8 ほろ苦い初勝利
片翼を失ったワイバーンは、もはや大空の支配者ではなかった。
屈強な両足で何とか大地に立ってはいるものの、遭遇した時の様な優雅さは微塵も感じられない。
【グルルルルゥ……】
怒りに燃える鋭い眼光が、ガイアキーパーゼロを射抜く。
だが、大きな翼を失ってバランスが狂ったのか、その場に止まって威嚇するように低く唸るだけだった。
『タケルくんや、レーザーライフルは牽制以外に使うなよ。そして出力は10%を維持じゃぞ』
「どうしてですか?」
『不明な部分が多すぎる生物……いえ、生物かすらわからない物体だからです』
『そうじゃ。それにもし仮に本物のドラゴンだったとしたら、ブレスを作る器官があるかもしれんじゃろう?』
『それが莫大なエネルギーを蓄えていた場合、破壊してしまったらどうなりますか?』
博士たちの説明に、僕の背中を冷や汗が伝う。
「ば、爆発……ですか?」
『そうじゃ。それも、どの程度の破壊力があるのかもわからんのじゃよ』
『人々が甚大な被害を被れば、私たちにヘイトが向けられる可能性も高くなります』
「わ、わかりました……火器は使わずにやってみます」
右手のライフルを、サーベルが装着されていた腰部左アタッチメントに固定する。ガイアキーパーゼロに利き腕はないが、右利きの僕の感覚を優先させて、超振動サーベルを空いた右手に持ち替えた。
「いくぞ!」
地響きを上げて、タンデムマシンがワイバーンに肉薄した。
刹那、空気を切り裂いて鞭にしては太すぎる何かが足もとを襲った。
「尻尾による攻撃です……回避は……不可」
迂闊だった……あの目を見れば、戦意を喪失していない事は明らかなのに……。
機体下方から鈍い打撃音が響き、続けて宙を浮く感覚が僕を襲った。
「ガイアキーパーゼロ……前方に転倒します……スラスター作動……間に合いませ──」
みさきちゃんの声が不意に途切れ、間髪入れずに今までに味わったことのない落下感覚が僕を襲った。
「くっ!?」
一瞬死を覚悟した。
だが、沙恵さんの座学での説明が、すぐに頭をよぎった。
タンデムマシンは、パイロット及びOSの安全を第一に設計されています。そのためコックピットには、あらゆる事態を想定した安全機構が施されています。
【MMC】、マルチムービングコックピットもそのうちの一つです。
沙恵さん曰く、タンデムマシンの体勢に、瞬間的に急激な変化が生じた場合、コックピットは一定のポジションを保ち、パイロットらに危険な角度での物理的な衝撃を与えない構造になっている、らしい。
たぶん今、コックピット全体が地面と水平を保つようにぐりんと動き、正面にあるはずのハッチが、僕たちの下にあるのだろう。おかげで豪快に倒れたはずなのに、僕には前方からのダメージがほぼなかったように思える。
『火野くん、大丈夫ですか?』
「はい、下側から少し衝撃を感じましたが、なんともありません」
「──追撃……きます」
ホッとしたのも束の間、みさきちゃんのアラートが響いた。
「! みさきちゃん、大丈夫だった?」
「エネルギー体の直撃時……一瞬機能停止が起こりましたが……問題ありません」
「よ、よかった……」
『いや……それはマズい事態やも──』
博士の声を遮るように、機体が大きく揺れた。
後部カメラの映像を確認すると、ワイバーンがその強靭な両足で無茶苦茶にストンピングを繰り返している。
『背部ユニットの一部に、損傷を確認しました』
「補助スラスター……左右ともに破壊されました」
『むう、強度が若干低い所とは言え、ガイア合金を砕いたか……タケルくん、その攻撃を喰らい続けるのは危険じゃ! 回避せい!』
「は、はい!」
とは言え、どうすればいいんだよ?
基本的な操縦しかわからない僕は、左右のレバーを強く握るしかできなかった。
「……アンドロイド型OS……typeM……独自の判断で……緊急回避行動を行います」
「え?」
僕が驚きで固まっていると、メインモニターの映像がぐるぐると回転した。
「機体を……左側へ……回転回避行動で移動させました」
ようはガイアキーパーゼロが横へゴロゴロと転がったのだろう。コックピットはMMCのおかげでそのままだったが……。
「このまま……直立します」
ゆっくりと、力強く立ち上がるタンデムマシンの正面に、夕日が煌めいていた。
【ぐおおおおっ!】
そこへ再び太い尻尾が叩きつけられた。
「や、やば──」
「反撃……します」
中腰のまま、右手が振り抜かれる。
唸りを上げる
宙を舞ったのは、尻尾だった。
ワイバーン自体もその切断の衝撃で後方へ吹き飛ばされ、土煙が巻き上げられた。
一瞬おいて尻尾が地面に叩きつけられる。そしてそれ自体が別の生き物のようにのたうち回っていた。
「このまま……止めを刺します」
「う、うん……」
僕の手を離れて、ガイアキーパーゼロが動く。
大上段に超振動サーベルを構えたところで、土煙が晴れた。
怯えたようなワイバーンが、そこにいた。
両脚のスラスターが推進力を爆発させ、すべるように敵へと接近した。
無慈悲に振り下ろされたサーベルが、いとも簡単にその首をはねた。
「敵の沈黙を確認……頭部を回収します」
「……」
淡々とみさきちゃんが報告をする。
僕は何も言えなかった。そして、何も出来なかった。
僕がいる意味は、あるのだろうか?
こんなんじゃ、何にも喜べないよ……。
改めて無力感を感じて、シートの上で膝を抱えた……。
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