第94話 見学

「ソウタ様、大変お待たせいたしました。部屋の移動、その他完了しております」


「ありがとうございます」


 タンボ達が帰宅? の報告をしに会議室に帰ってくると、メイがお茶を入れて二人を迎えた。

 フルリオはまさか奴隷の自分にメイがお茶を入れてくれる事が理解できず、ただ湯呑みを見つめたまま固まっているだけであるが。


「ただ、その楽器の方はどこにどうするべきか分からず、新しい部屋のベッドの上に置いてある形なのですが……」


 タンボが申し訳なさそうに報告してくれる。


「あぁ、すいません。それで充分です」


(楽器くらいは自分で運べって話だよなぁ……)


 ソウタが自責の念にかられているとメイが口を開く。


「少しは良い買い物できたの?」


「はい、ドアの修理道具も手に入れまして再びドアとしてするようになりました。フルリオが意外と器用にこなすので私やフルリオが寝泊まりする事を考えれば全く問題ない状態であります」


「へぇ、やるじゃないフルリオ!」


「ありがとうございます!」


 頬を赤らめながらメイに褒められた嬉しさを隠せないフルリオ。


「でさ、ソウタが店の方ちゃんと見た事ないからタンボ達が帰ったら見に行きたいという話になってたのよ」


「見に行きたいとは言ってないがな……」


「おぉ、承知いたしました! 早速、見に行きましょう。ハンバ様が作られただけあって、作り込みが凄いですよ」


「ブッ! !」


「どうしたフルリオ?」


 タンボがフルリオの様子に気づいて質問をする。


「い、今聞き間違いではなければハンバ様と聞こえたのですが……」


「そうよ。貴方が寝泊まりする部屋も、この部屋も裏手の小さい王宮もハンバ様が建ててくれたものよ」


「えぇぇぇぇぇぇ!」


「そうじゃないと、どう考えても不敬罪だろ?」


 タンボが当たり前だろうという表情でフルリオに質問を返す。


「そ、そうですが……」


 フルリオは次に聞きたい質問を飲み込む。

 天才ハンバ様、現在の王宮の基礎を作り上げ災害時に大堤防を作り上げたり、国境にいきなり要塞を作ったり多少オーバーには伝わっているものの勇者などの歴史的な伝説の人と同じランクに位置すると言われている。

 ただ、同時に孤高にして大変人と言われており、大貴族であろうと王様や王族であろうとも誰にもくみせず王宮一の厄介者という噂とも言われている。


「私達の苦労が分かったでしょ?」


 メイがため息をつきながら全員の気持ちを代弁する。


「えっと……」


 フルリオとしては頷きたいのだが、頷いたら不敬罪になりそうで返答できないのだ。


「いやー、マジで無茶すぎんだよ。裏手の王宮なんて昨日の朝にはなくて夜にはできてたんだぞ?」


 ソウタが正直な感想を口に出す。


「それだけ、お嬢様に期待がかかっているのですよ」


 タンボがフォローをするが、あくまで立場上であって内心はメイに同調している。


「相談もなしに箱だけ用意してポイって、期待っていうのかしら?」


「でも、昨日みたに相談もなしに来られても困るしなぁ……」


 フルリオの頭の中を母親の遺言である『偉い人に遣える人になりなさい』という言葉がグルグル回る。確かに偉い人に遣えたいと努力をしてきたが、田舎出身の奴隷である自分にが直接関わる人の従者になるなんて買い物に帰ってくるまで知らなかったのだ。


(タンボ様にもっと、色々自分から聞いておくべきだった)


 買い物の行き帰り、タンボの口から出てくるのはメイの素晴らしさであったり、ソウタ様が考え込む時間が多い事、マグカップというものを作った事だとか……兎にも角にも『凄い凄い』しかなかったのだ。

