第87話 適正テスト

「とりあえず五名ほどご用意いたしました」


 なんというのだろうか、決して死んだ目をしているわけではないが、今まで会った人とは何かが違う目をした子どもが連れてこられた。


「店主悪いが、選定に当たって少しだけ場所を借りたいのだが……」


 メイが気を使ってソウタの代わりに準備をしてくれる。


「裏手にありますが広範囲魔法などを使いますでしょうか?」


「えっと、ソウタ?」


 メイがソウタに尋ねる。


「あぁ、軽く体操するくらいだから魔法の類は使わない」


「では、こちらの者がお連れします」


 そう言われると、ソウタと同世代もしくはやや上の二十代前半くらいの女性が店の裏に案内される。想像と違いそこは地下へと繋がっており地下一階に十二畳程度の空間があった。


「じゃぁ、ソウタお願いしていいかしら?」


「お、おう……とりあえず全員が腕を広げて当たらない程度に広がってくれ」


 奴隷たちはソウタに言われたまま声を出さずに無言で広がる。


「ソウタどの私も加わっても?」


 タンボはその静寂などを気にしないようにソウタに質問する。ソウタの脳裏には久々に『脳筋』という言葉がぎるが変な緊張がある分、ちょっと助かった気持ちにもなる。


「じゃぁ、皆俺の真似をしてくれ。できなくても構わないが極力続けようとしてくれ。まずは左手、まぁ右手でもいいが片手で丸を描いてくれ」


 そういうと、ソウタは左手で空中に丸を書き続ける。奴隷たちはそのままソウタの真似をして各自が丸を描く、もちろんタンボも真面目な顔で同じ動作をやっている。


「分かった、一度その動作を止めてさっきと逆の手で四角を描いてくれ」


 そう言うと、ソウタは左手の丸の動きを止めると右手で四角を空中に描くようにする。それを見たタンボと奴隷たちも同じように真似て仕草を始める。


「うん、ここまでは全員できてるな。一度やめてくれ」


「ソウタ? 大丈夫なの? 流石に全員健康だと思うわよ?」


 メイが尋ねる。


「あぁ、ココからが本番だ。じゃぁ全員両手で丸と四角を綺麗に描くことを意識しながら同時にやってみてくれ」


 全員と言ったのが不味かったのか、なぜかメイやアテンドしてくれた店員までやってくれる。


「え? 何これ結構難しくない?」


「だろ?」


「うぬぬ。綺麗にやろうとするのが難しいです」


 相変わらず奴隷たちは一言も声を発しないが、それぞれ眉を顰めたり、右手左手を変えながら挑戦している。


「……なぁ、メイ。もしかしてこの子達って俺が喋っていいと言わないと声を出さなかったりする?」


「そりゃぁ。そうでしょ」


「マジかよ!」


(どうっすかなー)


