第89話 オリエンテーション

「なぁ、メイ。この子達って俺と同じテーブルに座ってもいいのか?」


 王都を出てアルモロ王都店の裏にある、拠点に戻った一同はそのまま会議室へと入っていく。


「それも貴方が決めなさいよ。タンボ。メルピアを呼んできてちょうだい」


「承知いたしました」


 流石に疲れているのか、面倒なのかソウタへの対応がになるメイ。


「うーん。じゃぁ、君たちは俺の隣に座ってくれ」


「「承知いたしました」」


 ソウタがいつものようにメイの対面側に座ると、ソウタの隣にハームス、その隣にフルリオという順で座る。


「あと、ここは何を話しても大丈夫だし、質問があれば都度聞いてくれ……まぁ、俺に分かる事でしか答えられないが」


「「承知いたしました」」


「ソ、ソウタ様」


 早速、ハームスが口を開く、やや声が裏返っているのは緊張からだろう。


「はい? なんでしょうか?」


「私達を買っていただきありがとうございました。特に私は年齢的に――」


「――ハームスさん。申し訳ないが、俺そういう堅苦しいの苦手だからお礼はしなくていい。で、さっきまでの言動で分かると思うが俺は常識がないので目の前にいるメイ。彼女はノスファンという町? 村? でお茶屋を経営している言うなれば一番偉い人。一緒に来たタンボさん、もうすぐ来るメルピアさんはメイの従者。俺は……なんだろう……」


「私の従兄弟でしょ? そしてノスファンは町よ!」


 ノスファンを『村』と表現したことでメイの視線が鋭くなるがそのまま話を続ける。


「そうそう。従兄弟で店を手伝っている感じ。んで、あって王都にお茶屋の支店? を出す事になった感じ。もし俺が不在の時や、やる事がなくなったらメイやメイの従者の言う事を聞くようにしてくれ」


「承知いたしました」


「メッチャ端折ったじゃん」


「うっさいな! 俺だって――」


「お待たせいたしました」


 いつものようにメイとソウタの言い合いが始まる直前、タンボとメルピアが入ってきた。

 ただ、それと同時にハームスとフルリオが椅子から立ち上がり「お世話になります」と声を合わせてメルピアに礼をしたのだった。


「はい、よろしくお願いします」


 メルピアはにこやかに笑っているが、タンボはハームスとフルリオを見て少しだけ怪訝そうな顔をしている。


「タンボ。そんな顔しないの。二人はソウタ様の担当でしょ?」


「そうだが……」


 メルピアがタンボに対して説得? をする。


「え? 何か問題が?」


「ソウタ様、やはり我々がこの椅子に座ることがおかしいのです。通常奴隷であれば主人と同じ席に……」


「――ハームスさん。さっきも言ったが俺が良いと言っているからいいんです。とりあえず二人共座ってください。あとタンボさん二人が俺の隣に座っているのは俺が言ったからです」


「「「承知いたしました」」」


 タンボを含め、ハームスとフルリオが返事をする。


「ほら。やっぱりソウタ様ですからね、そういう事だろうと思いましたよ」


 メルピアはその様子を温かく見ていた。


「本当。座る位置なんてどうでもいいのよ。それよりメルピアお茶を全員分お願い……」


「はい。承知いたしました」


 メルピアは返事と共にキッチンの方へお茶の準備に向かい、タンボはドアの前に護衛として立ち続けている。


「なぁ、メイ。この子達がお前とタンボさんやメルピアさんみたいな関係になるにはどうしたらいい?」


「そんなの。分かんないわよ」


「はぁ?」


いて言うなら、とりあえず、私がやりたいように都度その場でどうしてほしいか伝えたくらいかな? でも、最近はあんまり言う事ないのよ」


「なるほどな」


(女王様じゃねーか)


 心の声と相槌をほぼ同時に行い、参考になることが少ないと思っていると。


「まぁ、お嬢様に関してはカート様が書いたマニュアルがありますので……」


 タンボが衝撃の事実を告げる。


「ちょっと。タンボ私が面倒くさい人のように言うのはやめて!」


「いえ。そういうつもりでは……ただ、お嬢様は我々と距離が近すぎるのです。もっと立場を考え……」


「――そいうのは外にいる時だけでいいの。何度も言ってるでしょ?」


「しかし……」


 タンボが何かを言いたそうに目線がハームスとフルリオに向けられている。


「あー。ハームスとフルリオが外の人かどうか? って話ね。ソウタには聞いてないけどウチの店のメンバーと同じ感じでいいわよ。きっとソウタもそっちの方が楽だろうし。ね、でしょ?」


