第65話 トレース

「――お、お嬢様……今なんとおっしゃいましたか?」


 タンボがメイに問いかける。メルピアは王宮契約という言葉を聞いて目を白黒させている。


「あぁ、ライリ様がいらっしゃった一番の理由は、私に王都であるノスファンの門のにアルモロを出店せよという王宮契約書の署名をもらいにきたのです」


 メイはあっけらかんとタンボの質問に対して答える。


「…………………………え?…………」


「「えぇーーーーーーー! ! ! !」」


 状況が飲み込めなかったタンボとメルピアが悲鳴にも似た叫声を上げる。


「――タンボ、メルピア、静かにしなさい。ライリ様だけではなく他に宿泊している方々にも失礼ですよ?」


「あっ、「失礼しました……」」


 タンボとメルピアはライリに対して頭を下げる。


「し、しかし、お嬢様。この様な場合の王宮契約はに当たると思うのですが良いのですか?」


 タンボが続けて質問をする。

 王宮契約の一般的なものとして有名なものは、戦士の花形である王宮の兵士になる時に交わすものだ。その為、元々戦闘向けであるタンボは『王宮契約』というものをメルピア理解している。

 ただし、王宮の兵士になることは王や王族、強いてはノスファンこのくにの為にという契約に他ならないわけで、ある意味『命を軽視できる』理不尽さとも言える契約なのだ。


「タンボ、逆に聞くけども勅命を断れる方法があるのかしら?」


 タンボの質問に対して、メイは表情を変えずに質問を返す。


「――っ。戦士であれば多少断る方法があると思いますが……このような場合、ノスファンこのくにから出ていく事以外は無理だと存じます」


 タンボは苦しげな表情でメイの質問に答えた。


 そうなのだ、メイはライリが間もずっとこの王宮契約をどうするか考えていた……ライリに念の為に確認はしたが、ハンバが間違って王宮契約書を発行するとは思えない。そうなるとタンボの言う通り、それは王からのと同じで『受領する』という選択肢しか残されていないのだ。


「しかし、お嬢様もう少し考える時間をいただいても……」


 メルピアがメイに進言する。

 正直、考える時間をもらっても結論は一緒であることはメルピアも理解している。ただメイならば――いや、メイだけではない。アノーやカートそしてに相談すれば『少し状況が違ってくるのでは?』という一抹の望みがあったのだ。


「メルピア、受ける事が決まっているものに対して、時間を引き伸ばすことは王家に対して泥を塗るのと同義なのですよ?」


 メイは覚悟が決まった様にメルピアの提案を正論で却下する。


「――そ、それでも……」


「大丈夫です。アルモロのオーナーは父上でもカートでもなく私なのです。私が全責任を負う立場なのですよ? その私が『良い』というのだから文句は言わせません」


 そう言いながらも、メイの脳裏にはカートとソウタにこっぴどく絞られるの絵が浮かんでいた。が、それでもライリの手前である。今は去勢を張らなければならないのだ。


「承知いたしました」


「いいえ、むしろ不安にさせて申し訳ないわ。もうちょっと頼りになるオーナーになるよう頑張るからね!」


「――そんなことありませぬ」


 タンボが少し声を荒げてメイの言葉を否定した。メルピアもメイもタンボの声に驚いてしまう。


「し、失礼しました」


 慌ててタンボが謝罪をする中、様子をずっと伺っていたライリが口を開く。


「メイ様。では、署名をいただいても宜しいですか?」


「承知いたしました。ただし外観や防犯についてはハンバ様にお任せいたしますが、内装や間取り主軸となるスタッフの事などは全て私の方で行う事をお伝えくださいませ」


「条件面に記載がなければそれで大丈夫だと思います」


 ライリが頷くと、メイも相槌をし素早く署名をする。

 ――これにて王宮契約が成立した。


「ありがとうございました。個人的にはハーブティーだけでなく最初に出されたお茶のことなど聞きたい事があるのですが、ハンバ様も返事を待たれていると思いますのでこれにて失礼いたします」


 ライリはメイの署名の入った契約書を受け取ると残ったハーブティーを飲み干し、王宮へ帰って行った。帰り際に「貴重なものを飲めて大変嬉しかった」とメイに小さくお礼を言ったのは彼女の本心だった。


