第93話 信頼

「――方針は決まったわね」


「まぁ、招待制にする時点で署名をもらうってことにすれば自然っちゃー自然だろ?」


「うーん、でもやはりソウタの言う通り門番的なセキュリティが必要になるわね」


「そうだな、タンボさんだけじゃキツいし、タンボさんを王都店こっち専属にするわけにはいかないからなぁ……」


「身元がしっかりしていて腕聞きとなるとギルドに掛け合うのが一番だわ、どちらにしろタンボに一度聞いてみた方がいいわ」


 結局、メイはソウタの考えた運営サイドが完全に有利となる『糞ゲーの利用規約』方式を取り入れた。

 もちろん、糞ゲーとは言いながらもコンテンツを糞にしなければ糞ゲーにならないわけで、そこは『セキュリティを担保するため』という表の理由と出すお茶などのクオリティは下げないという前提でメイは渋々飲むという落とし所になったわけだが。


「結局、ソウタって店の外観見たんだっけ?」


「見るわけねーだろ。正直興味がないというか……なんか俺のいた所であんな外観してるのってちょっとなんというか……」


 ソウタの頭にあったのはラブホテルやパチンコ店的なものが思い浮かんだのだ。


「まぁ、貴方の世界の事は分からないけれど、私的には『下品』のよ」


「あー。それそれ下品。それだ! 表じゃぁ不敬罪になるからとてもじゃねーから言えないがな」


「ただ、クオリティは悪くないのがなのよ」


 そうなのだ、こういう派手な外観のものは模造品イミテーションである事が多い。しかし裏手(実際は表になるが)にある店は実際の王宮と同じ素材(ハンバ様の魔法制)で出来ている本物なのだ。


「一度ちゃんと見てみたら?」


「タンボさん達が帰ってきてからでよくねーか?」


「面倒臭いだけでしょ?」


「その通り!」


「全く隠す気ないじゃない」


「あのなー。俺は元々『気の休める部屋』の中で『極力動かない人生を過ごす』ってのを決めてたんだぞ? それが気がつきゃ王都にいて従者が二人もいる」


「大出世ね!」


 メイがいつもの口角を上げて笑いながらソウタを煽る。


「マジで。もっと静かに過ごしたいんだよ」


 ため息をつきながらソウタは自分の思いを告げる。


「まぁ、店を見にいくのはタンボが帰ってきてからでいいけど、あの荷物は何するのよ? 薪なんて暫く使わないわよ?」


「だから、楽器を作るって言ったろ?」


「イマイチというか全然分かってないんだけど。楽器って音楽ってのを表現する魔道具みたいなもんなんでしょ?」


「そうだな。魔道具じゃなくて、ただの道具だが」


「じゃぁ、その道具ってどのくらいあるの?」


「分からん」


「はっ?」


「冗談抜きに千個くらいは余裕であると思うし、そもそも新しい発想でどんどんできるものだからある意味無限と言ってもいいかもしれないな」


 ソウタはメイの質問で初めて楽器がどのくらい存在するのか? というのを考えた。もちろんオリジナルの楽器を開発しようとした事もあるし真似事をしたことはあるが、世の中にはノコギリを曲げて音階を作ったり、定規を机で弾いて音程を出す人もいるくらいなので何が楽器になるのか分からないのだ。


「ねぇ? 私って貴方の楽器の開発のサポートをすることが契約になってるわよね?」


「そうだな」


「お店が破産するじゃないの!」


「バカ、流石に俺も無限に作ろうなんて思ってねーよ。そもそも楽器を弾けるのが俺しかいない状況で千個作っても仕方ねーだろ」


「でも、貴方明らかにハームスとフルリオには楽器をさせる気でしょ?」


「うっ……まぁ、そりゃぁそうけど二人でヒイヒイ言ってる俺が十人も従者を扱えると思うか?」


「無理」


「だろ?」


 ソウタとしては今の回答に対して嫌な気持ちはしていない、むしろ此処で変に『扱えると思う』と肯定される方が自己評価と他者評価の違いがあって面倒なのでしっかり否定してくれた方が助かるのだ。


