6 初めての戦闘

 三羽湖から射出されたガイアキーパーゼロは、緩やかな放物線を描きながら音速を叩き出していた。

 その前方には、黒煙が上がる市街地。そして……。


「あ、あれは……」

 見えた。奴だ。

 ワイバーンが優雅に市街地上空を旋回している。


「敵を目視にて確認しました」

『うむ、射撃体勢に入るんじゃ!』


 左右のレバーを思いきり引く。

 ガ、と機体に衝撃が走った。

 頭から突っ込む形で飛んでいた? タンデムマシンが、体を起こしたために空気抵抗をもろに受けたのだろう。

 続けてこれまた左右のフットペダルを踏みこんだ。


「脚部スラスター及び背部ユニット補助スラスター全開……姿勢制御……開始」


 みさきちゃんの声と共に、機体が安定していく。

 僕はただ引いて踏んだだけなのに、ガイアキーパーゼロを微妙なコントロールで上手に操縦しているみたいだ。


 いや、みさきちゃんは本当にすごいOSなんだなあ……。


 なんて感心していると、博士たちの声が響いた。

『タケルくん、レーザーライフルの出力は10%に抑えてくれたまえ』

『ここで撃墜してしまっては、被害が甚大になります』

「は、はい……」

 そうだ……一撃加えるんだった……でも、実物ワイバーンを見たら正直不安しかない……。

『なあに、大丈夫じゃよ! 落ち着いていけい!!』

『そうです。シミュレーション通りにやるだけですから』

「はい!」


 二人の冷静で頼もしい声に励まされ、自然と大きな声が出ていた。


 右レバーを動かして、レーザーライフルを構える。正面のメインモニターに、照準が現れた。


「……はあ……はあ」


 今までに感じたことのない緊張感で呼吸は荒くなっていたが、しっかりと照準の真ん中に奴を捉えた。


「いっけええぇええっ!」


 右レバーの握り部分側面にある発射ボタンを、親指で押し込んだ。


「誤差修正……上方+3度……右方+7度……」


 アシストが入り、タンデムマシンの腕がするすると微かに動いた。


 そして、間髪入れずにレーザーライフルが独特な発射音を立てる。

 眩い一条の光が、ワイバーンのがら空きな腹部に吸い込まれていった。


【ぐぎゃあああぁっ!!】


 身の毛もよだつ咆哮が、装甲さえ貫いてコックピットにまで突き刺さってきた。


『命中、確認』

『うむ、そのまま遊水地まで一直線じゃあ!』


 だが戦闘行動で失速してきたのか、機体の高度が下がってきている。


「や、やばいです!? このままじゃ街に突っ込んじゃいますよ!!」

『む、タケルくんや、適当な道路でタッチ&ゴーじゃあっ!』

「え、ええっ!?」

『焦らないで下さい。標的を警戒しつつ、基本操作を実行です』

「はは、はい!」


 両手足をせわしなく動かしていると、視界にまばらに立っているビルたちが飛び込んできた。


 ぶつけるわけにはいかない、と思いながらも、その光景に圧倒されてしまったのか、手足の動きが止まっていた。


「コマンド……了解……一旦着陸後……速やかにジャンプ行動を行います……」


 だがみさきちゃんには、それだけの操作で十分だったようだ。


 市街地中央部を南北に走る片側二車線の道路に、タンデムマシンが舞い降りる。


 いや、実際はアスファルトを両脚で豪快に削り、その破片をスラスターの噴射で周囲にまき散らして建物や車等を破壊していた。


「ひ、ひえっ!? これじゃあ僕たちが破壊者じゃないか……」

『気にするでない……政府も了解済みじゃ』

「でも……」


 慣れ親しんだ街の惨状に、僕の心が痛まないわけがない。


「ジャンプ行動……開始……」


 ガイアキーパーゼロが、腰を落とす。次の瞬間、全身を突き上げるような衝撃が走った。


「ぐっ」

「……離陸します」


 踏み切ると同時に、脚部スラスターが爆発的な推進力を地面に叩きつけた。


「……」


 僕たちが巻き起こした黒煙に包まれた街並みが、小さくなっていく。


 胸が締めつけられて、涙が溢れ出てきた……。



『ワイバーン、ガイアキーパーゼロの追尾をはじめました』

『……そうか』


 観念したような声を、博士がぽつりと漏らした。


『タケルくんや、一つ頼みがある』

「な、なんでしょうか?」

『ちと難しいかもしれんが……』


 博士の要望を待っている間も、タンデムマシンはジャンプを繰り返しながら遊水地を目指す。


『ワイバーンの頭部をで手に入れてくれんか?』

「む、無傷で、ですか?」

『うむ……恐らくそれで、謎の一部が解明するはずじゃ』

「……わかりました。出来るかどうかは分かりませんが、やってみます」


 実際僕の操縦技術では、無理だろう。でも、みさきちゃんのアシストがあれば、何でもできる、そんな気がしていた。


『頼んだぞい……』


 そこからしばらくは、誰も話さなかった。

 ガイアキーパーゼロは、地上の被害を最小限に抑えるべく、長短織り交ぜながらジャンプを繰り返している。

 その間敵が攻撃してこなかったのは、偶然だったのか、それとも何かの思惑があったのか……とにかく、数十度のジャンプの末に、僕たちの目の前が唐突に大きく開けた。


「ゆ、遊水地って、こんなに広かったのか!?」


 早瀬遊水地はやせゆうすいち

 三羽市を北西部から南東部へかけて流れる早瀬川はやせがわの氾濫の際に、流水等の貯留を目的に作られた土地である。その面積は約三十平方キロメートルにも及ぶ。平時は自然にあふれ、野鳥観察等が楽しめるスポットとしても知られていた。


『火野くん、居住エリアへの被害を防ぐために、遊水地中央付近まで進んでください』

「了解」

 沙恵さんの指示に従い、タンデムマシンが最後のジャンプを行う。

「敵機両翼下部に、莫大なエネルギー反応を確認……その数四……」

 機体が上昇する際の激しいGに歯を食いしばっている時に、みさきちゃんの声が静かに響いた。


「え?」

 後部カメラからの映像に、視線を向ける。

「なっ!?」

 僕は次の言葉が出てこなかった。


『ふむ、両翼にミサイルらしきものが計四つか……』

『博士、背部には、キャノン砲のようなものが一門見受けられます』


 映像を共有している司令室の言葉が、代弁してくれた。


 そう、奴はファンタジー世界の住人のはずなのに、なぜか近代兵器っぽい物を装備していたのだ。


「高エネルギー反応……接近……」

 自然落下しているガイアキーパーゼロめがけて、二発のミサイル? が放たれた。

「やばい、直撃す──」

 咄嗟に左右のレバーを互い違いに押し引きし、急旋回を試みた。

「着弾します……衝撃に備えて下さい」


 機体が半回転したところで、コックピットの右側から強烈な衝撃が走った。

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