第95話 ゴリ押し文化

「お嬢様こちらにいらしたのですね……」


 ソウタ達が店の構造を決めていると、裏口からメルピアとハームスが入ってきた。


「ハームス、良い買い物はできたかしら?」


「はい。何から何まで申し訳ないです」


「心配しなくても大丈夫よ。ソウタは結構お金持ちだから」


「え?」


 ソウタの脳裏に『出世払い』という言葉が浮かび上がる。実際昨日買い物にいく時にお小遣い的に現金をもらったが、自分がいくらの収入があるかなんてこの忙しさの中考えられていないのだ。


「メルピアちょっとこれを見てくれるかしら? ソウタに案をもらったのだけれど、どう思う?」


「拝見いたします」


 メイに渡した紙をチェックするメルピア。正直、タンボもメルピアも店での現在の業務担当はバックヤードがメインで接客をする機会は少ない。特にタンボに至っては接客の業務経験はほぼ無い。ただメルピアに関しては接客を担当していたこともあり、その経験を買って意見を聞いている状態だ。


「この形態は商品をスタッフが配るのでしょうか? それとも自分で取るのでしょうか?」


「貴族が自分で取りにいくと思う?」


「顔合わせの立食という名目があれば御自分で取るとは思いますが、流石に……」


「でしょ? そうなるとスタッフが配るしか無いでしょ?」


「そうなると。もう少し空間がほしいような気がいたします」


 メルピアは少し申し訳なさそうにソウタに向かって意見を述べるが、ソウタは気にしない。


「なるほど、いや、まぁ一階はいいんだよ。一階は……」


「二階がどうかされたのですか?」


「いや。うーん。どうんだろう……」


 ソウタは一つ思いついた事があるのだが、これを提案していいのかずっと考えていた。


「何よ? 言いなさいよ」


「いや、貴族に魔力使わせるのどうなんだろうって思って……」


「「「はぁ?」」」


 メイ、メルピア、タンボが同時に声をあげる。むしろハームス、フルリオは声を出せないでいる。


「今って二階の話をしてたでしょ? それが何がどうなって貴族が魔力を使う話になるの?」


「いやー。二階に上がるのに階段が邪魔だなと思ってさ」


「――で?」


「うーん、一階から二階に移動するのにさ、でかい箱というか移動用の小部屋? みたいなのを魔力で移動させたらいいんじゃねーかと思って」


 ソウタの頭にあったのはエレベーターであった。最初はエスカレーターをどうにかしたかったのだがスペース的にエレベーターにした方が良いと思ったのだ。


「ごめん、何言ってるのか分からない」


「とりあえず、絵を書くからちょっと見てもらえるか?」


 そういうと、ソウタはメイに……むしろ異世界の人間に分かるようにエレベーターのイラストを説明しながら書いていく。


「それで、これの動力に魔力が必要という話でしょうか?」


 タンボがイラストを見ながらソウタに質問をする。


「そうっすねー。店のサービスの一環としてメイやスタッフの魔力を使ってもいいと思うんですが、魔力切れとか起こされても可哀想だし、そうなると貴族の人……まぁ、この際貴族の従者でもいいんですが物珍しさもあってどうかな? と」


「客側……貴族側にメリットは?」


 そうなのだ、ソウタの言っていることの最大の疑問はエレベーターの物理的な仕組みじゃなく、そもそも従者や当の本人が魔力を使って二階に移動するメリットが何もないのだ。


「そりゃぁ、顕示欲みせびらかしよ」


 当たり前だろと言わんばかりにソウタが答える。


「だって、自分や自分の従者が優秀ってのを見せびらかしたいのが貴族様なんだろ?」


「ソ、ソウタ様……」


 ソウタの身も蓋もない貴族の評価にタンボが何かを言おうとするが、ソウタはそれを無視してそのまま続ける。


「で、そもそも招待制するって段階で、招待から漏れた貴族はどうにかしてココに来たくなるわな? 逆に元々権利のある貴族は紹介する権利があるってので鼻高々で紹介しまくるかもしれない。なぜなら最低限のマナーさえ守っておけばココに入れるから」


