Episode Memory:02 合流と団欒

「二人とも、見てみてー!」


 幸奈たちが到着した駅は人であふれていた。幸奈たちと同じように放課後を楽しむ学生や、早足で駅を通り過ぎるサラリーマン、そして人々と契約している精霊たち。

 平日の昼下がりにも関わらず、人の波はせわしなく流れ続けていた。

 また、近くで流れている街頭広告では、《天候》を司る精霊が明日の天気を知らせ、また別の街頭広告では《知識》を司る精霊が今日起こったニュースを伝えていた。

 それらが重なり、にぎやかと表現するのが適切な場が出来上がっていた。

 そんな人混みの中でも通る幸奈のほがらかな声に、通り過ぎる人々も思わず振り返る。


 それは改札前で待ち合わせていた生徒たち――結城ゆうき日向ひゅうが秋月あきづき瑞穂みずほ、二人と契約した精霊も例外でなく、軽やかな足取りで向かってくる幸奈を迎えた。

 眼鏡代わりの眼鏡型端末をかけ、制服をきっちりと着用し、文学少女と形容するのがふさわしい瑞穂。

 一方で、ネクタイをゆるめてワイシャツのボタンもいくつか開け、制服を少し着崩している日向。

 二人は対照的で、一見すると関わりがない生徒同士に見える。

 しかし、合流した幸奈と親しげに会話をしているために、その違和感はすぐに消え去った。


「幸奈、そんな大事な書類は人前で見せるものじゃないわ」


 瑞穂の冷静かつ的確な指摘に、しょんぼりとしながら書類をしまう幸奈。

 凜は苦笑しながら、瑞穂の横にいた日向へ視線を移す。


「それにしても、日向が図書館に行くなんて珍しいね」

「そりゃあ、俺が瑞穂を一人になんてさせるわけないからな!」


 鼻高々に笑う日向。

 すると足元から日向に向けて落ち着いた声が飛んでくる。


「そう言うが、着いた途端に漫画コーナーへ向かっていただろう」


 日向と契約している《火》を司る精霊――フレイムがいぶかしげに日向を見上げる。

 カーバンクルの姿をした彼はふわふわとした毛に覆われた可愛らしい姿で、加えてどこか高貴な雰囲気をまとっていた。

 日向は嫌な顔をしてフレイムの前にしゃがみ、反論する代わりに力強くなで回す。

 もふもふとなで回されてしびれを切らしたフレイムは、猫パンチのように殴り日向の手から逃れる。

 しゃがんだまま痛みにもだえる日向を見てあきれる洸矢。


「お前はまずこの前のテストの復習だろ」

「んだよ洸矢! 俺よりちょっと成績いいからって!」


 痛みなど忘れたかのように立ち上がり、洸矢をにらみつける。

 洸矢と日向の身長はほぼ変わらないが、わずかに洸矢の方が高いために日向は自然と洸矢を見上げる形になっていた。

 そのせいで、日向が洸矢に向けてガンを飛ばしているようにしか見えなかったが。


「先輩をつけろ。あと、俺はお前が思ってるより成績はいいからな」

「どうせ一個しか変わんねぇんだから同じだろ」


 にらみをかせる日向と、やれやれと言いたげな顔で相手をする洸矢。

 日向が一方的に売っている喧嘩を、瑞穂の横にいる人魚の姿をした精霊はオロオロしながら見守っていた。


「で、ですが、日向様は先日のテストで赤点を回避していましたよね……!」


 瑞穂と契約している《水》を司る精霊――セレンは愛らしい顔の少女で、尾びれは羽衣のようにひらひらと揺れている。

 ただの人魚というよりは、ベタの要素も持ち合わせた美しさを彼女は持っていた。


「そうよ。私たち全員が付きっきりで教えたからね」


 瑞穂の言う通り、日向の成績に危機感を抱いた瑞穂を筆頭に、チーム総出で勉強会が開かれた。そのおかげで、日向は中間テストでギリギリ赤点をまぬがれた。

 セレンの精一杯のフォローも瑞穂にあっさりと看破され、なにも言い返せない日向は気まずそうに顔をそらす。


「それじゃあみんな揃ったところで、クレープ屋さんに行くのだ!」


 幸奈は落ち込む日向を気にもせず、クレープ店へ意気揚々と歩き出した。

 

   * * *

 

「あたしはトロピカルパーティークレープで、トッピングにバニラアイス!」

「俺はベリーベリースペシャルにベリーソース追加で!」


 我先にとクレープを注文する幸奈と、先ほどの会話など忘れて嬉しそうな日向。

 幸奈たちがいる店は、店員が考案した豪華なクレープメニューが豊富なことで有名だった。

 注文する幸奈たちの横にはフルーツやアイスクリーム、ホイップクリームで彩られた色鮮やかなクレープのサンプルがずらりと並んでいた。

 本物と見間違うようなサンプルたちと、店の奥から漂う香ばしいクレープの匂いは、幸奈たちだけでなく通り過ぎる人々の食欲をそそっていた。

 子供のようにはしゃいでいる幸奈と日向を、洸矢たちは後ろから見守る。


「どっちも聞いてるだけで腹一杯になりそうな名前だな……」

「あの二人、どちらが先に全てのメニューを制覇できるか競争しているらしいですよ」


 瑞穂の言葉に、大きなため息をつく洸矢。

 凜は昼休みの出来事を思い出しながら首を傾げる。


「二人とも学食で大盛りを頼んでなかったっけ?」

「どうせ甘いものは別腹って言うんですよ。きっと幸奈は夜もがっつり食べます」

「あはは、大食いコンテストに出場できそうな勢いだね」


 心配する三人をよそに、幸奈と日向は焼き上がった生地の上に飾られていくトッピングをキラキラとした目で追いかけていた。

 

 一方で、カウンターの前で盛り上がる幸奈や洸矢たちを、シルフたち精霊はさらに後ろから見守っていた。


「幸奈にはもう少し大人になって欲しいと願うのは私だけかしら……」

「日向にも言えるな。俺がいなくなったら一人で生きられるのか心配してしまう」


 ぼそりとつぶやくフレイムに、シルフは「あぁ……」とあわれみに近い目を向ける。


「フレイムも大変そうね」

「お互い様だな」


 乾いた笑いをこぼす二人の横で小さく笑うプレア。


「なにかあった?」

「いえ、洸矢が楽しそうだなと思って見ていたんです」


 シルフがカウンターに目をやると、あれこれ話して盛り上がっている幸奈をなだめる洸矢の図。


「私には苦労しているようにしか見えないけど?」

「ああ見えて、洸矢も楽しんでいますよ」

「幼馴染だから面倒を見てるだけでしょ」


 そんなことないですよ、と笑うプレア。

 幸奈と洸矢を視界に入れたまま、シルフは「どうかしら」とオーバーに肩をすくめた。

 そのやり取りを聞きながら、セレンはうらやましそうな表情を浮かべる。


「皆様、仲がよくて本当に尊敬します……」

「セレンも瑞穂とうまくやってるじゃない」

「私はまだ瑞穂様と契約して日が浅いですから……」


 セレンは困り顔のまま指先をツンツンと合わせるが、すぐにハッとしてシルフへ向き直る。


「で、ですが、私は契約期間が一番長いシルフ様と幸奈様のような関係になれるよう、日々努力しているつもりです!」

「……そうなの。応援してるわね」


 苦笑するシルフ。

 少し歯切れの悪い反応だったが、幸奈に苦労している過去を思い出しているのだろうと、特に誰も気に留めなかった。

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