第90話 クソゲーの世界

「私達がやります」


 メルピアが料理をしようとしたところ新人の二人が自ら声をあげた。


「うーん、お屋敷と違ってキッチンも狭いし……二人のうち料理が得意な方はどちらかしら?」


 ハームスとフルリオはお互いを見つめるが、年齢的にも性別的にもハームスに軍配があるのは明らかであった。


「じゃぁ、ハームスさんよろしくね」


「よろしくお願いいたします。メルピア様」


 ソウタは年齢なのかハームスが奴隷なのか分からないが、敬称に対して違いがあるのが気になったが、本人達が問題ないのであれば良いという事で一旦放置する。


「ソウタ様、お、俺……いや私はどうすれば」


 手持ち無沙汰なフルリオは当然主人であるソウタに問いかける。


「フルリオは俺と一緒に、ソウタ様の荷物の整理だ。ソウタ様大丈夫ですかね?」


 タンボが気をつかってだろうかフルリオと一緒に仕事を与えてくれる。正直、ソウタの中のタンボの印象はこういう気遣いができる男だとは思っていなかったが、ありがたいことこの上ない。


「お願いします」


 ソウタはタンボの問いに短く返事をすると、フルリオは嬉しそうに「ありがとうございます」と言いタンボと一緒に会議室から出て行った。


「タンボには弟も妹もいるから、お手のものって感じかしら」


「へぇ。そうなんだ」


「そうなんだじゃないわよ。あなた二人の給料とか考えているの?」


「……」


 ソウタは無言の返答をする。つまり全く考えてなかったところだ。正直『衣食住』の事は考えていたが給料のことなど全く頭になかったのだ。


「でしょ? 大体、どうして買う時に着いてこなかったのよ?」


「いや、行って良いのか分からなかったから……」


 ソウタは小さく反論する。このモード、つまりお説教モードになった時のメイに反論は意味をなさないのだ。


「ソウタ、今まではソウタ一人だったからお金のこととかを考えなくてもよかったけど、従者がついたのよ? これからはちゃんと考えないとダメよ」


「……」


「せめて、返事はしなさいよ……」


「いや、言ってることは分かるし、やりたいんだが。俺普通の人が働いた時の給料がどのくらいなのか知らないのよ……」


「……」


「何か言えよ」


「ごめん」


 なんだろうか、この実の無い会話。もちろん原因の一つはメルピアとハームスがいると言う事は共通認識になっている。


「あれだな、とりあえず午後に話をしてもらった方がいいな」


「邪魔が入らなければいいけど……」


「そうだな……」


 タンボさんやメルピアさんの感覚からすると俺やメイの動きなどが非常識に思える部分は理解できるが、問題はハンバだろう。

 IT業界に居たも経験あり、ビジネスにおいてのスピードの重要性は多分に分かっているつもりであるが、それに一日で建物が建つなんて経験はなくどう考えても無茶苦茶なのだ。


「お前はお前で、例のスタッフ件はどうするのか考えてるのか?」


「考えてはいるのよ。でも、紹介制にしたとしても貴族が相手となると色々問題があるのよ!」


 心底面倒くさいという表情でドアの方向を見るメイ。


「そうだろうな……」


 ソウタが想像できるだけでも、お茶のこと、貴族を含め王宮からの来客に対する教育……特に後者に関してはチェリアまちにいるアルモロみせのスタッフを呼んだとしても厳しいのではないかと思っている。


「前途多難よ」


「「ハァ……」」


 二人してため息がでてしまう。


 ――――


(マジ、これがゲームの世界だったらエクストラハードもいいところだろ……説明やデモがあったら絶対やらないゲームだわ)


 ソウタが異世界こっちに来てそこそこ経つ。夢ではないこと、ネトゲの中ではないことは理解している。むしろこれがゲームだったらクソゲーすぎて誰もやらないからだ。


(進みは遅い、一日のイベントが多すぎ、無駄なパラメーターがある。俺ツエーができないなんて三日でサービス終了だろ)


