第91話 俺の主人

(ストングさんの言っていた事が全く通じないじゃないか……)


 今年、十三歳になるフルリオは四歳で孤児となった。母親は病死、父親は気づいた時にはいなかった。

 まだ『死』という概念がはっきりしていなかった為、悲しいには悲しかったが、いつか元気になって帰ってくるだろうと思っていた。


 村自体に貧困層が多く親戚にあてもなかったフルリオは『食べる為』に村にあった教会を尋ねる五年程教会で育つ。

 本来であれば六、七歳で奴隷商に買われ教会を卒業することも多いが、フルリオは教会に入った時に栄養状態が悪く発育が遅く、魔法の開花も周りに比べて一年半ほど遅かったため教会側が奴隷商に行く事を遅らせていたのだ。

 尚、フルリオが教会に入った時に入れ替わりで奴隷商に買われて行ったのがハームスであるので二人に直接的な接点はなかった。


 フルリオは持ち前の性格と環境もあり魔法の開花が遅くても腐らなかった。

 母親が小さい頃から「偉い人に遣える人になりなさい」と言っていたことを覚えているので魔法以外の勉学などを頑張り立派な奴隷になると心に決めていたのだ。


 王都に店を持つストングという奴隷商に買われたのは九歳の頃だった。教会のシスターの話では王都の奴隷商が来るのは稀らしく「運が良い」と言われた。

 孤児になった時点で運が良いというのか? という疑問は少しあったが、教会にいる周りのメンバーも全員孤児なので、それから考えたら確かにラッキーだと思った。

 ただ、王都に店と言っても自分が思っていた店とは違い、露店であった。


『王都に店』と言えば、もっと煌びやかな施設だと思っていたので本当に大丈夫なのだろうか? と思ったが、ストングの店では約一年半ほど奴隷としての教育をみっちりされたので悪い気はしなかった。

 むしろ、シスターに聞いていた奴隷商に入ると、そういう教育や指導はなく自分のステータスや才能を「どう見せるか?」が大事だと聞いていたので面食らった。

 そんなこんな、実際に露店に自分が並ぶのは十一歳になろうとしている時だった。


 正直、そこからは辛かった。まずストングの店に人があまり来ないのだ。いや、正確に言うと人は来るしそれなりに買われる。だが『偉い人』っぽい人の割合が相当に少ないのだ。

 小耳に挟んだ情報によると『偉い人』が奴隷を買うというのは相当稀であるということが分かった。『偉い人』の従者になる人は生まれがしっかりして、ちゃんとした身分があって、幼少の頃から才能があって教育を受けた人がなるものだということを知ったのだ。

 この情報を聞いた時、心の何かが崩れた音がしたのが分かった。自分の頑張りが全て無駄だったような気がした。


 とは言え、買いに来てくれた人に対して不真面目にすることは失礼になるので、ちゃんとアピールはするが全然ダメなのだ。ストングのところにくるのは単純な労働力を求められる事が多く、基礎体力や腕力に該当する『力』のステータスが重要視され、同じ男性でもガタイの良い亜人などが買われる。他にはレアスキル持ちや、魔力量が多いものなどがとなっており、フルリオが一年半ほど教育を受けたのは基本のステータスの段階で売れ筋の商品のが分かっていた体という事に気付かされた。


 現実を知り、毎日買われる機会を逃すたび自分達を世話してくれる行き遅れに先輩のハームスの苦悩が分かるになってきた。

 結局、十二歳になっても買われる事がなくむしろ『十二歳まで買い手のつかない商品』として見られることもあり、どのステータスをどう伸ばしていけば良いのか? さえ分からなくなりつつあった。


(腐っちゃダメだ……)


 フルリオから見てストングはいい人、悪い人ではなく商売人であった。それは単純に商品価値を高めるための支援はしてくれたし、いつか売れればいいというのでハームスのような行き遅れになった人もどこかに売り飛ばすこともなかった。

 そしてやっとやっと……自分を買ってくれる人が出てきた。


 変な適性テストをする人だったが、明らかに『偉い人』っぽかった。てっきり女性の人というか自分の少し年上くらいの女の子が買ってくれると思っていたが、なんか良く分からない雰囲気の若い男性……こっちも男性というより、まだ成人していないくらいの人が自分を買った。


 しかも、あのハームスと一緒に。


 明確に言われたわけではないが、各奴隷同士の情報の交換や友情はなかった。もちろんストングから見えない所ではちょっとしたイジメもあったし、なんとなくグループもあったが結局いつ誰が買われるのか分からない中、全員がライバルであるのでお互いの詳細は分からなかった。


 ソウタと呼ばれている主人……と独特のオーラのあるメイと呼ばれる人は教会やストングから教えてもらった常識が通じなかった。


 そもそも『偉い人』になればなるほど『格式』や『マナー』をしっかりし、自分の立場を弁え言葉遣いを丁寧にし、目を合わせるのさえというのが常識だった。


(俺の主人は、常識がない?)


