第14話 山本法律事務所

 私選弁護人選任の手続き書類を発送して3週間が経過した頃、山本弁護士からメールが届いた。N警察署で作成した一連の資料が届いたので早めに事務所に来て欲しいので来れる日時を知らせてほしいとの内容だった。

 翌朝10時、神野は山本法律事務所を訪ねた。場所は夙川にほど近く自転車で15分ほどである。雑居ビルの5階にあり、エレベーターを降りて西に突き当たった左に事務所はあった。インターフォンを押すとすぐに足音が聞こえ始めドアーが外に開いた。20代半ばと思われる美形の女性に案内された部屋の窓からは六甲連峰と夙川を同時に見る事ができ、なかなかの眺めである。


「コーヒーと紅茶、どちらがお好みですか?」

「あ、じゃあコーヒーを」


「分かりました。すぐに、先生参ります。少々お待ち下さい」

「はい」


 すぐに山本弁護士が現れた。


「お待たせしました。場所、すぐに分かりましたか?」

「はい。スマホのナビを見るまでもなく、以前バイトで芦屋方面に往復する途中この辺を通ってたので」


「そうでしたか」

「村井さんにも聞いていましたし。それにしても聞いてた通り、景観は素晴らしいですね」


「そういう場所を捜したんですよ」


 秘書の女性がカップを2つ盆に載せ再登場。

 山本弁護士の勧めに従って、ミルク多めと砂糖少しの後、先に一口すする。山本弁護士はもう一つのカップをそのまま手にする。ブラックが好みなのは先刻承知である。一口飲んだ後、


「神野さん、これがN警察署が作成した資料です。原告と目撃者の証言文、それに現場の手書き図面です。神野さんから聴いた内容とはかなり違ってますね。先ずはじっくりお読み下さい。それから一つずつつぶして行きましょう」

「そうですか。では早速」


 神野は最初に原告の被害証言文を手に取った。読んでみた。最初に原告のKスポーツクラブでの仕事内容が記されていた。

 そこには、『フロアースタッフとして会員様のトレーニングを注意して見ています。事故があればすぐ事務室に知らせます。これが私の仕事です』とあった。

 本当にこれだけが自分の仕事だと思っているのだろうか? 他にもトレーニングマシンに付着した汗を拭いたり、汗で汚れたタオルを取り替えたり、トレッドミル使用後の予約の消し忘れを消したり、新規会員にトレーニングマシンの使い方を説明するのがメインの仕事であり、フロア内の事故などを耳にした事は一度もなかった。

 それでも本人は一生懸命やってると思っているようで、神野は自分が思っていた以上に大友裕子の知的面は低いと思わざるを得ず、何だか哀れっぽく感じずにはいられなかった。

 その他の証言内容を読むと、『胸が大きいと言われた』とか『神野さんから先に声を掛けてきた』とか虚偽が目立つ。


 次に目撃証言文の目撃者名を目にしたとき、流石の神野も思わず我が眼を疑った。『まさか~!』である。

 目撃者は野々宮奈穂であった。


 かってKスポーツクラブには神野とも親しい筋トレトレーナーやアルバイトの女子大生が何人もサポートしてくれていた。女子大生は近隣にある大学の運動部に属する者もいれば管理栄養士の有資格者もいた。スポーツ好き、話し好きの神野は彼らの殆どと親しかった。

 だが今は経営方針転換で高給トレーナーは全員辞職し、卒業していった女子大生の後釜はトレーニングに無縁な素人アルバイターになっていた。そんな中で野々宮奈穂は唯一信頼できるスタッフであり、今回自分の冤罪を晴らして貰うのに最適任者であると、心底思っていただけに大ショックだった。

 

 ショックを引きずったまま、神野は目撃者証言を読んでみた。

 『窓越しに見て様子がおかしいので近くによってみたら大友さんのお尻を何度も触っていた』などとんでもない偽証を初め、『女性の身体に触る人としてスタッフの間で有名』とか『セクハラ発言が多い』とか『キーを渡すとき、みんな手を触られている』とか身に覚えのない事ばかりが書かれていた。


 一体何故、これほどまでの偽証をするというのか? 神野には全く見当がつかなかった。

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