第86話 SES

「そうやって考えいても結論は出ないと思うわよ」


 メイはしばらくの間ソウタの長考を待つとおもむろに口を開いた。


「でも、事は急ぐだろ?」


「まぁね。ソウタみたいなタイプは一度現実を見てみるべきだと思うわよ?」


「なんだよ? 俺みたいなタイプって?」


「え? 一言で言うと一つの事だけしかできない、それ以外はビビリっていう感じ」


「……」


 ソウタは何も言い返せなかった。正にだったからだ。


「まぁ、私も似たようなもんだから言えるんだけどね」


 メイはニヤっと笑ってお茶を一口飲んだ。


「お前の肝の座り方は異常だろ? 俺と一緒にするなよ」


「あのねぇ、人を異常者みたいに言わないでよ?」


「まぁ、天然の人に『天然だね』って言っても気づかないからな」


「そうね、【祝福】をみたいにできる人が自分を異常だと思ってないみたいにね」


(クッソ! クッソ! クッソ!)


 やり込められてばかりで何も言い返せないソウタ。


「とにかく、ソウタに限らず大体の人に必要なのは経験なのよ。経験をすれば対応できるようになる」


「いや、奴隷を買う経験なんて日本じゃ無理だから」


「とりあえず、買いなさい。買ってやっぱりダメだと思えば、私が買うわ」


 直球で『買う』という言葉に人身売買=人としてダメだという常識が脳裏をぎる。


「うーん。買うかどうかは別としてとりあえず見に行くよ」


 正直、自分の事情を一番知っているメイが真剣にココまで進めるということは、それなりにメリットがあって必要なことだろうと自分の意思を丸め込む。


「あと、残念なことを先に言っておくわ」


「なんだよ?」


「年上は買えないと思いなさい」


「はっ?」


 メルピアさん推しなのがバレたのか思って反応に困るソウタ。


「実際、奴隷商にいるのは二歳から十二歳くらいまでが普通なんだけど、言葉を選ばずに言うのであれば年齢が上であるほど『売れ残り』で能力が低いのよ」


「……」


「実際十五歳くらいになると売れ残りというレッテルが貼られて、二十歳を超えている人は商品価値がほぼ無いと判断されているのよ」


「キッツイなぁ」


 ソウタの居たIT業界にもシステムエンジニアリングサービス通称『SES』というものがあるが、これはIT業界に馴染みのない異業種からの転職者や新卒で就職できなかった人を受け入れ自社研修をした上で、他のIT会社に新米エンジニアとして派遣するという仕組みなのだが、これのピンはね率や派遣先に提出する書類を無理やり紹介するという会社が多く、SESで一定のスキルを持った者は若いウチに派遣先などの会社にスカウトされ、SESの会社に残り続けている人は使えないというレッテルが貼られ、IT業界の闇の一つとも言われている。

 もちろん、ちゃんとしたSESの会社もあるのだろうが、それこそソウタの経験上SESと聞くと、ITに疎い人を自社で責任持たずに他に提供するという点で『キッツイなぁ』という反応をしてしまったのだ。


「ちょっと話は変わるが、孤児は皆奴隷になるのか? 孤児院みたいなところはないのか?」


「あるわよ。例えば赤ん坊は殆ど孤児院や教会などの宗教施設で育てる事が多いわ。でも、孤児院や教会なども財源が無限ではないからね。食費や管理費を考えると通過点として、アナタで言うところの孤児院の延長線上に奴隷商がある感じなのよ」


「孤児院の先に奴隷商……」


 にわかに信じられないが、これがフリューメここの常識なのだろう。もちろん、赤ん坊や小学生にも満たない子どもが餓死するような世界でなくてよかったとも言えるが、それにしても言葉だけで考えるとソウタには中々るものがあった。


「実際、俺と同年代とか二十歳くらいの人はどうなんだ?」


「それこそ、を売る方に切り替える奴隷もいれば、そのまま奴隷商の手伝いとしてあわよくば買われるチャンスを狙っている人もいるわよ。でもやっぱりステータスを見られるとね……」


