3 アンドロイド型OS みさき
みさきちゃんが、もじもじと僕を見つめている。
そのくりくりとした紺碧の瞳が、潤んでいた。瞳と同色のツインテールは、どこかしょんぼりとしている。
もしかして、恥ずかしがり屋さんなのかな?
僕よりも小柄で線が細くて、保護欲を掻き立てられる……のだが、なんですか、そのけしからん出で立ちは!?
スカート、短すぎませんか? 中身が見えちゃいますよ?
小ぶりのお胸はしっかりとガードされているけど……か、肩が露わになっていて……。
「どど、どうしろと?」
僕は博士に叫んでいた。
「どうもこうもないじゃろう。さっさとパイロットスーツに着替えて彼女と搭乗じゃ!」
「さあ、あちらです」
沙恵さんは相変わらずニヤニヤとして更衣室へ誘導してくる。
「だ、だから僕は、乗りませんて!」
「何が不満じゃ? 男の夢、巨大ロボットに乗れるだけでなく、こーんなにかわいい娘っ子といちゃこらできると言うのに?」
「博士、いちゃこらは語弊があります。訂正願います」
沙恵さんの鋭い視線に、博士がたじろぐ。
「……そそ、そうじゃったそうじゃった。タケルくんよ! みさき、つまりはOSと親密になればなるほどタンデムマシンは強くなる!」
ぐぐっ、と右拳を振り上げて博士は続けた。
「親密度を上げる! と言えば、ギャルゲーの専売特許! そのギャルゲーを深く愛する君ならば、必ずやみさきをものして最強のタンデムマシンを完成させることだろう!」
感極まったのか、じじいがむせび泣きだした!?
「えーと、まあ、そんなわけで火野くんを採用したんだけど……いやかな?」
懇願するような瞳で見つめてくる沙恵さん。
沙恵さん、それはずるいですよ? そんな顔されたら、断りにくいじゃないですか……。
「ああ、あのっ、あたしじゃ、ダメなんですか?」
うるうると見つめてくるみさきちゃん。
だからっ! キミはもーっとアウト! 断れないじゃないか……はあ。
「タケルくん、君はこんなにもおなごを泣かせておいて、それでも断るというのかね?」
「鬼っ! 悪魔っ! ギャルゲ好きっ!」
いや、沙恵さん? 最期のは、軽くディスってますよね?
「タケルくん!」
「火野くん」
「……(うるうる)」
子犬のように見つめてくる三人。
「あー、もうっ! わかりました! 乗ります、って言うか乗らせてください!」
僕は半ギレで叫んでいた。
「聞いたかね、沙恵くん」
「はい、しっかりと」
あ、悪い大人の顔してる!
沙恵さんが白衣の右ポケットから何かを取り出した。
あ、あれは、ボイスレコーダー?
黒いスティック状の物を高らかに掲げると、スイッチを押し込んだ。
『違います! エロゲーじゃなくて、ギャルゲーを買うんです!』
流れだす僕の声……って、ここも録音済み!?
「あ、失礼。間違えました」
「……(すーん)」
いや、その悪い顔は、わざとだよね? みさきちゃんも真顔にならないでっ!
そんな僕の視線など気にする風もなく、沙恵さんは冷静にぴ、ぴぴっ、と操作して、もう一度再生ボタンを押した。
『あー、もうっ! わかりました! 乗ります、って言うか乗らせてください!』
「よし! しっかりと言質を押さえたな。ナイスじゃ、沙恵くん」
にひひひ、と姑息な笑みを浮かべる大人が二人。
「では早速搭乗テストじゃ! さあ、さっさと着替えてこい!」
「い、痛いですって!?」
博士が僕の背中をばっしーん! と思い切り叩いた。
「お待たせしました……」
たぶん、僕は赤面しているだろう。理由は二つ……。
「あら? よく似合っていますよ?」
「うむ、なかなか凛々しいぞ、タケルくん! ほれ、もっと背筋を伸ばさんか!」
「……(あせあせ)」
白い革のツナギのようなパイロットスーツ。胸のあたりに太い赤いラインが横に走っていた。
ちょっとダサくない? いや、まあ、そのラインの事はいいだろう。些細な問題だ。
そ、そんなことより……まずは一つ目の理由がこちら……。
た さ か け ん き ゅー じ ょ ♡
真っ赤なライン上にそう配置された文字。それは、ふわふわしたフォントとグリーンが目にまぶしい平仮名だった。
この配色は……クリスマス? いや、クリスマスならせめて英語の筆記体とかにしませんか?
「あ、あのう……この文字──」
「うむ! 素晴らしいじゃろう? このパイロットスーツはな、沙恵くんが鬼のような形相で命を削ってデザインした物なのじゃ!」
「え!? 沙恵さんが……」
彼女を見ると、まんざらでもない面持ちでおしとやかにふんぞり返った、と思いきや、その手が神速で博士の胸ぐらに!?
「で、博士? 誰が鬼、なのでしょうか?」
たぶん、今博士の胸ぐらを掴んでいる鬼瓦だと思います……。
「す、すごいですね! 沙恵さんはデザインもできるんですね!」
老人が息絶えそうだったので、助け船を出してみた。
「え? ま、まあ‥‥‥」
途端にじじいを解放し、後頭部をぽりぽりとかく。
「さ、沙恵くんは……ここへ来る前は、デザイン関係の仕事をしていたそうじゃ……げほげほ」
その言葉に、何だか照れくさそうな微笑みが浮かんでいた。
「へえー! プロって事ですか! すごいなあ!!」
「え? ま、まあ趣味みたいなものですよ……」
あれ? 僕の尊敬の眼差しに、どこか居心地が悪そうだけど……。
「タケルくん! これを見たまえ!」
そんな空気を読まずに博士がタブレット端末をどこからともなく取りだした。
「っ!! こ、これは……沙恵さん!?」
そこには何やら肌の露出が多い服を着た……いや待てよ? これって……。
「そう、コスプレじゃ! 沙恵くんは
沙恵さんが、すー、と横移動したかと思うと、再び博士の胸ぐらを掴み持ち上げた!
ええっ!? 高身長のじじいの足が浮いているっ!?
「ごご、ごめんなしゃいもうしません許して下さ……い?」
ここで博士がこと切れた?
「……火野くん?」
「ひゃ、ひゃい!?」
老人を投げ捨てた鬼神が、僕を睨んでいる。
「ぼ、僕は何も見ていませんし他言もしません! って言うかそもそも沙恵さんのセクシーコスプレ姿とか記憶にございません!!」
背中に冷たいものを感じた僕は、早口でまくし立てた。
「……うそつき」
ご、と後頭部に衝撃が走り、僕の記憶が再び途絶えた。
あ、博士、後でその画像、共有してください……。
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