 メイがソウタに視線を向ける。


「なるほど。理解した。タンボさん気を遣ってくれてありがとうございます。メイの言う通りこの二人は店のスタッフと同じように接してください。俺も堅苦しいのは嫌いというかできないので、もちろんでは頑張るつもりですが……」


「承知いたしました」


 タンボがソウタに向けて頭を下げる。


「ただ。ソウタ一つだけアドバイスしておくと。例え年上であっても自分の直の従者になる者へ敬称をつけるのは辞めなさい」


「え?」


「そうです。本来であれば私やメルピアに対しても敬称をつけるのは辞めていただきたいのです」


「マジで?」


 ソウタは丁度お茶を運び出したメルピアに視線を移すと、それに気づいたメルピアは小さく首を縦に振る。


「ソウタ。周りからの目を考えなさいよ。例えばアルモロのオーナーは私でしょ? でもタンボの方が年上よね? もし私がタンボに敬称をつけて接していて、そこだけを見た取引先の人はタンボに先に挨拶をするかもしれないわ」


「そうだな……」


 正直『さん』と『様』だけでも印象違うよなぁと心に思いつつもメイの続きを待つソウタ。


「分かってないみたいね。例え従者と言えども店の経営など主人あるじのみが知れば良いことなんてのは沢山あるの。本来主人に行くべき情報が従者に行ってしまってそれが悪用されたら? もしくは従者がトラブルに巻き込まれたら主人としての責任はどう考えるの?」


「確かに……」


(メチャクチャ面倒だな……)


「もちろん、主従関係としてお嬢様のように緩い……めちゃめちゃ緩い……すごーーーーく稀な方もいらっしゃいますけど、それでもあっても従者である我々は年齢に関係なく主人や主人と同等の方などから敬称をつけてもらうのはありえないことなのです」


 メルピアがお茶を運びながら、メイへの愚痴を兼ねたように説明を補足する。


「実際問題、挨拶の順番や着席順とか貴族とかその辺の対応のマナーって凄く面倒なのよ」


 メイはメルピアから運ばれてきたお茶に視線を移しながら自分の身の内を話し、再びソウタに視線を向ける。


「だから、せめてハームスに対して『さん』をつけるのは辞めておきなさい。たった敬称を付けるか、付けないか? で彼女を余計なトラブルに巻き込むことになるかもしれないのよ? それが常識なの」


「分かった」


「まぁ、勘違いされて拉致られても誰も主人を責めるものはいないと思いますが……」


 タンボがフォローをする。


「私からも言おうと思っていたのですが、申し訳ございません」とハームス自体もソウタに向けて謝罪をする。


 悪いのは自分なのに早速ハームスに謝罪させてしまい、主人としての難しさを感じるソウタ。


「ということで、タンボも座って一緒にお茶にしましょう」


「承知いたしました」


「因みに我が家では内部の者だけがいる時に出されたお茶は、主人が手をつけてなくても自分のタイミングで飲んで良いことになっているわ。お茶は美味しい時に飲んでほしいからね」


「なるほど!」


「そうは言っても、みんな余程の事がないと私やお父様より先に手をつけないけど……」


 確かに、仕事でお茶を出された際も「どうぞどうぞ」と先に飲む事を勧められるし、偉い人から手をつけてから一般社員が手をつけるというのは存在したのでソウタの中では合点がいく事が多かった。


(まぁ、ビールのラベルの方向を……みたいなのまであったら嫌だけどな。ただ、貴族がいる世界だからあるのかもな……)


