第56話 再帰処理

「あまり聞きたくないなぁ……」


 心の声が出てしまった。


「そんな、顔しなくても遅から早かれ関わることになったはずだから、いい頃合いだと思うわよ」


 メイは口角を吊り上げて悪戯っ子っぽい笑顔をしているが、これは魔法契約の最初の頃に敬語禁止をやられた苦い経験があるので全くいい気がしない。


「で、あれだろお母さんが実は王族か貴族だってオチだろ?」


 こういう時は、大概ご都合主義おやくそくでそういう感じのなのだ。俺は敬語とか礼儀というのが自分でないと自覚している。もちろん社会人経験もあるので別の会社の人と多少は名刺交換したりお客様ともやり取りをした経験があるから、ある程度はできる。

 が、こういう場合の礼儀というは『偉い人が喋り終わるまで跪いて目を合わせてはいけない』とかそういう凡そ日本の社会人経験でくらいのものを要求される。しかも、こっちが一つ何か間違っただけで『不敬だ!』とかでメイとかまで牢屋みたいなパターンもあるとかそんな小説ラノベを沢山読んできた。面倒すぎる。


「あら? 少し違うけども察しがいいわね」


「いいか、俺は自分で言うもだが、王族や貴族を前にして無意識に不敬な事をやり兼ねん。俺は爵位も知らないくらい常識がない。絶対俺を王族や貴族の前に出すな! それがアルモロみせの為だ」


 俺は語気を強めて言う。これ以上関わる人を増やしたくない。しかもメイやアルモロみせのスタッフならいずれ音楽家になる為に相互にとも言えるが、王族やら貴族というのは一方的な事が多い気がするので、この辺りは本当に避けておきたい。


「分かっているわよ。そうなったら私が何をしてでも止めるわ」


 出た! メイの『何をしてでも』系のやつ。16歳の女の子が言うには色々問題がある気がするが……


「で、メイのお母さんが王族でも貴族でもない……それでも警戒しなければならない? というのはどういうことだ?」


「うーん、まず私に正確にはお母様はいないのよ」


「はぁ?」


「お嬢様……」


 カートさんがメイに声をかける。多分ココまで詳細を語るとおもっていなかったのだろう。


「カート良いのです。変に隠してソウタを混乱させてしまっても仕方ないのですから……」


 メイはこちらを向き直す。これは、あれか? メイはどこからかパターンの奴か? 質問の仕方を間違うと面倒な事になりそうだから、ココはとりあえず聞き専になっておこう。


「まぁ、血の繋がりはあるのだけれど、認められていないというのが正しいわね」


「……あぁ、そういうことか」


 戸籍上に母親がいないというだけっぽい。これもご都合主義おやくそくでよく見かける奴だ。小説ラノベのせいで理解が早い。


「物分かりが良くて助かるわ」


「あまり、首を突っ込みたくないのが本音なんだがな」


「お母様の身分は王宮に出入りを許されている建築士なのよ。いえ建築士になったという方が適切かしら」


「け、建築士?」


 てっきり、ここでは魔道士とか賢者とかのが来ると思っていたので建築士という言葉に驚く……


「そう、お母様は王宮の王子様が生誕された時の『王宮の改築の改築案』を提出して採用された人なの……」


「ということ事は元からとかそういうのってことか?」


(アノーさんと駆け落ちしたが、王宮に戻されたパターンだろうか…)


「いいえ、改築案はノスファンの当時未成年の国民なら誰でも出す事ができたのよ」


「なるほど、そこで選ばれたのがお母さんということな……」


 国を賭けたコンペで勝ち残った天才建築士ということか。


「お母様の家は元々ドワーフと一緒に大工というか、建築全般の仕事をやっているところで、お母様は小さい頃から改築案の図案を遊びで書いていたらしいわ」


(どこかの、筋金入りのお茶マニアと同じストーリーじゃねーか!)


