5 発進! ガイアキーパーゼロ!!

 格納庫内に、アラート音と機械音声が響く。

【タンデムマシン、射出リフトに固定完了しました】

【今回の射出口はN-3ポイント、N-3ポイントです】

【N-3ポイントへのレールに接続完了。射出口へ移動を開始します】


 次の瞬間、僕の体はシートに押さえつけられた。かなりのスピードで移動しているらしい。


『火野訓練生……いや、タケルくんや、大丈夫かね?』

「は、はい」

『あ、舌を噛みますので、返事は結構です』

『では迎撃作戦の大まかな流れを沙恵くんから説明する』

『N-3ポイントのタンデムマシン射出口に到着後、速やかに起動。機体の最終チェックをみさきちゃんとこちらで完了後、問題なければガイアキーパーゼロの初陣となります』


 僕の体を武者震いが襲う。


『N-3ポイントより射出後は、標的めがけて最短距離で正面より突撃、一撃を加えて下さい。その後は市南東部に広がる遊水地まで離脱。ここで敵を迎え撃ち、これを撃破します』


 え? その初手って、特攻……じゃないのか? それにもしそれがうまくいっても、敵は僕たちを追ってくるのかな……。


 頭をよぎった疑問をぶつけたかったが、全身にかなりのGがかかっているので、口を開くのをやめた。


『あと約三十秒でN-3ポイントへ到着します』


 唐突に、体が軽くなった。タンデムマシンがリフトごと回転している。今まで走ってきたトンネルが、オレンジ色で満たされているモニターの中にぼんやりと映っていた。


【射出リフトを超電磁カタパルトと接続します】

 機械音声と同時に、後ろへゆっくりと移動する。

【接続……完了】

 機体に微かな振動が走った。


「あの、博士」

『なんじゃ?』

「射出後の事なんですが……い、一撃目が、特攻みたいに感じるんですけど……」

『ふむ、タケルくんにはそう思えるのかね?』

「は、はい」


 ここで博士が豪快に笑った。


『答えは否じゃ』

「は、はあ……」

『この初撃は、あくまで敵の気を引くための攻撃になります』

 沙恵さんの冷静な声が響く。

『もし特攻なら、敵もろとも火野くんたちも下の市街地の人たちも、全滅になってしまいますよね?』

『沙恵くんの言う通りじゃ。とにかく一発ぶち当てて、その横を通過するんじゃぞ』

「そ、その初撃がうまくいったとして、敵は僕たちを追ってきますかね?」

『来るぞい……わしの予想が正しければ、じゃがな』

「それって……」

『安心せい……予想は当たるじゃろう』


 あれ? 博士が急にしぼんだみたいだぞ。


『とにかくじゃ! わしのタンデムマシンは無敵なんじゃあっ! 例え敵に特攻を仕掛けたとしても、ガイアキーパーゼロには傷一つ付かん!!』


 と思ったけど、すぐにいつもの調子に戻った!?


『博士? 例えがよろしくありませんよ?』

『ひっ!? ご、ごめんなしゃい……』


 しぼんだように感じたのは、気のせいだったのかな……。


『火野くん、色々と不安もあるでしょうが、みさきちゃんのアシストもあるんです。気負わずにいきましょう』

「そうです、タケルさん! さっきも言いましたが、フォローは任せて下さい!!」


 そうだった……やるんだろう、僕!


