3 決意、そしてシミュレーション体験

 家に帰っても、あの映像が頭から離れなかった。


 え? 魔物にドラゴン? いつから日本は異世界になったんですか?


 しかも、被害者まで出ているなんて……。


 ベッドに横たわっていると、奴らが両親を、妹を、友達たちを襲っている光景が脳裏に浮かんできた。


 無理だ。耐えられない。


 コミカルな作品のそれらとは違う、完全にダークファンタジーな住人たちが、僕の大切な人たちに牙をむくのだ。


 やるしかない。博士たちとなら……でも、本当にやれるのか?


 ガイアキーパーゼロの鈍色に輝く巨体が頭に浮かぶ。

 はにかんだみさきちゃんが、その下に立っていた。

 沙恵さんが、博士が、穏やかに微笑んでいた。


 確かに僕は、ギャルゲーが好きなだけの一介の高校生だけど……奴らに対抗できるのは、僕たち……いや、ガイアキーパーゼロだけなんだ。



 だから乗るんだ! やるしかないんだ! 僕がみんなを守るんだ!!



 明確な動機ができた。

 でも、何の取り柄もない僕のこの決意が、おこがましい物だっていうのはわかっている。それでも僕は、そう胸に誓ったんだ。


 ──だが、不気味なほど静まりかえっている長い夜は続く。


 その静寂に微かな不安が沸き上がり、固いはずの決意が揺らぐ。そして、思考は取り留めもなく続いていった……。


 東の空が白む頃、僕はようやく微睡みに飲み込まれていった。




「……で、その有様ですか」

「はっはっは、なかなかに立派なクマじゃぞい!」

「……(おろおろ)」


 何とか授業を受け切り、研究所にやってきたのはいいんだけど……。


「はい……なので、とっても眠いです」


 今日も座学だったら、ばっちり寝てしまう自信があります!


「うむ、では今日は、シミュレーションルームへGOじゃ! 沙恵くん、早速準備を頼む!!」

「はい。ではみさきちゃん、行きますよ」

「は、はい!」


 お、何だかみさきちゃんが、やる気満々だぞ?


