第84話 ふるさと

「メルピア、タンボにもお茶の用意を」


「承知いたしました」


 なんとなく空気で安全を確認したソウタは、改めて自分の座っていた座席に戻る。


「まだ、人だかりはいるの?」


「いえ、店の方には王宮に出入りを目的にしている人が、たまに立ち止まって見ているだけでハンバ様がいらっしゃった時のような事はありません」


「そう……では、一息ついたら晩御飯の準備をしてもらおうかしら」


「そうですね。本日は王都の方に動くよりもコチラで召し上がるのが良いかと思います」


「しかし、どのタイミングでが仕掛けられたのかしら……」


 メイは机の上に転がっている魔道具らしき残骸を見つめながら思案する。


「なぁ、ココで話した会話って聞かれたと思うか?」


 ソウタは一番気になる事を口にした。【祝福】の意義がソウタの中でどうでも良いものだとしても、この世界の人にとっては非常に重要なものであることは理解している。そしてさっき話していた内容が漏洩していたとなると、ソウタの今後はかなり怪しいものとなる。


「うーん、言い切れないけど可能性は低いかなぁ……」


 メイは呑気にお茶を飲みながら答える。


「なんでよ?」


「だって、タンボが検知できなかったから」


「はっ?」


「明らかに悪意のある存在であれば、タンボが検知できているはずだもの」


 何を今更? という表情でソウタに伝える。


「隠蔽の魔法とかを使った可能性は?」


「タンボが検知できないくらいなら、こんなもの使わずに直接侵入するんじゃない?」


 ソウタの中でタンボのの精度が良く分からないので全く不安が払拭できていない。


「なんか納得いってない顔してるわね」


「いや、初めてのことで何も言いようがないんだよ」


 今まで生きてきて命の危険を感じる程の悪意を向けられた事がないソウタとしては、今起こっている事を理解できていない。ただ、タンボやメルピアが命を賭けて護ってくれたのも事実で決してタンボが無能だとは思っていない。


「多分、ついになる魔道具があって、それで盗聴しようとしたんだと思うよ。タンボもそう思うでしょ?」


 タンボはメルピアから運ばれたお茶を一口飲むと「はい」と小さく答えた。


「もちろん、あくまで可能性なのでゼロとは言えませんが、これらのテーブルを運んできた者の中に反体制派のような者がいたのかもしれません」


「私としては小狡こずるい貴族が、あの人の協力を得るためのような気もするけどねぇ」


「確かに、そちらの線の方が濃厚かもしれませんね」


 脳筋タンボがどこに行ったのか? というぐらいの会話にソウタは複雑な気持ちになっていた。


「そもそも反体制派ってのは何なんだ?」


「王族や貴族、もっと言うと自分より金持ちや権力のある人に対して気に入らない事があると、蹴落とすような事をする過激派の卑怯者の事といえば良いでしょうか?」


 タンボが説明をしてくれる。


「あー、まぁよくある話って感じのか」


「過激派って言っても、表立ってテロとか人質をとるようなことはあんまりなくて、奴隷を使って不倫させて失脚させたり、今回みたいに情報を盗聴なんかしてそれを売るみたいな事が多いって言う感じかしら……」


「なんか性根たち悪い感じするな」


「しょうがないんじゃない? 魔王と戦っていた頃なら、自分達の不甲斐なさの鬱憤うっぷんを魔物のせいにして晴らす事ができたでしょうけど、今の時代はそういうものじゃないし……」


 何かを達観したのか、悟っているように言葉を紡ぐメイ。


(こういうセリフ言うメイも転生してんじゃねーか? って思っちゃうんだよなぁ、まさか俺より年上だったりとかはないだろうな……)


「しかし、今日一日で色々ありすぎだろ……」


「それを言いたいのは、メルピアとタンボだと思うわよ」


「俺だってこんな事になるなんて思ってねーよ。自分なりに色々大人しくしていたつもりだったのに」


「色々ねぇ……もう、今日は夕食を取って明日色々話しましょう。とりあえず体調なのか精神なのか万全の状態にしておくことを第一にしましょう。メルピア各自部屋に持ち帰って食べれる食事を用意できるかしら?」


「はい、そんなに豪華なものは用意できませんが」


 ソウタとのいつものやり取りができるようになったと言っても、メイの元気はゼロに近いようで、まだ夜までに時間がある中となった。


「ソウタ、くれぐれも外に出ようとしないように、店側に行くのも禁止よ!」


「分かってるよ。俺もギリギリなんだって」


「では、ソウタ様お部屋へお送りいたしますので、お願いいたします」


 あんな事があったからだろう、タンボとしては当然なのかもしれないがソウタが自分の部屋に行くにも付き添ってくれると言う……『偉くなったものだ』と勘違いはしない、盗聴の魔道具の件があって恐怖の方が強いからだ。

 正直、みんながいるから大丈夫だったが、全身の筋肉が緊張しているのが自分で分かるくらい恐怖を感じていた。


(こんなに命の危険を感じるなんてガキの頃に車に轢かれそうになった時以来か……)


 脅威がなくなったと説明され頭では理解できているので冷静な自分がいるのだが、皆に伝わらないように平静を装いタンボの後についていくしかできないソウタ。


「では、こちらで。念のため夕食はメルピアと私が一緒に回って配給いたします」


「分かりました。ありがとうございます」


 タンボにお礼を言ってドアを閉めると、小刻みに膝が震えているのが分かる。人生経験が無駄に長いため恐怖や不安が大きくなっているのは理解しているのだが、マレットを作りっぱなしの部屋に一人でいること、建物の構造上一番端にいるということが不安でならないのだ。


(俺の部屋を盗聴しても意味ないと思っていたが、祝福の件を考えると俺が一番危ない気がするなぁ……)


 オッサに出会った頃に【祝福】を与える事を前提にして生計を立てようとしていたことを後悔するソウタ。

 部屋の中には無造作に散らばった買い物の後があるが、現実を知った今となっては一人で買い物に行ったことさえ怖さを感じている状態だ。メイと何回建てにするか? の議論をした時に命を狙われるようなシュチュエーションの話をされたが、どこか現実感がなかった。よく日本は平和だと言われているが、先ほどまでだと思っていた自分の意識をどうしていいのか『覚悟を決める』こともできない状態なのだ。


「メイやメルピアさんの使っている魔法を攻撃に使われたら一瞬で死ぬんだな……」


 そう思いながら、推しのメルピアがクッキーを作っていことを思い出すソウタ。

 冷静に考えれば、日本にいた時も車にねられて怪我や命を落とすこともあれば、電気の漏電で感電することもあるわけで「魔法=電気」という図式で考えていたのソウタであればここまでネガティブモードになっていなかっただろうが、改めて一人になると自分に優しく接してくれ、「年下」で「女性」であるメイやメルピアにさえ表現しがたい恐怖を覚えているのだ。


「俺こういう時、寝れないんだよなぁ……」


 こういうストレスを解消するには寝るのが一番だと聞いたことがあるソウタではあるが、社会人サラリーマンになってから分かったのはストレスがMAXの時にはということだ。

 学生の頃には、いつでもどこでも寝ていたのに仕事をするようになって暫くして寝付きの悪い日が続いた、二十代の若い頃はそこまで気にせずを理由にネトゲで常にオンラインということもあったのだが三十三歳を過ぎたころだろうか、急に『寝不足』の影響をモロに受けるようなってきた。そして寝不足の原因が業務内容の変更や、翌日に重いMTGミーティングがあるとなると途端に気になって眠れなくなってしまうというのが分かったのだ。


「……というか、壁があっても無効化されるって分かったら落ち着ける空間ってのないんじゃねーか?」


 過去人生において『家』や『部屋』という空間でここまでの緊張感を持ったとすれば、震度五の地震を経験した時くらいで、例え寝れなくとも部屋の中といえば快適・安全であるし、それが会社であっても出張先のホテルであっても閉鎖空間においてここまでの緊張感を持った経験はなかった。