「じゃぁ、一人一人感想を聞いていくから、率直な感想を言ってほしい。んじゃぁタンボさんから」


「私は、さっき述べた通りしっかり描こうとするとやや難しさを感じましたが、慣れれば問題ないですね」


「ありがとうございます。因みに左と右を逆にしてもできますか?」


「やってみますね……」


 そう言うとタンボは左右を変えて挑戦する。


「如何でしょうか? 自分的にはできていると思うのですが……」


「そうですね、慣れてきたみたいですね。では左手の四角を書いているのを逆回りで書けますか?」


「お? おお? これは……うぬぬ」


「何これ面白い」


 後ろではメイがタンボに言ったリクエストを聞きながら同じことをやっている。


「なんで、お前がタンボさんに言ったことをやってるんだよ?」


「別にいいでしょうよ?」


「ソウタ様どうでしょうか?」


「あぁ、いい感じですね。では、四角と丸の始まりの位置が全て上から始まっているので、四角側を下から描くようにしてもらっていいですか?」


「はぁ……分かりました……」


 タンボは言われたまま挑戦する。慣れてきたのか最初はゆっくり確認しながらやるが一度動きを覚えるとすんなりできるようになっている。


「如何でしょうか?」


「流石ですねー。じゃぁちょっとだけ難しくしますよ?」


 タンボが思ったよりノリノリなので他の子のことを無視してソウタはタンボに次のリクエストを続ける。


「えっと、丸を書いているのを三角に変えます」


 そう言いながら、ソウタは左手で三角を描きながら右手で四角を描く。


「おおおお、これはちょっとさっきのより難しいですぞ? ソウタ様は余裕ですね」


「じゃぁ、タンボさんはそのまま続けてくださ……」


 ソウタが次の子を見ようと周りを見回した時、数名の子の目に涙が浮かんでいるのが分かった。


「因みに、これとは全く違うこともやるから、これができなくても問題ないと思ってくれ」


 無駄に全員に聞こえるように声を張るソウタ。自分がここまで子どもの涙に弱いは思わなかったが、無駄にフォローをしてしまう言葉を口にしてしまう。


「もし、これが簡単だと思った人は、右でも左でもいいが片方の足を上げ下げしてくれ」


 そういうと、ソウタは先ほどの動きに加えて右足を上下にして、その場でステップを取る動きをする。


「えぇ……なんでそんな簡単にできるのよ? ソウタの癖に……」


 後ろでメイの声が聞こえる……最後に言った言葉が気になるが一旦無視をする。そこからソウタは無言で各自がやっていることを注意深く観察する。因みにソウタが今やっているのは指揮者の気持ちを味わう手段として使われる頭と腕の体操を彼なりにアレンジしたものだ。なので通常は足踏みはしないが、ドラムやパイプオルガン、エレクトーンのような両手と足で違ったリズムをとるという事がどの程度できるのか? などをみている。


「はい、じゃぁ全員やめてください」


 ソウタがある程度見終わると何人かが軽く「ふぅ」と息を吐くのが分かる。尚、タンボが意外と頑張っていたのにソウタはやや驚いたのは秘密である。


「じゃぁ、次は両手を前にして指を開いた状態にしてくれ」


 そう言うと当たり前のように、店員さんとメイもやるがそのまま放置する。


「こうやって小指だけ曲げれるかどうか? やってみてくれ」


 そういうと、ソウタは両手の小指だけを曲げる。


「何、そんなの簡た……薬指がついてきちゃう……」


 メイがまた後ろで声を出しているが無視する。尚、指が6本ある子もいたが、とりあえず今は流しておく。


「ふふふ、お嬢様私は両手とも楽勝でできますよ!」


 やや勝ち誇ったようにタンボが右手をメイに見せつけている。


「ありがとう。じゃぁ次で最後のやつだ。全員俺が見えないように後ろを向いて目を瞑ってくれ」


 そういうと、一斉に後ろを向き目を瞑る。メイも当たり前のようにやっているが慣れたので放置している。


「今から、鳥の鳴き声のような音が何度かするので、聞こえたら手を挙げてほしい。そして聞こえ終わったら手を下げてほしい」


 そう言うと、ソウタは口笛をピューっと鳴らした。全員が手を挙げる。中にはピンと肘を伸ばす子もいれば、自信なさそうに肩の上くらいで挙げている子もいて申し訳ない気持ちが少しだけする。

 それを七回程繰り返す。


「ありがとう。じゃぁ次は最後だ、手を挙げる必要はないが、次に聞こえる音が先程出した音の何回目と同じかを各自考えてほしい。同じ音がないと思ったらそれでもいい。それぞれの答えを後ほど俺が個別に聞きにいく」


「――っ……」


 メイが何かを言おうとしているが、ソウタはそれを遮って口笛を三秒ほど吹く。


「目を開けてくれ。終わりだ」


「ちょっと、汚くない? 最後にそういう風にするって伝えてないとどんな音だったか覚えてないじゃない!」


 メイが強烈に抗議する。


「それじゃぁ、意味がないんだよ」


 ソウタはそっけなく答えると「じゃぁ、まずはメイからかな」と言い先程の答えを聞きにいくが、メイは全員に聞こえるように「覚えていない!」と開き直って答えた。


「次は、タンボさん。タンボさんは他の子に聞こえないようにして答えてください」


「は、はい……」


 タンボはそう答えると、ソウタと部屋の端に行き小さな声で自分の意見を告げる。ソウタはそれが終わると「次、そっちの子から準に俺のところにきてくれ」と告げると五人全員の意見を聞く。


