第92話 美味さの説明

「さて、皆食べ終わったようね。メルピア片付けをお願い」


「わ。私がやります」


 ハームスが立ちあがってアピールする。


「あ、じゃぁメルピアは食後のお茶をお願い」


「承知いたしました」


「お、俺、いや私は何かないでしょうか?」


 フルリオがソウタの方を向いてアピールする。


(就活に溢れた第二新卒みたいなアピールだな)


 ソウタはフルリオの必死さを見ながら少しだけ苦笑すると口を開く。


「とりあえず肩の力を抜こうな。まだ半日も経ってないんだし」


「で、でも……」


「ちゃんとお願いする時はお願いするからさ。とりあえずお茶を待ってなさい」


 やや命令口調でフルリオに座ることだけを指示するソウタ。フルリオは渋々「はい」と言い椅子に座り直す。


「あと、自分の事をわざわざ『わたくし』とか言い直さなくてもいいぞ? まぁ、偉い人とかは別かもしれんが……」


「ソウタ様、それは……」


 フルリオの前に座っていたタンボが横槍を入れそうになる。


「――タンボさん、タンボさんの言いたい事も分かります。でも、なんつーか俺がフルリオの年齢の頃にこんな風に言葉遣いをちゃんとできたか? と言われると全然でしたよ」


 ソウタは自分の微妙な反抗期の事を思い出しながらタンボを諭す。


「それとこれとは……」


「まぁ、自分がそっちの方が楽だと言うなら別にいいんですけどね。俺としては俺に対して変に緊張したままだったり、口調を整えることよりも、俺にできない周りからの危機回避とかそっちを重視してほしいんですよね」


「しかし、それは従者として当然……」


「当然なんでしょうけど、一日中ずっと外にも気を張り詰めて、俺にも対しても気を張り詰めてるのってキツいですし、本当に危険な時は『危ない!』の一言で済む時『ソウタ様の御身に危険が迫っています!』って言われるは前者の方が効率が良いというか、危険は回避できそうですし……」


 ソウタは社会人の時の連絡手段としてチャットを使っていたのだが、毎回『黒田さんお忙しいところすいません。今お時間よろしでしょうか?』とだけを先に送ってくる人がウザかった。時間がなかったら答えられらないし要件を聞くのに一ターンを消費するからだ。ある程度の関係値ができれば『お疲れ様です。以下の件ですが……時間のある時に返答いただきたいです』くらいでもいいし先輩とかなら『クロちゃん、さっきのMTGのアレ間違ってね?』から始まる方くらいだったからだ。


(そもそもITで緊急のバグの時に『今お時間よろしでしょうか?』なんて余裕なかったしな……)


 そんな経験を思い出し、相手に不快感を与えない程度のコミュニケーションでいいと思っているので一人称が俺であろうと、ワシでもワイでもなんでもよかったのだ。


「タンボ、フルリオはソウタの従者だからソウタが良いなら良いじゃないの!」


 メイがタンボに対して追い討ちをする。この辺はしっかりしたいタンボと緩くやりたいソウタで交わる事がないと思ったからだ。


「承知いたしました」


「タンボさんも気を遣ってもらってありがとうございます。俺の常識のなさはタンボさんもメルピアさんも含め店の人には知られていると思いますが『流石にコレは!』って時は今のように注意してもらえるとありがたいです」


「いえ、こちらこそお気遣いありがとうございます」


 尚、タンボもソウタも双方にわだかまりはないし、常識的に言うのであればタンボに軍配が上がるしタンボもソウタの言っていることは理解できていた『最初に癖づけをする』方針と『徐々に厳しくしていく』方針、どちらの道を辿っても序盤は先輩がフォローすることには変わりがないので、タンボも『出過ぎた真似をしました』とは言わなかったが、それが理解できていないフルリオは自分の上司が争っているようで心が苦しくなりながら、無言で様子を見守るしかなかった。


