第16話 山本法律事務所3

 一笑いの後、山本弁護人は質問対象を、原告から一旦離れて目撃者に切り替える。


「じゃあ次に目撃証言にいってみますね。『窓越しに見て様子がおかしいので…』とありますが、目撃位置とか窓口の位置はこれで良いですか、以前神野さんから聞いたのとはかなり違うようですが?」


 山本弁護人の指さす現場の図面の位置を見て、神野は『えっ⁉』となった。

 自分の思っていた位置とは全然違っていた。神野はてっきりキーの受け渡し窓口からだと思っていた。彼女の証言では反対側の、現場に一番近い窓口であった。しかも直接見たという目撃位置も神野の思っていた位置とは真逆方向である南側即ち通路側の柵になっていた。

 一瞬彼女の腹の中を疑ったが、この図の方が納得できるものだった。これは自分の耳が方向音痴だったのであろう。神野はそう認めざるを得なかった。山本弁護人には、はっきりとその旨打ち明けた。

 山本弁護人は頷きつつ、次の質問に入る。


「この窓口の位置から鏡越しに現場は見えますか?」

「いやあ、分かりません。一度も意識した事がないので」


「まあ、現場検証ではっきり分かります」

「そうですね。早く確認したいですわ」


「そう急ぐ事はありません。この現場の原告、被告人の立ち位置を確認する前に目撃証言を確認しますね」

「はい」


「目撃者は『近くで見たら大友さんのお尻を何度も触っていた』と言ってますが、神野さんの先日の証言内容とは全然違いますね?」

「違いますね。このストレッチ指導の時、私は基本的に脚の裏側を滑らすように撫でるんです。ストレッチする部位を意識させる為ですが、この時、私は膝に痛みを抱えてたので、膝を伸ばした姿勢で原告の膝の裏から尻の方に軽く滑らしただけです。尻の付け根のあたりで放しましたが、少し触れていると思います。誰に対してもそうですが。1回だけです」


「目撃者は『何度も』って言ってますが、これに関してはどう思います?」

「完全に悪意ある偽証です」


「それから、『女性の身体に触ることで有名』と言ってますが、この件は?」

「自分のマラソン仲間やトレーニング仲間とのスキンシップは多い方ですよ。肩や腰に触れる事が多いですが、特に親しい人には、無遠慮に触れる事もあります。相手もそうですが」


「『セクハラ発言が多い』と言うのは?」

「原告に対する『フィギュアスケーター・樋口新葉体形』発言以外は心当たりはありませんわ」


「最後、『キーを渡すとき、みんな手を触られている』と言うのはどうですか?」

「触った記憶はありませんが、指ぐらいは触れているんじゃないですかねえ。指一本ふれないでキーや小銭を受け渡すのは相当難しいと思うけど」


「私もそう思います。ところで神野さん、この目撃者野々宮さんですが、何か恨みを買ってるって事はありませんか?」

「恨み? 野々宮さんに恨みを…」


 神野には心当たりはなかった。

 一つだけ気になったのは本店長の存在だった。もしも、この2人ができているなら…?


「何かありませんか? どんな小さな事でも気になる事があれば話して下さい。原告でさえ、『一回』って言ってるのに、目撃者は『何度も』って言ってますね。ここらに神野さんに対する強い恨みを感じるんですが」


 神野は現在唯一の可能性として、本店長と野々宮奈穂の男女関係の可能性を口にしてみた。

 山本弁護人はは静かに聴き入っていた。


「じゃあ神野さんは、目撃者の恨みではなく本店長によるKスポーツクラブの逆恨みではないかと思うんですね?」

「『2人が男女関係にあれば』の条件付きですが」


「いやこれは…面白くなってきましたね。何かミステリードラマみたいですね」

「えっ? ドラマの見過ぎとでも?」


「いや、元システム・エンジニアだけあって、論理と推理が鋭いと感じました。村井さんの言ってた通りです」


 この時点で神野は、恨みを買う相手としては本店長以外には全く考えられなかったのである。

 

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