「こういう時はどうすればいいんだっけ? 無駄に10年以上社会人をやってきたわけじゃねーだろ……」


 自分にを入れるように自分の記憶を振り返る。ある時から会社で年一でやるストレス耐性の講習の内容やハラスメント研修のことなどが頭をぎるが、睡眠以外にコレという回答が出てこない。

 まして、ここは異世界であり、しかも王都(の側)ネット上の友だちと話すこともなければ実家に連絡することもできない。むしろこの後に及んで『実家』という言葉ワードが浮かび上がるのがソウタの心細さを物語っていた。


「うーむ、違った形で音楽が好きなら楽器を弾いたり、音楽を聴くことでリラックスするってのがあるんだが俺には無理なんだよなぁ……」


 ソウタが大学時代に採譜のバイトをしていた頃であるが、あまりにも根を詰めた結果耳に聞こえる音が全て音階・音符になって聞こえる時があった。ドアの軋み、エレベーターの閉会音、コンビニのドアが開く音、車のブレーキ音、雨が降った時などは、雨が窓を叩く音を勝手に脳内でドラム譜に変換していた時は急いで耳栓をして布団にくるまった過去があるのだ。


「あの時は、結局耳栓越しに聞こえる自分の心臓の鼓動もドラム譜にしててマジでヤバかった……」


 ほろ苦い(?)記憶が脳裏を駆け巡るが、結局今の自分に最前なストレス発散方法がないまま、部屋を行き来する。


「――よし、風呂に入ろう」


 どこで聞いたのか忘れたが、何かグロい画像などを見た時は風呂に入って体を温めると良いというのを思い出したソウタは風呂に入ることにした。

 正直、風呂に入ることも怖いのだ。


「安全な場所がない……」


 風呂に入りながらも脳裏を横切るのはストーカーに追い詰められ、カメラを仕込まれたり、電話番号を変えても、引越ししても24時間監視されているサスペンスホラー映画の主役なのだ。


「――っ、地球に……日本に戻りてぇなぁ……」


 絞り出すような独り言が口から出ると自然に頬を涙が伝う、お湯に浸かっているはずなのに暑さを感じない……オッサに拾われ、メイと出会い、それなりに楽しめていた異世界。今まで読んだ小説ラノベの主人公のように「地球に戻りたい」という感情はなくなっていたと思っていたが、ソウタは異世界で生活していくことに壮絶な不安を感じていたのだ。


「たかが、盗聴器一個だって分かってるんだけどなぁ……」


 少しだけ冷静になったソウタではあるが、これは夢ではなく現実である。


「あークッソっ!」


 柄にもなく無駄に風呂の水面を左手で叩くと、風呂から出る。体を丁寧に拭くこともなくベッドに座ると裸のままギタレレを片手に「ふるさと」を弾く。最初はインストで弾いていたのだがワンコーラス弾くと、気がつくと泣きながら声を出して歌っていた。『如何いかにいます父母』この歌詞がこんなにも心に刺さるとは思ってもいなかった。


『フリューメに新しい曲が誕生しました』


「うるせーよ」


 いつもの如く天の声が聞こえたが、その声さえウザく感じるソウタは裸のまま思いつく


 ――――


 ドンドンドン! !


「ソウタ様、ソウタ様大丈夫ですか?」


 いきなりドア越しにタンボの声が聞こえた。


「ソウタ大丈なの?」


 メイの声も聞こえる。


「お嬢様、仕方ありません良いでしょうか?」


 どのくらい弾き語ったのだろうか弾き始めた時間を覚えていないため朧げだが、結構な時間が経っているのだろう。そして今の会話を解析するとソウタの想像しえる最悪の状況が思い浮かんだ。


「だ、ダメだ! ちょっ、ちょっと待ってくれ」


 ドンッ!


 ある意味フラグ通りの音がソウタの返事と同時に部屋にこだました。

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