「まぁ、とりあえずお茶を飲んで落ち着きなさい」


 そんなフルリオの前にメルピアが置いたのはミルクティーとクッキーであった。


「おお! クッキー!」


 タンボが思わず声を上げる。


「新しい人が入った時くらいは良いでしょ?」


 本来の配膳の順番で言うのであれば、メイ、ソウタ、タンボ、メルピア、ハームス、フルリオというのが正しいのだが、メルピアが気を遣ってフルリオの方から配膳をする。この配膳の順番もソウタがお客様扱いだった時は、来賓としてソウタが先だったのだがソウタ自体が『メイが先でお願いします』と要望がありメイも承諾したからではあるが……。


「ハームスも手を止めて一緒にいただきましょう」


「は、はい。でも、もうちょっとで……」


「――ハームス。座ってくれ」


 ソウタがハームスに調で諭す。先程のフルリオの件もありこっちの方が面倒臭さがなくなると判断したからだ。


「しょ、承知いたしました」


 ハームスは洗い物をやめ一目散に自分の席に座る。


「本来なら昼食後すぐにクッキーは……クッキーってのはコレね。出さないのだけど、特別よ。あとお茶も特別なものにしたわ」


 メイがクッキーを持ちながら新人二人に説明をする。


「この二つはソウタ様が考えられたモノだからしっかり味わうんだぞ?」


 タンボが追い打ちをかける。ソウタとしては『考えたモノ』ではないのだがココを突っ込むと面倒なのでスルーした。


「「承知いたしました」」


 ハームスとフルリオが返事をするが、ここまで濁ったお茶を見たのも初めてで匂いは良いのだが『泥水』のように見えるミルクティーをどのようにして飲むのか分からずにいた。


「! ! ! ! うまっ! !」


 最初に声を上げたのはフルリオだった。何かしなければならないと思って彼なりに考えたのが『毒味』であったからだ。冷静に考えればメルピアが毒を盛るはずはないのだが、先程のソウタとタンボの言い合い(あくまでフルリオ視点)の失点をカバーしようと思ったからだ。


「フルリオ、もっと上品に……」


 ハームスも毒味のつもりでフルリオに続いてクッキーを頬張る。フルリオがお茶ならば自分はこっちだと思っての行動である。


「何これ!」


「でしょ? お茶とクッキーの組み合わせは最強なのよ」


 メルピアがハームスを諭すように話しかけるが、ハームスは固まったままだった。


 キッチンでハームスが洗い物をしている間、横で何をやっているのかが気になったが『見てはいけない気』がしたのだ。


「おーい、ハームス聞いてるか?」


 ソウタが声をかけるが、反応がない。


「ハームス。よだれが……」


 フルリオが声をかけても反応がない。


「ハームス!」


 ソウタがやや大きめの声を出すと、ハームスはやっと我に返った。


「た、大変失礼しました」


 自分の醜態しゅうたいに気付き謝罪をするハームス。


「ハームス大丈夫? このお茶すごいよ?」


 フルリオが声をかけるが、フルリオはフルリオでミルクティーは既に2/3を飲み終えたところだった。


「えぇ。大丈……あれ?」


 ハームスは泣いていた。泣いていたというより感動して勝手に涙が出た状態というのが適切だろうか。


「大丈夫じゃないみたいだが……」


 ソウタが心配そうにハームスの様子を伺う。社会人になって自分のできなさや不安で初出社日にメンタルを壊して泣いてしまうという話を聞いて大丈夫なのかと思うが……


(特に激詰めしたわけじゃないからなぁ……)


 自分が異世界モノでモテモテの勇者とかなら『女心が分からない鈍感』になっても問題なないかもしれないが、魔力0.5で戦闘力もなければ、盗聴の魔道具を見ただけでビビりまくりなソウタとしては、勇足は避けるべきなのだ。


「ハームス分かるよ……」


 フルリオがクッキーを食べてハームスの気持ちが分かると言っている。


(なるほど。美食漫画的な展開なのか)


