第88話 アーティキュレーション
「あの店員は何に気づいたの?」
「あのな。口笛って基本は息を吸う時に音を出すのよ。でも最後に俺がやったのは同じ音程、音程っての音の種類だと思ってくれればいいんだが、息を吸いながら音を出したわけ」
そう、ソウタは一番最後の音を口笛の『吸気奏法』でファ(F)の音を出したのだった。
「……それが、何に繋がるのでしょうか?」
「うーん。これから音楽を表現する際に同じ種類の音でも色々なやり方があって、それで世界観を出すんですが……ぶっちゃけこの聞き分けができたからと言って大半の人はそんなに重要ではないんですよ。でも、今後を考えると少しでも音に敏感で違いが分かった方が楽な時があるんです」
「なるほど、傷口だけでどういう剣を使ったか分かる! というような能力ですね?」
「かもしれません……」
タンボが目をキラキラさせて『分かった風のオーラ』を出すので適当に答えてしまうソウタ。
「でも、それは他の子も気づいているのに言わなかった可能性もあるでしょ?」
「まぁな。魔法でメイのように小指を曲げるのがズルってのも分からなくもない、でも俺からすると亜人などで元から聴力の能力が高いのと変わらないんだよ。そういう能力とは別として……それこそこっちが一切言ってもいない音の出し方の違いを……自分が対象外と分かっていながら違和感について伝えること、それって盗聴器や身辺警護において……危機管理能力の低い俺にとっては結構大事なことだと思ったんだよ」
「――理由は分かったわ……」
「まぁ、俺個人としては音楽は気張って聞くもんじゃないって思っているし、メイの言うように年齢的な問題で言えなかった子もいる可能性も全然あると思う。絶対に店員の人じゃないといけないという訳でもないから茶髪の子でいいよ」
これはソウタの本音であった。護衛という観点を除いては音楽という点でも音感やリズム感はある程度鍛えられるものであるし、足の速さなどと違って先天的な才能だけで音楽の優劣がつくものではないと思っているので、店員であろうと茶髪の子であってもどっちでも良いというのが心情だったからだ。
「あまり待たせても冷やかしだと思われますし、一旦店の方に戻りましょう」
タンボに促され、三人は奴隷商の元へ向かった。
――――
「いかがだったでしょうか?」
最初に対応してくれた低身長の男性が声をかける。
「一応決まりはしたけど、価格を見せてもらえるかしら」
「承知いたしました。こちらになります」
店長らしき男は
「うん、問題なさそうね」
「契約の方はこちらで行いますか? それともご自身でいたしますか?」
メイは暫く目を瞑って考える三秒ほど考え事をすると目を開ける。
「うーん、そうね契約の前に、私達を案内した子。あの子はいくらになる?」
「「はっ?」」
店主と俺の声が
「お客様、先程のとはハームスのことだと思いますが……あちらに控えている者のことでよろしいでしょうか?」
店主が改めて聞き直すが、奥にいるハームスと呼ばれた女性も驚きを隠せないでいる。
「そう、それで問題ないわ。この
「その……ハームスは年齢が……」
「こちらが良いと言っているから良いのよ」
店長のアドバイスなど『いらない』という感情を見せるメイとは逆に『マジかよ?』という困惑の表情を浮かべるソウタ。
「で、ハームスを買うから契約のことくらいオマケにしなさい」
「今後も贔屓にしていだけるのでしたら……」
店主も引かない。ソウタの中でたかだが契約くらい大した値段にならないだろうと思っているがココは固唾を飲んで見守るしか無い。
「これから言うことは私の独り言だけど……」とメイは呟くと、視線を王宮の外の店がある方に向けた後に故意にため息をつくと「これから人手が全く検討つかず大変になりそうだわ」とやや小さく呟き店主の商売魂を焚き付ける挑発をする。
それを見た店主は少しだけ口角を上げると覚悟を決める。
「――早速契約に入りましょう。もちろん契約代金込みで対応いたします。尚、契約の内容については我々は関与いたしません。契約後に生じたトラブルについてもお客様の方の責任となることをご容赦ください」
何かを勝手に察した店主は、契約に入る覚悟をしたようだ。
「分かったわ。因みに本人と店との契約の破棄はいつされるのかしら?」
「そちらについては新しい
メイは店主の言葉に軽く頷くとタンボから財布を受け取り、店主に促され奥の会計用のテーブルの方に消えて行った。因みにタンボも護衛役としてメイに従ってついていってしまい自然とソウタ一人が残された状態となってしまった。
(ついていくべきか分からなかった……それより、マジでメイのやつどんだけ経験してんだよ?)