「でも、やりようはあるじゃない?」


「いやいや『やりよう』って、今否定したのに……俺が本気で十人とかまとめ上げれると思ってるのか?」


「【祝福】を使えば、付いてくるんじゃない?」


「ブッ!」


 頭の隅から消えていた【祝福】を使ってという手法をメイから聞いて吹き出すソウタ。


「バカ言え、それこそ命狙われるわ」


「それが分かってるなら、大丈夫だわ」


「大体、あの二人に俺のどこまでを言うかさえ決めてねーからな」


「今はその時じゃないわね。今日決まった主人が呪いのステータスカードの所持者で無限に【祝福】を与えられます。しかも異世界から来ましたとか……」


「俺がお前の口から聞いても、情報量が多すぎて信用しねーわ」


「徐々に信頼を得るしかないわよ」


「信頼かぁ……」


 ソウタは王都に来てからの数日、タンボの言動で信頼や信用という言葉のニュアンスが自分の価値観と少しズレているのを感じていた。

 地球にいた時も家族に対しての安心感……一種の信頼はあったと思うし、家を借りるのでも不動産屋を信用して動いてきたが、タンボとメイの関係というのは地球にいた頃のを超えている気がしたのだ。


 例えが正しいのか分からないがメイに対するタンボの対応は、まるで自分が子どもの頃にみた特撮ヒーローが全て正しいくあがめているように見えていた。

 もちろん、ソウタも特撮ヒーローの世界を信じていた時もあるが成長をし大人になるに連れ『それ』が作られたものであること、先生や警察と呼ばれていた聖職者なポジションの大人、親や家族であってもだたの人であり、平然と嘘をつくこともあれば人を意図せず裏切る事があることが分かる。

 その上で多少打算があろうと、恩義がある人に何かを返したい気持ちや仲良くしたい気持ち、利用したい気持ち様々なものが入り混じって『信頼』や『信用』という言葉になっていると考えていたからだ。


 確かに、メイとタンボの間には契約が存在しているだろうが、それは強制力の強い完全寮制の私立の学校に預けるのと変わらない気もしたからだ。


「なんつーか、メイの周りの人ってやたら忠義心が高いというか、少なくとも俺の周りに居た人と違いすぎるんだよな……」


「それは、教育制度というか身分の問題もあると思うわ」


「というと?」


「だって、私が王都で貴族院という学校に行っていた頃の、貴族はタンボみたいな性格な人いなかったもの。あの人達は言葉は丁寧だけど、どこの誰と繋がりをもつか? どうやったら太いパイプ……コネクションを持つか? しか考えないからね」


 なんとも言えない表情で学生時代の事を話すメイ。


「まぁ、そういう場所だろうなという想像はしていた……」


 小説ラノベに出てくる貴族の行く学校はそういうものだし、ソウタ自身もIT業界もベンチャー企業の社長が集まって飲み会を行う場があるらしく、そこでは売り込みや繋がりを強調する場らしいというのを聞いた事があったからだ。


「もちろん、ソウタのように人付き合いが嫌とか、一心不乱に魔法や剣術などを極めようとする人もいるけど、余裕のある名家の出身と代わり者という存在ね」


「で、お前はどのタイプだったんだ?」


「うーん。私は田舎出身で貴族でもないし、年齢が低く入っているでしょ? 目をつけられないように目立たないように魔力や言葉遣いに注意して過ごしていたから、彼らからしたら視界にも入っていないだったはずよ」


 両掌を胸の前で上に上げて『やってらなれない』という表情で自分の事を分析するメイ。


「だって、私と仲良くしてもメリットないもの」


「キッツイなー」


「うーん、余計なパーティとかに呼ばれなくていいし、その分お茶の勉強ができたからいいのだけどね」


「タフだなぁ……俺もこっちに来たばかりの事を思い出して気分重くなるわ」


 メイの話を聞いているとイジメではないのだろうが、なんというかけ者やハブっているような感じがして可哀想に思えてくる。物理的な自分の居場所はあっても『存在を認められない』というのはかなり心に負担がかかるの。


