なんちゃって演奏家編

第61話 流行

 チェリアまちを出て無事に王都ノスファンに着いた。メイは着いたその日に王宮にいるハンバへの面会の要求を出す。

 久々の王都なのにも関わらず観光もせず真っ先にアポをとったのは、これから会う彼女、そうハンバの性格を熟知しているからだ。


 メイの予想通り、実の娘からの面会ということを知ったハンバは元々組まれていた予定を全てキャンセルし、メイとの面会を最優先した。

 メイがノスファンに宿泊する際の宿について夕食を取ろうとしていた頃には王宮からの『明日、朝一で来る様に』という返事が飛んできた。


「メルピア、タンボ、疲れている所申し訳ないけれど、明日は付き添いよろしくお願いします」


「「承知いたしました」」


 これから始まる戦いを前にメイは旅路で考えた戦略を思い返し、早めの就寝をとった。


 ――――


「ご機嫌麗しゅう、ハンバ様」


 メイは王宮の一室にいた。目の前にいるのは実母でありながらハンバ。

 王宮という豪華絢爛な部屋に対して全く似合わない簡素な格好をしているが、ショートカットの髪と大きな瞳、整った顔立ちは明らかに親子を感じざるを得ない雰囲気である。

 ハンバは凝りに凝ったデザインをした椅子に座っており、その椅子の左右には側近と言われる女性の付き人が二名立っている。


「相変わらず可愛いわ。私メイちゃん」


 ハンバは目の前にいるメイが自分の娘である事を事のように『満面の笑み』で片膝をついたままのメイを見つめている。


(ふぅ……戦いはここからか……)


 この部屋に来るまでも、色々な検査を受けた。もちろん従者のメルピア、タンボの二名は前室で待機している状況である。


「この度は、ハンバ様に是非、私のお店アルモロにて作りました飲み物を献上したく参じました」


「あらあら、なくてもいつでも王宮ここに来てもいいのに……」


 言うまでもなくメイはこの女性ハンバが苦手である。自分の家族がどうしてこうなったのか、自分の置かれている状況を含めてが自分であるのにも関わらず『それさえ利用すれば良い』という考えで生きているのが全く理解できないのだ。


「いえ、王宮や王国に置いて建造物のメンテナンスは最も重要な任務の一つでございます。その中心人物であるハンバ様のお手を取らせることを頻繁にはできませぬ」


 そう、性格は抜きにしてこのハンバはノスファンこのくにでは王宮の改築後『天才』と呼ばれており言動の影響力はかなりのものがある。


(おかげで、私が貴族院に行く事になった時はが酷かったんだけどね)


「そんなの、雨風があればどんな建物だって老朽化するものよ。それを使いやすく、できる限り簡単にそして華麗にするのが建築家の仕事でしょう?」


「おっしゃる通りでございます」


「メイちゃんが貴族院を卒業した時は王都ここに残ってくれると思っていたのに……」


 ハンバは残念そうな顔をしてメイを見つめている。


「ハンバ様の期待に添えず大変申し訳ございません。しかし、私にはやりたい事がございましたので……」


「まぁまぁ、そんな堅苦しい格好は似合わないわ。レギ、ライリ。椅子とテーブルを用意してちょうだい」


「「承知いたしました」」


 ハンバの側近の女性達がハンバの前にテーブルと椅子を用意してくれる。


「おかけなさい」


 ハンバは優しい口調でメイに座る事を促す。


「失礼いたします」


 メイはハンバに一礼をすると用意された椅子に浅く座る。


「それで、報告にあったことだけれど……」


「はい、先ほどもお伝えしましたが、私がおります店にて新しい飲み物を開発いたしました」


「あら、とうとうメイちゃんのお店になったのですね?」


(こういう所だ……)


 なんだかんだハンバは王宮で仕事をしていて、会話の隅々をチェックしている。立場の上下を利用して気になる事があればすぐ突っ込んだり、ある時はワザと泳がせて後々に響くようにしたり……においてこういうタイプは気が置けないのだ。