もちろん、お茶屋の経営において契約をすることはあると思うが、現在ソウタの目の前で行われていることを文字にするのであれば『人身売買』そのものである。それを大人相手に堂々と値切りまでやってのける胆力は持ち合わせていないし、身に付く気がしなかった。
そんな事を考える事五分程度だろうか、しばらくして該当の店主とメイ、タンボの後ろに
(つーか、奴隷の二人は着替えしていたのか……)
店側のサービスなのか、もう商品ではなくなったという証なのか分からないが、茶髪の
「なんで来なかったのよ?」
「いや、呼べよ」
そんなメイとソウタのやりとりを尻目に、タンボが魔法契約時に使ったような魔法のペンとインクを取り出している。
「これこれは、見事な
奴隷商の主人がタンボの取り出したペンを見て感想を告げる。
(うーん。これもゴマすりなのか、本音なのか全く分からん)
「詳細な契約は今後更新するとして、ソウタの署名が必要になるわ。ここに記載してもらって良いかしら?」
「あ、あぁ……」
メイと初めて魔法契約を交わしたことが脳裏に浮かび、
ソウタの署名が終わりタンボが契約書をしまうとメイが「とりあえず一度戻るわよ」と声をかける。
「では、またの来店をお待ちしております」
店主はが頭を下げメイ達一向を見送った。
――――
「ふぅ、何度やっても慣れないわ……」
王都の外に向かいながらメイはため息をついた。
「いえ、お嬢様立派でございましたよ」
「はいはい、こういうのはカートかお父様に任せるのが一番なのよ」
「いや、俺も素直に凄いと思ったぞ?」
ソウタは素直に感想を伝える。
「ソウタは、そもそもあのような場が初めてでしょうに、お父様とかの交渉術を見たら私のなんて話にもならないわよ」
「マジか……」
「で、フルリオとハームスと言ったわね。分かっていると思うけど貴方達の主人は、コッチのソウタよ。色々事情があるからそれは王宮の外にある私達の家……店……違う……うーん、拠点。そう拠点に着いたら説明するから、それまでは黙ってついてきてくれる?」
フルリオとハームスはメイの圧に負けたのか、三人のうちの実権を握っているのがメイだと本能で感じたのか首を縦に振って素直に従った。
「素直な子でよかった!」
二人の返事に無邪気な感想を言うメイであるが、ソウタは明らかに年上のハームスに対しても『子』という表現を使うメイに対して小さな違和感を持ちつつも、なんとなく『文化』であると考えそのままスルーした。万が一おかしければタンボも注意するだろうと思ったからだ。
(自分の名前がスラっと書けるぐらいで喜んでたら、文化に慣れるなんてのはまだまだ先だな)
「いやーしかし、ソウタも奴隷が二人もつくようになるとはねぇ……」
「仕方ねーだろ。というか、こういう時ってまず服や食事を与えるってのが普通じゃねーのか?」
「はぁ、ソウタ。分かってないわねー。まず食事はメルピアが作った方が安全で美味しいでしょ? そしてタンボと貴方は男。着替え用の下着を男性と一緒に行く必要性あるかしら? まして観光で来てる訳じゃ無いし」
「……なるほど」
メイなりにちゃんと考えていることに関心しながらも自分の従者が異性である面倒臭さを既に感じてしまったソウタ。
(よく考えたら、衣食住全部考えてあげなければならないのか……しかも二人……せめて部下を持つぐらい地球で偉くなってればよかったんだろうな……)
「あと、この子達って全然喋らないのは俺が許可してないからか?」
別にソウタも無理して話したいとも思っていないが、流石にこの状態は良く無いと感じている。
「そりゃぁ、そうでしょ。本来であれば私が最初に色々話すのもあまり良く無いのよ?」
「そうなのか?」
「契約者は貴方でしょ? であれば、この子達に対して
「確かに……申し訳ない。でも自由に喋っちゃいけないってのは……」
「――あのねぇ、自分の主人が政府や特定団体の偉い人で素性を隠さなければならない人でした。そうじゃなくても仕事をしている以上どこにライバル企業がいるのか分からないわよね? その状態で契約者の名前を公共の場で呼んでいいと思う? 今みたいに歩いている時に『ご主人様の仕事は何ですか?』って聞いて良いと思う?」
ソウタの返しに呆れたようにメイが言葉遮って理由を説明する。
「――ごめんなさい」
そもそも
「大体、表立って従者を増やす事や減らす事も自体も一種のビジネスリスクでしょ? 『あそこの商店人員整理して人が減ったなぁ』と勝手な噂だけでも店って潰れるのよ?」
「お嬢様、言っていることは正論ですが、ソウタ様はお嬢様ほど店の経営には詳しくない訳ですし
メイのお説教モードに対してタンボが釘を刺す。
「タンボ。こういうのは、気づいた時に言ってあげた方がいいのよ」
「タンボさん、こればかりはメイの言う通りです。少なくとも俺とメイの間で変に忖度があるのはお互いに良く無いですし大丈夫です」
(人間怒られるウチが華とは良く言ったもんだ)
「そういうこと。まぁ、そういう事情も含めて一度メルピアの元に行くのが大事ってことなのよ」
「理解した」
「あと、フルリオとハームスに言っておくけど。ソウタと私の関係はどっちが下でも上でもないからね。勘違いしないように! そして了承の時は相槌じゃなく声を出しても大丈夫よ。ねっ。ソウタ?」
メイはニッコリ笑いながらフルリオとハームスの方を振り返るが、当の二人はソウタに視線を向けている。これは声を出していいかの権限をソウタが握っているからだ。
「あぁ」
ソウタの返事が聞こえた事を確認した二人は改めて、メイに向かい「「承知いたしました」」とだけ返答する。
まさか、会話だけではなく返事さえも自由にしてはいけないという概念がなかったソウタであるが、なんだかんだ契約をまとめ、表向きだけの理由じゃなく例を加えて都度教えてくれるメイの優秀さと優しさを感じながら王都の門へ向かう。
尚、王都を抜ける際には奴隷の主人として対応する事も全く頭になくメイやタンボから聞きながら、一同はメルピアの待つ拠点へ戻っていった。
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