 久々に、この世界に関する脳内の愚痴が止まらないソウタ。


(まぁ、こういう糞ゲーに限って、無駄に大層なキャッチコピーを並べたりプロモーション動画でいい所切りして誇張するんだけどな)


 完全に異世界フリューメを糞ゲー世界だと認識している。


(あと有りがちなのは、簡単に退会できない、一部の廃課金者の言うことを聞きすぎて仕様と規約が知らないところでバンバン変わるって……)


「あっ!」


「何よでかい声出して。ビックリするじゃない!」


「メイ! 契約だ! 契約しよう!」


「何をよ? 何で? 何で? メルピアなんか急ぎみたいだから契約書持って……」


 ソウタの勢いにとりあえず契約をしようとするメイ。ソウタが暴走する時は色々困っても最終的にはメイやアルモロみせのプラスになることしかなかったからだ。


「バカ、違うって!」


「何が?」


「契約で縛るんだよ」


「何を? 誰を? 奴隷商?」


「客だよ!」


「えっ?」


「客を契約でガチガチに縛っちゃえばいいんだよ」


「いやいやいや、流石にマズくない? たかがお茶屋だよ?」


のお茶屋な!」


「それはオーバーに言い過ぎでしょ?」


「あの外観で?」


「……王宮全体とは違うでしょ……」


「あの外観で?」


「チッ! それ禁止!」


「じゃぁ、こんな有り得ないスピードでで着工されてるのに?」


「……だから、王室の人とは別でしょ!」


「そりゃぁ、お前の言い分だろ? でも、御本人様は方角も含めて実際に王宮から来てる人でしょ?」


「……それで、王宮に……むしろ王室に迷惑がかかったらどうするのよ?」


「それ自体も契約で縛ればいい」


「悪徳業者じゃん」


「ギリギリのラインを攻めてこそだろ!」


「どこのよ?」


 因みに、ソウタが『あっ!』と叫んでからココまでのやり取りは一分以内にされた会話だ。


「ソウタ様、お嬢様色々物騒な会話になっておりますが、一旦休憩というか食事にいたしましょう」


 メルピアが状況を見かねて話を断ち切る。


「そうですね。可能性が見えてよかった!」


 勝手に自己完結しているソウタ。


「むしろ考え事が増えたわよ……まぁ、いいわ。メルピア申し訳ないけどタンボ達を呼んできてくれる?」


「承知いた――」


「私が行ってまいります」


 メルピアと一緒に食事を運んでいたハームスが自ら声をあげる。


「じゃぁ、ハームスお願いね」


「承知いたしました」


 ハームスはメイの許可を聞くと、タンボ達を呼びに外へ出て行く。


「お嬢様、ソウタ様、ちょっと自重されてください! 私達は状況を知っていますが。やれ王宮だの王室だの刺激が強すぎますよ!」


 メルピアはハームスが外に出た事を確認すると二人に注意を促す。


「遅かれ早かれだってば。どこかの誰かさんがアレを勝手にするより百倍マシでしょ?」


「原因の半分はメイおまえだけどな! しかもあの人はお前の――」


「だから、もう二人共……」


「すいません。自重します」


 メルピアの殺気を感じたソウタは声を落として謝罪をする。


「お嬢様もですからね!」


 ――――


(何なんだ。私の主人は、何なんだ。あの女の子は……)


 ハームスは頭にある疑問符を必死で考えないようにしていた。


 集中や緊張をすると勝手に魔力が漏れて身体強化をしてしまう癖で、今まで誰も買ってもらえなかった。

 小さな頃は、どんな人に買われるんだろうとワクワクしたこともあったが、自分の癖で奴隷商の中でも『売れ残り』の烙印を押された。


 自分の主人が年下になる事なんて考えなかった……ありえるとしたら小金持ちの年上に慰み者として買われる事も覚悟していた。それでも仕事がある分マシだと……人として誰かに必要とされる存在になることを夢見ていた。


(どうして、私なのだろうか? どうして奴隷でないといけなかったのか?)