「タケルくんや」

「は、はい」

「無理かもしれんが魔物の事は、一旦横に置いておくのじゃ」

「はあ……」


 博士の顔を見る。

 達観しているようで、でもその中に、もどかしさが潜んでいるようだった。


「思いつめたところで、今のわしらではどうにもできん」

「……」

「じゃが君が……タケルくんとみさきが、ガイアキーパーゼロを乗りこなせれば、その時には……」


 老人の瞳が、力強く輝いていた。


「よし、わしらも行くとしよう!」

「は、はい!」


 僕の前を歩く博士のただでさえ大きな背中が、さらに大きく見えた。




 シミュレーションルームには、タンデムマシンのコックピットが完全再現されていた。


『タケルくん、準備は良いか?』

 フルフェイスのヘルメット内に、博士の勇ましい声が響く。

「はい!」

 つられて僕の返事も、らしくないくらい男らしくなっていた。


 あ、ちなみにパイロットスーツはまだ出来ていないとの事で、制服のままシートに体をうずめている。


「タケルさん、よろしくお願いします」

 下側のシートから、みさきちゃんの透き通った美声も届いた。

「接続は大丈夫?」

「はい、問題ありません」


『博士、OSの作動、火野くんのメンタル共に安定しています』

『うむ! それではこれよりタンデムマシンの起動シークエンスを実行し、しかる後に基本操縦習得のためのシミュレーション訓練模擬戦闘を行う!』

「ええっ!? いきなり戦闘ですか!?」

『安心してください。シミュレーションLV1、単なるシューティングゲームみたいな物です』

『そうじゃ! 実機を使うわけではない! まずはただのゲームだと思ってよいぞ!!』

「わ、わかりました!」

『よろしいっ! それでは起動シークエンス、スタートじゃっ!!』


 僕は小さく頷き、コントロールパネル中央の起動ボタンを押し込んだ。


「起動コマンド……確認……タンデムマシンの起動を開始します」

 みさきちゃんの声が、どこか機械っぽさを増す。

「……3……2……1……メインエンジン……始動」

『メインエンジンの始動を確認しました。出力、緩やかに上昇を開始……30……50……70……80パーセントに到達……安全を考慮し、リミッター作動します』

 沙恵さんの冷静な情報伝達に、緊張が少しほぐれた気がした。

「リミッター作動及び各部の安全を確認……確認完了……異常なし……これより動力の伝動を開始します」

『動力、メインエンジンより各部へ伝動を開始しました……メインCPU……OK……頭部OK……胸部及び腹部OK……両腕部OK……腰部OK……両脚部OK……みさきちゃん、起動をお願いします』

「……アンドロイド型OS……typeM……全システムとリンク完了……ガイアキーパーゼロ、起動」


 コックピットの中の計器類が、一斉に瞬き始めた。


『うむ! 続けてガイアキーパーゼロ、発進じゃあっ!!』


 博士の叫び声と同時に、正面モニターに市街地が映し出された。


『火野くん、それでは歩行してみて下さい』

「は、はい……」


 あ、あれ? どうやって歩くんだっけ?


『落ち着いて、昨日の座学での説明を思い出して下さい』


 え、えと……歩くには……左右のフットペダルを交互に一回踏んで……。


「おおっ!? あ、歩いてる!」

『そうじゃ、うまいぞい、タケルくん! あとは君が別の移動系コマンドを入力するか、みさきが危機を感知するまで、その歩行コマンドがOSによって実行されるぞい!』

『続けて敵機が来ます。火野くんは攻撃に集中してください』

「は、はい!」


 メインモニターに、黒くてゴツイいかにも悪役です、といった巨大ロボットが出現した。


『LV1の敵機は、攻撃及び回避行動はしません。まずはレーザーライフルを試してください』

『みさきや、タケルくんの素の実力を見たい! 射撃アシストはOFFじゃっ!!』

「了解……射撃アシスト……OFF……(頑張って下さいね)」


 みさきちゃんが、ぼそりとつぶやいた。


 それはたぶん、僕にしか聞こえなかっただろう。


 何だか胸に熱いものが込み上げてきた。

 巨大ロボを操縦しているからか? はじめて射撃をするからか?


 いや、たぶん違う。


 はじめて女の子に応援されたからだ!


 やってやる!


「うおーっ!」


 柄にもなく熱くなり、叫びながら右レバーの発射スイッチを思い切り押し込んだ。




「……ご、ご苦労さんじゃったな、タケルくん」

「……博士、これが先程の……シミュレーションLV1の成績です」

「……(がっくし)」


 三人で僕の成績が映し出されているタブレット端末を見ている。


「ま、まあ、あれじゃ……」

「……(どれ?)」

「ここまでひどいとは、正直思いませんでした」


 みさきちゃん? 天然が出ちゃってますよ?

 いや、それよりも沙恵さん? こう見えて、僕だってすんごく落ち込んでいるんですよ?


「LV1ならみさきちゃんのアシストなしでも、普通は70パーは命中するはずなんです」

「こ、これ、沙恵くん……」

「……(あわわ)」


 僕の目の前に、見たくないリザルト画面が提示された。


 射撃数 35

 命中数  0

 命中率  0%


 総合ランクG

 称号【自称パイロットw】を獲得!


 い、いや……反論できないけど……称号? の【自称パイロットw】は、悪意ありすぎだよね?


「途中からみさきちゃんのアシストがあったにもかかわらず、一発も当たらないなんて……」

「まあ、前代未聞じゃな」

「……(に、にへらあ)」


 博士まで!? それにみさきちゃん? 愛想笑いはやめてっ! 余計に傷つくんだからねっ!?


「火野くんは一体今までどんなゲームをやってきたんですか?」

「ギャ、ギャルゲー……ですが……」


「「「……」」」


 みんなで一斉に僕から目を逸らさないでっ!


 シミュレーション初日は、散々な結果に終わった。

 だが、ここが底辺だ。後は上昇しかない……はずだ。

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