「話を元に戻すと、少なくとも貴族じゃなくタンボのような従者として教育を受ける者。これには奴隷の彼らも入るけども、基本主人あるじを選べないのよ」


「あぁ、買われたりするってことか」


「奴隷はそうだけど、元々特定の貴族の従者として付いている者が、他の貴族の従者に就くってのは先祖からの裏切りになるわけ」


「? それは分かるが、それが問題なのか?」


「そうなると、貴族への従者の数も決まっているし、どんなに本人が望んでも没落していく貴族に尽くさなければならない。性格の悪い主人と分かっていても従わなければならないの」


「――っ、なるほどね」


「でも、タンボさんは元々王宮に勤める気でいたんだろ?」


「そう、彼の家は元々貴族に従えていたのだけど、お取り潰しにあっちゃったわけ。そうなると行き先がなくなるから一番てっとり早いのは王宮に勤めることになるのよ」


 計らずもタンボの実家の事を知ってしまい思わず閉口するソウタ。


「王宮以外に、言葉は悪いがその……拾ってくれる貴族とか元の親族に当たる貴族はいなかったのか?」


 ソウタの質問にメイは首を横に振る。


「私は気にしないけど、そういう没落した貴族についていた従者の家計は縁起が悪いと言ってとらないのよ」


「酷いな……」


「でもね、従者が原因で没落することもあるし、貴族に関わる人全員に呪いがかけれられてると考えると貴族側の主張も納得できるのよ」


「うーん、まぁ、うーん……そっか……」


 予想外にメイが貴族側の肩を持ったことに驚くが、確かに正当性があるため無理矢理思考を納得ソウタ。


「でも、王宮に入るには入るで元々枠が決まっているし、それなりにコネもあるからね……」


 後の言葉は続けなかったがタンボさんが王宮に勤められなかった理由だと理解した。


「タンボさんは、お前の所に来るのに抵抗はなかったのかな?」


「そりゃぁ、あったでしょうね、本人には聞いてないけど……」


 王宮に勤めようと思っていたのに、チェリアいなかのお茶屋さん所に就職となったら、本人の葛藤はメイでなくても容易に想像できた。


「で、肝心の今のタンボさんとお前の関係にはどうやってなったんだよ?」


「言っておくけど、彼は最初からちゃんとしていたわよ? でもいて言うなら何度か魔法の実験に手伝ってもらうようになってからかなぁ……」


「あぁ、なるほどメチャクチャ納得した」


(したが……そりゃぁ、戦闘エリートの自分より魔力が半端ない人にあったら、尊敬もするだろうが、これは全く参考にならん)


「あのねぇ、ソウタ信頼を得る方法は魔力だけじゃないのよ?」


 ソウタの心を見透かすようにメイは口を開いた。


「今でこそ、複数の魔法を並行でできるようになったけど、タンボが来た頃はできなかったし、いくら魔力があっても単純な戦闘力だったら彼の方が圧倒的に上なのよ?」


「単純な……ってのがピンと来てないけどな……」


「タンボに限らず戦士や剣士を目指す人って純粋に相手を制圧・倒すための方法を頭も体の両方を使って学んでいるのよ?」


「――確かに……」


 メイは優しく言っているが、単純に人を殺す事。いや、もしかしたら人以上の魔物を殺す事をずっと学んできたのだ。その中には自分より魔力に特化したものの対策もあるだろう。

 そう考えると自分の認識しているタンボよりもメイの方が戦闘力が強いという認識は間違いなのかもしれない。


「どっちが強いとか弱いとかじゃなくて、自分が主人になる覚悟があるかどうか? どうやったら従者の適性を見て一緒にやっていけるか? を考えてやっていく事が大事だし、そんな数時間や一日で思うわ」


「覚悟かぁ……」


 信頼の前に覚悟という言葉を考えつつ、結局『言葉遊び』にしかならないなぁとソウタは考える事をやめた。

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