 先程、自分の主人の会話を軽く咀嚼するが、どう考えても王族や王宮が関わっている……


 というか知らないうちに王都の外に王宮があった。(小さいが)


 その小さい王宮に自分の主人が確実に深く関わっている。


 どう考えても、貴族にすがりたい、ちょっと金持ちが対応する事であり、売れ残りの奴隷が対応するものではない。


 そもそも、あんな建物を建てて不敬罪に問われないのがおかしい。


 正直、あの試験もおかしいと思っていた。今まで色々な試験を見てきたがあんなのは初めてだった。


(犯罪者とまではいかないが、反社会性力ギリギリの主人なのだろう……)


 それでも『人の役に立つのであれば……』と、ハームスは自分の運命を受け入れ同郷のフルリオとタンボに食事を伝えるべく迎えにいくのだった。


 ――――


「お待たせいたしました」


 タンボを先頭に会議室に戻る三人。


「意外と時間がかかったわね」


 メイがタンボに質問する。


「いえ、片付け自体はそこまでかかっていないのですが、フルリオから色々と質問が……」


 明らかにタンボが答えにくそうにしている。


「あー。ソウタの荷物がそもそもね……」


「いえ、そうではなくてですね。そのどうして自分が選ばれたのかと……」


「あー。そっちね!」


「あと、本当にお茶が毎日飲めるのかとか……」


「そこ? 嘘つく必要ないところでしょ?」


「いえ、本当に失礼しました!」


 当のフルリオが顔を青ざめながらメイに謝罪をする。


「大丈夫よ。もっと美味しいお茶を作らなきゃいけないから」


「な? 言った通りだろ?」


「は。はい……」


「――なんかタンボに怯えてない?」


 なんとなく声が小さくモジモジしているフルリオを見てメイが質問する。


「そ、そうではないのですが……タンボさんがエリートすぎて自分が大丈夫なのかと……」


「タンボ何したよの?」


「はて?……特に……」


「まぁ、いいわ……とりあえず。お昼ご飯にしましょう」


 メイはここで聞くのは得策ではないと判断し、昼食を促した。どうせ後でソウタがヒアリングするのが分かっているからだ。


「あの……ソウタ様、本当にこちらで全員同じテーブルで食事を取るのでしょうか?」


 メルピアが並べていた配膳途中の位置を確認してハームスが質問する。


「うん? またそれかー。メルピアさんとかも気にしてるよなぁ……」


「それは、お嬢様とソウタ様がであって通常主人あるじと従者が同じものを食べるのでさえ避ける事が多いのに関わらず、食べる時刻も同じで、同じテーブルを囲んで食事する事は有り得ないのです」


「はい、はい。だから私なりに気を遣って私とソウタの横を二席開けて配膳しているじゃない?」


 そうなのだメイは先ほどのお茶の件もあり一応気を使って奥側の席順をメイ、空席、空席、メルピア、タンボの順に、手前側の席順をソウタ、空席、空席、ハームス、フルリオという順にしていたのだ。


「そういうこと、個人的に作りたての飯は大勢で食べた方が美味しいと思うよ?」


「しかし……我々奴隷とメルピア様、タンボ様と身分が……」


 恐怖からくるものなのか、納得いかないのかハームスはソウタに対して食い下がる。


「ハームス。メルピアが本当にそんな事思っていたらこんな位置に置かないわ。タンボもそのように思っていたらフルリオに別の場所で食べるように促すでしょう? これが私達の答えよ」


「は、はい」


「ハームス、フルリオ、ココでは奴隷商で習った常識が通じないが、これが我々の主人なのだ。主人の特性を知って柔軟になること。それが一番大事だぞ?」


 タンボのありがたい御高説に「分かりました」と返事をした二人は、緊張した面持ちで用意された席に座るのであった。

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