「泣くほど気に入ってくれて嬉しいよ。まぁ、作ったのは俺じゃないけど」


「ノスファンの街にはこのような食べ物が沢山あるのですか? 少なくとも王都では……あくまで奴隷商にいたので王宮などは分かりませんが聞いた事がないのですが……」


 ハームスが涙をぬぐいながらソウタに質問をする。


「私の知るところでこのようなは……」


 タンボがソウタの代わりに答えようとした時。


「――ないわ。王都にも王宮にもないわよ」


 タンボの返事を遮ってメイが返答する。


「今貴方達が口にしているものは、王宮に献上ずる予定のものです。その重要性は分かるわよね? なので他言無用よ」


「「しょ、承知いたしました」」


 ハームスもフルリオも脳だけではなく舌、胃袋、細胞でメイの言っている意味を理解した。勘でしかないがこんなお茶、いやお茶と呼べるのか分からない飲み物、そしてクッキーと呼ばれる食べ物は貴族でも口にしていないはずだ。


「因みに、クッキーもミルクティーもそう簡単には飲んだり、食べたりはできないからね。今日は特別よ。お嬢様に感謝しなさい」


 メルピアがあまりも無慈悲なニュースを二人に伝えた。もちろん、二人には一度口にしただけでも幸運ラッキーということは理解しているのであるが、ハームスは涙の塩味がない状態で、フルリオは欲に負けてゴクゴクとミルクティーを飲んだことを後悔し、できればもう一度だけ何かを分かった上で口にしたかったのだ。


「まぁ、店が順調になれば好きな時に食べたりできるようになると思うよ」


「「本当ですか! !」」


 ソウタの話に二人は目を大きくして質問をする。


「あぁ、あと今後も試作品はメルピアさんにお願いするつもり……いや、今後はハームスにな……」


「――試作に関しては、お屋敷の調理担当としてこれからも私が担当いたします!」


 ソウタの話をさえぎるようにメルピアが口を開く。


「はい、俺としても助かるのでそれでお願いします」


「承知いたしま……」


「――ソウタ様、私は私ではどうしてダメなのですか?」


「いや。俺も、俺も参加したいです」


 ハームスとフルリオが悲痛面持ちでソウタに理由を尋ねる。


「それは、私は『対炎特化たいえんとっか』の【才能持ち】なのよ。キッチンを任されるということは火事と隣り合わせなのよ」


 メルピアがニコニコしながらハームスとフルリオに理由を告げているが、彼女の本音は『世界初ものを誰にも邪魔されず自分で作りたい』という欲のみだった。


「「た、対炎特化たいえんとっか! !」」


 奴隷の間にもまことしやかに噂で聞く『対炎特化』これがあるだけで他の仕事ができなくても直ぐに買われていくという、超絶レアスキル。


「ソウタ様、試作の試作をやることは?」


「はっ?」


「メルピア様に持っていく前に試作が必要では?」


「どういうこと?」


「いりません」


 ハームスは対炎特化たいえんとっかと聞いて、メルピアに食い下がるのをやめて、直々にソウタに掛け合うがメルピアに看過され断れられる。


「まぁ、ハームスがちゃんとソウタ様からの仕事をこなすようになって、私の手が足りなくなったらお手伝いをお願いするかもしれないわね」


「本当ですか?」


「お、俺は?」


「フルリオは背を伸ばしなさい」


「はい?」


「まず、キッチンを使いこなすには背をもっと伸ばしましょう。ちゃんと食べて大きくなりなさい」


「は、はい」


「さて、お喋りはこの辺にして予定通り貴方達は二手に別れて着替えや寝具の買い出しをしてきなさい」


「「「「承知いたしました」」」」


「あ、お嬢様、私はこのお茶の片付けとハームスの残りの片付けをしてから行きます」


 メイに言われた通り従者の四人はタンボとフルリオコンビ、メルピアとハームスコンビに別れて王都に向かい買い物に向かった。

 その間、メイとソウタは会議室で『糞ゲー規約計画』について話を進めるのだった。

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