「それで、トントン拍子に行っちゃったと」


 カートさんが俺の話に頷く。


「で、メイのお母さんが王宮に出入りできるのは分かった」


「その話と私とお母様の事が繋がらないことは質問はしないのね?」


「まぁ、人の出生とかは魔法契約関係なく聞くべきじゃないと思うからな……面倒臭そうだし」


「心の声聞こえてるわよ」


 いや、正直面倒くさい。会社員サラリーマンの時にも思っていたが結論だけ教えてほしい。こういうのはあまり良い事なんて一つもというのは知っているのだ。


「で、お母様は未成年じゃなかったの。簡単に言うと妹つまり私の叔母の名義で応募したったことね」


「なるほど」


「因みに、今話した内容はソウタは魔法契約で他言できなくなっているわ」


「――ほら、面倒じゃないか……」


 そうなる気がしていた。メイがこんな簡単に話す事、それに対してカートさんが難色を示した事を考えるとこうなるのが当然だ。


「国民が投票するイベントで決まった事だから、決まった後に『提出者が未成年だったからやり直し』という訳にはいかなかったらしいわ」


 国民投票となるとそれなりに税金も動くだろうし、バレたらバレたで色々問題は大きいだろうな。


「なるほどね。それでメイのお母さんの実家が的な感じか?」


「いいえ、流石に取り潰しそれを王族主導でやると不審すぎるでしょ?」


「でも、お母さん。いや、お前の叔母さん名義で書いたのはみんな知ってるんだろ?」


「……いいえ、投票時には公平を記すため立案者の詳細は発表されていませんでした」


 カートさんがその投票に参加したのだろう。自分の体験案として話してくれる。


「うーん、そもそも案を提出する時に提出者がちゃんと未成年なのか魔法でチェックしてれば良かったじゃねーの?」


「それは、やっておりました。提出者の情報がノスファンの未成年である事はチェックしていたようですが……」


「お母様は、叔母さま本人に提出させにいったのよ」


 ああああ、納得した。


「なんか、ザルすぎるなぁ。それじゃぁ、成年を迎えた親が同じ手を使って子どもに書かせることできるじゃないか」


 ココで矛盾点を探しても仕方ないが、納得いかないので口に出てしまう。


「成年を迎えていて建築系の仕事をしている人のチェックは魔法でやっていたようです。そして建築の学校に行っている学生もチェックをされていました」


 以後、カートさんが答えてくれる。

 話をまとめると


 1. ノスファンこのくにの建築士になろうと思うと成人後に四年間学校に行かないといけない

 2. メイのお母さんは成人後二年目だったが建築士になろうとは思っておらず。建築の学校に行っておらず遊びで提出した

 3. メイの叔母さんは当時16歳で、姉の「受かる訳ないじゃない」に同意して自分名義で出す

 4. 国民投票の時になって自分達が出した案が候補に入っていてビックリ

 5. 採用された結果、不正が一部で明るみに

 6. 祝い事で不正が公になると問題になるので、ウチ内に処理

 7. メイのお母さんは王様との魔法契約で当時生まれたばかりの娘がいない事に(遠縁の親戚の子扱い)結婚もなかった事に

 8. 監視としてメイのお母さんは腕を買われて王宮の建築士として働かされることに(もちろん建築の専門学校には強制的に行かされた)

 9. 当時、王都にいたアノーさん一家はチェリアこのまちに移動に。オッサも漏れなくチェリアこのまちに……

 10. ついでに言うとメイを除く結婚していたアノーさん及びアノーさんの血縁者は王都には入れない、会う事ができない


 こんな感じだった。


 メイの方がちょっとした『忌み子』じゃねーかと思ったが、流石に可哀想だったので言わなかった。まぁ、カートさんの話し振りを聞くとメイとお母さんの間で変にがある感じはしなかったのでよかったとは思うが。


「で、王宮御用達の建築士に交渉するのにクッキーが必要ってのまでは理解した」


「ソウタの中でお母様の像がどうなっているのか分からないけれど、端的言うと懲りてないの」


「お、おう……」


「お父様や私と離れる事になっても、死ぬ訳じゃないし。私達が会いに行く分には問題ないと考えているの」


「なるほど?」


「私が、王都の貴族院に行く事になったのも半分はお母様あのひとの陰謀に近かったのよ!」


 とうとう、実母を『あの人』扱いしてるってことはやっぱりがあるとしか思えないな。


「お嬢様、ハンバ様はお嬢様をなるべく多くの時間を過ごしたいという……」


「私は、お母様あのひとの言いなりになるような人生はまっぴらです!」


 あぁ『親の心子知らず』的なやつね。オッサンの俺もなんとなく分かるけどね。


「同じ質問して悪いんだが、クッキーがどうして強すぎるんだ?」


「ソウタ、通常王宮に出入りするものは手紙であろうと、食べ物であろうと全てチェックが入るわ……」


 メイは『どうして分からないの?』と言わんばかりに眉間に皺を寄せ俺を諭すように言った。


「なるほど。それはそうだが、そもそもメイのお母さんじゃなくお爺さん? とか叔母さんを頼ればいいんじゃないのか?」


「いいえ、ソウタ様、メイ様はハンバ様とのご実家との繋がりはという事になっていますので……」


(そういうことか!)


