第37話 公判・被告人質問2
解りました。では本筋の質問に入ります。
「前屈ストレッチングですが、これはどちらから指導に誘ったのですか?」
「私からです」
「トレーニング能力に関しては被告人の方が高いのは解りますが、原告を指導しようとしたのは何故ですか? 解りやすく説明して下さい」
「はい。私一応、トレイルランナーの端くれ。メインのランのトレーニングでは森林公園周回や山上往復、山中周回に時間を割きます。室内だといつでもストレッチングはできますが、野外だと少しやりづらいです。寝ころんだり、座り込んだりできませんし、樹木などの支えのない場所も多いですから。そんな中で一番効率が良いのがあのストレッチングですね」
「ランナーにとって効率の良いストレッチングを原告に教えようとした。それはランラーでない原告にとって、何かメリットは有りますか?」
「インストラクターの自覚があれば、興味を持つはずですが。でも今回は私自身の為にマスターして欲しかった。このストレッチング、腰がガチガチだとできないんですね。今私、腰がやたら硬くなってしまって、この最強のストレッチングができないんです」
「それで?」
「どこででもこの最強のストレッチングができるように、硬くなった腰を解し柔らかくする術に心当たりが有れば教えて欲しいなと。その為に先ずこいつをマスターして貰ってその効果のほどを実感して貰いたいと思った訳です」
「なるほど、よく解りました。では、その時の動作を具体的に訊きますね」
「はい」
「腹筋台での原告からの指導が終わってから、お二人はどのように移動しましたか?」
「私は真っすぐ西の方に、この図のH2の位置に行きました。彼女は腹筋台を降りてすぐ西に向かっている時、私の方から声をかけたと思います」
「どのようにですか?」
「ええっと、『ちょっとやって欲しいストレッチングがあるんだけど。我々ランナーにとってすごく効率の良いヤツだけど私は腰が硬くなりすぎてできないが貴女ならできる。私の言う通りやってみてくれる?』というような事を言ったと思います」
「その後は?」
「私の前に…すぐ東側に来ました」
「その時の原告の様子はどうでした?」
「いつも通りと言うか、普通に無表情に来てくれました」
「その時の指導の様子を話して下さい」
「ええっと、だいたいこんな感じです。
『真っすぐ、立って』
『右脚を左脚の前にこのように重ねて』
『無理に手を伸ばそうとしないで頭と腕の重さだけで』
『腰を折りながら右膝の裏で左膝の皿をゆっくり押して~』
その後、
『この辺りのストレッチ感を意識して』
と説明しながら、右掌で彼女の左膝裏辺りから脚の付け根辺りまで軽く滑らしました」
「それから、どうなりました?」
「トレーニング仲間の女性の場合はそのまま離陸するようにす~っと離れるんですが、彼女の場合は臀部にぶつかった感があったのですぐに離しました」
「それから何か有りましたか?」
「『大友さん、内線が入ってますよ』って言う女性の声が聞こえました」
「このストレッチングの指導の時、脚や臀部に触れる必要は有るんですか?」
「大いに有ります。筋トレ同様、ストレッチングでもその効果を最大限に上げるにはその部位を意識する必要が有ります。特に初心者ほどその部位に触れて意識を高めると効果が大きくなります」
「原告尋問の公判では検察官や裁判官の尋問に対して、原告は単に上半身をU字に曲げるだけの前屈を示してましたが、今貴方が示したのとはまるで違いますね?」
「原告にとってこんな偽証をする意味はないので単なる記憶違いだと思います。U字に前屈するのは小中学校でのストレッチングです。特別なものでは有りません。原告だって当然知っていたはずで覚えて貰う必要も有りません」
「ランナーに特別と言うのは、どこででも座り込んでもできるという意味ですか?」
「それと、アキレス腱から臀部下部まで一気に伸ばせますのでコスパが高いストレッチングと言えますね」
「その有効性を原告に実感して貰って、その上で腰の柔軟性を高める方法を訊きたかったのですか?」
「はい」
「結局、訊くところまでいかなかったという事ですか?」
「はい。予想外な事が起こりまして」
「予想外な事が起こった原因は何だと思いますか?」
「『異常と思えるほどの、目撃者の身体のコンプレックスと嫉妬、それに数年前の私の失言に対する怒り』が全てだと私は思っています」
「原告については?」
「目撃者に操られているだけだと思いますが」
「原告にこのストレッチングを覚えて貰う事をしないで、腰の柔軟性を高める方法だけ訊けば良かったですね?」
「そうですが。私は理系の人間ですから、内容の証明ができないまま数学の公式を丸暗記なんてできませんわ」
この後、検察官、裁判官からの質問が少々あったが、弁護人の質問の確認とか取るに足らないものばかりだった。
山本弁護人が良い質問をしてくれたのと予めアドバイスを貰ってたので神野自身も答え易かった。
来月は検察官による論告・求刑と弁護人による最終弁論が有る。その後は判決が下る事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます