第85話 忌避感

 魔法なのかタンボの剣術や体術によるものなのか分からないが「ドンっ!」(音階で言うとF#)と何かがぶつかるような鈍い音と共にソウタの部屋のドアが勢いよく開く。


「――ソウタ様その……」


 当たり前だがタンボが言葉を続けられずにいる。そうタンボ(と後ろにいるメイ)の目の前にいるのはギタレレで股間を隠したソウタがいたからだ。


「いや、その風呂に入っていまして……」


「そ、そうですか……失礼しました……」


 勝手に入ってきたのはタンボ達ではあるが、ソウタの今の状況は只の変態である。先程までのネガティブマインド状態とは違い今は羞恥心をどうにかするので精一杯だ。


「――と、とりあえずお嬢様もいらっしゃるので着衣をお願いしてもよろしいでしょうか? 我々はドアの……外に居ますので」


「あっ、はい……」


 お互いが見つめ合うこと数秒、タンボが行動を促すことでソウタは何故かをして風呂の方に戻る。ソウタの人生に新たなる黒歴史の一ページが増えた瞬間である。


 ――――


「お待たせいたしました」


 半壊(?)されたドアの方にやや大きめの声を出してタンボに状態を知らせる。


「改めて確認ですが、何か異常があったわけではないのですね?」


 タンボは左腰の鞘に収められた剣に手を当ててソウタに状況を確認する。


「は、はい。何も問題ありません」


 意識の違いだろうか、タンボの装備は今までと同じであるのにも関わらず、腰にある剣が『現実』としてあることを改めて意識してしまうソウタ。とは言え部屋に戻ってきた時ほどの動揺とは違い、今彼が感じている動揺はギタレレで股間を隠して対応した羞恥心の方が圧倒的に高い。


「それにしては、反応がなさすぎじゃない? 寝てたんじゃないの?」


 明らかに不満や不審がある声色でメイが後ろから声をかける。


「いや、風呂に入ってただけだって」


 通常のソウタであればメイの言っている『寝ていた』という理由を言う方が自然であることを理解できるのであるが、という『知られたくない事』を優先して正直に答えてしまう。


「だったらステータスカードでたずねて来たのが分かったんじゃないの?」


「――っ……ステータスカードなんて風呂入る時取るだろ?」


 決して嘘ではないのだが、風呂以外の空白の時間に対して。


「いや、ステータスカードは睡眠中や風呂でもつけているものだと思いますが……」


 タンボが不思議そうにソウタの疑問に対して返事をする。文化が違う以上仕方のないことではあるが、異世界フリューメにおいてステータスカードは肌身離さず持っておくものという習慣が強い。


「まぁ、無事ならいいわ……よくない気もするけど、取り敢えず入って良い?」


「あぁ」


 ソウタの返事を確認しタンボを先頭にメイの二人が入ってくる。


「ねぇ? ソウタあなた何をやる気でいたの? まき屋さんにでもなる気?」


 メイは二、三歩ほどソウタの部屋に入り部屋を見回すと散乱している荷物を目にして当然の質問をするメイ。


「んな、訳ねーだろ!」


「ソウタ様、お湯が作れないからと言って、こんなに大量に薪を買うなんてお湯であれば私に言ってくれれば……」


「タンボさん、違います。これは燃やた炭を使おうと思っていてですね……まぁ、俺の荷物はいいじゃないですか……要件はなんですか?」


「夕食よ、夕食! タンボが何度も貴方に届けに行っても、反応がないから何かあったかと思って私も一緒に来たの!」


「え? そんな時間になってるのか……」


「どんだけ、風呂に入ってたのよ?」


「俺の勝手だろ」


「何事もないのが何よりです。メルピアも心配しておりますので食事にいたしま……このドアは如何いかがいたしましょうか?」


 タンボが後ろを振り返ると半壊したドアと、次にメイが自分に対し問い合わせる言葉を予測し眉を顰める。


「タンボ直せる?」


「正直、屋敷と違い道具もなく今からセキュリティを考えて戻すのは少しばかり難しいかと……ソウタ様が問題なければ今夜は私の部屋をつかっていただいて私がこの部屋を使わせてもらう形がよいかもしれません……」