 ただ、フルリオをとしてはタンボのは嫌な気はせず、それだけ凄い人の従者になれたのは幸運だとさえ思っていた。


「とりあえず、参りましょう。近くで見ると凄さを感じますよ」


 これ以上の愚痴はフルリオへの悪影響だと考えたタンボは話題を切り上げ見学を促す。


「乗り気はしないが仕方ない……」


 遅かれ早かれ見にいくんだろうと覚悟を決めたソウタは外に出る。いつもは最後尾にタンボがいたが最後尾にフルリオがいる状態が新鮮だ。


「どうしてこうなった……」


 ソウタの目の前に広がるのはThe王宮だ。効果音にすると『デーーーーン』という感じだ。


「ソウタ様どうしたのですか?」


 フルリオが心配そうにソウタに尋ねる。


「いや、どうにか過去に戻りたいなぁと思ってさ」


「は?」


「どこで歯車が狂ったんだろうって反省してる所なんだよ」


「はぁ……」


 地球にいた時を含めてソウタもそれなりに色々な建物を見てきたので、目の前にある建物の材質が堅牢で高級なものなのか? くらいは目視で分かる。そしてこれはスーパー高級なのだと本能で分かる奴なのだ。


「なぁ? これってマジで昨日できたんだよな?」


「一昨日なかったのは知ってるでしょ?」


 メイがため息をつきながら答える。


 そうを目の前にすると関係者は感嘆のため息をつくだろうが、こと関係者になるとお先真っ暗だけど、どうにかしなければならないというプレッシャーから来るため息である。


「これって中見れるのか?」


「はい、昨日ソウタ様以外の登録は終えていますので入る事が可能です。とは言え、裏口から入室するのが良いと思われますが……」


 メイに尋ねた所タンボが答えてくれる。


(そのまま、俺だけ登録なしって訳にはいかないよな……)


「お、俺も入ることができますか?」


 空気を読まずにフルリオが好奇心満開で質問をする。


「もちろんだ。むしろソウタ様に代わって店を管理できるくらいにならなければいけないんだぞ?」


「そ、そうなんですか! が、頑張ります!」


「タンボさん! 俺は管理しようとも、管理できるとも思っていないですよ」


 ここで釘を刺しておかないと『なし崩し』で事を勧められるのでメイのいる前で否定をしておく。


「流石の私もソウタに無茶振りするつもりはないわよ」


「ならよかった……」


 そう言いながら、四人は裏口に向かって歩き出す。


 ――ブーン――


 メイは自分のステータスカードを裏口にかざし、王都店の中に入っていく。


「か、勝手に、灯りが!」


 フルリオが驚きの声を上げる。


「ステータスカードや気配検知の最新魔道具で、特定の人が入るとこのように灯りが着くようになっているようです……」


「これが、俺に全く関係なかったら、本当に楽しい見学なんだがなぁ……」


「本当よね……でも、ご覧の通り中身は空っぽなのよ」


 メイの言う通り、見た目はできているのに中身のレイアウトが待ったくできておらず、見た目は二階建てなのにも関わらず室内は階段もなければ一階と二階の仕切りもなかった。


「なぁ、これって……」


「そう、地下への階段はあるけど、どこに階段がほしいかとか決まったら言って欲しいって」


「つまり、この状態から二階の床っていうか一階の天井とかも作れるってこと?」


 メイはソウタの質問にただ頷いて返事をする。


「メチャクチャだな……」


「で、ソウタ的にはどこをどうするか? みたいな案ってある?」


「お前のフリもムチャクチャだな」


 憎まれ口を叩きつつ、ソウタは日本にいた時のカフェを頭に浮かべながら玄関側に向かい改めて内部を見渡す。


「あー。フルリオ悪いが、書くものが必要だが持って来れ……というか書くもの自体を持ってないのか……」


「いえ、先ほどタンボ様との買い物で購入して、今も持っています」


「おー! やるなぁ!」


 得意げな表情のフルリオ。


「うーん、階段の位置をどうするかだなぁ……」


「以前お話していた、新たな顧客が既存のお客様の間を通っていく必要があるか? ですね」


「そうです。そうです。チェリアまちの店と違ってこっちは招待制ですからね。広告的に既存の客の間を通る必要があるのか? って話なんですよね……」


「なるほど……」


「なぁ、メイ。やっぱり貴族とかって一階より二階が好きなのか?」


「そりゃぁ、庶民共を見下すという趣味がおありの貴族様が多いからねぇ……」


「お嬢様……」


 タンボがメイに鋭い目を向けるがメイは気にしない。


「本人の実力が大した事ないのに、後ろ盾の大きさで調子にのるがの貴族の本性ですから」


「お嬢様、流石に言葉が……」


「はいはい。まぁ、私が貴族院がっこうなどで見た方の『大半が』という言葉を足しておきます」


 そんなメイの愚痴を他所にソウタはチェリアのアルモロと自分が居た日本のファーストフード店やカフェの形態をいくつか脳内でシミュレーションしていく。


(もっと3DモデリングとかCADとかもっとやっておけばよかったぜ……)