「はい、最近ですが父上からも正式に移譲させていただき独立することができました」


「まぁ! 素晴らしいわ。16歳でお店の経営なんて王都でもいませんことよ! ねぇレギ聞きました?」


 ハンバはメイの成長が本当に嬉しいのだろう立場を忘れて喜んでいる。


「――畏れながらハンバ様、16歳は通常であれば学生の身でございますので王都にいないのは当然かと……」


 ハンバの右側にいた女性が突っ込んでくれる。


「レギ……いくら私が建築以外に興味がないと言ってもそれくらいは知っています。私はメイちゃんが飛び級の上にここまで成長したことを褒めているのです」


 表情は変わらないものの、やや怒気がある声でレギと呼ばれた女性に対して返事をするハンバ。どうやらメイの事に対して突っ込まれたのが不快だったようだ。


「大変失礼いたしました」


 レギと呼ばれた女性はハンバに向かって深く謝罪する。


「メイちゃんごめんなさいね。あなたの優秀さをこの王都でもしっかり伝えないといけないと思っているのだけれど……」


「滅相もございません。私など目の前の事で精一杯でございますので……」


(これ以上変化が大きくなると私の手に追えなくなってしまう)


「メイちゃん。あなたはもっと自信を持つべきよ?」


 ハンバはメイがソウタに言った言葉と全く同じ事をハンバは口にする。メイはその言葉にはにかみながら言葉を紡ぐ。


「今回はその自信を持つために『ハーブティー』というものを持って参りました」


「へぇ『ハーブティー』というの? メイちゃんが私に自ら持ってくるなんて物凄くワクワクしてるのよ?」


 ハンバは王族でもなければ貴族でもないのだが、王国内で唯一の『王宮特別建築士』の称号を持つハンバの公的な立場は一般貴族よりもはるかに上である。限定的であるが王宮の整備や王都の整備に関しては王や王子に直接『物言い』をできる立場でもあるので、ある意味超特別待遇アンタッチャブルな存在とも言えるのだ。


「申し訳ございません、これができた時、ハンバ様に是非とも献上するべきだと感じてしまったのです」


 本来ならばこの場に出てくるはクッキーだったのだが、ハーブティーは戦略として作られたものだ。ただ、それでも彼女ハンバを満足させるだけの自信があった。


「――なんと、メイちゃんが私の事を思って作ってくれたの? 嬉しいわ!」


 ハンバは壮大に勘違いしてくれているが、この際この勘違いを利用しない手はない。


「いえ、たまたまでございます。が、香りや舌触りや喉越しと『』を考えた際、激務であるハンバ様のお役に立てるのでは? と思ったのは事実でございます」


 メイはビジネスチャンスと見て畳み掛けたい心を必死に抑えて慎重に対応する。彼女ハンバに商売人としての焦りを見抜かれるのは危険なのだ。


「あらあら? メイちゃん今『効能』と言ったかしら? 報告書には『お茶』という風に伺っていますが、はあなたの担当ではないはずですよ?」


 ハンバの視線が鋭くなる。これは彼女の癖であるがこので中途半端な商人などは看破されたと勘違いしてしまうのである。


「もちろんお薬ではありません。普通のお茶にも昂った精神を抑える効果があったりいたします。今回私が献上するのは通常のお茶よりも体が温まる効果と、頭を使考え過ぎた際、緊張を緩和する効果があります。誤解を与えて申し訳なかったのですが、私はその二つの特徴的な効果を『効能』を呼んでいたのです」


「あら? それは素晴らしいわ!」


 ハンバの鋭かった目が大きくなる。明らかに興味を持った証拠だ。


(釣れた!)


 メイはハンバが突っ込んだ『効能』という言葉を使った。王宮に薬を持っていく場合はの手続きが必要になる。如何に身内に甘いハンバと言えどもその辺りは当然ながらかなり厳しいのだ。メイは今回その『厳しさ』を逆に利用した形なのだ。


「早速、ご用意しても大丈夫でしょうか?」


 メイは、ハンバの両サイドにいる側近に向けて質問をする。


「――承知いたしました。但し、できたものに関しては魔法による検証と毒味をさせていただきますが大丈夫ですか?」


「はい、問題ありません。では一度失礼いたします」


「メイちゃん。楽しみにしていますよ!」


 メイは椅子から立ち上がり一礼すると部屋を退出してメルピアとタンボが待っている部屋へ一度退出する。


 ――――


「「お嬢様……」」


 前室で待機していたメルピアとタンボがメイに声をかける。メイは「ふぅ……」と深呼吸する。


「心配をかけました。でも、何も問題ないわ。さぁ、いつもの様にお茶を作りましょう」


 二人はメイの返事に頷くと、持ってきた道具を使って丁寧にミルクティーを作る。

 メイがハーブティーと呼んでいるものは地球で言う所のラッシーに近い。ハーブと言えるものはなく、メイプルシロップとバニラを足して割ったような匂いのする『カテンドの木』の皮から抽出した香料、それに少しだけ使う生姜がハーブに近いものといえるだろう。


