第58話 移管
「私が質問してるのに分かるわけないでしょ?」
メイが『心外だ』と言わんばかりに反論してきた。
人生でハーブを説明する時が来るとは思わなかった。家にある国語辞典で調べたい気分だ。まぁ、クッキー作成の時もどうにかなったから、知ってる情報を極力分かるように説明しよう。
そもそもハーブで有名なものってなんだろうか? ミントとかバジルとか?
「――うーん。料理する時に匂い付けとして使われる、香草のことかな?」
「それをお茶と混ぜるの?」
「そうだな。匂いの場合もあるし、独特の味がするものがあるから、それをお茶のスパイスとして使うみたいな」
「スパイス?」
今度はスパイスの説明か、スパイスと言えばカレーだ。カレーに使われてるスパイス――やばい、クミンとウコンしか出てこない。
「あー。お茶の隠し味として使うって意味なんだが、アレだな料理でも辛味とか匂い付けに何かの種を使ったりしないか?」
「それはしていると思うけれど、食事の場で作ってもらったものに一々作り手を呼び出して聞くのは流石に端ないから……メルピアに聞かないと分からないわ……」
「うーん、さっきメルピアさん戻ってもらったのにもう一度呼び出すのか?」
「当たり前でしょ? カートお願いできるかしら?」
従者であるならばこういう扱いも当然なのだろうがなんとなく心が痛む。いや、俺もメイやカートさんに指示しているので変わりはないのだが……
「承知いたしました」
カートさんは直ぐにメルピアさんを呼びに行ってくれた……やっぱり若い俺が直接行った方がいい気がするが屋敷に詳しくないのを反省する。
「ソウタ、チキュウではお茶に匂いを付けて飲むのが一般的なのかしら?」
メイが質問をしてくる。なんとなくだがこの辺りのフレーバー的なものの常識がメイと俺の中で大きく違うのだろう。
「いや、なんというか多分『お茶の定義』が俺とメイでズレているのが大きいと思う」
「定義?」
「あぁ、地球でも地域でお茶に砂糖を入れる所や、入れない所があったりするが。日本ではお茶を飲むところを『カフェ』と呼んでいる」
「カフェ?」
「あぁ、これも詳しく言うと日本じゃない所から輸入された文化なんだが、そこはもう歴史的な話だから端折る」
この辺の英語でのカフェと日本のお茶屋とか喫茶店の違いを上手く説明できる気はしないが、今のアルモロはとりあえずカフェに近い形態なのでカフェを当て込むことにし、俺は話を続ける。
「で、基本的にカフェではお茶、
「それは、お水もってこと?」
「あー、水はどうだろう。特別な――何というか凄い高い山の山頂で取れた貴重な水とかなら販売しているかもしれんが、それは稀な例だ」
メイは俺の話を聞きながら色々思案しているようで、そのまま黙ってこっちを向いている。
「で、多分メイの中では『ただの牛乳が商品として成り立つのか?』って所だと思うんだが。カフェの売りはやっぱり一般家庭では飲めない美味しさだったり特別感なんだよ」
「それは、
メイは反論するようにこちらに言い返す。どうもアルモロが地球のカフェに劣っているように聞こえるようだ。ヤバい。
「そうそう。全く一緒。で、そこで提供されているものの一つの特徴が『甘いものが多い』という点なんだよ」
「甘いお茶が多いということ?」
「いや、お茶に限らない。先ほど言ったジュースと呼ばれる果実を絞ったものや、コーヒーに砂糖を入れたり、お茶に砂糖を入れたり……」
「うーん……」
そうだよな。俺もアメリカの緑茶を頼むと砂糖入りで出てくるという話を聞いて「日本の文化を何も分かってねーじゃねーか!」と思った記憶がある。
「分かる。ただ、例えば子ども連れやお茶が嫌いな人に向けての一つ手法だとも思う。あと特徴として熱いものと冷たいものを選べるんだ」
「前に言っていた冷たいお茶ね?」
「そう、それ!」
「――お嬢様、戻りました」
メイと話しているとカートさんとメルピアさんが戻ってきた。
「メルピアさんすいません。ちょっと料理の事で聞きたいことがあるのですが……」