「なるほどな、そこでステータスか……」


(結局、履歴書とか職務経歴書と一緒になるってことだな)


「もちろん。鑑定をする人も多いわよ?」


「俺には無理じゃねーか」


「だから、ステータスと言ったのよ」


「というか、鑑定とステータスカードって何が違うんだ?」


 ソウタは頭に浮かんだ一つの疑問を口に出した。


「鑑定はステータスカードで分からないことも分かる事があるけど、ステータスカードのように数字が分かるわけではないのよ。なので鑑定の能力が高い人は色々な人を鑑定しまくって、多分この人はこのくらいだろうというのを感覚で掴むわけ」


「おぉ……?」


「例えばステータスカードで力の値が101と102と50の人がいた時に50の人は101や102の人の半分くらいの強さの人というのは分かるけども、101と102の差が分かる人はいないと思うわ」


「あー。そういう意味の感覚か」


 もろに、戦闘漫画の『気』とメガネ型の『戦闘力感知機』と同じ仕組みだと言うので理解した。


「鑑定でも自分よりレベルや能力が上の人には鑑定が通じない事もあるし、ステータスカードにその人の性格を含めて全ての情報が表示されるわけではないから、あくまで指標にしかならないんだけども……」


「まぁ、言わんとしてることは理解した。ちょっと失礼な話だがカートさんみたいな年齢の人が奴隷としてっていうのはないのか?」


「さっき言ったように、教会のシスターや育成者として生涯を終える事が多いと思うわ」


(よく、小説ラノベでステータスが分かる描写があるが、ここまで能力が簡単に分かるのは人の価値が、そこに集中してしまうんだろう)


「俺が奴隷だったら確実に売れ残りで終わるな……」


 魔力が無いに等しいソウタである。明らかにスキル不足で買ってもらえる可能性は低いだろう。


「うーん、どうだろう研究対象として物好きが買いそうな気もするけどね……」


「それはそれで、怖いわ」


「とりあえず、明日は私も同席するから、奴隷商に行きましょう」


「了解」


 ソウタは奴隷商に行くことを約束すると、タンボが控えている自分の部屋に恐々と行き自分の部屋のベッドの布団とタンボの部屋の布団を交換するとタンボの部屋で就寝した。



 ――――


「明らかに寝れてない顔しているわね」


「まぁな」


 なんだかんだ、例の盗聴事件の事と奴隷という言葉が重すぎて、ほぼ寝付けなかったソウタ。


「私の部屋に何か不備があったのでしょうか?」


 タンボが真面目な顔で問いかける。


「いいえ。無駄に考え事が多くなっただけです」


 実は、寝れなかった原因の一つにタンボの部屋にあった武器であった。タンボの部屋には当たり前のように剣が置かれており『これで人を殺せるのか』という思いが一度頭をぎると、タンボとどう接していいのかさえ悩みの種になってしまったのだ。


「とりあえず、昨日のことがあったから朝食をとった後、ソウタの荷物は一旦会議室に全て移動してもらっていいかしら? その後奴隷商に行きましょう」


「OK」


 正直、現在のソウタは頭がボーっとしてるので考えることを辞めメイに『ただ従うモード』になっている。言葉だけで言うなたらある意味である。


「じゃぁ、行くわよ」


 無駄に張り切っているように見えるメイに従い、タンボとソウタは王宮へ向かう。メルピアは何かあった時のために留守番をするようだ。少しだけ残念な気持ちを残しつつも、ほぼ何も考えない状態で手続きを終えると王都内部まで辿り着く。