 メイの横にメルピアとタンボが席に着くと二人もお茶を手にする。ハームスとフルリオも二人が飲んだ事を確認してから「いただきます」と小さい声を出すとお茶を口にした。


「――っ、美味しい!」


 フルリオが茶色の目を大きくして感想を告げる。よく見ると茶髪に茶色の目をしていたのだと気づいたソウタ。


「お嬢様が選んで、管理して温度まで決めていますからね。こんなお茶は王宮でも簡単には飲めないと思いますよ」


 メルピアが自慢気に二人に伝える。


「私も、初めて飲んだ時の衝撃は忘れられません。しかもこれが毎日というか毎回ですから……」


 タンボも嬉しそうな表情をしてマグカップに注がれたお茶の水面を見つめる。


「ま、毎回このようなお茶を?」


 ハームスも驚いたようで心の声に出すべきものが口から出てしまう。


「そんなの、お茶を家業にしているのなら当たり前でしょ?」


「お嬢様、普通は……私もかなり旦那様やお嬢様、ソウタ様に毒されて普通を忘れましたが、従者と同じものを飲んだり、食べたりはいたしません」


 タンボがメイに食い下がる。この辺りは新人二人への牽制もある気がしているが本当の意図は分からない。


「私とお父様をソウタと同じ括りにしないでほしいわ!」


「いや、それは俺のセリフだろ! 第一、俺が皆さんに何かお茶を出した事ないはずですよ?」


「ハーブティー……」


 タンボが小さく呟く。


「は?」


「クッキー」


 タンボの真似をしてメルピアが呟く。


「は?」


「ソウタ、昨日あなたが私達に何をしたのか、考えてから発言しなさいよ?」


 メイがいつものイタズラっ子の表情でソウタを見つめる。


「不可抗力だろ……」


「まぁ、お嬢様に仕えている私が言うのもアレだが、二人はソウタ様に買われたのだ。それは……多分、いや間違いなく現実とは思えない体験をする………………良い意味で」


(今、最後に『良い意味で』を無理やり足したろ……)


「ただ、従者になった以上。自分の主人にできる限り尽くす事だけは忘れないように。そうすれば――」


「タンボ、ソウタ様といればいずれ気づくことだし、今更従者のアレコレを言わなくてもきっと分かっているはずよ」


 メルピアがタンボの演説をストップさせる。やはり、新人に対して教育をする所があったようだ。


「さて、人数が増えたところで部屋割りや着替えなんかも色々考えなければならない事が増えたわね」


 確かに、この会議室は八人程度座れるようになっているが、既に六人いる状態で人数の多さを感じる。


「私とメルピアが同じ部屋で寝る事にして……ハームスとフルリオが同室、タンボとソウタが同室で良いかしら?」


「全くよくありません!」


 ソウタがOKと言おうとしたところ、タンボから強烈な反対意見が出た。


「だって、それが一番じゃない? そもそも昨日ソウタのやらかしで一部屋ドアが壊れているのよ?」


(いつの間にか俺のやらかしになっているが……)


「はい、承知しております。ですが。使えないわけでないです。早急に修理をすればよいですし」


「うーん、ソウタの部屋だったところの修理ができても空き部屋は全部で四つよ? 人数が合わないわ」


「ですので、ソウタ様とお嬢様は一部屋お使いください。私とフルリオが相部屋、メルピアとハームスが相部屋で良いと思われます」


「えー。今日来たばかりの二人を分けちゃうの?」


「はい」


 メイとタンボが勝手にやりとりをしていてソウタが入る隙がない。そして他の様子を伺うにタンボの意見に賛成のようである。


「お嬢様、私もタンボに賛成です。先ほどソウタ様にお嬢様が言ってらっしゃいましたが、もし、王宮から来客があった際にお嬢様と同じ部屋である事を知られた事を考えてください」


(なるほど、すごい説得力あるなメルピアさん)


 ソウタの横では、ハームスとフルリオが『王宮』という言葉に動揺している。


「そんなの気にするかなぁ?」


「「気にします!」」


 部屋割りはタンボとメルピアに押し切られた型でメイが折れる事になった。


「その代わり、明日の午前中までにドアの修理をなんとしなさい」


「承知いたしました」


「というか、そろそろお昼ご飯の時間ね。一旦ご飯を食べてから、メルピアと新人二人は生活品の買い物に行きなさい。タンボはドアの修理の手続きしてもらって方がいいかしら?」


「そうですね。お嬢様とソウタ様を残して行くのはいささか不本意ですが、この部屋にお嬢様がいてソウタ様二人だけとなると変な事にならなければ良いなと……」


「変な事ってどうことですか!」


 まるでソウタがメイを襲いかねないような言い方に強く抗議するソウタ。


「そうよ、私がソウタ如きに襲われるとでも?」


 メイもメイで魔力が一にも満たないソウタに襲われるなんてことはありえないと思っている。


「い、いえ、そういう意味ではなく……正直、昨日のような事が起こるとお嬢様やソウタ様がよくても周りが困惑するのです」


 そう言って、タンボはステータスカードに目をやる。


「「――っ……」」


 タンボの目線で察する二人。


「分かりました……ただ、新人の前で誤解を生む表現は避けてください」


「そうよ。従兄弟同士で変な印象持たれても困るもの……」


「お嬢様大丈夫です。この二人もお嬢様とソウタ様の側に就ていれば、タンボの言葉の意味を身をもって知る事が来ますから……」


 メルピアは何かを思い出したようにそう告げ一瞬遠くを見つめると椅子から立ち上がり昼食の準備に取り掛かった。

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