「は、はい」
昨日の今日ならぬ『さっきの今』状態にやや警戒心が見えるメルピアさん
「料理で臭みを消す為に香草や木の実や種って使ったりしますか?」
「……そうですね、使いますが何か問題でもあるのでしょうか?」
メルピアさんの声色から『言いたくないです』っていうのが伝わってくる。
完全に警戒されている。メルピアさんも王都に行くことになるとか思っているのだろうか……
「二つほど教えていただきたいのですが、甘い匂いのするものとスッキリするというかヒンヤリするような感じのものをご存じですか?」
俺の頭にあるのは『バニラビーンズ』と『ミント』なんだが自分の語彙力がなくて説明が難しい。
「甘い匂いとヒンヤリですか?」
「はい。二つ必要ではないんですが、どちらかだけでもいいんですが……」
「ヒンヤリはあるにはあるんですが……」
メルピアさんはカートさんとメイを見た後、ゆっくりとこちらに視線を戻し口を開く。
「ソウタ様、非常に申し上げにくいのですが料理の詳細というのは、その……料理人の価値と同等でございまして……」
(あー。なるほど秘伝的なやつね)
料理専用の従者としては『いくつ料理が作れるか?』が、雇われる際の大きな指標となるはずだ。その場合、自分の知っている隠し味をバラして自分の価値を下げる意味がない。
「なるほど……確かにこの屋敷の従者でもない俺に言うのは憚られますよね。うーん、交換条件にした方がいいな……」
(ただ、残念ながら俺に交換できるものがない……ない?――いや、あった)
「じゃぁ、クッキーのレシピをメルピアさんにあげますよ。メルピアさんが開発したことにしてください」
「「「はっ?」」」
俺の発言にメルピアさんどころか、メイもカートさんも目を見開いている。
「あれなら、魔法契約しちゃってもいいです。もちろん他に交換条件になりえるレシピがないわけじゃないんですが色々都合がありまして……」
「お、お嬢様……」
メルピアさんはメイに判断を委ねる。
「ソウタ本当にいいの? そのクッキーは――」
「いいよ。面倒くさい。俺がやりたいのはこういう
いい加減音楽活動に注力させてほしい。俺はBGMを弾いてアルモロ《みせ》を盛り立てたいわけで飲料の開発をしたいわけじゃない。
メイはメルピアさんを一目見て頷く。
「――ま、まぁソウタが良いなら良いと思います……」
「承知いたしました。それでは『甘い匂い』の方を先にお教えいたします」
「あれ? ヒンヤリじゃなく?」
「えぇ。まさかクッキーのレシピを譲っていただけるとは思っていなかったので……」
メルピアさんなりに話術で『交渉とした』ということだろうな。こういう交渉事とか本当面倒だし人間不信になるからやめてほしい。
「あ、そうですか……」
「少々お待ちくださいませ」
メルピアさんは再度部屋を出ていく。何度も何度も申し訳ない。
「なぁ、メイ。俺って信用ないかな?」
ちょっと俺の推しであるメルピアさんに嘘をつかれていたことが胸に引っかかって聞いてしまう。
「いいえ、ソウタ様それは違います。メルピアはソウタ様の事を知らなすぎるのです。ましてクッキーを作れてしまうソウタ様ですので、メルピアは『自分の仕事をソウタ様に取られてしまう』と考えていたのだと思います」
カートさんがメルピアさんの気持ちを伝えてくれる。きっとさっきの耳打ちの内容も入っているのだろう。
「えーーーーー絶対ない」
(それはない。なんで俺がメイやこの家の人のために料理を作る前提になってるんだろう……)
「ソウタ、ソウタが面倒臭いと言うのを私もカートも知っているけれども、料理人のメルピアにとってクッキーはとんでもないものだったのよ。ちょっとは彼女の気持ちを分かってあげてほしい」
納得しないが、推しの為に我慢しよう……と考えているとメルピアさんが小走りで戻ってきた。
「――遅くなりました。こちらになります」
彼女が右手に持っていたのは木の皮と小さな小瓶だった。
「これをこうします……」
