第15話 山本法律事務所2

 呆然とする神野に山本弁護人が声を掛ける。


「どうですか、この証言文? 異論があれば、全て話して下さい」

「異論だらけです」


「じゃあ、一つずつ確認していきましょう。先ずは、原告の証言文からいきましょうか?」

「はい。これ、裁判とは関係ないと思いますが、彼女の仕事内容で、フロアでの会員のトレーニングを事故が起こらないように注意してるような事が書かれてますが、これは仕事のほんの一部でしかないです。本店ではスタッフと会員が口論してるのを数回見かけた事はありますが、このアネックスでは一度も見かけた事はありません。事故は風呂で倒れた人が居て、救急車が来た事はありましたが。その人は数回倒れているようです。まあ、フロアとは関係ありませんが」


「その他の仕事とは?」

「トレーニングマシンの使い方の説明。新規会員とかに説明するんですが、みんな既に本店で説明は受けているのでここではめったに説明を求める人は居ません。それから、有酸素運動用のマシンは結構汗で汚れるので使用後は利用者が汗拭きをする事になっているんですが、忘れる人も居るので注意するか、若しくは自分で拭くか。それから、その汗拭きタオルはストレッチマット用としても使われるので、マット用は常に補充が必要です。あとは、トレッドミルの予約の消し忘れの管理。あ、もう一つ。閉店直前にロッカー内の忘れ物チェック。そんなところですね」


「仕事のレベルはどうですか?」

「いつも、ボーっとしてますね。汗拭きタオルの補充は会員が注意するまで殆ど自分からはしようとしない。こちらが注意すると、しますが、『そうですか』の一言だけで、『すみません』とか『分かりました』とかの言葉は聞いた事がありませんね。それから、ロッカーは一度だけ閉店間際に女子ルームのをチェックしていた事が有りましたが、かなり荒っぽいですね。男子ルームまで開け閉めの音が響き渡ってましたね。誰かな? と思って外で少し待ってたら彼女でした。注意したら、『早く帰りたいんで…』と迷惑そうな顔をしてました。あとの2つの仕事は一度も見た事はありません。もしかして、これらは基本、会員がする事になっているんで、初めからやる気はないかもですね。本店ではみんなやってますが」


「何年ぐらいここで働いてますか?」

「ん…、8か月ぐらいかな」


「神野さんとはどの程度話しますか?」

「私はチェックインの時から、目が合ったスタッフには必ず声は掛けますが。殆ど、挨拶程度ですけど」


「挨拶以外に原告と話をする事はありましたか?」

「ストレッチマットの汗拭きタオルの補充依頼以外はあまりないと思います」


「何か原告に恨まれるような心当たりは有りませんか?」

「恨まれる?…恨まれる…恨まれる……ない。ありませんね」


「証言文に『胸が大きいと言われた』との文言がありますが、心当たりはありますか?」

「ん…、あれかな?『フィギュアスケートの樋口新葉に顔も身体つきも似てるね』って言った事がありますね」


「その人は胸が大きいんですか?」

「ええ、先生はフィギュアスケート、あまり観ませんか?」


「ええまあ、あまり観ないですね」

「引退してプロになった安藤美姫さんと2人ぐらいです、太目で胸が大きくて一線で活躍しているのは。でも、胸が大きいって言ったかな?『樋口新葉に顔も身体つきも似ているね。樋口さんはフィギュアスケートには珍しくちょっとふっくらして、胸も立派なスケーターだわ』のような言い方をしたような気もする」


「他には?」

「ないです。心当たりはこれだけです。これって、セクハラですか?」


「ううん。まあ、言えない事もない」

「これがセクハラなら、日常でいくらでも有りそう。今は暇だらけだけど、現役中なら同僚の女子職員たちに似たような事は毎日言ってたような気がするなあ。私も同僚も」


「何もなかったですか?」

「明るい日常会話です。上司はネグラで無能で朝礼以外何もやってなかったけど、彼以外はみんな明るく和気あいあいとしてましたね」


「良い職場ですね」

「背の低い、脚の短い人が立って演説しようとしたら、『先輩、立って話して下さい!』とか、胸の無い女性が歩いて来たら、『後ろ向きに歩いて危なくない?』とか平気で言ってましたね。あ、私じゃないですよ」


 山本弁護人、ついに堪えきれず声を出して笑う。

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