3 田坂研究所への道すがら……

 一歩家を出て、閉口した。

 普段は閑静な住宅街なのに、そこここに自衛隊員や警察官がいる。


(昨日は帰りが遅かったから、気づかなかったのかな?)


 そんなことを思って歩を進めだした途端、二人組の警察官から声をかけられた。


「外出ですか?」

「あ、はい……」

「失礼ですが、どちらまで?」


 怪しんでいるわけではないのだろうが、その目つきは鋭かった。


「え、ええと、バイト……なんですけど」

 嘘は言っていない。

「こんな状況で、ですか?」

 だが、二人の空気が明らかに変わった。

「身分証明書の提示をお願いします」

「あ、はい……」

 学生証を出そうとして、博士たちの言葉を思い出した。


「タケルくんや、このカードを肌身離さず携帯するんじゃぞ!」

「……田坂研究所職員証明書?」

「これさえあれば、たいていの事は何とかなる!」

「特に火野くんの物はタンデムマシンのパイロット証明書ですので、へたな権力者よりも優遇されるかと」

「は、ははは……そうですか……」


 その時は半信半疑だったけど……。


「はい、これでいいですか……」

 警察官に、証明書を手渡す。

「……」

 まじまじとそれを見た二人の顔が、青ざめていった。

「すす、すいませんでした!」

「必要であれば、パトカーをご用意いたしますが……」

「あ、歩いていきますので、結構です」


 その効力に舌を巻きつつ、彼らの申し出を断った。


 しかし、あの博士変人が、こんなにすごかったとは……。


 逆の意味で恐怖を感じつつ、改めて歩きだす。

「「お気をつけて!」」

 二人のその声に振り返り、軽く会釈した。



 三羽市中心部からかなり北東へ離れた場所に研究所はあった。僕の家から見ると北に位置するそこは、市街地へ行くよりも近場になる。


 市街地から離れているんだから、被害はないだろうと思っていたけど……。


「……なんだよ、これ……」


 研究所までもう少し、といった所で、僕は動けなくなってしまった。


「ぼ、僕のせい……じゃないよね?」


 驚愕で開ききった瞳に映っていたのは、巨大なアスファルト片が建物の2階部分に突き刺さっている民家だった。


「ガイアキーパーゼロの進行方向とは……か、関係ないもんね?」


 ぐちゃぐちゃになった木材が、散乱していた。一部焼けてしまったのか、焦げた家財道具も転がっている。


「……」


 言葉を失った僕の鼻を、火災臭独特の嫌なにおいが襲った。




「火野くん」

 どれくらいそこに立ち尽くしていたのだろうか。不意に女性の声がして、我に返った。

「……あ、沙恵さん……どうしたんですか?」

 声がした方へ顔を向けると、白衣姿の美人さんが立っていた。

「どうもこうも君が全く来ないから、探していたんです」

「ああ……すいませんでした……」

 そう言って、また半壊している家に視線を戻した。


「これは、ガイアキーパーゼロのせいじゃないです」

 僕の横に立った沙恵さんが、淡々と言う。

「火野くんたちがN-3ポイントへ向かった後に、市街地付近で大きな爆発が再び起こりました……その時の破片が、こんなに離れた場所にまで、飛んできたのでしょう……」

「そう、でしたか……」


 不謹慎だけど、ほっとしている自分がいた。


「……くっそ」

「火野くん?」


 それが何だか情けなくて、怒りが沸き起こってくる。


「沙恵さん、僕はどうしたらいいんでしょうか……」

「……」

 しばらく彼女からは、返答がなかった。



「そうですね……とにもかくにもタンデムマシンの操縦に慣れるのが、一番かと。それと……」

 壊れた建物からこちらに視線が動いたのを感じて、僕も顔を動かす。

「みさきちゃんとの関係を、早急に深めることでしょうか……」

 吸いこまれそうな瞳から、目が離せなかった。

「は、はい──」

「そうじゃ! そのための秘密作戦が今、幕を開ける!」


 色々といい雰囲気だったのに、博士がそれをぶち壊した。


「は、博士まで来たんですか?」

 照れ隠しもあって僕は叫んでいた。

「わしだけではない! ほれ、これを見てみい!」

「あ……」

 が、一瞬で口をつぐんでしまった。


 博士の背後から、もじもじと姿を現したのは……みさきちゃん!?


「……(ずーん)」


 しかも、ヘ、ヘラっている、のか!?


「タケルくんが沙恵くんといい雰囲気だったでのお、みさきの奴が焼いておるわい」

 博士の豪傑笑いがこだまする……って、ここ、笑うところじゃないでしょう!?

「はは、博士ぇ!? 煽るようなこと、言わないで下さいよ!」

「そうです。いい雰囲気が聞いて呆れるシチュエーションでしたが?」

「さ、沙恵さん? それはそれで残念……って、はっ!?」


 恐る恐るみさきちゃんを見る。


「……(う、うふふふふー)」


 だめだ……目が完全に据わっている!?


「よし! では研究所へ戻るぞい!」

「はい。昨日判明した事と併せて、今後の方針等について火野くんに説明があります。グズグズしている暇はありません」

「……(ふーっ!)」


 え? そのための作戦とか言っておいて、フォローはなしですか?

 あとみさきちゃん? 子猫のような威嚇はやめてね?

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