返せない表情の幸奈。

 日向は椅子に寄りかかり、笑みをこぼすみのりを見る。


「てか、運上は精霊界に興味ないのか? 成績いいんだから、チーム組んで精霊界行きたいですとか言えば行けるだろ」


 日向の問いかけに、みのりは気だるそうにひじをついた。


「あたしは興味ないかな。人集めるのも大変だし、そもそも精霊と契約してないし」


 みのりはシルフとフレイムをちらりと見る。うらやましいというより、鬱屈うっくつとした表情で。

 それを聞いた幸奈は、つんのめるようにみのりの机に椅子を寄せる。


「精霊と契約してなくても精霊界は行けるよ!」

「いやいや、体裁ていさいとして。契約してた方が聞こえはいいでしょ」

「精霊界に行ったら会えるかもしれないよ!」


 幸奈の純粋な瞳に、みのりはひじをついたまま大きなため息をつく。


「精霊界にどんだけ精霊がいると思ってんの。適当に会った精霊に『契約してください』ってお願いしてもできないんだから」


 精霊は、人間と誰彼構わず契約しているわけではない。

 精霊が人間界に訪れて契約する相手を探すとき、本能から感じた人間とだけ契約する。

 その人物こそが自分の力を最大限活用してくれると、精霊は無意識下で判断している。

 そのため、契約する精霊と人間は互いにかれ合い、出会うべくして出会った、お互いを補い合う運命の相手と言われている。


「よく運命の相手って言われてるけど、あたしはそんなの信じてないから」

「あたしと日向はシーちゃんとフレイムに会えてるし、みのりもきっと会えるよ」

「はいはい。あたしは二人のお土産話を楽しみにしてるよ」


 軽く流したみのりの言葉と重なるように、始業を知らせるチャイムが鳴った。


(運命の相手ねぇ……)


 ホームルームの間、みのりは机の中で隠れて動画サイトを開いていた。

 動画を見ようとしたところで、精霊と人間がスポーツをしている広告が流れる。

 それを無表情で眺めていたみのりは、一瞬さげすむような目をしたあと、何事もなかったように広告をスキップした。

 動画の再生が始まると同時に、幸奈からのメッセージが届いた。


『あとで昨日見て面白かった動画教えるね!』


 前でこそこそとしている幸奈を見て小さく笑い、『おっけー』と返信した。

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