Episode Memory:03 期待と祝杯
「かんぱーい!」
幸奈のかけ声に合わせて、全員がトッピングが崩れない程度の力でクレープを突き合わせる。
近くにあったベンチに腰かけ、それぞれ注文したクレープを食べ始めた。
幸奈はもはや芸術作品と言えるくらいにトッピングされたクレープをぐるりと鑑賞し、一口目を口にする。
「もちもちの生地にマンゴーとパイナップルとパッションフルーツ、新鮮で甘酸っぱいトロピカルフルーツたちが豪快にトッピングされていて、追加されたバニラアイスがまろやかに混ざり合っている……まるで口の中がリゾート気分……!」
「
小動物のようにクレープをほおばり、幸せそうな笑顔を浮かべる幸奈。
一方でセレンにクレープをあげていた瑞穂は、隣で勢いよく食べ進める日向の豪華なクレープに目がいく。
「日向のクレープにはなにが入っているの?」
瑞穂の問いに日向はクレープをごくんと飲み込み、嬉々として瑞穂に詰め寄る。
「これはストロベリーとブルーベリーとラズベリーが入ってて、あとはバニラアイスとクリームが乗っかってる。で、ベリーソースを追加! 瑞穂も一口食べる!?」
「目だけで味わわせてもらうわね」
差し出したクレープを優しく戻され、日向はしゅんとして戻ってきたクレープを口に入れる。
その一口が今までより酸っぱく感じたのは、日向の気のせいなのかもしれない。
日向の瑞穂に対する恋心は、積極的すぎるアプローチのせいで公になっていて、当人である瑞穂にさえその想いは知られている。
だが、瑞穂はそれを特段気にしておらず、日向のアプローチも普段から華麗にかわしている。
あっという間にクレープを半分まで食べ進めた幸奈は、満足げにクレープを
「やっぱり甘いものは別腹だね!」
先ほど洸矢が予想した通りの言葉が幸奈の口から出てきて、瑞穂と凜は顔を見合わせてくすりと笑う。
それが気に入らないと言わんばかりに、クレープを食べる手を止めて凜をじとりと見る日向。
「凜先輩。なんで瑞穂と楽しそうなんすか」
「チームメイトなんだから、僕と瑞穂が仲良くするのは普通だと思うよ」
「……じゃあ、なんの話で楽しそうなんすか」
「内緒」
余裕のある凜の返しに、日向は渋い顔をしてクレープに集中した。
「ねぇねぇ。みんなは精霊界に行ったらなにしたい?」
幸奈からの問いかけに全員の手が止まり、幸奈の横にいた洸矢は
「なにしたいって、遊びに行くわけじゃないんだからな。レポート出すんだぞ?」
「分かってるよぉ。あたしは書くこと決めてるもん!」
「精霊と何人友達になったとか?」
半笑いの洸矢に、幸奈は「そう!」と力強く指を差す。
「友達になってどんな力か聞いて、その力が人間界にどんな影響が与えてるか聞くの! その子たちのエピソード付きで!」
自慢げに答える幸奈に、シルフ以外の全員が信じられないといった表情で固まる。
「幸奈にしてはちゃんと考えてるな……」
「……確認だけど、シルフが考えたアイデアではないのよね?」
「自分で考えたのよ。聞いたときは私もびっくりしたわ」
シルフは自慢げな幸奈を横目にうなずいた。
ふふん、と幸奈は得意げに残りのクレープに口をつける。
「洸矢兄はどんなレポートを出すの?」
「俺は自然環境についてだな。プレアから自然が豊かだって聞いてるから、どんな感じなのか気になるな。こっちの世界との違いも書けそうだし」
なるほど……、と理解したのか怪しいうなずきで、凜に視線を向ける幸奈。
その視線に気がついた凜は優しく微笑みを返す。
「僕は生活環境を知りたいな。司る力に適した環境で過ごしてるのか、まったく関係ないのか。洸矢みたいに比較もできそうだね。あとは司る力が同じ精霊がいたら、姿の違いとその理由についても聞いてみたいな」
当然といえば当然だが、二人のきちんとしたレポート内容は、幸奈の予想を遥かに超えていた。
しおらしくなった幸奈は、口直しといった風にクレープを大きく一口飲み込む。
「瑞穂ちゃんはどんなレポートにするの?」
「私は精霊界の水について調べようと思ってるわ。セレンが水を司る精霊だからぴったりでしょ。セレンのおかげで多少知識はあるけど、自分の目で見たものを書いてみたくて」
瑞穂がセレンに目配せすると、セレンは気恥ずかしそうだが、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。
「日向はどうするの?」
普段なら真っ先に発言するはずの日向がなにも反応せず、幸奈は不思議そうに日向に目をやる。
そこには難しい顔をしてうなっている日向。
「その様子だと、まだなにも考えていなかったみたいね」
苦笑する瑞穂を、日向は「ちょっと待った!」と慌てて制止する。
「いや……まだ、まだだけど、その…………精霊はどんな一日を過ごしてるとか……!?」
「精霊界では精霊たちは思い思いに過ごしている。人間のように決められた生活はしていない」
「フレイム、今言うなよ!」
フレイムは日頃の仕返しと言わんばかりに、小さくニヤリと笑った。
「それでは皆の衆、気をつけて帰るんだぞ!」
「それは幸奈がかけられるべき言葉よ」
にぎわってきたクレープ店をあとにして、幸奈たちは帰路につく。
洸矢たちと別れ、幸奈とシルフはオレンジ色に染まった道を歩いていた。
その途中、前を歩いてきた人物と、その人物と契約しているらしい精霊とすれ違う。
精霊はシルフの姿を見て目を見開き、深々と頭を下げた。シルフは軽く微笑みを返し、何事もなく通り過ぎた。
「みんなシーちゃんを見ると、偉い人に会ったみたいな反応するよね」
「まさか人間界で会うと思わなかったからじゃない?」
慣れた様子のシルフに、幸奈はニッと笑う。
「でも、シーちゃんはかしこまられるのは嫌だもんね」
「当たり前よ」
シルフはきっぱりと答えた。
「私は精霊王みたいに強大な力を持ってるわけじゃない。四大精霊という立場なだけで、プレアたちとなにも変わらないわ」
ふぅ、とため息をついて遠くを見つめるシルフ。
昔を思い出しているらしいその表情は、どこか
その姿を見た幸奈はゆっくりと立ち止まり、その場で大きく伸びをする。
「帰ったらなに食べようかなー!」
「……もう、さっきクレープ食べたばかりでしょ」
「自分の食欲には正直にならなきゃ!」
無意識なのか、それとも自分の感情を見通した上での行動なのか。
シルフには幸奈の夕焼けに照らされた笑顔が、いつもよりまぶしく見えた。
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