「そっちの、お店の方もついでに教えてください」


 キョトンとした顔をした店員さんが自分の顔を指さしてソウタに疑問を投げかけるが、ソウタは頷くと同じように部屋の隅に来てもらって意見を聞いた。


「――ありがとう。これで俺からのチェックは終わりです。ココを使う必要はないけどメイとタンボさんとちょっと話をしたいので少しだけ時間をください」


「承知しました」


「分かったわ」


 メイとタンボが返事をすると、店員さんは子どもたちをまとめて地下室から出て露天街の方へ戻っていく。メイ達三名はそのまま露天には戻らず路上でソウタの話を聞くことになった。


「――で、いい子いたの?」


 開口一番メイが本題を切り出す。


「あぁ、まぁな……ただ――」


「「店員はダメ」よ(です)」


 ソウタが言い終わる前に、タンボとメイが釘を指す。


「え? なんで?」


 メイがタンボに視線をやると、タンボが眉を顰めながら説明をする。


「ソウタ様、あの店員はおそらく魔法を使っておりました」


「はっ?」


「たまにいるのよ。どうしても買われたいから、身体操作の魔法とかでステータスを一時的に向上させてズルする奴がね」


 メイが不愉快だと言わんばかりの顔で説明をする。


「しかも、バレないように魔力を薄く薄くして使っておりました」


「……」


 ソウタはタンボの話を聞いてしばし考える。


「――なぁ、それって何がダメなんだ?」


「「はぁ?」」


 タンボとメイの声が同調ユニゾンする。


「いや。魔法でそうやってやるのも工夫で、その人の能力の一つだろ?」


「いえ、ソウタ様それでよければワタクシタンボの方がもっと上手に早くできましたよ!」


「私だって、無理やり小指を曲げるぐらい造作ないわよ! ホラっ!」


 二人とも必死で何かをアピールする。特にメイは実際に両手の小指が曲がった状態を誇示するようにしているが、ソウタの頭の中には疑問符がいっぱいだ。


(うーん。金額の相談をしようと思っていたのに。違う方向に行ってるな)


「ソウタ様、そもそもあの店員は対象外だったはずでは無いのですか?」


「まぁ、そうなんですけど……じゃぁ、あの茶髪の子にするか……」


「理由を聞いても良い?」


 メイが両手を普通に戻して聞いてきた。


「まぁ、あの子が俺に一番忠実だったからかな」


「ソウタ様、心外でずぞ! 私だって先ほどはかなり忠実にしたつもりです!」


「あぁー。そのタンボさんもかなりイイ線いってたのは間違いないです。ないですが、俺が三角を書いていた時に微妙にパターンを変えていたんですよ。しかも足踏みの時も」


「「えぇ?」」


 ソウタは三角を描く時、わざと等速にしたり、シャッフルのリズムを入れたりパターンを変えていたのだ。


「まぁ、俺も上手い方じゃないし昨日タンボさんの部屋でかなり練習したんだが。これを少しの練習でできたのがあの茶髪の子なんだよ」


「わ、私のは違ったのですか?」


「タンボさんは全て等速でしたね。もちろん描いていた軌道はすごく綺麗でしたけど」


「き、軌道を見ていたのではないのですね……てっきり剣や盾の使い方の練習方法だと思っていたのですが……」


「全く違います!」


「なんか、ソウタって性格悪いよね」


 メイが目を細めてソウタに視線を移す。


「それは否定はしない」


「店のこと色々アドバイスくれた頃のソウタはどこに行ってしまったんだろう……」


「お前だって、大概の変わりようだぞ?」


「うるさいな。因みに最後の音の確か『口笛』よね? あれの正解は何?」


「あー。アレは三回目と同じなんだが。ちょっと吹き方を変えたんだよ。それに気づいたのは店員さんだけだった」


「「? ?」」


 タンボとメイが目を合わせてお互いに理解できないことを行動で示す。

 その様子を見て、ソウタは最後の音程クイズのカラクリを説明し始めた。

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