 王宮を出るまでになんとなく思ったことである。奴隷を連れて王都を出る手順さえ知らなかった。自分が主人になるのに……

 自分達を買いに来た人の一人であるタンボと呼ばれる人は、明らかに奴隷ではなく『偉い人』に仕える為の所作を感じた。そのタンボという人が自分の主人に王都の手続きを教えている。


 偉い人というのは、どういう意味なのだろうか……高等な教育を受け色々な社会常識を身につけた人が『偉い人』の定義ではなかったのだろうか。もちろん奴隷にとって主人=偉い人というのも分かるが、ソウタ様よりハームスや自分の方が圧倒的に常識に詳しいと思っていた。

 護衛はいいのだろうか? でも、タンボ様一人で護衛はできそうだし……というか、タンボ様が一緒にソウタ様からの試験をやっていたのはなぜだろう。よく考えたらメイ様もやっていたし、ハームスもやっていた。

 まぁ、ハームスは無意識でやっていただろうけど……


 そんなことを思っているウチに王宮に着いた。まぁ、王宮の小さい版なんだけど。どう見ても王宮。


 というか、王都の外とはいえ目と鼻の先にこんなものを作っていいのだろうか? 王都の門番からも見える位置に建っているのでの建物だろうが、不敬罪ではないのだろうか?。

 一緒に買われたハームスも声には出さないが俺と同じ感情でいるのは、ソウタ様一行を見ては小さな王宮をチラッと見るというのを繰り返している動作で充分伝わった。


 そもそも、この三人はどうして小さな王宮に対して何も話さないのか、自分たちが王都にいる間に外はこんな事になっているとは思わなかった。


 そして、王宮の裏手にある建物に俺達は連れて行かれた。

 そう、あの小さな王宮の正体が俺達の主人だったのだ。


(でも、王宮の関係者じゃないよなぁ……)


 メイ様は貴族だと思うが、ソウタ様は貴族っぽくないが、王宮の関係者という感じもしない。もちろん俺の人生で王宮の関係者を見たのは年に一度ある王都の祭りで遠くから見る程度だから確証はないが、王都を出る際の門番の対応からしても王族や王宮関係者じゃないのは分かった。

 そして、部屋に入ると同じテーブルに座らされた。


 初めはどうしてよいのか分からなかった。というか、これも試験だと思った。ここで同じテーブルに座ったら返品されるのだと思った。

 でも、試験ではなく普通に? 座らされた。メルピアというメイ様の従者が持ってきたお茶は、お茶とは思えない美味しさだった。


 あまりの美味さについ感想を口にしてしまった。特に誰も注意されなかったのでよかった。


 どうやらメイ様は貴族ではなくノスファンという町のお茶屋さんの娘らしい。

 いやいや、どう考えてもこの貫禄は貴族だろ。地方のお茶屋がどうして小さな王宮を建てれるんだ?。

 ソウタ様はメイ様と従兄弟とのこと。お互いに小さな貶し合いをしているので婚約者や婚姻や恋愛関係にあるようは見えなかったので謎が解けてスッキリした。


 色々話を聞いているとタンボ様やメルピア様の言葉の端々にメイ様やソウタ様に仕えるのは『苦労する』と言っているが、意味が分からない。

 自分がこんなお茶を毎日飲むのに何を苦労するのだろうか? むしろ俺は教会で、ストングの店で何を学んできたのだろう……


『偉い人に遣え』てはいるが、奴隷として学んだ事を何一つやっていない。幸いなのは同じ境遇の奴隷であるハームスが横にいてお茶を飲んでいることだ。

 もし、ハームスと二人の時間ができたら俺の学んだ事がおかしいのかを聞きたい。


 いつの間にか、自分達の部屋が用意されるという話になったが、これも揉めた。従者と主人が一緒に寝るとか聞いた事ない。いや、護衛という名目では聞いた事あるが部屋が足りないからという理由は理由になっていない。

 その上、俺とタンボ様、ハームスとメルピア様という組み合わせで部屋割りが決まった。


 せめて奴隷は奴隷同士じゃないのか?。

 そんな疑問を抱いているとやっと、仕事を振ってもらえた。ハームスも仕事をしたかったらしく料理の仕事は取られたが、正直メイ様やソウタ様のいる空間にいるのが心苦しかったので部屋から出れたのはラッキーだった。


 まぁ、タンボ様が付いてきたけど……。


 タンボ様は口調は厳しかったが、奴隷の自分に対してメチャクチャ優しかった。むしろ、少しでも仕事を覚えさせようとわざと仕事を振ってくれた気がする。

 そもそも、タンボ様は見た目からしても明らかに護衛に適した戦士や騎士のタイプなので、部屋の片付けなどの明らかに雑用なのは自分がすべきだと思っているが、と呼ばれる武器のようなものはタンボ様が運んでくれた。


 思い切って、タンボ様に自分がすべき事を聞いたら「そんなもの、全身全霊でソウタ様に仕える事だろ」と当たり前の事を言われた。あの試験の意味を聞きたかったが雰囲気に流されて聞けなかった。