 暇な時に3Dソフトなどを使って脱出ゲームを作った時を思い出すソウタ。結局ゲームは作るよりやる方が面白いという結論に至ったので後悔してなかったのだが、ここに来て後悔することになるとは思ってもいなかったのだ。


「メイ、貴族は立ち食い、言い方悪いな……立食に対して抵抗あるか?」


「うーん、まぁパーティで立食はあるけれども、アルモロおみせのコンセプトとして立食がメインになるのは避けたいわ。どう考えても客単価は上がると思うし……」


「OK、フルリオ紙とペンを借りてもいいか?」


「どうぞ」


 フルリオは初めて聞くOKという言葉が気になったが、真剣なソウタの姿を見て聞くのは今ではないと判断し素直にペンと紙を渡す。


「うーん、階段はやっぱりこっちだろうなぁ……」


 ソウタの一人ごとが響く。家具が全くない状態の広い空間は自然な残響音ナチュラルリバーブが効いて教会にでもいる感覚に陥る。


「おい、メイこっちとこっちどっちがいいと思う?」


 ソウタは、二つの図案をメイに見せる。共に一階を上から見たもので一つは壁際に簡易テーブルがあるものでス⚪︎バのようなカフェスタイルだ。ただスタバと違って壁一面がガラスになっていないので景観を楽しむということができない。もう一つはチェリアまちのアルモロのように奥に個室があるタイプで。


「これは、どうして壁際にテーブルがあるの?」


「あぁ、もっと窓が多いと景観を楽しみながらお茶が飲めるんだが、流石に外観は変えられないよなぁ……」


「ソウタ様、昨日いらっしゃらなかったので分からないと思いますが、この建物で一番苦労したのはガラス職人でした。あの様子ですとハンバ様が急遽発注したようで、現場でガラスを切りながら作業していましたので……しかも、実際の王宮よりも窓が多いと感じています」


「うーん、あの人なりにもこだわりや考えがあってやってる事だと思うからねぇ」


(メイ様が今言った『あの人』ってハンバ様の事だよなぁ……)


 フルリオは空気を読んで聞かなかったことにした。


「どうやって外観だけで建物の強度が保てているのか分からんが、窓を増やすと強度が落ちるから仕方ないな」


「因みに、そのガラスも特殊な製法で作ったらしいわよ」


 言われるままに窓をチェックしてみると、明らかにガラスの厚みが厚く水族館のアクリルのようであった。


「にしても、柱もなしに外側だけでこんな建物ができちゃうのは相当だぞ?」


「そりゃぁ、王国歴史上一番の天才と呼ばれる人が自信作と言ってたくらいですから」


 メイが完全に他人事、しかもちょっと小馬鹿にしたニュアンスを含んで天才を讃える。


「いや、見た目はともかく構造は素人の俺でも凄いと感じるからなぁ……」


 別にソウタは大学で建築科を卒業したわけでも何でもないが、地震の多い日本において建物の耐震強度ではりや柱がある方が簡単に建築できるのくらいは分かる。そういう意味でこの建物は、そう簡単に設計されたものではないのは素人ながらに理解したのだ。


「むしろ、この状態からどうやって二階の床の部分を作るのかが全く分からん……つーか、あの二階部分の窓ってどうやってやったんですか?」


「何と言いますか、地面の上に二階部分が先にできてですね……そこに一度窓を当ててもらい、窓や照明の設置が終わったら、建物が少しずつ……いや、凄いスピードなのですが徐々に下が伸びる感じといいますか……」


 タンボがジェスチャーを加えて説明をするが、あまりピンと来ていないソウタ。


「それって、やり方なんですか?」


「普通のやりかただったら、あんなに人が集まるわけないでしょ?」


「なんと言葉を選べばいいのか分かりませんが、私の知っている普通は下から作って行く方法しか存じませんでした」


(うーん、そう言われると少しだけ見たかった気もする)


「まぁ『内装が決まってたら、もっと簡単にできたのに』とは言ってたけどね」


 ハンバの規格外の実力をこの目で垣間見て複雑な気持ちになったソウタであった。

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