第66話 シンギュラリティ

 タンボからにこやかに差し出した右手を見て、どうしようか悩むソウタ。

 別にタンボの事を疑っているわけではないが、自分の出生などの秘密を知る者は極力にしておきたいが本音である。とは言え『敵か味方かも分からない』その上、王宮に直に繋がっているライリに自分の情報が筒抜けになるのは阻止したい……そんな思いが脳裏を駆け巡る中、ソウタは覚悟を決めて右手を差し出した。


「失礼します」


 タンボはソウタの手を握る。ライリの時には見えなかったが魔法を使う時に見られる『独特の光』が少しだけ見えた。


「……ありがとうございます」


 時間にして一秒もないと思うが魔法の輝きがなくなると、タンボは手を離した。


「――ど、どうでしたか?」


 自分からどう聞いて良いものか分からないが、変な事を言われるより先に聞いてしまおうとソウタから声をかける。


「すみません。名前と年齢しか分かりませんでした……」


 タンボは首を傾げながらソウタの問いに答える。


「と、言うと?」


「ソウタ様は、何か護衛プロテクト系の魔法や法衣などを着てらっしゃいますか?」


「いえ、余り他言する事ではないですが、私は魔法殆ど使えないのです。まして護衛プロテクト系の魔法など……」


「そ、そうですか。正直、お屋敷で人物鑑定をある程度任されいる私としては、ここまで強めに鑑定をしたのに名前と年齢しか得られなかったのは初めてなのです」


(ん? 今『強め』って言った?)


「タンボさん、今『強め』と言いましたか?」


「はい。ライリ様は王宮に勤められている上級職の方なので、魔法を使った事が分からない程度にしていると思うのですが、私との質の違いもあると思い勝手ながら強めにかけさせてもらいました」


 顎に右手をやり首を傾げるタンボ。


(この、脳筋……俺に了承なく個人情報を取ろうとしたのかよ。怖っ!)


「で、分かったのが名前と年齢のみと?」


「そうですね。てっきり護衛プロテクト系の魔法をされていると思ったのですが……」


(こりゃぁ、ご都合主義おやくそくが発動したんだろうな)


「不思議な事があるもんですねー。ただ、俺としては安心しましたよ。変に俺の知らないところで王宮に情報が行くというのも気持ち悪いので……」


「そうですね。クッキ――失礼、例の食べ物のこともありますので、我々としては助かったと言えると思います」


 そんな話をしているとメイとメルピアが合流してきた。どうやらライリさんは王宮へ戻っていったようだ。


「――ソウタ……」


 メイが、何かを言いたげにソウタを見つめる。


「すまん。礼儀作法がなってないと、タンボさんに注意されていたところだ」


「いいえ、私もライリ様がいらっしゃるのは想定外だったわ。だって、ここは王都の外だし……」


 確かに、メイの言うことも分かる。目と鼻の先とは言え、ここは王都のなのだ。王宮に勤める上級職(?)の彼女がココにいる方がおかしいのだ。


「それで、どういう話をしてたのかしら?」


「あぁ、まぁ跪かなかったのが問題だったとか、鑑定されちゃったとか、そういう感じの――」


「お嬢様、大変失礼な質問なのですが、ソウタ様に護衛プロテクト系の魔法をかけてらっしゃったりしますか?」


 タンボが、話に割って入ってきた。


「?……いいえ、先ほどのライリ様の事があるから、今後のことを考えてそうした方が良いとは思ったのですが、あの場で魔法をかけるのは失礼に当たるでしょう?」


「そ、そうですか……うーん」


 メイの返事を聞いて再び考え込むタンボ。


「どうしたのです、タンボ?」


 その様子を見てメルピアがタンボに質問をする。


「メルピア。俺、いや、私はにお嬢様やアノー家の護衛として人物鑑定には自信がある。むしろ人物鑑定は護衛として基本中の基本であると思っている」


「えぇ、そうね。少なくともチェリアの街で貴方と同等の人物鑑定ができる人を見つけるのは中々と思う――」


「メルピア、それは違うわ。そもそもタンボの人物鑑定に関しては貴族の護衛程度か、それより上のはずよ? お父様が戦闘能力よりも鑑定能力を買ってタンボを雇ったのだから、この王都でも見つけるのは難しいはずよ……」


 メルピアの話を軽く否定するメイ。


(おいおい。この脳筋、結構エグい能力持っているじゃないか)


 ソウタはタンボに対しての見方を変える。


「お嬢様、ありがとうございます。繰り返しになりますが、お嬢様やメルピアの言う通り、私もこと人物鑑定にかしてはに自信があったのです。とは言え、相手はあの天才ハンバ様の側近です。万が一の事があってはと思い『そこそこの魔力』を込めてソウタ様に鑑定をかけたのですが――名前と年齢分からなかったのです」


「「はっ?」」


 メイとメルピアの表情が固まる。


「それで、強力な護衛プロテクト魔法がかけられているに違いないと、ソウタ様に確認したのですが――」


「それは、無理ね」


 メイがタンボの言葉を途中で切り上げて返答する。ソウタはその速さ少しだけイラつきを覚えるが魔力が0.5というのをメイが知っている手前何も言えない。


「ソウタ様、私も鑑定してよろしいかしら?」


 今度はメルピアが右手を差し出してきた。


「あ、はい」


 であるメルピアと急に握手することになったソウタは、自分の服で右手の掌の汗を拭くと覚悟を決めてメルピアの手を握る。タンボの時のように光らないのは魔力を抑えているからだろうか?


