第83話 一日一回でいい
「もう……正直、感情がグチャグチャです。どうして、こんなに簡単に……」
シーンとした空気が流れた後、メルピアが声を絞り上げるように本音を打ち明ける。
「お嬢様が元気になられて嬉しい気持ちがあるんですが、私やタンボができなかった事をこんなに簡単にやられると……」
「え? そこ?」
予想外の部分につい癖でツッコンでしまうソウタ。
「ソウタ様、昼にも言ったと思いますが従者として
タンボがメルピアの気持ちを代弁する。
「そうです、私達にも従者としての矜持があるのです」
「す、すいません」
メルピアの言葉の勢いに任せて謝罪をしたソウタではあるが、頭の中には疑問符がいっぱいで納得いっていないのもある。
「メルピア、私が元気になったかどうか? は別としてもソウタも貴方の料理やタンボの剣術や武術のように血の滲むような努力をしたはずです。一瞬だけを切り取って簡単にというのは言葉が過ぎます」
(メイ、その弁護はありがたいが方向性が全く違う気がするぞ?)
「――っ、そうですね。ソウタ様大変失礼しました」
明らかに顔色を変えて謝罪をするメルピアであるが、大の大人が十代の半ばの女の子に叱られ、更に十代の自分に謝るという構図はどうも受け入れ難い。
「いや、気にしないでください。努力の幅や時間というのは結果とは結びつかないですし、結果のみを見るとそこまでの経緯は他人には分からないものですから……」
ソウタは考えがまとまらないまま自分の思った言葉を口にする。
「私としてはお嬢様が元気になられたのであれば何でもいいです。まぁ、そのメルピアの言葉を借りるのであれば、こんな簡単に『3』になる人生は全く思い描いていませんでしたが……」
空気を読んでか読まずかタンボが苦笑をしながら本音を伝える。
「そうですよ。ソウタさん2ですよ? 分かってらっしゃいますか?」
「本当、すいません」
とうとう此処にいる全員が一切【祝福】という言葉を言わなくなった。メイとソウタは別としてメルピアとタンボは自分に起きている常識を超えた状況にまるで口にしてはいけない『呪い呪文』のような扱いになってしまっている。
(しかし、この祝福信仰みたいなのはどうにかならんものか……)
「裏の店の状況と同じで取り消せないものは仕方ないわ……」
「お嬢様も自重くださいませ」
メルピアの視線がソウタからメイに移りメイにも注意がされる。
「……はい」
「あの店の状況を見たら流石のメイも疲れるだろうけどな」
「正直ソウタがいなくて助かったのか、居た方がいいのかって感じだったわ」
「いや、無理だろ俺でも引いたぞ?」
メイと二人きりであれば『俺でも』の前に『異世界人の』をつけていた所だがメルピア、タンボの両名が居るので敢えてつけていない。
「貴方が日に二回アレをやるのも大概だけどね」
「んで、
「えぇ、なんでもアチラもちょっと忙しくなるようで、早めに作っておきたいってことだったのよ」
「早めね……」
元々一週間という工期で地下あり、二階建の建築物を建てるというとんでもない事をやろうとしていたのが、実質二日で終わっていると言う事になる。
(まさか、建築物の建て方で圧倒的な異世界を感じるとはな……)
ソウタが
ただ、昨日の今日で建物がたった一人の力で建てられるというのは、現物を見た後でも信じられない光景だった。
「流石のハンバ様も多少疲労がお見えになったようですが……」
タンボが詳細を告げるが、そもそも疲れる疲れないの次元ではないのだ。
「タンボ、それは違いますよ。貴方は離れていたでしょ? あれ疲れていたのではないです。疲れているフリをしないと、王宮や貴族から同じような仕事が沢山来ると面倒……とか言っていたのよ?」
「えぇぇ……バケモンじゃねーかよ」
つい本音が溢れるソウタ。
「ソウタ様……」
メルピアが声をかける。流石に国の天才をバケモノ扱いというのは失礼すぎると思ったのだろう。
「メルピア、いいのよ。私だってアレをバケモノ以外の表現ができないもの」
この状況を受けて、ソウタは一つの仮説が出ていた。それはハンバこそが本当の異世界転生人じゃないのか? と言う説だ。メイのような存在からもバケモノと呼ばれるのは、もうチートとしか考えられないのだ。
「ただ、誰も言わないけどソウタ貴方もメルピアとかから見たら相当バケモノだと思われていると思うわよ」
「はぁ? 俺がか?」
メイの予想外の指摘に理解が追いつかないソウタ。
「だって、アレを自由自在に操れるって正直あの人よりヤバいのよ」
「「じ、自由自在! ?」」
タンボとメルピアの声が
「もう、隠してもしょうがないでしょ。私も予想でしかないけどソウタは【祝福】を自由に与えられるのよ、でしょ?」
「……」
ソウタはどう答えて良いのか迷っていた。自分の存在が異世界人である事、異世界の文化を持ち込む事で
「勘違いしているかもしれんが、完全に自由自在というのは違う……」
ソウタは一呼吸置くと覚悟を決めて自分の知っている【祝福】について語り出す。
「メイは知っていると思うが俺の【祝福】の値は50を超えている」
「ご、ごじゅう? ?」
タンボは大きく目を開き、メルピアはその数に対して言葉を出すことができない。
「みんなには悪く聞こえたら申し訳ないが、俺が【祝福】の効果に懐疑的なのは、50回以上も【祝福】を受けているにも関わらず変化がないからだ。その実体験がタンボさん、メルピアさんとの思想の差になっていると思う……」
十秒程度だろうか、暫く沈黙が続いた後タンボが口を開く。