「そうね、そこは招待制であっても口コミが広まればそうなる可能性はあるわ」


「なので、この店に来るには、そこそこのハードルというか貴族なりの見栄があった方がいいんじゃねーかと?」


「それで、魔力と?」


「そう、やっぱり貴族たる者他の貴族より珍しい場所とか上に行きたいわけだろ?」


「まぁ、そういう傾向が強い方々であるというのはあると思います……」


 タンボは眉を顰めながらソウタの酷評に相槌を打つ。


「だから、魔力を消費させて簡単に二階に行かせなきゃいいわけだ」


「……く、苦行じゃないですか?」


 黙って聞いていたメルピアが思ったことを口にする。


「うーん、やっぱりダメかぁ……」


 流石に気をてらいすぎた案だとソウタも反省する。


「――完全にダメってことはない気がする」


 メイが上空を見上げるようにして何かを思案している。


「しかしお嬢様、複数の人が入った箱というか部屋そのものを魔力で上げるというのは、中々……」


 タンボが懸念点を上げる。


「でも、タンボならできるでしょ?」


 メイが意地悪そうな笑顔でタンボを見つめる。


「……正直考えたこともありませんが、お嬢様がやれと言われれば……」


「そうなのよ。別に貴族自体がやらなくていいのよ。いかに優秀な従者がいるのか? それが明瞭になるのだから」


「ただ、お嬢様。そうなると店のスタッフの行き来も魔力が必要になると思いますし、そもそも貴族の方々と同じ空間に……」


 メルピアが食い気味に懸念点を述べる。


「そうね……スタッフだけ階段となると、それはそれで不恰好になるわねぇ」


 メイは、両手を組んでメルピアの質問に対する答えを考える。


「うーん。やっぱりなぁ、やっぱそうだよなぁ……それしかないかぁ……」


「ソウタ何か案があるの?」


「いや、あるにはあるだが、ちょっと流石になんというか……」


 ソウタの頭にあったのは車輪、正確には滑車であった。ただ、これをこの世界で再現するとなると文明自体が変わってしまう。下手すると魔力の優位性が変わってしまうのだ。そうなると奴隷や従者として生きている人達の価値も変わってしまうのだ。


「何か問題があるの?」


「ありそうな気がするから迷ってる。いや、俺の覚悟の問題かもしれんが……」


「それは、音楽に……楽器に関係する?」


 メイが『音楽』や『楽器』という言葉でソウタの頭の中を整理させようとする。


「いやー。滑車は関係な……あれ?」


 ソウタの頭に浮かんだのはギタレレの弦巻きペグの部分であった。中国の二胡やヴァイオリンなどの古典的な弦楽器ではない現代弦楽器の弦を巻く部分は金属を使いしかも歯車ギアを使っているものが殆どだ。

 もし、今後ギター的なものを開発する上で歯車の開発はマストになる可能性が高い。


(もちろんロックペグやフロイドローズみたいなものを具現化できるか? っていうのは無理だと思うが……)


「うーん。でも滑車と歯車の歴史ってどっちがなんだろう?」


 そこまで、思い出したソウタは初めてオッサの家に来たことを思い出した。


「なぁメイ、屋敷や部屋ってどうやって水を汲み上げているんだ?」


「は? 何意味が分からない」


「いや、水を汲み上げている仕組みを使えば料理でも運べるだろ?」


「うーん……なるほど?」


 メイは、そう言ったもののそれ以降珍しく黙り込む。


「ん? どうかしたのか?」


「いや、仕組みを知らないのよ」


「え?」


「水が出る仕組みを詳しく語れる程は知らないの!」


 メイが珍しくやや赤面したようにソウタに理由を告げる。


「マジか!」


「なんか、ごめん」


 メイがソウタに謝るが、確かにソウタも日本の水道の仕組みを細かく説明しろと言われてもできない。どこかにポンプがあって蛇口を撚れば出る程度の認識であって、正直蛇口の仕組みさえあまり分かってないのだ。