 メルピアが牛乳にカテンドから生成した香料、生姜のエキス、蜂蜜をメイと決めた分量で混ぜ合わせると、タンボがそれを受け取り肉体強化魔法ボディブーストで泡立てたミルクを作る。その間に、メイは魔法でお湯を生成すると用意した茶葉からお茶を抽出する。


 しっかり、お茶が抽出されたことを確認すると、タンボが作っていたミルクを少し入れて一度混ぜ合わせてミルクティーにする。その上に再度泡立ったミルクを乗せて完成だ。

 念の為、自分達の分を用意してそれぞれが味見をする。


「お、美味しい……」


 思わずタンボの口から感想がこぼれると。メイは静かに微笑んで頷く。


「では、行って参ります」


「絶対に大丈夫ですからね!」


「頑張ってください!」


 メルピアとタンボがそれぞれの言葉でメイを送り出すとメイは二つのをおぼんに乗せると再びハンバの待つ部屋へ戻って行った。


 ――――


「お待たせいたしました」


「……っ、メイちゃんそれは?」


 ハンバは目の前に置かれたモノをマジマジと見つめた。


「こちらが、今回お持ちした『ハーブティー』になります」


「では、早速鑑定に――」


「お待ちなさい!」


 ハンバは鑑定をしようとしたライリを制した。


「はっ?」


「メイちゃん。これは何?」


 ハンバはメイが持ってきたマグカップを右手で指差した後、メイの目を真っ直ぐ見つめて尋ねる。


「コレとは? お話した通り『ハーブティー』になりますが?」


 メイはで同じ様に『ハーブティー』と答えた。


「意地悪はよして。私は建築家よ? 私が物の構造を見れば『どんなものか分かる』のはメイちゃんも知っているでしょう?」


 ハンバが聞きたかったのはマグカップのことなのは彼女の視線ではっきりとわかっていた。


 このマグカップにハーブティーを入れるのもメイの戦略の一つであった。

 仕事柄ハンバは『物の構造』に対して拘りが強い。彼女は自分で言った通り対象物を見ただけで「どんな特性を持っているのか?」が分かる。

 当然、マグカップを見た際『取っ手』が付与するメリットを理解できない彼女ではない。しかも、それが田舎町であるチェリアから持ち込まれたのだ――彼女ハンバが絶対に直接手に取るはずという打算があった。


「あぁ、飲み物ではなく湯飲みのことですね? そちらは『マグカップ』と言って私の店アルモロにて『お茶を出す際』に使うものでございます」


「マグカップ? ……持ってもよいかしら?」


「それは……」


 ハンバの質問に対してメイはライリを見つめた。


「ハンバ様、鑑定が終わっておりませんので直接お手に触るのは――」


「素晴らしい!」


 ライリの言葉が終わる前にハンバはマグカップを手に取り


「――ハ、ハンバ様!」


 レギがハンバの行動に対して言葉を失う。この辺が頃合いだろう……メイが口を開く。


「ハンバ様、マグカップもハーブティーも逃げませんわ。先に鑑定をしていただいた方が私も安心いたしますので……」


「――っ、そうね。私としたことが取り乱しましたわ……」


 ハンバは観念したように一度右手に持ったマグカップをテーブルに置き直した。


(ここまでは作戦通り。あとは、飲んでもらうだけだわ)


「では、鑑定をさせていただきます」


 ライリがマグカップを左右の手で覆う様にした後、その両手がやや薄く光った。その後、魔法陣が書かれた小さな細長い紙をお茶に垂らした。


「――お待たせいたしました。魔法鑑定の結果毒は検出されませんでした」


「当たり前でしょ。メイちゃんが私に対して毒を盛るわけないじゃない?」


「しかし、決まりは決まりですので、続いてレギが毒味を――あっ!」


「ズズ……」


(よし! ちょっと予想外だけれど、引き分けには持っていけたわ!)


 メイは心の中でガッツポーズをした。

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