「それは、子どもの頃から少しずつ上がっていったのでしょうか?」
「……」
「ソウタ?」
メイから答えを催促されるが、ソウタは答えを迷っていた。果たして自分の【祝福】の初期値は『0』だったのだろうか? マイナスの値で始まったり、0.5とか中途半端に上がる事は? 本当に自分の仮説である一曲を完奏すると1増えるのか? というのが改めて問われると自分でも分からなくなったからだ。
「答えたくないのなら、いいのですが……」
タンボが気を使ってくれるがソウタは何とか答えなければならないと思考を続ける。
「いや、先程の答えで言うと、幼少のころから少しずつ上がったわけではないです。自分で認識してるのは俺が初めてメイの屋敷に来た頃3とか、その辺だったはずです」
「それって、あの叔父様が連れてきた時?」
「あぁ……」
「その短期間で50も増えたということですか?」
今度はメルピアが質問をしてきた。
「そうなりますね。正直どこまで【祝福】が上がるとかは分かっていませんが……」
ソウタが続きを話しそうになった時、タンボが静かに右手を上げた。
「どうし……」
「そこか!」
タンボは腰に添えていた短剣を素早く抜くと部屋の床の隅に投げる。
『バシュっ!』
明らかに床を刺した音ではない『何か』にぶつかったような音がする。
「お嬢様、ソウタ様大変申し訳ありません。この話は此処までにいたしましょう……」
タンボは投げた短剣を取りに部屋の隅に歩いていく。
「もしかして、盗聴ですか?」
「分かりません、ただ我々四人の全く知らない魔道が設置されていたのは間違いありません」
真っ黒になった何かの残骸を手にしたタンボが首を振りながらソウタの質問に答える。
「周りにそれっぽい気配は?」
メイが顔を強張らせてタンボに質問をする。
「――」
タンボが目を閉じて何かを確認している。
「多分、ありません。少なくとも危険を加えようとしている気配は感じません」
(シリアスな現場で悪いけど、タンボさんの今やってる気配検知? みたいな方がよっぽどバケモノじみてるよなぁ……)
「一応、見回りをしてきます。皆様はこの部屋を出ないでください。メルピア何かあった際は頼んだぞ」
タンボの言葉に静かに頷くメルピア。その意思を確認するとタンボは無言で部屋を出ていく。
「メルピア、お茶を……マグカップで入れましょう。ソウタのも冷めているでしょう。入れ直しましょう。ソウタの前にある湯呑みも全て下げて」
「承知いたしました」
メルピアは表情を強張らせたままであるが、メイの言う通りにソウタの演奏用に用意した湯呑みとマグカップを下げるとお茶の準備に取り掛かる。
「おい……」
「何もする事がないじゃないの。もしかしたらこれが最後のお茶になるかもしれないのよ? 少しでも美味しいものを飲んでおきたいでしょ?」
不敵に微笑むメイに得体の知れない恐怖を覚えるソウタ。ソウタはこの時初めて日本がどれだけ安全であったのかを感じていた。
「大丈夫ですよ。お嬢様もソウタ様も私達が命に換えてもお守りいたしますので」
ソウタの緊張を和らげるためかメルピアが笑って話しかけるが、言葉が上手く入ってこない。
「まぁ、こんな事をする訳だから、安全だとは思うけどね……」
メイもソウタの異変を感じたのか、安心させる為か『安全』というキーワードを並べるが、意味をなしていなかった。
「ちょっと、トイレに行ってくる」
特に尿意があったわけではないが、心が恐怖に支配された結果オッサンとしての意地で無理矢理体を動かすソウタ。むしろジッと座ってられないというのが正しいのかも知れない。
(なんで、こんな事になってるんだよ……)
メイやメルピアがいるこの状況で、自分だけ逃げて地球に帰りたいとは思ってはいないが、剣術も魔法も何も自分の身を守る術が全くない事に危機感を覚えるソウタ。
(ビビってションベンも出やしねぇや)
特にトイレに居座る理由もないので、適当なタイミングでトイレを出ると自分の席に新しいお茶が用意されており、メイは座っているもののメルピアはドアの手前に立ち明らかに臨戦体制を整えている。
(この状況でお茶飲める程、神経ぶっとくねーぞ?)
そうは思いながらも、出されたお茶を飲まないというのは『失礼な気がする』という変なスイッチが入り取り敢えずお茶を口にする。
「お、美味しい」
「えぇ、ソウタ様もお疲れだと思い、先程に習ってハーブティーに蜂蜜を多めに入れています」
相変わらず、臨戦体制のメルピアが表情だけを緩めてソウタに説明をしてくれる。
「因みに、お嬢様のは先程のクッキーの件がありますので、蜂蜜などは入っておりません」
「はーい」
呑気に返事をするメイに、自分だけがおかしいのか? とさえ錯覚するソウタであるが、兎に角タンボが無事に何事もなく帰ってくるのを心の中で祈るしかないのだ。
「――お嬢様タンボです。異常ありませんでしたので入室いたしますがよろしいでしょうか?」
ドアの外からタンボの声がするが、メルピアは臨戦体制を崩さない。
「メルピアこっちに来なさい、私が返事をします。ソウタもなるべくドアから離れて」
メルピアは静かに頷くとメイの側に駆け寄り、ソウタも立ち上がり対面にいたメイの方に駆け寄る。
「入りなさい」
メイが外に聞こえる大きめの声で入室を促すと、タンボが普通の表情で入ってきた。
「問題ないようね……」
「はい。お騒がせいたしました」
タンボがドアを閉めたことを確認すると、緊張感が一気に溶けた。
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