第55話 マザーボード
「で、二階建てはいいとしてもクッキー用のキッチンは屋敷のを使うのか?」
スタッフ用のキッチンでクッキーの開発をしていたのが事の発端なので屋敷のキッチンを使う案が出ていた。今後何かレシピが増える度にこんな事が起きたら面倒なので妙案であると思った。
「ここにいる我々は屋敷の部屋をある程度行き来できますが、基本お店のスタッフは屋敷の中を行き来できないのでそこが問題になりそうな気がします」
メルピアさんがこちらを向いて発言する。ちょっとした癒しを感じる。
「いいえ、今回の改築は
どうやらメイはこれが元から頭にあったようだ。
「そうですね、キッチンが店にあるだけでクッキー用に再利用する茶葉を運ぶ手間も最低限になりますし、お屋敷に必要以上の人が行き来するのはよろしくないと思います」
タンボさんが自分の仕事と警備に関してしっかり発言したので、失礼ながらちょっとビックリした。が、当然の事を言っていると思う。
「じゃぁ三階建てにするのか? 現段階で一階の1/3程度がお茶を作る用の簡易キッチンになっているがそこの使い道はどうするんだ?」
「一階のあのスペースはそのままにしておきたいわ。クッキー以外のものを作ったり試作する時に色々問題が出てきちゃうし」
「じゃぁ、三階建てだな。二階をキッチンして三階にお客様を……ってのも変だから三階がキッチンになるのか?」
正直、こういう飲食のレイアウトとかを全く考えた事がないので
「でも、二階もいっぱいになった時四階建てに増築すると三階のキッチンを素通りしてという風になりませんか?」
「メルピアが一番使うから何か意見はある?」
メイも同じくスルーしてメルピアさんに実用的な事を尋ねる。
「今後、クッキーのような試作品などを作っていくとなると、スタッフがあまり出入りしない最上階が良い気がしています」
確かに『匂い』に『煙』『スタッフの移動』もそうだが、万が一の火事のことを考えると最上階という案は効率がよい。
「――うーん……一階から四階に……」
「ソウタ的にはどう思うのかしら?」
メイが俺に意見を求める。ここで俺かぁ……
「メルピアさんの言う事が一番合理的というか……火事が起こった時、火は上に行く習性があるから被害が最低限で済むし――」
「うーん、メルピアが火事を起こすことは考えにくいのだけど……もし、最上階が火事になった時『水』で消火したら下の階は全て水浸しになるわよ?」
メイが冷静に突っ込む。
「確かに! でも今の言い方って水では消さない方法があるみたいな言い方だよな?」
俺が魔法がアレなのは、メイ、カートさん、メルピアさんはなんとなく知っているし、どーせタンボさんもいずれバレるので気にせず突っ込んだ。
「ソウタ、メルピアがカートよりもキッチンに立っているのは何も料理だけが優れてるわけではないわ。メルピアは――」
「お嬢様……」
カートさんが止める。それを見かねたメルピアさんが口を開く。
「私から言いますね。私は元々の消火に特化した魔法を使えるのです」
「元々?」
(元々ってどういう意味だ?)
俺が考えていると、会話に入ってなかった
「――ソウタ様、消火、つまり火を無効化できる魔法は戦闘時に置いてかなりの貴重な人材です」
「あっ……」
なるほど、よく『Aの魔法を完全無効化する魔法』ってのがあるが、それと一緒か。それを戦闘魔法として生かすのか、生活魔法として生かすのか? の差ってことね。
「私は魔力量や魔法の応用は、お嬢様や他の方には落ちます。しかし【才能持ち】として『対炎特化《たいえんとっか》』を与えら得れているのです」
(うーん、他の人の魔法を見てないがメルピアさんの魔法クッキングを見る限り相当できそうだけどなぁ……)
俺に才能がなさすぎて判別がつかない。
「本当、お茶に対して湿度や温度変化は大敵だからねメルピアの【才能】がなかったら怖くて食事用のキッチンなんて持てなかったわ」
メイがオーナーではなくお茶マニアの視点で嬉しそうに話してくれる。
(なるほど!)