「ソウタ様、そもそも水を汲み上げるとはどういう意味ですか?」


 フルリオが勇気を持って質問をする。


「え? どういうこと?」


「いえ、わた……俺は一応家の細々とした修理がある程度できるように勉強をしてきたのですが、水をという意味がちょっと理解できなくて……」


「ん? フルリオごめん、俺もフルリオの言ってる意味がちょっと分からないんだが。うーん。とりあえずフルリオが知ってる水がでる仕組みを教えてほしい」


 そういうと、フルリオは一生懸命ソウタに伝わるように水が出てくる仕組みを教えてくれたのだが、その仕組みがソウタの予想外だった。そもそも一般的な飲料水に関しては魔力(実際には魔石)で生成していて、地中からという仕組みそのものがなかったのだ。一部聖水のように岩から滲み出てくるようなものは瓶に詰めるが、飲料水に関しては完全に魔力頼みという文化で魔石の力がなくなれば交換もしくは、家の誰かがチャージするという仕組みであった。


「な、なるほどなぁ……」


「で、できそうなの?」


 メイから催促がくる。


「分からん……」


「はっ?」


「いや、あまりにも仕組みというか原理というか……想定外すぎてさ……ちょっと待ってくれ……」


 ソウタは、何か車輪や歯車になりそうなもの。それを使った何かが出てきたのではないか? というヒントになりそうなものを……異世界フリューメに来てからの出来事を高速で思いだす。

 ソウタの体感的に三分程度だろうか、その間全員無言でソウタの次の動きを待っている。


「誰か知ってる人がいれば教えて欲しいんだが、パンを作る粉ってどうやって作ってるんだ?」


 ソウタの頭に浮かんだのは水車で小麦を作っている風景である。あれだけパンを食べているのであれば小麦を大量生産してないとおかしいと想定したのだ。


「…………」


 ただ、残念なことにソウタの問いに対して誰も返事をしない。


「だ、誰も知らないのか?」


 ソウタの問いにも他のメンバーはお互いに顔を合わせるだけで何も言葉を発しない。ソウタとしては正直この国、いや、この世界の自給率とかも気になるものの、そもそもあのパンは小麦粉製だったのだろうか? という疑問さえ浮かぶ。


(クッキーに使った粉は何なんだよ……)


「じゃぁ、質問を変えよう。大量の豆や種を粉状に加工する時ってどうやるんだ?」


「うーん。どうなんだろう、魔法でドンって感じじゃないの?」


 メイが『何かを返答しなければならない』という責任感にされて発言する。


「はぁ?」


「だって、圧縮魔法とか魔道具使えば一発で出来るじゃない?」


 メイは、タンボとメルピアに同意を求めるように視線を移す。


「そ、そうですね。正直ソウタ様に小麦の事を聞かれた時に魔法や魔道具で精製している、実際には『製粉』でしょうが……そう思ったのですが、ソウタ様の納得する答えではない気がして……」


 メルピアが申し訳なさそうに心のうちを伝える。


「な、なるほどなぁ……」


「それで、できそうなの?」


「分からん……」


「はっ?」


 デジャブとはこの事ではないか? というくらい同じやりとりをするメイとソウタ。


「うーん、一度持ち帰りたいというか、この問題は誰に聞けばいいんだ? メイなのか……いや、料理と考えるとメルピアさん? でも、あれか駆動系と考えると武器もありえるからタンボさん? それともハームスかフルリオなのか……」


「なんか、ココに居ても微妙な感じになりそうだから一度裏の会議室に戻りましょう。それからでもいいでしょ?」


「分かった……なんか、すまん」


「別に謝る事じゃないでしょ」


 メイに優しく諭されると、ソウタと一同は裏の会議室の方に戻っていくのであった。

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