第二話 初めての戦闘

1 今日は座学です

 足どりが重い。

 はっきり言って、憂鬱だ……。


「はあ……」

 自然とため息が漏れた。

 そう、今日はバイトの二日目なのだ。なし崩し的にパイロットになったわけだが、冷静に考えるとかなり危険な事に片足を、いや、もう両足を膝くらいまで突っ込んでしまったと思われ……。


 いくらギャルゲーのためとはいえ、やっちまったっぽいなあ……。


 いや、でも前向きに考えよう。何しろ沙恵さんは美人だし、みさきちゃんもかわいいし、博士は……。


 脳裏にクールに決める沙恵さんと、もじもじと微笑むみさきちゃん、そして、苦悶の表情で床の上をのたうち回っている博士の姿が浮かんだ。


「ま、まあ、いい職場だよね? たぶん……それに……」


 どういう経緯だったにせよ、一度やるって決めたんだ。全力で頑張るぞ!


 決意も新たに歩を進めると、隠しきれない怪しさを放っている研究所が見えてきた。


「やっぱ帰ってもいいですか?」




「おはようござ──」

「遅い! いったい今まで何をやっていたんじゃ!」

 研究所に入り、ブリーフィングルーム面接で使っていた部屋へ行くと、頭ごなしに怒られた。


 これでも努めて明るく挨拶したんですよ?


「え? が、学校に行ってましたけど……」

「博士、火野くんはまだ高校生です」

「そ、それにしたって、遅いんじゃい!」


 沙恵さんにド正論を言われたが、意固地になっているのか駄々っ子のような博士。


「そんなこと言われても……一応授業が終わってすぐに出勤したんですけど……」

「本来であれば、友人、と青春を謳歌しているはずの時間なんです。それを我慢してまでバイトに来てくれた……いえ、そんな事には見向きもせずに、ギャルゲー一筋の彼が来てくれたんです……博士、私たちはもっと火野くんに感謝すべきです!」

「……(こくこく!)」

「む、そ、そうじゃったわい……すまんかったな……わしの中でタケルくんは、既に正規パイロット……しかし、一介の高校生で単なるギャルゲーマニアじゃったな……」


 どこか寂しそうにつぶやく博士……って、どこからツッコめばいいんですか?


「あいわかった! 老兵は去るのみ……沙恵くん、今日の学習プログラムは、全て君に任せよう……」

「はい、博士」


 肩を落とした老人が、部屋から出ていった。




「と、いうわけで、今日は座学です」

 沙恵さんが白衣の左ポケットからお洒落なメガネを取りだして、すちゃ、と装着した。


 ごくり、と僕の喉が鳴る。


 いや、知的さアップの上に、何だかセクシーさもアップップーですよ?


「……(むー)」


 ん? みさきちゃん? なんで怖い顔をしているのかな?


「おはよう、みさきちゃん」


 一応声をかけてみる。


「……お、おはようございます」


 挨拶は返してくれたが、何だろう? すんごい睨んでくるよ?


(さ、沙恵さん? みさきちゃんがお冠なんですが、僕何かしました?)

 すすー、と横につき耳打ちをした。

(本命の前で他の女性に見惚れるとか、火野くんは座学の前に、乙女心を学んだほうがよさそうですね)

(いや、僕はギャルゲーでですね──)

(はあああぁ……でたわね、ギャルゲ脳……いい? 現実は──)


 沙恵さんがクソデカため息を吐き、僕に何かを告げようとしたところで固まった。


(沙恵さん? 現実はなんですか?)

「はい、雑談はここまで! 火野くん、席について!」

「え? え?」

(みさきちゃんを見てみなさい)

 戸惑う僕に、指示が飛ぶ。

「うん? ひっ!?」


 へ、ヘラっている、のか?

 ずーん、と落ち込んだような表情をそのかわいらしい顔に張り付けて、何やらぶちぶちとつぶやいている。


(ささ、沙恵さん?)

(たぶん、火野くんを取られたと思ったのね……みさきちゃんのAIはね、博士がプログラムしたの)

(は、はあ……)

(それで、データの蓄積じゃ! とか言って、博士所蔵のギャルゲーコレクションから、ヒロインのデータを色々と読み込ませていったんだけど……はあ)

(……もしかして博士って、特殊なヒロインマニアなんですか?)

(正解。おかげでみさきちゃんは……)


 沙恵さんがメガネを外し、目頭を押さえた。


(とにかく、火野くんはみさきちゃんを第一に考えて。そしてゆくゆくはまともな女の子にしてあげて下さい)


「……」


 いや、博士? 何やってるんですか? これもう博士がパイロットやった方がいいでしょう? 僕は王道ヒロインが好きなんですよ?


「はい、では座学を始めます。みさきちゃんは火野くんの隣に座って下さい」

「……はい」


 ジト目が、すとん、と僕の左側の席に腰下ろした。


「あ、あはははは……よろしくね?」

「……(こくり)」


 ひ、ひえーっ!? いっそ無視された方がいいっ!? あれだ、これが原因で僕の毛根がお亡くなりになるんだ……そして、女性関係のストレスにやられて、一生独り身で寂しいハゲ人生を送るんだ……。


「火野くん? 何をさめざめと泣いているんですか?」

「い、いえ、なんでもありましぇん……ざ、座学を始めてくだしゃい」

「そう? では……」


 沙恵さんがホワイトボードに向かった瞬間、僕の机の上に白く小さな手が、す、と伸びてきた。


「こ、これ……」

「ん?」

 それはみさきちゃんの手で、その下にはファンシーな猫のキャラクターがプリントされたハンカチがあった。

「……使って下さい」

「あ、ありがとう」


 ぽかんとする僕に、彼女はぎこちなく微笑んだ。


 優しい面も、ヘラる部分も間違いなくみさきちゃんなんだろう。僕は戸惑いながらもそんな彼女を受け入れていこうと思った。


 そして博士には、後できっちりと言い分を聞かせてもらおうじゃないか。

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