そう言って彼女がやったのは『魔法』だった。木の皮だったものは薄く茶色に光ると小さく知縮んでいく、そこから出た樹液のような液が小瓶に集められる。
「どうぞ……」
メルピアさんはその小瓶を俺に手渡してくれた。匂いを嗅いでほしいということだろう。
「――これは……確かに!」
俺の反応を見て、メルピアさんはニコッと笑う。小瓶から出てくる匂いはメイプルシロップとバニラを足して割ったような匂いでなんとも甘ったるい感じだ。
「――ソウタどうなの?」
「うーん、いけると思う……で、カートさんお願いがあるのですが、この屋敷では動物の乳、例えば牛の乳などはありますか?」
「あります。山羊が一種類と牛乳が二種類で三種類ございますが、如何いたしましょうか?」
カートさんに代わってメルピアさんが答えてくれる。これはマズい、またメルピアさんに牛乳を取りに行ってもらうことになる……
「……」
「ソウタ様?」
「……」
「ソウタどうしたの?」
「――いや、俺何回もメルピアさんを呼び出しては物を取ってもらいに行って、また取りに行かせて……ってのが……」
「メルピアお願い。全部持ってきて!」
メイが、メルピアさんに伝える。
「量はどの程度必要でしょうか?」
「……」
「ソウタ? メルピアが聞いてるよ」
「――分かってるよ。じゃぁ俺も一緒に着いて行っていいか?」
「ソウタ様……」
メルピアさん……そんなワガママな弟を見るような目で見ないでくれ。俺は36歳のオッサンなんだよ。
「メルピア、ソウタも連れて行ってもらっていい?」
「承知いたしました」
「あー、メイ。あれだ多分タンボさんも居てもらった方がいいかもしれない……」
「えー。もうやりたい放題だね」
「お前と一緒でな……」
今回のこの件に関しては俺も自覚がある。自覚があるが仕方ない、俺は早い所クッキーに変わるハーブティを開発して音楽活動をしたいのだ。
「とりあえず、行っておいで」
「OK」
「メルピアさんよろしくお願いします」
◇◇◇
俺とメルピアさんが牛乳と山羊乳を持って戻ると、タンボさんも戻っていた。
「タンボさんすいません」
「――いえ、とんでもございません」
タンボさんは、なぜ呼ばれたのか分からない状態で挨拶をしてくれる。
そんなタンボさんを他所にメイが『いい加減にしてほしい』という表情でこっちを見て口を開く。
「それで、どうするの?」
「あぁ、メルピアさんにさっきの小瓶と同じものを三つ用意してもらった。この小瓶にさっき作った匂いの素を少し入れて、それぞれ牛乳や山羊の乳を入れる」
「それで混ぜるってことね?」
メイはそれは分かっているという感じで聞いてくる。流石に待てないのだろう。
「その混ぜ方に秘密があってさ……タンボさん
「は、はい……」
タンボさんは言われたまま
「じゃぁ、この瓶を両手で持って中の牛乳をちょっと温めながら片手を蓋にしてとにかく上下に振ってほしいんですよ……」
「はい?」
「えー。これをぬるま湯ぐらいに温めつつ一心不乱に上限に振って混ぜまくってほしいんですね」
「――しょ、承知いたしました……」
流石、
「……ソウタ」
メイが鋭い目をこちらに向けてくる。メルピアさんもカートさんも何が起こっているのか分からないようで視線が定まらない。
俺はメイを無視し、そこから一分くらい経っただろうか。
「ありがとうございます」
「ふぅ……意外と腕にキますね」
笑顔で小瓶を渡してくれるタンボさん。自分で考えておいて申し訳ないが手で蓋をした状態の瓶というのは
「メイ、何かお茶を三つ作ってくれるか? お茶の種類はなんでもいい。ただ量はちょっと少なめでいい」
「わ、わかった」
「タンボさんすいません、今と同じことをあとこちらの二つの瓶でお願いしても大丈夫ですか?」
「もちろんです!」
タンボさんは右手で親指をあげてニカっと笑うと山羊乳の瓶をシェイク始めた。
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