 僕はあれこれ考えるのをやめ、目の前の事だけに集中することにした。


「もう迷いません……頑張ります!」

『その意気じゃ! 敵も味方もひっくるめて度肝を抜いてやれいっ! タケルくん、さあ、起動開始じゃあ!』

「了解!」


 僕は思い切り起動ボタンを押し込んだ。



『機体の最終チェック完了しました。オールグリーンです』

「全システム……OK……機体各部……OK……OSを自己チェック……OK……タンデムマシン、発進準備完了」


『うむ! 超電磁カタパルトの射角を27度に固定じゃあ!』

『了解しました』


 がくん、と衝撃が走り、ゆっくりと前のめりになる感覚をおぼえた。


「え?」

【射出口内に注水を開始します】

「ええっ!?」

 再び響いた機械音声に更にぎょっとした。


 さっきは集中するって思ったけど、無理かも……。


「はは、博士? お水、入れちゃうんですか?」

『そうじゃ。N-3ポイントは、三羽湖さんわこじゃからの』


 三羽湖。

 三羽市北部にそびえる三羽山さんわやま頂上付近の湖である。

 ちなみに標高は約千五百メートルだ。


「み、湖から発進て……かっこいい」

『ふっふっふ、発進シチュエーションは巨大ロボット物の肝! その辺の抜かりはないわい! わーっはっは──』

『いえ、標的に最も効率よく、かつ安全に接近するための選択です』

 博士の不敵な笑みが、高笑いに変わった刹那、絶妙のタイミングで沙恵さんの冷静なツッコミが入った。

「な、なるほど……」

『は……こほん……で、注水の塩梅はどうかね?』


 老人の顔は、たぶん耳まで赤いのだろう。


『注水完了しました。発進、いつでもOKです』

 さらに続く沙恵さんの事務的な声。

 博士を思うといたたまれないのは、僕だけだろうか?


「あのう、もう一ついいですか?」

『うむ』

「湖から射出するのに、こんなに機体を倒しちゃって大丈夫なんでしょうか?」

『沙恵くんや、ここの特徴を説明してあげなさい』

『はい。N-3ポイントは湖の下という特性上、超電磁カタパルトが10度から90度の間でフレキシブルに可動、伸縮します。そのため湖底にある文字通りの射出口は扇のような形をしています』

『そう! これにより安全かつ速やかな発進が可能となるのじゃ! 直上に発進することを想像していたのじゃろうが、それが危険な場合もあるのじゃよ。要は臨機応変! どうかね、タケルくん。納得したかね?』

「は、はあ……」


 わかったような、わからないような……でも、確かに湖の真上に打ち上げられたら、敵に見つかっちゃうかもな……。


『よし! 頃合いじゃ!!』


 博士の気合の入って声で、今までの緩い空気が一変した。

 そして、次の言葉を待つ。


『……タンデムマシン ガイアキーパーゼロ』

 博士の声が、震えている。僕にはわからない様々な思いが、脳裏を駆けめぐっているのだろう。

『博士……』

『なに、心配無用じゃ……』

 沙恵さんの言葉を優しく制していた。


『タンデムマシン ガイアキーパーゼロ、発進!!』


 博士の万感の思いを込めた号令に、超電磁カタパルトが唸りを上げた。




 射出口内の水を切り裂くように速度が上がっていく。

 全身に凄まじいGがまとわりつき、正直かなりきつい。

 一瞬で射出口を飛び出したのか、モニターの映像がオレンジから深い青色に変わった。

 しかし、それもほんのわずかな時間だった。


「うお!?」


 湖面を突き破り、大空へ駆けあがる。舞い上がった大量の水しぶきが、夕日に乱反射して、視界を覆いつくした。


『火野くん、驚いている場合じゃないです』

「は、はい」

『標的まで約十キロ。およそ十秒で接触します』

「は、早っ!?」

「ガイアキーパーゼロは今、約マッハ3で進行しています」

『はっはっは! わしの作った超電磁カタパルトの威力を見るがいい!」


 気が付くと、機体外で激しい衝撃音がしていた。


「そ、ソニックブーム!?」


 このまま市街地に突っ込んで、大丈夫なのか? ん? 突っ込む……?


「ああっ!? はは、博士えぇええっ!?」

 ここで僕は重大な事に気づいた。

「がが、ガイアキーパーゼロって、飛べるんですか?」

『フライトユニットがの、まだ完成していないんじゃ』

『安心してください。脚部スラスターと、背部ユニットの補助スラスターで何とかなります……(計算上は)』

「ささ、沙恵さん!? 今恐ろしい事をぼそっと言いましたけどーっ!?」


 僕の絶叫が響く中、黒煙がどんどん大きくなってきた。

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