「――じゃぁ、火事は相当な事がない限り気にしなくていいのか……」
「もちろん、メルピア以外がキッチンに着く事もあるけどれど、万が一火事になったら私がなんとかするわ、私の店だし……」
「お、おぅ……」
メイの場合はなんか消火した後がヤバそうな気がするのでそうならない事を祈ろう……と思っていた時俺は閃く。
「――だったら、地下一階をキッチンにして一階、二階をお客様スペース、二階の屋上をビアガーデンいやカフェガーデンにしよう!」
「「「カフェガーデン? ?」」」
「あぁ、すまん。ただの屋上を解放して飲食の場所にするだけだ。そしたら実質三階建て分のお客様を収容できるし、地下一階含めたら実質四階建てだろ?」
「でも、見た目は二階建てですよね?」
頭をかかえる
「まぁ、そうなりますけど。実際、一度使ったお茶を運ぶ時上に運ぶのと一階下に降ろすのでは作業効率的にも全然違うと思います」
「! ! 確かにメンバーは助かりますね!」
タンボさんまじ脳筋かよ……
「しかし、お嬢様地下を作るとなると今のアルモロ《みせ》の営業停止をしなければいけなくなりますが……」
カートさんの言う通りだ、地下を作らないのであれば上に足していくだけなので営業をしならがらという形態がとれるが地下を作るとなると無理だ。つまり収入がゼロになるし、スタッフも働けなくなる。
「因みにもし地下一階と地上二階の建物を建設する時ってどのくらい時間がかかるんですか?」
「通常なら最低でも半年は必要になるかと思われます」
(そりゃぁ、そうだろうな……)
現代日本でも地下一階と地上二階の建物の建築に半年って早い気がする。
「半年は雇用とか考えるときついよなぁ……」
「そうですね。最長でも二週間が限界でしょうね」
メルピアさん的にも二週間が限界なようだ……
こう言う時って、
「仕方ないわ……申し訳ないけどメルピアとタンボはここで下がってもらってよろしいかしら? 一旦改築をする前提でどのようなものが必要かを各自リストアップしておいてほしいわ」
「「承知いたしました」」
メルピアさんとタンボさんは椅子から立ち上がると同時にカートさんが質問をする。
「お嬢様は私は居てよいのでしょうか?」
「えぇ。この街だけで解決するのが難しいようなので、仕方ないわ」
それを聞いたカートさんは少しだけ眉を動かし「承知いたしました」とだけ答えた。
メルピアさんとタンボさんは何も聞かなかったようにそれぞれ部屋を出ていった。この辺りは従者としての行動指針みたいなのがあるのだろう。
――そして、彼らが完全に部屋を出たことを確認した上でメイが口を開く。
「この際王都にいるお母様経由でドワーフにでも頼むことを選択しようと思うわ」
「ドワーフ?」
メイが突然ドワーフという言葉を発したので反応してしまった。
ドワーフと言えば、オリハルコンの加工とかで勇者の武器や防具をメンテナンスするのが王道かと思っていたが、
いや、大工もなのかもしれないが……
「いいのですか? お嬢様、そのハンバ様には……」
カートさんが珍しく眉間に皺を寄せる。この表情を鑑みるにメイや
というか、メイにお母さんいたのか――てっきり亡くなって一人娘を……みたいな
「いいのです。いずれクッキーの件は王都に私から話をしなければならないと思っていましたから……」
「承知いたしました。ソウタ様の件はいかがしますか?」
「ソウタの契約相手は私なのでソウタの件は関係ありません。私からお母様にお土産としてクッキーを差し上げますわ」
クッキーをお土産ってフラグ感半端ないんだけど……とりあえず考えない事にして建築の事を聞こう。
「それで、ドワーフに頼むと半年がどれくらい縮まるんだ?」
俺は一番気になる事をメイに聞いて見る。
「対価によるわね――ただ彼らの秘術というか彼ら独自の魔法を使う事で工期の短縮は相当できるはずよ……」
「ということは、一旦交渉してからじゃないとどれくらい休みになるのか分からないと?」
「そうなるわね……」
(ここまでして改築をする必要があるのだろうか……)
「うーん、納期が分からないというはなぁ……」
「そうですね……どちらにしてもハンバ様のお耳に入った時点で色々調整し辛くなる可能性は大きいと思います」
カートさんの表情が明らかに曇っている。普段あまり気にしないがメイも16歳の女の子である、もしかしたら母親との折り合いが悪い可能性もある。
折角アノーさんから独立できそうなのに今度は『母親の顔色を伺わなければいけない状況になる』というのはメイ的にはどうなのだろうか?
しかも、王都とのやりとりだ。この場合はどういう連絡手段を取るのだろうか……よくあるのは電話に変わる魔法があったり、伝書鳩に変わる専用の魔獣などを使うはずなんだが気になる。
「ソウタ。ソウタには二つお願いがあります」
これ、同行してほしいとかそういうのだろうか……。正直、店の発展には協力したいが王都に行くというのは心の底からお断りしたい。
「二つもかー」
数の大小じゃないが一つじゃなくて複数っていうのがやっかいだ。
「ソウタの地元のお酒の情報がほしいの。もちろん現品があればいいけれど作り方が分かるだけでもいいの。それが分かればドワーフを口説き落とす材料になるから」
「あぁ、そういうことか
まぁ、定番というやつだろうけど酒は……俺があまり好まないからなんともだ……
「あら、ソウタの地元にもドワーフがいたの?」
「いや、そういうことじゃないが……酒作りの手法は本当に分からんから、一度家に行かんと何もアイディアがなぁ……」
「分かったわ。なるべく早く行けるタイミングでお願いしたいわ」
「で、もう一つは?」
二つのうち一つがドワーフ対策であるなら、もう一つは必然とメイのお母さん対策になるのだろう。嫌な予感しかしない。
「その前に、一応。カートと認識を擦り合わせておきたいのだけれど、お母様であればクッキーがあれば十分に交渉できると思うのですけど……」
「えぇ、お嬢様と私も同意見です」
どうやらカートさんとメイの間では打ち合わせもなしに次の展開があるようだ。俺は疑問を口に出してみる。
「あん? 十分に交渉できるなら特に問題なさそうじゃないか?」
「いいえ、ソウタ様そのクッキーが交渉の材料として強すぎるのです」
「強すぎる?」
「えぇ! 大袈裟すぎないか?」
「はぁ……そうね、一度ソウタにはお母様の話をした上で判断してもらう方がいいわね」
メイはため息をつきながらカートさんと目を合わせて同時に頷いた。
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