「――ほ、本当だ……」


 メルピアは手を握ったまま首を傾げるが次の瞬間「すいません、失礼します」と言ったかと思うと右手が淡く光る。


「――だ、ダメだ」


 握手をしていた右手の輝きがなくなると、メルピアは手を離した。


「私も名前がギリギリで、出力を上げても年齢見えませんでした」


 メイに報告するように結果を伝えるメルピア。


(人体実験をされている気分なんだが……)


 彼らが悪気を持ってやっている事がないのは理解しているが、なんとなく悲しい気持ちになるソウタ。


「ソウタ、私もいいかしら?」


(まぁ、そうなるよな)


「あぁ、まぁお前がやるのが一番だわな」


 メイの提案に頷くと、自分から手を出しメイと握手する。が、その瞬間明らかに異常な光が手を包む。


「あ、熱っ!」


 ソウタは自分の右肩周辺が熱くなっているのを感じた。それを聞いてメイが手を離す。


「――分かったわ」


 メイは一言だけ呟く。


「お嬢様、その今のは流石に……」


 タンボがメイに何かを告げようとする。ソウタは右肩の違和感とタンボの問いに対してを感じメイに質問する。


「何が分かったんだよ?」


「あー。ソウタの護衛プロテクトのことよ」


「あん? 俺は魔法使ってないぞ?」


「えぇ。そうね。原因はアナタの着ているその服よ。服!」


「「「服?」」」


 ソウタは完全にご都合主義おやくそくのせいだと思っていたので、てっきり「フリューメ様が……」という言葉で濁されるかと思っていた。


「その服、叔父様の服でしょ?」


「あ……なるほど……」


 ソウタは全てを理解した。オッサの仕事は見えても街の門番であり、治安を守るのが仕事である。

 必要以上に人に情報を見せる訳にはいかないのだろう。そういう意味で普段着から何らかの護衛プロテクトがかかっている服を着ていても何もおかしくはないのだ。


「し、しかしお嬢様いくらコノー様が、門番とは言え私の――」


 タンボが何かを言いたそうにしているが、それをメイが先手を打って答える。


「タンボやメルピアは知らないでしょうが、あまり詳細は言えないけれど叔父様は叔父様でちょっと任務を預かっているのよ。きっとそのでここまでの護衛プロテクトが掛かっているんだわ」


 メイはモヤモヤした解答をしているが、実情は違っていた。オッサはハンバからすると義理の兄にあたるのだ。例のハンバと縁を切らざるを得ない一族の一人であるオッサにとって必要以上の情報を見られるのは避けなければならない。普段、護衛プロテクト系の魔法をしていても寝ている時や、魔力切れを起こした時に人物鑑定で筒抜けになると一族に問題が出る。を見越してオッサは普段から必要以上に強力な護衛プロテクトがかかった服を着用しているのだ。


「なるほど、納得いたしました」


 流石、脳筋であろうか。ソウタがモヤモヤしている答えに何の疑問を持たないタンボ。メルピアはメルピアで『魔法契約のことだろう』と勝手に納得しソウタの鑑定ができなかった事は、それでお開きとなるだった。


「いやいや、待て。俺の右肩が熱くなった理由はなんだ?」


 一件落着の様子を見せようとしていた場にソウタは自分の身体に起こった不可思議現象を問いただす。


「それは、お嬢様が通常の鑑定を使うのには魔力を一度に使われたからです!」


 タンボが得意そうにソウタに告げる。


「え? それってどうなるんですか? そしてメルピアさんとかがそうしなかった理由は?」


 ソウタは聞きたくないが、今聞かなければ後悔すると思いメルピアに聞く。


「えー。お嬢様の魔力の量は私やタンボよりも全然上なので……私達がやろうと思ってものです。もちろん魔力量が多くても使える魔法が多いとは限らないですが……」


 それ以降メルピアは声を小さくして喋らなくなってしまう。


「で、メイ。そのあり得ない魔力を使われるとどうなるんだ?」


「相手の右手がぶっ


「はっ?」


「だからー。ソウタの右手、まぁ今回は右手だけど。右手がぶっ


「ぶっってなくなるってこと?」


 メイはソウタの質問にコクリと頷きながら詳細を伝える。


「まぁ、やったことないから分からないけど、焼き切れるとかそんな感じかなぁ……」


 悪びれもなくとんでもない事を言う、メイ。


「お、おまえ……」


 ソウタは自分の右肩をさすりながらメイに対してこれまでにないくらい怒りをぶつけようとする。演奏家にとって腕や指先は何よりも大事なのだ。


「ソウタ、あくまでそれは私とソウタの関係が、時よ?」


「は?」


 メイは真剣な顔でソウタに意味不明のことを告げる。


「私は、あなたに危害を加えられないでしょ?」


「――あっ……」


 そうなのだ。メイは魔法契約によってソウタに害が出る行為ができないのだ。


「そういうこと!」


 メイはニッコリと笑った。


「それにしても、お嬢様流石にさっきの魔力は場合によっては命を……」


 タンボさんが注意をする。


(今、確実に『命』ってワード出たぞ。いくら契約で問題ないって――従者が従者なら主人も主人だろ……)


「おい! メイ!」


「大丈夫よ。私の戦闘向け魔法なんて数えるくらいしかできないし、学校を卒業してから使ってないですから……」


(何が大丈夫なのだろう……)


 ソウタはクッキーの型を作る時に厚めの湯呑みを『粘土を切る様』に簡単に加工したメイを思い出し、どう考えてもこんなサイコな奴とは『恋仲になるわけない』と改めて思った。


「それでお嬢様、ライリ様はなんと?」


 メルピアが空気を変えるようにメイに質問をした。


「――あぁ、こちらに明日までに先に私達の居住スペースを作ってくれるらしいですわ」


「「「明日まで?」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る