「――あー。でも一般論として名の通ったお店にお願いする事もあるわけで、偶然に〜ってのはダメなんですか?」


「ダメなのよ。チェリアこのまちに住んでいる私の一族はお祖父様一家と直接やりとりができないことになっているの」


(まぁ、今までの話を聞いていたらそれはそうなんだけど。なんだかなぁ……)


「ソウタ。ソウタは納得いかなくても本来であれば王族に詐欺を働いた一族は抹殺されてもおかしくないのよ?」


「さ、詐欺――そっか詐欺かぁ……」


 確かに、王族に泥を塗ったと言う点では明らかに詐欺である。


「王子様誕生というでこうなっているものの、私ができるのはお母様に手紙を届けることだけなの」


「あー、なるほど。直接会うのもダメなのね?」


「会う場合は、王族の立ち会いが必要になるし、手紙も検閲されているはずよ」


「なるほどね」


 メイのお母さんは実質王宮に軟禁されているという事だろう。本人は軟禁と思ってないかもしれないが。


「危なく、貴族院に行く時もあって本当大変だったんだから」


 これは聞かないでおいた方が無難だろうなと。何も聞かない。


「で、クッキーは送り物になるわけだよな? それはお母さんに向けてってことだよな?」


「そうね。親戚の子が送ってきたもの扱いになるわね」


「それで?」


「『それで?』じゃないわよ。クッキーが王族の口に入ったらアルモロこのみせはどうなると思う?」


(宮◯庁御用達じゃないが、王宮御用達になって万々歳じゃないのか? と思ったりもするが、この言い方だと違うのだろう)


「ソウタ様、もしクッキーの開発にソウタ様が関わっていると分かれば確実に王宮へ呼び出しが来ます」


「確実? 絶対に?」


「はい、絶対に!」


 カートさんは今までになくしっかり頷いてくれる。


「それは面倒くさい。よし王宮を使わない手を考えよう!」


 俺は、ただでさえ協調性やコミュニケーション力というのを母親のたわけだし、この世界に勇者になりにきたわけでも、ハーレムを作りにに来たわけでもない。

 王宮に行くなんてまっぴらごめんだ。


「スタッフを半年路頭に迷わせるの?」


「いや、だって仮に増築の話をしたって納期がどれくらいになるのか分からんのだろ? それだったら……」


「いいえ、納期に関係なくクッキーは王都に持っていく予定でしたもの」


『な、なんだってー!』とはならない。『どうしたお嬢様?』ってやつだ。


「どういうことだよ? アルモロはお茶の店だろ」


「えぇ。もちろん。ただソウタが『いずれ粗悪品が出回る』って言っていたでしょ? であれば王都には先にアルモロのしっかりしたものを持っていくべきなのよ」


「あぁ、分かったけど。納得いかねーなぁ。スタッフの事を考えるのであればチェリアこのまちの別の場所に出店とかでもいいんじゃねーのか?」


「それも考えたけど、遅かれ早かれこういう時は来ると思うの」


「どういう事だ?」


 俺は次にメイが言わんとしている事をで聞いた。ぶっちゃけアルモロみせで楽器を弾かせて貰えばいいわけで……王宮のことも、ましてこのノスファンくにに貢献しようだなんて1mmも思っていない。


「誰かがアルモロウチのクッキーを持ち帰ってそれを自分の製品だと王宮に差し出した後は粗悪品をに配る。それでなんとかなるのよ」


「短絡的すぎるだろ、粗悪品になったら自然淘汰で売れなくなる」


「そうなんだけど、店ではなくクッキーというもののが落ちるということよ。それどころか、ウチのレシピが後発なのに真似されたと騒ぎ出して没収になるかも……」


「そうなったらまた新しいレシピを作ればいい」


「ソウタ、本気で言ってるの?」


 メイが俺の心を見透かしたように悲しげな表情で言い放った。


「――っ、クッキーなんて開発しなきゃよかったぜ……」


「ソウタ様……そこまで嫌であればクッキー自体をアルモロおみせに出す事を辞めてはどうでしょうか?」


 俺の呟きにカートさんも悲しそうな顔をしてこっちを見た。なんだかお婆ちゃんを困らせている孫みたいな心境になり一気に心が反省一色になる。覚悟をしていたはずなのだ。


「うーん、一旦クッキーを交渉の材料とせずに他のもので勝負すればいいんだよな……」


「そんな便利なものが……」


 カートさんが申し訳なさそうに言う


「エナドリだな」


 結局振り出しに戻った。

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