 ――――


「――ふぅ……生きた心地がしなかったわ……」


「私もです」


「俺、いや私もです……」


 ライリを見送った三名は文字通り『心ココに非ず』の状態だった。

 メイもメルピアも三人掛けのソファーに腰掛け、タンボは先程ライリが座っていた椅子に背中をもたれて座っている。


「メルピアもタンボも本当にありがとう。心強かったわ」


 しっかりと頭を垂れるメイに対してタンボもメルピアも、こんな少女を守り切れなかった後悔がドッと押し寄せる。


「――いいえ、お嬢様はしっかりやっておられます」


 タンボは姿勢を正すと右手を拳にして何かを我慢するように声を絞り出した。


「しかし、お嬢様本当によかったのですか?」


 メルピアが漠然とした質問する。


「まぁ、来賓の手前あのようなを切ったものの、カートとソウタが鬼のように怒っている姿は容易に想像できたわ」


 ガックリしたように視線を落とすメイ。


「でも、実際『王宮契約』ですからね。お嬢様の言う通り防ぎようがのも事実です」


 タンボが改めていきなり突きつけられた王宮契約の理不尽さを嘆く。


「――仕方ないわ。とりあえず晩御飯を食べて明日チェリアまちに戻りましょう……こんなに早く戻るとは思っていなかったのだけども……」


「「そうですね……」」


 タンボもメルピアも本来、従者として、もっと気を張らなければならないのだが、既に疲れ切っている。メイの言う通り一刻も王都から離れたいというのが三人共通の意識だった。



 ◇◇◇


「で? 確かに俺は王都には行かないといったが、これは王都と一緒じゃないのか?」


 メイ達三名がチェリアに帰ると事のあらましをカートとソウタに告げた。三名の予想を裏切りカートもソウタも怒らなかった。

 元々カートもソウタも元々怒る予定はなかったものの、タンボとメルピアが余りにもメイを庇うため『それ相応の事があった』のは充分理解できたからである。


「その辺は、ハンバ様が決めた事だからどうしようもないのよ……」


「ったく、ハンバ様ってのは余程のなんだろうな……」


 ソウタは見た目は18歳だが、中身は36歳のオッサンである。その36歳から見てもメイの交渉術は決して悪いと思えない。そのメイがこの条件で帰ってきたのだ。ソウタ自身が行ったからといって『どうにもならなかった』のは、これまでのメイとの言動で充分慮ることができた。


 メイの報告があった後、メイはスタッフ全員にアルモロが王都にもできる事を伝えた。当面の方針としてはチェリアの本店はカートさんが見る事になり、王都店ができるまではメイ、ソウタ、タンボの三名が行く事。

 また、スタッフの中で王都で働いても良いかどうかをそれぞれ家族などに聞いておくことなどが主な内容だった。


 因みにアノーにも伝えたのだが「よかったじゃないか!」と両手を上げて喜んだのは彼だけだった。


 余りに急なことにソウタはギタレレだけを持って王都(の手前)まで向かった。


(馬橇って乗り心地悪いのなぁ、バネがなくとも馬車の方がマシな気がする)


 ソウタは生まれて初めて乗った馬橇への興味を乗って五分もせずに失う。あとは移動時間を新店舗の内装の話をずっとするという拷問のような日々を迎えて王都(の手前)についた。


「そういや、俺達の寝る所はどうすんだよ?」


「とりあえず、店の後ろに10部屋程度の寝泊まりできる施設を作ってもらう予定」


 メイが色々な書面を見ながらソウタへ返事をする。


「いや、そりゃぁいいが、ができるまでの寝る所だよ」


「あぁ、それは王都の宿を使うしかないわね」


「やっぱなー。結局、王都に行くんじゃねーか!」


「別にソウタだけ野宿でもいいのよ?」


「いやいや、流石にそれは……」


「ソウタ様、王都は怖くありませんよ?」


(ちげーよ、そういうことじゃねーよ)


 ソウタは脳筋タンボの優しいアドバイスに笑顔のみで答えると、メイに別の質問をした。


「なぁ、メイ。聞き忘れてたが、その寝る場所や店ってそんなにどのくらいの期間でできるんだ?」


「契約書に記載があったのは一週間」


「いっ、一週間?」


 メイはコクリと頷く。そしてソウタが次に口にあるであろう質問を先読みして返答をする。


「あり得ないわよね? 私もそう思う。凄腕のドワーフを使ってでもそんな短期間に二階建の店を容易するなんてのは無理だと思うわ、でも――」


「ハンバ様なら可能ってことか……」


 ソウタの言葉にメイは静かに頷く。日本でもプレハブなら「二階建を一週間で」というのは可能かもしれないが、それでもそれなりに人や重機が必要だ。


(確実に大魔道士のような人が絡むってことだろうな……首を突っ込まない方がよさそうだ……)