「やっぱりココか」


 思い返せば昨日王都を彷徨うろついた際にフラグはあったのだ。三人が辿り着いたのは昨日ソウタが買い物をした際に子どもたちが並んでいた場所であった。


「メイ、一つ昨日聞き忘れた事があるんだけどさ?」


「今更?」


「あのな、事の発端って俺を護ってもらう人というか、そういう意味で従者をってところだよな?」


「そうよ?」


「仮にというか殆どの場合、俺より年下の人を従えることになるわけだろ?」


「そうね」


「逆じゃね?」


「はっ? 何が?」


 メイは訳が分からないという表情でソウタに目線を向ける。


「お前はさ、タンボさんやメルピアさん、カートさんっていうの方ばかりだから、体力的にも上の人に護られてる状態だろ? 俺の場合年下の従者って微妙じゃね?」


「あー。なるほど……」


 メイが納得したような、してないような表情をする。


「ソウタ様、言葉を挟んで悪いですが、私を含め元々は旦那様の従者であります。なんとなく事情は察しますが年齢が下のものであっても亜人を含め人種によっては、力のステータスに特化したものもおりますのであまり年齢にこだわる必要はないかと存じます」


「なるほど……」


「大体、ソウタの理論で言うとアナタと私なら私の方が年下なのに魔力を含めて単純な戦闘力はだと思うわよ」


「……確かに」


「そうです。情けない話ですが、私の魔力はお嬢様に全く届きません。ソウタ様従者と主人あるじは単純なステータス値の問題ではないのです。むしろ絆というか裏切らないという精神性の方が大事な事もあるのです」


 武士道みたいなことを言っているが、なんとなく言っていることも理解できるのでソウタはそのまま受け入れる。まぁ、面と向かって年下の女の子にお前の能力は『全て下』と言い切られている状態は男として愉快でないが。


(かと言って今更『剣の素振り』や戦闘の練習をする気は全く起きないけどな)


 現代日本に生まれ落ちたことを感謝しながら二人に続いて奴隷商の中に入っていく。中と表現はしているが露店に近い形なので既に数人の子どもたち、つまり奴隷の視線を感じながら露店の主人を探すという状態なのだ。


「いらっしゃいませ。じっくりご覧になってください」


 四十代後半であろうか、頭髪に白髪が見えるやや低身長の男性が声をかけてくれた。


「ソウタ何か候補はあるの?」


「まぁな、ちょっと考えはしたよ」


「おお。そうなのですね。ソウタ様の選定基準! 少し興味がありますね!」


 珍しくタンボが興奮気味に言葉を発する。


(どういう意味だよ……)


「なぁメイ、ココってテストというか、こういう動作ができるか? みたいなのはやっても大丈夫なのか?」


「うーん。危害を加えるみたいなことじゃなくて『常識の範囲』であればいいんじゃない? っていうか、なんで小声なの?」


(普段コテンパンに言っている俺に常識を求められてもなぁ……)


「というかこう言う所だと小声にもなるだろ……」


 心の声と愚痴が続いて出てしまう。


「もし、私も参加できそうであれば参加しても良いでしょうか?」


「はぁ……」


「タンボはあげないわよ?」


 普段であれば『人を物のように扱うなよ!』とツッコミをしている所なのであるが、今からやろうとしている事が本当に『人をお金で買う』と言っても過言じゃないので逆に何も言えない状態になっている。

 一通り手前から奥まで行くと、多分獣人や亜人と言われる子どもがいるのだが一番驚いたのは、去勢の有無だろう。もちろんメイやタンボに直接聞いた訳ではないが、生物の『勘』として一部のエリアだけ去勢済みっぽい人がいるのを感じたのだ。


(まぁ、そういうのも色々あるんだろうな……)


 正直、これが現実でなければソウタもエルフ(いないかもしれないが)だ亜人だ獣人だと喜んでいると思うが『奴隷』という文字でずっと葛藤をしている状態である。


「もし、必要であれば全員のステータスをお出しいたしますが?」


「とりあえず鑑定に適した子を数名用意できるかしら?」


 ソウタに変わってメイが返答をする。


「他に年齢や性別、体格など希望はありますでしょうか?」


「ソウタ、何か希望はある?」


「性別は問わない、ただ年齢は十二歳から上がいい」


「承知いたしました、お待ちください」


 なんとなく暗い気持ちになりながらソウタは昨夜考えたテストを実行することを決めた。

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