「そんな……」


 ソウタは『そんな申し訳ないですよ』という言葉を続けようと思ったが、盗聴器のことが頭をかすめると、どうしても言葉が続かなかった。


「いえ、壊したのは私ですし。ソウタ様は我々と立場が違います。そもそも従者が使った部屋をお使いいただくのさえ申し訳ないと思っているのですが……」


「立ち話もなんだから、とりあえず会議室で食事をとったらどう? あと、ちょっと今回のことを考えてソウタに相談したいこともあるし」


「私はこちらの部屋に盗人などが入らないよう監視しておきます」


 人としての申し訳なさ、また立場というものがピンと来ていないソウタは返答に困るが、取り敢えずメイに言われるがままタンボに頭を下げると会議室に向かった。


 ――――


「うーん……自信がない」


 食事を終えたソウタは悩んでいた。というのも、メイからの提案が「ソウタもそろそろ従者を雇った方がいいんじゃない?」というものだったからだ。


「ねぇ、自信がないってどういうこと? 『いる』『いらない』なら返答として分かるわよ? 自信がないって……」


 メルピアの入れたお茶を飲みながらメイがソウタに質問をする。


「いや、だって従者? というか『お付きの人』を俺が付ける姿が想像できんのよ」


「はぁ? 想像できるできないじゃないでしょ?」


「だって、どう接していいのか分からないじゃないか!」


「どう接するも、接しないもメルピアやタンボ、カート含めて屋敷の従者と接するのと同じでしょうが?」


 メイは理解できないという表情でソウタに対して質問をする。


「そりゃぁ、メイ《おまえ》は生まれた時から環境で育ったから当たり前だろうけど、俺の人生でそんな事が起こるなんて思ってもないだろうよ?」


 転生前であっても日本に限らず超絶金持ちやVIPであれば従者とは言えなくも『ボディガード』や『警備』というものはあったはずであるが、ソウタには全く縁のない話であるし、上司や同僚、後輩、家族・知人・友人という以外の関係性を持つというのが理解できていないのだ。


「じゃぁ、ハッキリ言うけどアナタ自分で自分の命を守れる自信ある?」


 今までで一番鋭い視線でソウタを見るメイ。


「……」


「魔法も……というか今のアナタは『魔力がない』状態と言っても過言じゃない上に、武術や剣術に優れていない人は他人に頼って生きるしかないのよ」


 ソウタは何も言い返せなかった、むしろあまりにもストレートに言われたことで心臓を鷲掴みされた感覚に陥ったのだが、メイは言葉を続ける。


「慰めでもなく、人に頼るのは恥ずかしいことでもなんでもないわ。勇者だってパーティを組むし魔王だって手下や幹部がいるのが普通でしょ? アナタが先ほど食べた食事だってメルピアが作っているんだもの」


 メイに促されるようにメルピアに視線を送ると、メルピアは何も言わずコクンと首を縦に振っただけではあったが言わんとしていることは理解できた。


「分かった、ただ従者を雇う? となると金額や住む所とか考えなければならない事が多いだろ?」


「そうね。食事などはメルピアが代行できるからいいとして、少なくとも王都やこの店周辺を歩くとなると最低でも警護してくれる人一名は必要だと思うわ」


「それならそれで、王都こっちに来る時に言ってくれよ」


「だって、誰もここまでなるって想定していなかったもの……」


 メイは軽くため息交じりに理由を伝える。それを見るとソウタもメイを攻める気にはならず従者を従えるという方向に向かって思考を切り替える。


「ぶっちゃけ、俺に付いてくる従者ってどうすればいいんだ?」


「そうなのよね。アナタの場合色々複雑だからねぇ……」


 メイはそう告げるとメルピアに退席を求めた。メルピアが部屋を去ったことを確認するとメイが再び口を開く。


「正直ソウタが従者を雇うはちょっと厳しいわ」


「だろうな」


 なんとなくだが、ソウタは理解していた。いくら異世界とはいえ従者を従える人というのは貴族などの格が高い者、メイのような金持ちが通常でありソウタのような身寄りのない一般人は無理だと思っていたのだ。