「まぁ、天才建築家ハンバ様ですからねぇ。大災害での堰き止めなんかを作る伝説なんかを聞くと、一週間でも長い方な気がいたします……」


 タンボが補足を入れてくれる。


(なるほど、確かに災害の時に建物を速作れたり、堤防を一瞬で作れる能力というのは国としては非常に重要な人材にはなるなぁ……)


「メイ様、こちらにいましたか!」



 声をかけてきたのはハンバの側近のライリだった。


「これはこれはライリ様、ご機嫌麗しゅうございます」


 この一言が耳に入ったソウタは自分の持つあらゆるセンサーを使い、ライリと呼ばれる人の素性を探る。正直ここで紹介をされても貴族との挨拶の仕方なんてのは存じない面倒臭いことこの上ない。


「メイ様、こちらの青年は……」


(早速来たよ。死にたい、今すぐ殺してくれ)


 確かに王宮や王都に行きたくないとは言ったし事実ここは王都ではない。が、100人に『ここはどこ?』と聞いたら全員が『王都ノスファン』と答えるだろう。


「初めましてライリ様。ワタクシ、アノー家にお世話になっているソウタと申します。以後お見知りおきを……」


 ソウタは合っているか合ってないかも分からない、敬語か敬語じゃないかも分からない言葉を重ねた。


「初めましてソウタ様、ハンバ様の側近をしておりますライリと申します」


 ライリは爽やかな笑顔で右手をソウタに差し出す。ソウタは何も考えずにライリの握手に応じた。


(これは及第点だったのだろうか? 手応えもないまま挨拶を終える)


 ライリはソウタとの握手を終えた後メイと話し込む。ソウタはそれを見ると地球で培った秘奥義『隠の者』を使ってソッと気配消しを行い、その場から少し離れる。

 そのソウタの後をしっかりタンボが着いてくる。

 人間が五人以いるので大丈夫かと思いやってみたが、ダメだったようだ。


(やっぱり『隠の者』は無効化されているか……)


「タンボさん俺問題なかったでしょうか?」


 一応、気になったのでタンボに先ほどのライリとのやりとりを聞く。


「そ、そうですね。言葉の方は問題ないかと思いますが、できれば跪いていただいた方が、その……」


(そうか、そうだな。貴族と会ったときは跪くのが一般的というはよく小説ラノベで見てたわ……)


 言葉遣いに全てを振り切ったため、所作まで頭になかったソウタは額に左手を当てた。


「因みに、跪かなかった場合はどういう扱いになるので?」


「そ、そうですね。少なくとも相手の素性が分かっている場合は、相手と同等という意味合いがあります……」


 あの、脳筋のタンボがソウタに向かって申し訳なさそうに言っている。この段階でソウタは間違いなく粗相があった事を感じた。


「もしかして、ライリさんって爵位とかあるんですか?」


「いや、まぁ王宮の重要人の側近なので貴族のように爵位はないのですが、基本的に我々のような庶民は王宮に出入りしていて、しかも重要人の側近となると跪いて挨拶するのが一般的かと思います」


(なるほど。なるほど)


「あれですよね? 俺命を奪われるとか、そこまでの事はしていないですよね?」


 今更ではあるが、自分のやったことの重大さを知り少し怖くなるソウタ。


「あ、そこまではないと思います。しかも鑑定をされていたので大丈夫だと思います」


(鑑定? 今、鑑定と言ったか?)


「タンボさん、鑑定というのは俺に対しての鑑定ですか?」


「はい、しっかりと握手をされていましたよね?」


(なーるほど、フリューメこっちでは握手が相手を鑑定することになるのか……)


「あー。因みにその鑑定で何が分かるのですか?」


 ソウタが一番危惧したことは自分が異世界人である事を知られる事だ。


「そうですね。相手が……この場合はライリ様がソウタ様に対して何を見たいか? と思ったのが一番でしょうけども……」


「うわー。俺何も考えずに握手しちゃいましたよ?」


 タンボの話を聞いて自分のステータスカードが呪いのカードである事を思い出してしまうソウタ。


「差し支えなければ、私がソウタ様と握手してみましょうか?」


 そう言って、タンボは右手を差し出してきた。

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