4 襲来

【自称パイロットw】評価から一週間が経過した。

 その間僕は、3Dのロボットシューティングゲームをひたすらやっていた。

 後はうんざりするほどの座学……。


「あー、おほん! 今日は再度シミュレーションに挑戦してもらうわけじゃが」

「しっかり練習してきましたか?」

「……(ぐっ! ぐっ!)」


 みさきちゃん……応援のサムアップ、ありがとう……でも沙恵さんの冷たい視線が痛い……。


「実機さながらのシミュレーションは、結構経費が掛かるんですよ?」

 クールな助手さんが、いつぞやのメガネをすちゃ、と装着し、くいいぃ、と持ち上げてみせた。

「っ!……(くいいぃ!)」


 いや、だからみさきちゃんは裸眼だよね?


「まあまあ沙恵くん、細かい経費の事は──」

「博士……またギャルゲーを買いましたね? しかもDX限定版を経費扱いで? もう領収書を貰っても、落としませんよ?」

「ひ、ひいぃ!? それは困る! 困るんじゃあ!! わしの雀の涙の年金では──」

「し、り、ま、せ、ん」

「後生じゃあ! 沙恵くぅん!?」


 博士、完全な流れ弾、すいませんでした。



 そんなこんなで一週間ぶりのシミュレーションルーム。

 起動もすんなりと終わり、歩行にも成功。


『火野くん、敵機、来ます』

「はい」

『みさきや、アシストOFFじゃ』

「了解」


 でたな、悪役マシンめ! お前のせいで僕は、僕はあっ……あれ? 涙で画面が見えない!?


『今じゃタケルくん! ファイアーじゃあっ!!』

「は、はい!」

 涙を拭い、しっかりと照準を合わせて……発射ボタンを思い切り押し込んだ。

 轟音とともに射出された一条のレーザーが、巨大ロボットにきれいに吸い込まれていった。

『HIT確認、敵機撃破しました』

 沙恵さんの冷静な声の後ろで派手な爆発音が響き、シート全体が細かく揺れた。

『うむ、結構!』

『続けてLV2へ移行します』


 その時だった。

 研究所全体に、飛び上がるような警報が響いたのは。


『む……ついに来たか』

『そのようですね』


 けたたましく鳴り続けるそれをバックに、博士たちの表情が一層真剣みを帯びる。


『全員司令室に集合じゃ!』


 博士の号令で、僕たちはシミュレーションルームを素早く後にした。




「どうじゃ、沙恵くん?」

「はい……モニター、出ます」


 司令室の大型モニターに、が映し出された。


「むう……」

「……」

「ワイバーンタイプですね」

「え? こ、ここって……」


 滑空しているそいつを捉えた映像には、見覚えのある建物が映っていて……。


「現在敵は、三羽さんわ市に飛来しています」


 三羽市。

 地方のそれほど大きくない都市であり、僕たちが住んでいる街だ。

 海はないが、市北部は山間部になっていて、まだまだ自然が多い。


 その市街地に、奴が来たのだ。


「やはり……そうなのか……」

「博士、その件に関しては、撃破してワイバーンを調べればわかるかと」


 なんだろう? 博士は何かを知っているんだろうか?

 シミュレーションルームでも、博士たちはこいつが来る事が分かっていたみたいな反応だったし……。


「あ、あの、博士たちは、この件に関して何か知っているんですか?」


 恐らく僕は、今からこいつと戦う事になる。文字通り命がけで、だ。何かが引っ掛かったままでは集中できそうにない。

 だから、まっすぐに聞いてみたんだ。


「……そ、それは」

 博士が口ごもる。

「……」

 みさきちゃんは俯いたままだ。


「火野くん……今は……詳しく説明できないの」

「どうして──」

 沙恵さんの言葉に一瞬カッとなったが、その顔を見てすぐに冷静になった。

「場合によっては……つらい戦いになるから……」


 沙恵さんだけじゃない。博士も、みさきちゃんも、苦悶に満ちた表情をしていた。


「わかりました」

 僕がそう言ったのと同時に、遠くで爆発音が響き、研究所が微かに揺れる。

「始めおったか……」

 モニターの中の街から、黒煙が上がっていた。


 呆然とするしかない僕の後ろで、何やら激しく呼び出し音のようなものが鳴りだす。焦った風もなく沙恵さんが受話器のようなものを持つと、その音は鳴りやんだ。


「博士、政府より正式な出撃依頼です」

 どうやら緊急回線での通信か何かのようだ。

「あいわかった、と伝えてくれたまえ」

「はい」


 沙恵さんの事務的な声が響く。

 そして、数十秒の後。


「これより、田坂研究所所長、田坂星十郎せいじゅうろうの所長権限を発動し、緊急迎撃作戦を開始する!」

「はい」

 沙恵さんが、よどみない動きでオペレーションシートに座る。

「火野パイロット訓練生、及びアンドロイド型OS typeMはタンデムマシン格納庫へ急げ!」

「はい」

 みさきちゃんは静々と、だけどかなりのスピードで移動を開始した。


「む? どうしたのかね、火野訓練生?」

「い、いえ……本当に……」

 決意はしたはずだった。

「ようやくシミュレーションLV1をクリアーできただけの……」

 街を、みんなを、守るって決めたんだ。

「こんな僕に、出来るんでしょうか?」

 でも、実力も根拠も何もない……。

「こんな……僕に……」


 土壇場で無力感が全身を覆い、恐怖心が首をもたげた。


 死ぬのが怖いのか?


 いや、違う。


 僕がミスれば、みんなが酷い目に合うんだ。


 最悪、待っているのは壊滅だ……。


「……え?」


 体が激しく震え、僕はその場にへたり込んだ。


「タケルくんや……わしを……いや、ガイアキーパーゼロを信じるんじゃ」

「そうです。博士はあれですが、博士の作る物は信頼できます」

「沙恵くんは厳しいのう」

「事実を言ったまでです」


 二人が僕の前に膝をつき、やさしい眼差しを向けていた。


「それに……」

「見てみい」


 博士たちの視線を追う。


「あ、あの……」


 扉の前で立ち止まり、心配そうにこちらを見ていたみさきちゃんと目があった。


「あたし、まだまだ弱っちいですけど、それで不安なのかもしれないですけど……」

 ぎゅ、と両拳を握りこむ。

「たた、タケルさんのために、が、頑張りますっ!」

 いつもの彼女からは想像できない大きな声だった。


「ほれ! おなごにここまで言わせておいて、しゃっきりせんかい!」

「痛っ!?」

 博士の大きな手が、僕の背中を思い切り叩いた。

「そうです。ギャルゲ好きの甲斐性を、今こそ見せるときです」

 クールな沙恵さんの視線が、僕を貫く。

 いや、沙恵さん? それ、今言うセリフですか?


 でも、なぜだか知らないけど、恐怖心が消え失せていた。


「わかりました。火野タケル、やってみます!」

 力強く立ち上がる。

「よういった!」

「ふふっ」

「……(こくこく)」


 そしてみさきちゃんと肩を並べ、僕は駆けだした。

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