 ただ、少しでも情報を集めたかったので「あの裏にある王宮すごいですね。私が連れて来られた時にはなかったですよ」と言ったら「あぁ、それがお嬢様とソウタ様、いや我々の悩みなのだ。昨日まではまだよかったのに……」と言われた。


 しかし、このソウタ様の荷物はなんなのだろう。この部屋? 施設? メイ様は『拠点』とおっしゃっていたが、暖炉も見当たらないのにまきが必要なのが理解できない。もちろん主人の持ち物について従者が何か言う必要性はないが不自然な感じが……


「タンボ様、この薪は室内で良いのですか? 薪を置く場所があればそちらに……」


 勇気をもってタンボ様に聞いてみた。頑張ったぞ俺!。


「……分からん……」


「はっ?」


「……分からん……」


 タンボ様は無造作に置かれた薪に視線を向けると眉間に皺を寄せ同じ言葉を二回繰り返した。その後「ふぅ」と一息つくと真剣な瞳で俺を見て口を開いた。


「フルリオ、私は幼少の頃より王宮に勤める為の教育を受けてきた。まぁ、それなりに努力して頑張ってきたつもりだ。ただ残念なことに才能の伸び代、うつわというものは人それぞれ違う。努力は報われるがあくまで自分の尺度なのだ。つまり他人から見ても全く伸びていないとみなされる事もある」


「は、はい」


 薪の話からなぜこの話になっているのか分からないが、あまりの目力に相槌を打つのが精一杯だ。というか『王宮に勤める為』ってスーパーエリートじゃないか。


「今まで王宮での試験などで様々な模擬戦をやった事もあるし要人や貴族、王宮の関係者とも会ったり同じ空間に居た事もある。その中でも稀に『どうやっても勝てない』という人がいるのだ」


「はい……」


「私は、お嬢様と会った時にを感じたのだ……」


(なるほど、なんとなく分かるぞ。確かにメイ様の圧というか存在感は納得するが、俺の主人はソウタ様なんだよなぁ……)


「もちろん、単純な腕力では私の方が強いのだろうが、そういう次元の話ではない。そしてソウタ様も……いや、ソウタ様の方が何というか言葉は悪いが不可解な存在なのだ」


「ふ、不可解ですか?」


「そう、不可解だ。いいか戦闘において、まぁこの時代になると戦闘というより護衛の方が言葉が適切だが、実力が違う事が分かるのは幸いなのだ。相手が自分より強いと分かれば避ければよい。もしくは最初から全力を出す、奇襲をかける。やりようがあるのだ」


「なるほど。勉強になります」


「相手が貴族のような格好をしている。言葉遣いが上品である、背丈が大きい、力が……そういったものは判断しやすい」


「確かに!」


 なんだろう、俺に護衛としての大事なものを教えてくれているんだろう。実践がない分こういう先輩の話を聞くのは大事だ。


「ソウタ様にはそれがないのだ」


「はっ?」


 正直、ズッコケそうになった。つまり今までの話をまとめると正直メイ様は凄い方だがソウタ様はそうでもないと、だから護衛を頑張れということだろうか。


「いいかフルリオ、私とメイ様が何でもありで戦ったら多分私が負ける」


「えぇ? 本当ですか?」


「先ほど『どうやっても勝てない』と言ったのは例えではなく実力でなのだ」


 失礼だが、俺と背丈も年齢もそんなに離れていないメイ様が『戦闘』においてタンボ様より強いというのがあまりピンとこない。


「そして、ソウタ様は真逆だ」


 やっぱり……、話の流れとして『そうだろうな』とは思った。もちろん主人が戦闘に強い弱いは従者にとって関係ない、むしろまもり甲斐があるってものあるし、そもそも一般の人でタンボ様に戦闘で勝てる人を見つける方が難しいだろう。


「私は従者として老人や赤ん坊のような存在を護衛する事も教わってきた」


「はい」


 俺も一通りの介護や子守りのような事も習ってきたので話は分かる。


「ソウタ様をそういう存在だと思って接するとするぞ」


「えっ?」


 今、俺怒られてる? 別にソウタ様を下に見たりとかはしていないし。そもそもどういう存在なのか分からないので判断のしようもないし……


「お前はフリューメ様を弱い存在だと思うか?」


「はい?」


「もう一度聞くぞ。お前はフリューメ様を弱い存在だと思うか?」


 これは、どういう質問なのだろうか、大体世の中にフリューメ様に喧嘩を売ろうと思うやつなんているわけない。意味が分からない。


「すいません、考えた事がないです」


 タンボ様は「そうだろう」と小さく呟くと、薪に視線を戻し声を発した。


「いずれ、俺の言っていた事が分かる時が来る。お嬢様がおっしゃっていたがソウタ様とお嬢様は同格だ」


 それだけ言うと、タンボ様は再び部屋の片付けをし始めた。

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