「俺が贅沢というかワガママ言わずに、こっちにいる間は大人しくメイに着いていくってのが無難だろ?」


「そうとも言えないわ。盗聴器の件があった以上相手が何人で、どういうタイミングで何をするか分からない状況なのよ? そうなると寝室も一緒にすべきだと思う」


「だったら、俺とタンボさん、メイとメルピアさんのペアで過ごすってのは?」


 ダメ元でメイに提案してみるソウタ。


「それも考えたのだけれど、どちらかと言うと私の方に警護タンボが必要なのよね……」


「寝る時だけっていうわけにはいかないのか……ん? よく考えたら、俺にも魔法使いと武闘家みたいな二人が必要になるってことか?」


「うーん、正直『形』だけを考えれば、攻撃能力よりも詮索能力とかそういうのに長けていればいいと思うのよ」


「詮索能力?」


「王都や王都近郊で伯仲堂々と拉致や殺人をする割合ってかなり少ないのよ。そうなると不要なトラブルを避ける能力に長けている人物を付ければいいんじゃないか? って思っているわ」


「というと?」


 RPGなどのゲームにいないポジションの話をされてイマイチピンと来ていないソウタ。


「ソウタの言う魔法使いや武闘家みたいな人を雇っても、相手がそれより強い人連れてきたらおしまいでしょ?」


「あぁ、確かに強さに上限がない場合、そもそも遭遇しなければいいわけか」


「実際、タンボも……まぁ、タンボの場合はちょっと特殊だけども基本的には彼も戦闘を好むより、戦闘を避ける方向に行動していると思うわ」


「なるほどね……」


 ソウタとしても不要な戦闘……というよりも戦闘そのものを避けれるに越したことはない。地球にいた頃TVなどで格闘技などを見たことはあったがでさえ目の前で見れるか? と言われるとキツイ。

 人が人をボコボコにして血を流すというのはTVやディスプレイ越しに見る非現実的な状況として捉えており、ましてそこに剣や武器が関わってくるのは『見たくない』というのが本音なのだ。


「でも、実際俺に付いてくれる人はいるのか?」


 正直、この話を持ってきた時点でお金の心配はしていない。多分アルモロみせの売り上げで俺の給料としてある程度は算段がついているんだろうと予測していた。ただ、自分のような身寄りがなく常識のない異世界人についてくれる人というのは、相当の代わり者か給料を高額にせざるを得ないというのが定石だろう。


「お金次第というのもあるけども、一番早いのは奴隷を買うことね」


(やっぱりか……)


 ソウタは心の中で呟いた。身元不明の金持ちが簡単に人を従事させるとなると一番簡単なのは奴隷になるだろうと予測していたのだ。


「メイ、正直に言うが俺が居たところでは奴隷がいないんだ。むしろ忌避きひされているんだよ」


「はっ? どういうこと?」


 メイは予想外という表情でソウタを見つめる。


「詳しくは俺も話せないが、俺の解釈で言うのであれば同じ人であるのに対して『可哀想』だからというのが大きいからだと思う……」


「可哀想? むしろ貰い手がない孤児がしっかり自分で生きるすべを得られる手法としては悪くないと思っているのだけれど?」


「少なくとも、俺が居た国では孤児の割合が相当少ないんだよ。もちろん俺の常識がフリューメここで通じないことは分かっているんだが……」


「一応言っておくけど、奴隷を従者にしても双方の合意なく虐待のようなことは禁止されているのよ?」


「虐待なんてするかよ!」


 声を荒げてしまうソウタ。この手に付き物なのはなぐさみ者としての性奴隷というのがあるのだろうが流石にそこまで落ちぶれてはいないし、もし彼女や妻と呼べる存在ができるのであればそれはお金ではなく恋愛で育むべきだと思っているのだ。


「落ち着きなさい。誰もソウタが虐待するなんて言ってないでしょう? むしろ、あなたが奴隷という言葉に対して差別的な意味合いで考えているから怒っているんじゃないの?」


「す、すまん」


 虚を突かれたようにハッと我に返るソウタ。


「自分でも言っている通り、フリューメにはフリューメでの常識というものがあるのよ。あなたの【祝福】の価値観が軽すぎるのもその差の一つだと言えるけども……私の価値観で言うのであれば一定のお金を持っている人が奴隷を従者にすることは一種の社会貢献として考えているわ」


「社会貢献……」


「まぁ、フリューメというくくりで話してしまったけど、もちろんソウタが想像しているような酷い扱いをしている人もいる。少なくともアナタが虐待に繋がることをしないという意志があるのであれば充分に検討する価値のあることだとは思うわ」


「……」


 頭に『奴隷』という言葉が重くのしかかったソウタは目を閉じて長考に入った。

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